俺は今、ある場所へ向けて自転車で疾走している
その場所とは、物静かな宇宙人、長門有希の住居であるマンションである
何故俺が長門の元へ向かっているかについては、、
今日の朝――といってもつい先ほどの事だが――に起こった事を説明せねばならないだろう
俺としても一度頭の中を整理するためにも、今朝の事を想起するのはやぶさかではない――――――
「……て」
ん……?
「お…て」
声が、聞こえる。頭の中に直接響くような、そんな声だ
いつものように妹が起こしに来たのだろうか
いや、それにしては妙だ。
もし妹だとすれば俺に声をかけるなんて悠長な事はせずに
「キョンく~ん」などと叫びつつ俺にフライングボディプレスを叩き込む事だろう。
そして何より今日は確か休日だったはずだ
となれば誰だ?
そうやって俺が半分夢見心地のまま考えているともう一度、先ほどの声が頭の中に響き渡った。
「おきて」
静かに、しかしはっきりと。
同時に俺の脳が急激に活性化していくのを感じる
声の主はすぐに分かった。
ハルヒに振り回される、いくつかの集団の内の一つ、情報統合思念体とやらをパトロンに持ち
そして今となってはSOS団にとって、そして俺にとっても必要不可欠な、そして大切な仲間である……
「長門か」
目を開け、周りを見渡してみるがそこに長門の姿は見当たらない。
「おい長門、どこにいるんだ」
「そこにはいない。今はあなたの脳に直接思念の伝達を行っている」
思念の伝達? テレパシーみたいなもんか
まぁ長門ならそんな芸当が出来たとしても全く不思議じゃあない
だが……
「……何かあったのか」
長門がわざわざこんな宇宙人的、いやむしろ超能力的な力を使って俺に連絡してくるということは恐らく何か想定外の事態でも起こったのかも知れない
俺は極力動揺を悟られないようにしつつ、声をひそめてそう尋ねた。
「統合思念体が処分を決定した」
「処分? 何のだ」
「私の」
長門がまるで他人事のように、そう告げる。
いや、気のせいか、声が少し震えているようにも聞こえる
処分というと……あの事か
俺の脳裏に走馬灯のように流れていく記憶
ハルヒのいない教室。代わりにいた、消えてしまったはずの委員長。
存在しない1年9組。そして……眼鏡をかけた、寡黙な文芸少女。
「処分の内容は私…対す…一……間の……処分」
さきほどまでははっきりと、
脳髄に直接響いくように聞こえていたはずの長門の声が、何だか急に聞き取りづらくなった
「おい長門! どうした!?」
「時間が…い。け…あなたに最初…伝えておき……った……
統合思…は、このま…に対する処分…にし…、私の所属する主流派…の…軋轢を…可能性があった。
よって……この決定…れた……」
「これからは……会えなくなる……」
「長門ぉ!!」
それ以降長門の声は聞こえなくなった。
くそっ! 一体どうなってやがる
いや待て、とりあえず落ち着いて頭の中を一度整理してみよう
まず統合思念体が長門の処分を決定した、と。
そして間の処分内容を言ってのであろう部分はよく聞こえなかったが、最後に
会えない、と……そう言っていたのは確かだ
つまりそれは長門を消滅させるという結論に達したってことか?
