『長門』


何事も無く、というには良い意味でも悪い意味でもはちゃめちゃな時間は
ふと気がつけば既に3年近く経ち、そろそろ卒業を目前に控えることになった
時間とともにハルヒの能力は衰退の方向に向かい
古泉がバイトと称した戦場に借り出されることも数少なくなったし
たまに出現する空間も古泉によると
「閉鎖空間の矮小化、それに伴う神人の弱体化が確認されてます
 いや、楽なのに越したことは無いのですがバイト代が減りますから
 安易な賭け事は出来なくなりますよ、そろそろ僕も御役ごめんでしょうか」
だそうである、いやまったくこいつの財布の中身が減ることは
それを巻き上げることで親からの少ない小遣いの足しにしてる俺にとってもずいぶんと痛い事態だ
まぁだからといって、意味もわからない場所で意味不明な事象に巻き込まれるのはごめんだがな
ここしばらくあったもので一番意味不明だったものも
ハルヒが自分で起こした文化祭での二度目のゲリラライブくらいだろうか
あいつはまったく、多才の上に器用貧乏になったりせずそれを使いこなしてるから羨ましいものだ



今日も今日とて、最近漫研にちょくちょく顔を出したと思ったら
早速パソコンで自分の絵をSOS団ホームページにアップしている
しかし、このホームページも当初から比べると見違えるほどそれらしくなったもんだ
これも二年になってから入部、もしくは入団した泉こなたを筆頭とした計10人の女子団員のおかげだ
柊かがみによる団活日誌だとか、あやのとつかさのお菓子の作り方やら
こなたひよりコンビ最近のオススメゲームのレビューとか、漫画にアニメとか色々
古泉はなにやら遠まわしな文章でつないだミステリーもどき
あとは、小説の紹介を長門がやり始めてみたり、前述のとおりハルヒがイラストを描いたりな


ここで一つ問題がある、俺である、周りの連中がやってるなか俺だって多少は作業をしている
そもそもこのホームページを作ったのは俺であり、一年時の運営を一手に俺が引き受けていたのだが
そんな過去の事柄にはハルヒは毛頭興味は無いみたいで、俺にも当然分担が科せられた
だが、あえてここに書く必要性を俺はまったく感じないので省くことにする
気になる奴が万が一にでも存在した場合は直接訪ねてみるといい、気まぐれで答えるかも知れん
俺は自分の元にある専用湯飲みを持ち上げると、中身が無いのに気がついた
去年までは朝比奈さんが入れてくれていたお茶だが、今は個々人々で入れなくてはならない
たまに気がつくとみゆきさんが入れてくれたりするのだが
残念なことに現在部室にいるのは俺と団長、副団長に副々団長の四人である
つまりは朝比奈さんがいれば初期の面子なのだが、彼女がここに顔を出すのは確か明日だった筈だ
茶葉の細かい違いにSOS団にいるうちにこだわりができたらしい彼女は
ここに来るたびに茶葉を自腹で買い足してくるのだった
俺にはその違いがわからないし、茶葉ごとの適温やら入れ方などお構いなしにやるので
飲むときの味の差は一目瞭然な訳で、俺は自分で入れるのは好きじゃないんだが



のそりとパイプ椅子から立ち上がり、ずいぶんと中身の増えた食器棚から急須を取り出す
「あっ、キョン私の分も入れて頂戴」
ハルヒは俺の挙動を見るや否やすぐに自分の湯飲みを突き出して命令してきた
俺は茶葉を湯につけて置いといて、ハルヒの湯飲みを受け取った
ついでに古泉と長門の分もとりに言って一緒に入れることにする
二人分入れるなら今居る全員分入れてしまったほうがいいだろう、手間も大して変わりはしない
長門は一瞬顔を上げてこちらをみたがすぐに本に顔を戻す
最近は表情は豊かになったが、やはりこういうところは変わらないな
古泉はその糸目をさらに細めてエセくさい笑顔を浮かべて礼を言った
こいつは本当に三年間のもの時間をかけても何もかわりゃしないな、薄い礼なんぞいらんぞ
湯飲みを回収して適度に色のついたお茶をそそぐ、その後またそれぞれに渡しに行く


