『世界の中で』


荒んだ風が頬を殴る
泣こうが喚こうが……悲しいかな、ここには俺と家だったものしかない。現状では
崩れた瓦礫、履き慣れた靴に砂がきしむ。孤独、その言葉が反復する
携帯は既に通話不可能、というのも電波が無いから、らしい
この状態では携帯のアナウンスさえ頼もしくもある
「ちくしょう……」
見渡す限り瓦礫が続く、心は一向に進まない。どうして、何故だ
何でこういう事に――握りしめた拳が向かうべき場所を見い出せずにいる
「ハルヒか……それ以外……」
俺には答えを出せない、正確には答えではないかもしれない
だけど
今はこうやって自分自身を納得させるしかない
そうしなければ――この状況を理解する事が出来ない――
曇りがかった太陽、瓦礫の山、あるはずもない、永遠と続く砂
災害でも受けた後のようだな。ハルヒの神の力ってやつか?
古泉達の機関とやらはもういないのだろうか、長門は、朝比奈さんは、かがみ達は――
アイツらは……大丈夫なのだろうか、どこかへ避難でもしてるだろうか
学校……そうだ、学校に行けば少なからず
そうごく僅かだが――こうなってしまったヒントがあるかもしれない
短絡的な自分の思考に苦笑しつつ足を運ぶ。誰か――いてくれる事を願う
「殺風景だな……やっぱり」
見馴れた景色は全て形を変えている。今まであった道も殆ど残っていない
かろうじて目印となるようなものは形を留めていたが
次第に学校へ向かう足は速くなる。歩みではなく、疾走
自転車で来たかったがこうも砂だらけでは――機能しないだろう
しかし走り続けてかれこれ十分は経っているが一向に人の気配がしない
俺は本当にこの世界に一人取り残されたのか?答えてくれるやつも見つからない
ガサッ……
いや、何か気配がした。人ではないような気がするが。ゆっくりと振り返ってみる
「うわっ!」
生物、といっていいのかよく分からない物がそこにはいた
例えるならフワフワと浮かぶ真っ黒な石、形は整っているが違う
呼吸をしている、石ではない……のか?
以前見た巨大なカマドウマや朝倉涼子とは違う、敵意や殺意は感じない
が、何なんだ……コイツは。しかし今は、いくら考えても仕方がない
思考を巡らせるには些か想像力の足りない俺の頭では――考えたって無駄だ
気持悪さを抱えたまま俺はまた振り返って走りだす。早く――学校へ



走り続けてもうそろそろ、学校が見えるはず……
見えた!見馴れた学校、長ったらしい坂道。あれだけ憎かった坂道も――
今はいとおしくもある
走って、走って、この坂道をかけあがる。息はとうにあがっている
もう少しだ!
坂道をかけ上がった俺の目に飛び込んできたのは――何も、何一つ変わっていない――学校
何故か、はもういい。疲れ果てた――ゆっくりと校門をくぐった
本当に何一つ変わっていない、以前と変わらない。靴を履き替えて学校へ入る
身についた習慣ってのは恐ろしいものだな
冷静になった頭でSOS団の部室へ向かう。手がかりが無い以上仕方がないだろう
静寂に包まれた廊下を歩く、誰もいない時って自分の足音が気にかかるな
SOS団部室前、誰か――いてくれ
不安と期待を混じらせてドアノブに手をかける、頼む
カチャ……
開いたドアの向こうには
「キョン……」
「キョン君……」
俺が望んでいたもの、期待していた事が――そこにはあった
瞳からは何かが溢れた、熱い、熱いものが
「キョン、泣かないでよ……」
「私だって……泣きたいよ……」
すまない、けれどお前らに会えて嬉しいんだ……こんな状況で……
今……二人しかいないのか?つかさは?SOS団は?こなたは、みゆきは
「いないわ……有希もいないし、みくるちゃんも、古泉君も」
「ウッ……グスッ……こなた、つかさ、みゆき……」
かがみ……お前の泣く姿初めて見たぜ
ハルヒは我慢しているようだが、目が赤いのがよく分かる
二人とも寂しかったんだろう――俺も同じ孤独を味わったから――よく分かる
だけどいつまでも泣くわけには――いかない
「ハルヒ」
「……何?」
目に涙を浮かべて、ハルヒは俺の方を向く。こんな弱い姿は見たことなかったな
「パソコンは起動したか?」
えっ、という表情をしてハルヒとかがみは俺を見る。分かってる、二人の言いたい事は
この非常事態に何を言ってるんだ――ってな
けどな、これぐらいしか当てはないんだ。以前の経験からいくと
もしかしたらまたパソコンから何か来るかもしれないからな
長門――頼ってばかりですまない。ちっぽけな俺にはこれしか思いつかないんだ
少し戸惑った表情をしてハルヒはコクッ……と頷いた
「つけてない、か。ちょっと待っててくれ」
手を伸ばしてパソコンの電源をつける。静かな部室にパソコンの起動音が響く