上等じゃねえか、あっちがその気ならこっちだって考えがある。
だがしかし……
俺はふと考える。長門の言葉が半分以上も聞き取れなかった状況でそう結論付けるのは早計かも知れない
もしかしたら今のは天蓋領域とやらの離間策の可能性すらある。
やはりまずは状況を確認する事にしよう
まず一度長門に連絡を取ってみるか。
そう考え俺は携帯を取り出し……くそ、電源が切れてやがる。
正直今は充電している暇さえも惜しい。
俺は普段に比べ数倍するのではないかというほどに早く寝巻きから着替え、
気付いた時には既に自転車に乗り、走り出していた
まだ朝方だというのに寒くはない、いや、むしろ暑いとすら感じるほどだ
しかし俺に風を切る心地よさを味わうほどの余裕があるわけもなく
無我夢中といった体でまだ仄かに薄暗い街並みを走り抜けた――――――
さて、回想している間に頭も多少冷えてきたな。
そしてその間の時間の経過もあり、もうそろそろ目的地に到着しようとしているのだが……
長門のマンションの前に立つあの小さな人影は……
「キョンキョン!?」
「何だこなたか、こんなところでどうした?」
そこに立っていたのは長門のクラスメイトの泉こなただった。
ちなみにハルヒによって半ば無理やり、いや、こいつはノリノリだったな
ともかく、SOS団に所属する同輩でもある
「どうしたじゃないよ! ながもんが、ながもんが!」
こいつがここまで動揺しているのも珍しいな
というかこなたがここにいてこんな事を口走るということは
長門のことを何か知っているのだろうか
「こなた落ち着け。……お前、ひょっとして何か知ってるのか?」
「分かんない、分かんないよ……夢の中にながもんが出てきて……よくは覚えてないんだけど何か恐いこと言ってたような気がするんだ。
それで胸騒ぎがしたからここに来たんだけどながもんいないみたいだし……」
どうやらこいつも長門からのあのテレパシーを受け取ってたようだな
尤もこなたの中ではあれは夢だったようだがな
そういえば長門はこなたとは仲が良かったし、こなたにも伝えておきたかったのかもしれない。
処分ってのが何なのかは分からんがもしかしたら最期になるかも知れない、自分の言葉を。
ってちょっと待て、俺は何を考えている?
長門は絶対にいなくなったりはしない。俺がさせない。
あの病院で俺はそう誓ったじゃねえか
普段は気にならないエレベーターの緩やかな動きに、今日はわずかな苛立ちを感じてしまう
もう階段を使って上ろうかと考えるほどだ
「それにしてもキョンキョンも意外と大胆な事やるんだネ」
いくらか落ち着きを取り戻し、先ほどよりはらしくなったこなたが話しかけてきた。
こなたの言う大胆な事、というのはマンションに入った時の事だろう
念のために呼び鈴を鳴らしてみたがやはり、というべきか反応は無く
仕方なく以前ハルヒが使った手段で中に入ったからな
だがあれは今が緊急事態だからというだけの話であって、普段ならば決してあんなことはしないことをここに明言しておくぜ
そんな会話をしている間にエレベーターが到着し、俺たちはそれに乗り込んだ。
7と書かれたボタンを押し、その後は鉄の箱が上昇するに任せる
こなたと俺の間に会話は無い。
こいつの底抜けな明るさを見れないのは少々残念ではあるが、今日に限ってはこの方がありがたい
今の俺には、な。
708号室、思えばここに前に来たのはいつだっただろうか
少し感慨深いものを感じつつ、俺は部屋の扉をノックした。
インターホンを使わなかった事に特に意味は無い
ただなんとなく、そうしただけだ
そしてほどなく扉は開かれた。アポをとったわけでもないのにいやに早い応対だ
しかしながら中から聞こえてきた声は俺の期待したものではなく……
「はーい。あら?」
空気が固まる。
俺を出迎えたのは、消えたはずのあいつ……朝倉涼子だった。
どうしてお前がここにいる
「女の子に対していきなりそれはひどいんじゃない?」
知るか。
俺としてはお前をまっとうな女として扱うべきかも考えてしまうほどだ
……何しろ二度も殺されかけたんだからな
多少邪険に扱ってしまうのも仕方がない事と言えよう
「私も嫌われたものね。まあいいわ。それで、何の用なの?」
「俺が用があるのはお前じゃない、長門だ」
「まったくつれないわね」
そういったところで朝倉は苦笑を含んだ溜息をし、
「まぁいいわ、まずはあがって。ああ安心していいわよ、私は何もしないから」
思ったよりあっさりと言ったな……
というか長門は無事なのか?
「ねぇ、キョンキョン」
今まで黙っていたこなたが話しかけてきた
何だ、どうした?