多少出来が悪くても、自分で作ったものを飲食すると普段よりうまく感じるとはよく言うが
俺は自分で入れたこのお茶をさっぱりうまいとは思わないね、朝比奈さんのお茶が早く飲みたいものだ
しかし今日は静かだな、ハルヒが黙々とパソコンの前に座ってる上に他の騒がしい連中が…
ガチャ、扉が開くと噂をすれば何とやらの言葉通りにこなた組でのメインメンバー四人が入ってきた
しかしなんというタイミングだ、モノローグでの台詞の途中に入室とはな
一体誰だよ、俺のあたまん中を勝手に覗いてるのは
「どしたのキョンキョン、浮かない顔をしてさ?」
お前等の所為だ、万が一俺の頭の中を覗かれた場合それをネタにいくらでも脅される内容だしな
絶対にありえないと口にすることが出来ない事柄に俺はずいぶんとかかわり過ぎたんでな
「なによキョン、私達なんかしたっけ?」
「いや、なんでもない戯言だ聞き流してくれればいいさ」
いかんいかん、多少言い方に棘があったか、気をつけなくては
そんな気はさらさら無いのに、くだらん誤解で嫌な空気になるのはごめんだ
なので俺は四人に座るようにいって、こいつらの分のお茶も入れることにした
「あれ?みくるんは?」
「今日は来ないぞ、明日だ」
今日はまずい俺の茶でがまんしてくれよな、朝比奈さんの方がいいのは俺だってそうだ
俺の言葉を聞いたこなたは不思議そうに首をかしげていたがやがて椅子に座った



食器棚からまたそれぞれの湯飲みを取り出す、みんな個性があるので覚えるのは結構簡単だったな
つかさは可愛らしいマグカップ、いまだに俺はこれは子供用のマグカップであると思っているが
本人はいたくこれを気に入っているので何も言っていない
子供というものは思わぬ一言で好きなものが嫌いになったりするから、迂闊にものが言えないのだ
かがみとこなたはお揃いのマグカップ、かがみはなぜつかさとおそろいにせずにこなたと一緒なのか
その理由を俺は二年近く経った今も少し気になるが、まぁつかさがあれじゃあ仕方ないだろうがな
俺も幼い妹を持つ仲間として、その気持ちはよくわかるのでかがみには聞かないようにしている
そしてみゆきさんだが、彼女は以外というべきか、むしろ流石というべきか
渋い深緑の純和風な湯飲みを使ってらっしゃる、お茶を飲むにはこれが一番の正解のはずだが
なぜだろうか、彼女が持っていると着物を着た金髪のお姉さんのように
似合ってるのだが少し違う気がする、これをミスマッチというのだろうか?
完全日本人であるみゆきさんからなぜこんな感覚を覚えるのかわからないが
どちらにしろ、見ていて和むものであることは変わらず、そして俺はそれがあればなんの問題も無い



自分にも新しく入れなおしてパイプ椅子に腰を落ち着けるとこなた達はカードゲームを始めていた
古泉がまたカモにされてるのかと思ったがどうやらノーレートのようだ
退屈だった俺は次の次あたりのゲームから参加することを表明してから観戦することにした
するとみゆきさんも手持ち無沙汰にしていた、見るとカードを持ってないことから彼女も観戦だろうか
しかし、ずいぶんと真剣な眼差しで見ているものだな
「えぇ、私このゲーム知らなかったんですけど
 やはり見てるうちに少しずつわかって来るじゃないですか、それが楽しくて
 あと何回か観戦したら一回やってみようと思います」
それはそれは、ではそのときはお相手しますよ
俺も結構前からこのカードゲームをやってはいるが、かがみはともかくこなたにはまったく歯が立たない
つぎ込んだ金の額とやりこんでる量がこの実力差を生んでるのだろうがな
まぁ古泉は俺とやりまくってるにもかかわらず一向に強くなる気配がないがな
それでも毎度勝負を持ちかけてくるのは、負けを含めて楽しんでいるのかなんなのか
けどまぁ、こいつがいるから双方が楽しめるわけでそういう意味では必要不可欠な面もあるな