立ち上がりが遅いな……くそ、コンピ研にメンテナンスでもさせとくべきだった
「地球が終わる日ってこういう感じなのかしら……」メランコリックな表情を浮かべてハルヒが言う
その表情は常日頃不思議を求めて騒いでいる様なやつとは思えんぞ
「縁起でもない事言わないで……私は……こんなの絶対にイヤ!」
そう言ってかがみは両手で顔を隠した。こいつ……根は寂しがりなんだな
普段がしっかりしてるだけに意外だよ
スッ……と椅子から立ち上がり、ハルヒはこちらを向く
「……今だから言うわ。私、アンタ達を憎んでた」
予想以上の台詞を――コイツは――ハルヒは吐きやがった
「……どういう事だ」
外を見つめて、ハルヒは振り返る。その表情は泣く一歩手前、と言おうか
落胆を混じらせてかがみと俺を見る
静かな音を立ててパソコンの起動が終わった
「アンタ達二人は――何時だって二人でいたわ
普段の部活にしろ、昼休み、休み時間
……何で?」
かがみは黙ったままうつ向いている
意味なんかないさ、ただ二人でいて楽しいと思っていたから
かがみと二人でいる時が一番ゆっくり出来ていた
それだけだ
「それよ、キョン。アンタは人の気持を読むのが下手なのよ
気づいてほしい人もいるの……アンタともっと話したいって思ってる人
アンタと一分一秒でも長くいたいと思ってる人」
「その人の事――考えた事あるの?
ねぇキョン、答えてよ」
決して声を荒げる事なくハルヒは俺を問い詰める
……言いたい事は分かるさ、ハルヒ。けどな、俺だってお前とは話そうと思っていたんだぜ
それこそお前が言う様に――一分一秒でも長く
「じゃあ何でかがみを選んだの?!何でアンタは!……」
そこまで言うと――ハルヒは泣き崩れた
「……ねぇ、ハルヒ」
「……何よ……」
「アンタ、キョン君に何て思われてるか知ってる?」
かがみが俺を見る。その表情はもう涙を湛えてはいない
起動が終わったパソコンを確認、やはり……長門からメッセージが来ている

YUKI.N>見えてる?

K>ああ、この状況一体何だ?

「キョン君と話してる時ね、キョン君アンタの事しか話さないわよ」

YUKI.N>おそらく涼宮ハルヒの作り出した別世界

K>閉鎖空間か?いつもとは比べものにならないぞ、このデカさ

「いつも迷惑をかけられてるとか……振り回されてるとか……」

YUKI.N>原因はおそらく貴方と柊かがみ




K>俺とかがみが近づき過ぎてハルヒのストレスが極限まで溜まった……か

「だけどね、そういう時キョン君、凄く楽しそうな顔するのよ?」

YUKI.N>そう。付け加えるならばそっちの世界とは別にこちらの世界がある

K>パラレルワールドってやつか

「どんな話をしててもね。アンタはね、ハルヒ、キョン君に愛されてるわ」

YUKI.N>こちらでは貴方と柊かがみ、涼宮ハルヒのいない状況になっている

K>そいつは困ったな、俺は……早くそっちへ戻りたい

「私なんかじゃ全然かなわないぐらいにね」

YUKI.N>方法はある

K>何だ?

YUKI.N>Heart Braker

K>心を砕くもの……?何だそりゃ

YUKI.N>残念ながら現段階ではこれ以上は情報は発信できない
YUKI.N>もう一度、部室で

プツッと音を立てパソコンはシャットダウンする
アリガとよ長門、だけどここからは自分で考えろって事か?
Heart Braker……一体何の事だ?謎解きは大の苦手だ
「キョン君……何か分からないけど……そっちは終わった?」
あ、ああ……
ハルヒの方を見る、俺を見て小さくなってるが……ハルヒ、どうした
「キョン……」
そう言うとハルヒは立ち上がって俺に――抱きついてきた
「ごめんね……今までキョンに迷惑ばっかりかけて……アンタを振り回して
こきつかったりして……本当に私はバカだった……!
心ではアンタがほっとけなくて……だけどやっぱり素直になれなくて……
キョン!今、言わせて……
大好き」
その瞬間またあの石が現れた、今度は白い――どういう事だ……
それより、ハルヒの突然の告白――どうすればいいんだ!
「キョン君!ハルヒの気持に答えてあげて……」
こんな俺が、か……
俺も今までハルヒの気持なんか……考えてもいなかったな
何時も自分の身にかかる事に精一杯で……ハルヒの事なんて全然考えてなくて
ダメな男、だろうな
それが今では……痛いほど分かる
ハルヒ――お前は何時もみんなを振り回して、たまに向こうみずに突っ走るけど
全部ひっくるめて――俺は
ハルヒ――お前の事――
言おう、これは、絶対に