「今の人って……誰? 私見たことないんだけど」
ああ、こいつは朝倉に会った事が無かったのか
「あいつは朝倉涼子といって俺が1年の頃のクラスメイトだ
今は転向しちまったけどな」
何も知らないこいつに本当のことを話すわけにもいかず、
俺はとりあえずごまかすことにした
少しばかり胸が痛むような気もするが、下手な事をいって混乱させちまうよりはよっぽどいいだろう
「それが何でながもんの家に? それに何かキョンキョンと仲悪そうだったけど」
色々あるんだよ。色々、な
俺はこなたをひとまずそうあしらい、家の中へと足を踏み入れ……
「…………」
静かな、しかしながら温かみを感じるような沈黙を感じた
この最早懐かしくある3点リーダはもしや……
「ながもん!」
こなたがそう叫びその小さなシルエットに抱きつく。
先を越されちまったな
そこにいたのは宇宙製アンドロイドこと長門有希であり、いつもと変わらぬ無表情を貫いていた
というか……大丈夫なのか? 長門よ
「……何が?」
「いや、だってお前朝に……」
「何の話? よかったら私も聞かせて欲しいな」
朝倉か
お前に聞かせる義理は無い、と言いたいところだがまあいい
長門に聞くついでだ。
「ああちょっと待ってくれない?」
「何だ。俺はお前の話を悠長に聞くほど余裕は無いぞ」
「違うわよ。ここで立ち話もなんだから、ね?」
そういって奥の部屋を指差す朝倉。
まぁここは素直に従っておくか
忘れていたが俺もここにくるのに自転車で全力疾走してきたので結構足にきている
……思い出したら更につらくなってきた気さえするぜ
奥の部屋、つまり初めて俺がここへきたときに案内された部屋へと移動した後、俺は改めて話を切り出した
因みにこなたは、部屋に入ってからすぐに眠気を訴え、横になってしまった
長門の無事な姿を見て安心したんだろうか
「長門。朝俺とこなたにテレパシーを送ったのはお前だよな?」
長門の頭が、凝視していても見逃してしまいそうなほど小さくではあったが上下したのを確認し、続ける
「ああ、なーんだその事だったの」
朝倉が何やら一人で納得し、苦笑を浮かべているようだが差し当たっては置いておこう
「あの時お前は、統合思念体がお前の処分を決定したといった。違うか?」
「違わない」
「それでこれからは会えない、とかいってたよな?
それで俺は大急ぎでここに来たんだ」
長門が押し黙る。
気のせいか首を微かに横に傾けているようにも見える
「あっははは! あなたそんなことでわざわざここに来たの?」
その直後朝倉が突然笑い声を上げた。
おい、何だいきなり
「あはは、だってぇ。ねぇ長門さん?」
「あなたは勘違いをしている」
何だって?
俺が勘違い? 何をだ
「長門さんは多分『これからはしばらくの間会えなくなる』って言ったのよ。でしょ? 長門さん」
マイクロ単位で頭を垂れる長門
「じゃ、じゃあ親玉からの処分ってのは一体何なんだ?」
「長門さんに下った処罰は謹慎よ
地球においての7日間の自宅謹慎と、同期間の情報改変能力の一時的な消失。
で、その間の生活をサポートするために私がいるってわけ
謹慎だし当然学校にも行けないわけだから、会えないって言うのはそのせいよ」
と朝倉。
「統合思念体主流派は、このまま私の処分を不問にした場合、他の派閥との軋轢を生じる可能性があると考えた。
そのため妥協策として、この決定がなされた」
と長門。
長門にしては分かりやすい説明ありがとよ
じゃあつまり俺は勝手に一人で――いや、こなたも一緒だったな――勘違いして憤慨してただけだってのか……
「というか長門さんから思念の伝達を受けた時に一緒に言われなかった?」
言われたような気もするが……聞き取りづらくてほとんど分からなかったな
そうか……あの時そんなことを言ってたのか
「ね? 笑っちゃうでしょ」
「ああ、全くだ。反論したいところだがしようがない」
本当に我ながら情けないもんだ
あれだけ大騒ぎしてこのザマなんだからな
「あら、そういえばもうすぐお昼ご飯の時間ね」
いつの間にやらそんな時間になっていたらしい。
さて、それじゃあ……
「あら、どうしたの?」
「邪魔したな、俺はもう帰る。こなたが起きたらよろしく言っといてくれ」
そう告げて俺は立ち上がり、玄関の方に……
「…………待って」
行こうとしたところで呼び止められた。
どうした、長門
「……あなたも」
ん?
俺も……何だ?
「どうせならあなたも食べていったら? って言ってるのよ」
朝倉がそう補足し、長門が首肯する。
ああ、そういうことだったか
だがいいのか?
作るのは朝倉なんだろう?
「別にいいわよ。どうせ作るなら多い方が作りがいがあるしね」
じゃあお言葉に甘えさせてもらうとしよう
何せこいつの料理の腕はあの時の体験で保障済みだからな
できるならばもう一度食べてみたいところでもある。
それじゃあありがたくご相伴に預からせてもらう事にするか――――――
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最終更新:2008年01月08日 21:13