さて、いつものようにいつものごとく、長門がその六法全書のような小説を音を立てて閉じると
みな当然のように帰り支度を始めた、こなた達は最初戸惑っていたものの
今じゃ早々にカードを片付けている始末、まったく慣れってのは恐ろしいもんだ
俺も流しで湯飲みを適当に洗って、棚に並べて部室を出る
廊下は時期相応の冷たい乾燥した空気で満たされていて、皆寒そうに立っていた
部室は暖房が効いているとは言いがたいが、それでも廊下よりはそうとう暖かいのがわかる
ハルヒが鍵を閉めて、全員に解散を言い渡して今日の活動は終了となった
あとは三々五々、自宅への帰路につくのみである、いやあるはずだった
学校の立地条件の所為、もしくはおかげで途中まではみんな同じ道を通る
その中で一人、一人と別れていき、段々と人数を減らしながら帰っていく
最終的に俺は長門と二人で街灯のつき始めた道を歩いていた
本来は俺はもう自宅についてもいい頃合いだが、今日は親からスーパーへ買い物を頼まれたための事だ
そして長門の定番のスーパーが俺の通学路にあるそれと同一だったからなのだが
俺はいま非常に息苦しさを感じてる、いつもなら長門といるとき会話が無かろうとこんなこと無いのだが
一体何がこの感覚の原因なのか、それは長門の方にあるようだった
普段は二人で居るときは、多少の好意的な感情を感じてるのを感じるのだが
今日の長門はなにかを言うのをためらってるようで、どうしたらいいのか戸惑ってるようで
そのなんともいえないむず痒い空気に俺は居心地の悪さを感じてるだろう
これが他の連中ならこっちから促すことも可能なのだが
なぜだろうか、こういう長門が珍しいからか対応がうまく頭にシミュレートできんのだ



そして結局長門が口をおずおずと開いたのは買い物が終わって長門のマンション前に着いたときだった
「あなたに危険が迫っている」
小さな声で呟いたその台詞は、人通りの少ない場所だったおかげで
逆に鮮明に耳に残ってしまった、だが理解できない危険って何だ?
「涼宮ハルヒの力」
どういうことだ、今までおとなしくしていたのは嵐の前の静けさってことだったのか?
「うまく説明できない、私にも把握しきれていない」
長門が理解できない、そんなことがあるのかと、そしてそんな危険が俺に迫ってるというのか
これはどうやらかなりデンジャーな状況らしいな
俺がいきなり目の前に現れた高さもわからない壁に愕然としていると
自分達が来た方向とは逆の道からゆっくりと誰かが現れた
それはずいぶんと前に長門の親玉と対立して和解したらしい、天蓋領域版の宇宙人
つまり通称佐々木団のメンバーである周防九曜であった
なんでこの場に奴が居るのか、それともこれが長門の言っていた危険でこれから襲い掛かってくるのか?
「彼女は私が呼んだ」
俺が自分で立てた仮説に戦慄し、身を強張らせるのを見た長門がすかさず答えを掲示する
なるほど長門が呼んだって事は、つまりは今回のことに周防の連中も関係してるのか
納得した俺は無言でマンションに入ってく長門についていった



「―今回のことに――我々は関与していない」
長門の部屋に着き、座ると同時に周防が口にしたのがこの言葉だ
「だが―知っては――いる―原因は――涼宮ハルヒの―力の―衰弱化」
「あなたも知ってるように、情報統合思念体と天蓋領域は涼宮ハルヒに最後の可能性を求めていた
 そして6年間あまりを私や周防九曜のような存在を使い観察を続けていた」
…あぁ、続けてくれ
「だが、ここしばらくの間に涼宮ハルヒの力は目減りする一方で情報フレアを見せる気配は無かった
 そして、あと二ヶ月程度で涼宮ハルヒは完全に力を無くしてしまうことになる
 情報統合思念体はそれに失望している、そしていわゆる八つ当たりをしようとしているらしい」
らしいって事は確実じゃないのか?
「これは天蓋領域からの情報、周防九曜からの情報、情報統合思念体とは現在連絡が取れない」
ふざけやがって、前々から気に喰わん連中だと思っていたが
勝手に期待して勝手に機嫌悪くして、何様だって言うんだ
たしかに神の様な力を持ってるんだとしても、傲慢すぎる
「―我々は今回――静観をする――でも―あなたに伝えなくてはと―そう思った」
それが今回のことか、すまない助かったよ周防
たとえそれがどうにもならないものでも、知ってれば心構えぐらいはできるからな