「ハルヒ」
「俺は初めてお前と会った時、正直に言って印象は悪かった
だけどな、一緒にSOS団として、仲間として活動していくうちに
お前が凄く――好きになった」
「だけど、俺は素直に気持を伝える事はできなかった……
なんというか……その……妙なプライドが邪魔をしてな……
だから、お前と少し距離をとってみる事にしたんだ」
「だけどハルヒ、お前から離れてかがみと話してる時でも――俺はお前しか考えられなかった
離れてやっと気づいたんだ、俺はやっぱり
ハルヒが好きだ」
その瞬間ハルヒの後ろにあった石がぶっこわれた、と同時に全ての景色が白くなる
前に朝比奈さんにしてもらった時間移動と同じかもしれん
自由落下してる気分だ
世界が――回る――
「キョン君!」
かがみが服をグッと掴む。もう片方の手にはハルヒが掴まれている
気を失ったのかハルヒは大人しい。かがみ、どうして……
「どうして?じゃないわよ、例え二人が付き合って恋人同士になっても――
私達が友達である事に変わりはない、でしょう?
ハルヒがキョン君と付き合っても……私はキョン君を追いかけるわ!
それはハルヒにも言わなきゃいけないんだから!」
ぐっとかがみの肩を抱き寄せる。落下していく世界の中ではあまりにも大変だけれども
「ありがとう、かがみ……」
ありったけの感情を込めても、今はこれだけしか言えない俺を許してくれ
ハルヒを絶対に幸せにしてやる!
お前の分までハルヒを幸せにする!誓う



「絶対にハルヒを泣かせたら承知しないわよ!私が見込んだ男なんだから!
絶対にね!」
涙を溢してはいるが、その顔はあくまでも笑顔だ
ありがとう、かがみ。本当に
俺は――世界一のバカな男だったな、こんな二人に想われて全く気付かないなんて
さよなら人類なき世界。さよなら、三人だけの世界
さよなら、卑屈な世界
~~~~~~~~~~~~


バッと視界が暗くなる
ここは……何処だ?
「……きて!起きてよキョン君!」
かがみ!……ここは……部室か?
「戻って来れたわよ!」
辺りを見回してみる
本を読む長門、お茶を汲んでいる朝比奈さん、ボードゲームに興じる古泉
みんないる
「やった……戻って来れた!」
けど、ハルヒは?ハルヒはどうしたんだ?
「眠っています。恐らく急激な変化に身体がついていけなかったんでしょう
まぁ、寝顔を見る限り大丈夫そうですね」
ボードゲームのコマをいじりながら古泉が答える
寝顔って何だ?
「ふふ、それはそうとつかささん達遅いですね
かがみさん、お迎えは如何です?」
「――そうね、じゃあ行ってくるわ」
バタン!と音を立てかがみが出ていった
部室には再び静寂が訪れる。長門に礼を言わなきゃな
「長門」
読んでいた本を伏せてこちらを見上げる
その顔は――ほんの僅かだが――微笑んでいるように見えた
「パソコン、ありがとうな
ヒントはよく分からなかったけど――俺、長門を頼ってばっかりだったから
お礼を言いたかったんだ」
「ありがとうな、長門」
そう言うと長門は伏せていた本を再び上げて
「別に、いい」
と言った。やっぱり長門にだって気持はある
誰にだって――
今まではそれに気づいていなかったけど
「今回は大変でしたね」
そちらへどうぞ、と言って古泉は俺を席へ促す
何だこりゃ、人生ゲームか?珍しいな
「たまには気分を変えようと思いましてね」
コマを決めてゲームを始める。こんなの運一択のゲームじゃねぇか
「これだったら僕も貴方に勝てると思いましてね」
ふん、後悔させてやるよ
「どうでしたか?三人だけで誰もいない世界」
寂しかったな、素直に言えば人がいる事の素晴らしさっていうのがよく分かった
もう二度とあんな所には行きたくないな
街は瓦礫ばっかりだったし、変な石は出てくるしな
ふむ……と腕を組んで考えながら古泉が言う
「ひょっとしたら涼宮さんはシチュエーションを大事にしたかったのではないでしょうか
世界の終わりの日をイメージさせて、最後にかがみさんと自分、どっちを取るか……とね」
ふむ……まぁ、それは妥当な線だよな。だが黒い石は何だったんだ?
最後は白く変わっていたし



「恐らく――まぁ、これは僕の意見ですが
その石は涼宮さんの心のバロメーターだったのではないでしょうか?
黒い状態の時はとても心が沈んでいる、白い場合はその逆、とね」
ふむ、そうか。おっと早くも手持ちが0になったぞ
古泉
「ダメですね、人生ゲームも勝てないとなると」
全くもうちょっと強くなってからにしろよ
退屈すぎて仕方ないぜ
ぐっと伸びをして窓を見る。本日は晴天、今の所異常なし
非日常よりもやっぱり俺には――平凡な日常の方が合ってる
窓からさしこむ光は机に伏せている眠り姫の横顔へかかる
ったく……
お前に言ってなかったけど、かがみには誓った
ハルヒ――何時までも――変わらずに一緒にいよう
照りつける光を見ながら、心で呟いた
「キョン……かがみ……二人とも……大好き……ずっと……ね」
~End~



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最終更新:2008年01月08日 21:12
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