「喜緑江美里や他のインターフェースにも確認してみた所
 皆情報統合思念体に連絡を取れたものはいない情報統合思念体は我々を介さず自ら動くつもり
 彼等はもともとこの星の有機生命体には興味を持ったのは涼宮ハルヒが居たから
 それがなくなった今、彼等が何をするか私にはわからない」
茫然自失、その言葉を使うなら今以上に適した場面は無いだろうと思う
俺は硬直して言葉を失った、二の句をつげない、言葉がとりとめもなく広がって消えていく
確かに知ってた方がいいと言ったが、ここまででかいとどうしようもない
「――ごめんなさい―天蓋領域は手を出さない――けど貸しもしない―あなたを助けられない」
悲しそうに、辛そうに、悔しそうに
色々な感情が入り混じった表情で、声で周防は言った
俺はそれを聞いて我に返った、助けにならないなんてとんでもない
いまだってお前の存在は俺の助けになってるんだ
肺に鉛を詰められたように息が重い、深呼吸をしながら俺はじっとこっちを見る周防をなでる
長門はそれを無表情に、能面のように見ていた


自宅につくころには俺は心身ともに疲弊しきっていた
いつも通ってる道なのに、心持ち一つでここまで遠く思えるものか
玄関をあけるなりやってきた妹も、いつもなら飛びついてくるのが
俺に気遣いの色を見せてるあたりから察するに、相当に顔に出てるのだろう
たまの妹の思いを素直に嬉しく思いながら、階段をのぼって部屋に戻る
カバンを置くなり、制服であることを気にせずベットに倒れこむ
枕に顔を押し付けていると長門に言われた言葉を思い出す
それは別れ際に言われた言葉
『いつ情報統合思念体がくるかわからない、明日というのもありえる
 なにかわかり次第連絡はするけど、それもあまり期待しないで欲しい』
それは今までの平穏が消える言葉、居心地のいい非日常が混じった日常はもうない
それは遠い未来という言葉がすっぽり消えうせるということ、数時間後に全てが消えうせるかもしれない
まさにあの日の七夕にハルヒが世界を作り上げたのと同じように、また忽然と消えるのか
だめだ、何かしてないと押しつぶされそうだ
俺は寝返りをして天井に向き合って、ポケットから携帯を取り出す
古泉は俺が今日知らされたことを知ってるのかどうかを聞くためだ
長門ですら周防ごしに天蓋領域の情報を仕入れなければわからなかったことだ
知らなくても不思議じゃないが、機関のほうでも独自に長門のお仲間とかに接触しているようだし
もしかしたらということもあるからな、SOS団メンバーでの参謀役を気付けば任せられてる俺は
―まぁもっぱら連絡係としての―役割柄、面子の携帯番号は全てを暗記しているので
すばやく番号を押すと電話をかけた、画面に表示された名前は

『朝比奈みくる』


なぜ、途中で押す番号を変えて朝比奈さんにかけたのか
俺は完璧に理解している、それは携帯の日付が今日のこなたが正しかったことを表していたからだ
つまり今日は本来朝比奈さんが来る日、いままで何も言わずにすっぽかしたことなど一度も無いため
いなかったのを確認すると俺は勝手に明日だろうと思っていたのだ
しかも周りの連中もそれについて何も言わなかったから余計だ
ということはである、朝比奈さんは今日来るはずなのにこなかった、もしくはこれなかった
なぜか?それは先ほどの俺の仮定がそのままこちらにもあてはまる
『遠い未来という言葉がなくなる』
朝比奈さんは知ってのとおり未来人だ、本来この時代には居ない人間であり
まだ生まれていない可能性だって多分に存在しているのだから
その未来が消えてしまえば当然彼女は消えてしまうに決まっている
だから俺は確かめたかったのだ、彼女が消えてないことを確認すると同時に
俺の予想した最悪の事態もありはしないと否定して欲しかった
だが、どうやら運命とやらのダイスは俺が望む目の反対側で回転を止めた
『この電話番号は現在使われておりません』
震えていた、指が、手が、全身が、傍から見ればこっけいなほどに俺は震えていた
身近な人が消えた現実、完全に形を持った未来、自分もそうなるという恐怖

あぁ、こんなに本気で泣いたのは一体何年ぶりなのだろうか
俺は声を押し殺して、ただ天井を見つめてその日を俺は終えた


朝、なんと五時に目が覚めた、肺が重いので深呼吸をして追い出す
そしてふらつく重い頭を覚ますために階下に顔を洗いに向かった
階段をゆっくりと踏み外さないように降りていく
「これは確かに酷いな」
これでは妹の昨日の態度もうなずけるってものだ
鏡に映った俺が自嘲気味に顔をゆがめると、よけいに悲壮感がただよっていた
冷水で顔を洗い、ついでに歯を磨くと多少は見れるようになった
昨日の事から逃げるように気合を入れて頬をたたく
水を止めてまた自分の部屋に戻り、ベットに座る
幸い早く起きたため考える時間はある、いつやってくるかわからない現状で
こんな時間的猶予に如何ほどの価値があるのかは理解できないがな
そういえば今気がついたが、藤原はどうなっている?
あいつも未来人のはずだ、もしかしたら朝比奈さんは仕事で呼び出されたのかもしれないし
さて、藤原の連絡先は知らないが、佐々木か橘に連絡を取ればわかるだろう
だがいますぐかける訳には行かない、一刻を争う事態だというのに何を悠長なことをと思うが
それでも俺は一時間待つことにした、それは自分のための猶予時間だ
誰かに何かを説明するには自分がそれを理解できてなくてはいけない
つまりは昨日のことを認めて、理解しなくてはいけない
それがすぐに出来そうに無い俺はこうして理由をつけて自分に時間を与えた
朝比奈さん、あなたはどこにいますか?


俺は一瞬どちらにかけるか迷ったのだが、橘にかけることにした
佐々木は実は朝に弱いことを俺は知ってる、なによりも冷静に事態を受け入れられるのを恐れたんだ
携帯のキーを一つ一つ確かめながら打ち込む、すると電話を操作していたのか
コール音がなった直後に橘はでた
『あっ、キョン君ですか!?ちょうど良かった!』
嫌な予感がした、背中に嫌なものが流れる
俺は努めて平静な声でそれに答える
「どうしたんだ?」
『朝比奈さん、どこでなにしてますか!?』
「どういうことだ?」
『藤原君と連絡が音信普通の行方不明なんです!』
あぁ、もうどうしろっていうんだよ?俺に何を与えたい?



絶望はとっくに受け取ったいま、あんたは俺に何をするんだ?


橘の言ったことを整理して並べるとこういうことになる
「昨日橘が長門のマンションから出てくるのを発見
 何をしていたのか確認すると、俺に言ったことを端的に説明された
 その場で別れて、帰宅後佐々木と藤原に連絡をとった
 佐々木は連絡がついたが藤原とは取れなかった
 その後あわててあらゆる手段を使って調べたが不明
 そのまま朝になったところで、俺が連絡したわけになる」
まったく誰かが慌てていると逆に冷静になるってのはここでも有効で
俺のほうは内容がきっちり入ってきた、その所為でいやでも昨日のが現実であり
もうどうしようもないところまで事態が進んでるのを目の前に突きつけられてしまった
俺達はすでに出たさいの目にしたがって前に進むしかないらしい
それが俺の中での最悪のパターンに向かってでもだ
いまだにテンパる橘をなんとか宥めすかしてから電話を切る
そろそろ親がおきてくる時間だ、こんな時間に起きて電話をしてるのを発見されれば
変な追求を食らうのは間違いない、そんなのに付き合う余裕が無い
なので俺はそういう事態に遭遇しないように極力気を払わなくてはならない


携帯をしまって、またベットに横になり妹が呼びに来るまで寝転がることにする
大丈夫、ひたすら自分にそう言い聞かせる
今までだって訳のわからない事態になってもどうにか超えてきたんだ
今回だってきっとなんとかなるさ、情報統合思念体を押しのければ
未来だって元に戻って朝比奈さんだって戻ってくるし、長門も晴れて自由のみってもんだ
しかもハルヒの力だって消えるんだ、万々歳だハッピーエンドだぜ
どうだ、ざまあみろだ、そうなるようにすこしでも足掻くしかないんだ
俺は天井の向こう、空のさらに先に居るはずの馬鹿野郎どもに向かってひたすらにらみ続ける
出来る限りの感情をそこに込めて

学校、陰鬱であろうとなかろうとやはり行かなくてはならない
かといって声をかけてきた連中に元気よく返事が出来るはずもなく
谷口には悪いことをしたかもしれない、こんな殊勝なことを考えるのはやはり心境の変化によるものか
俺は教室につくなり机にへばりつく様に突っ伏してしまった
情けないもんだとも思うが、仕方ないじゃないか
扉から飛び込むように入ってきた担任を尻目に逃げるように浅い眠りについた


目が覚める、すでに午前中の授業を消化し終わったらしく
机を移動させて昼食の準備に取り掛かってる奴が大半だった
ふと、そこで違和感に気がつき、後ろのハルヒに声をかける
「今日はかがみって休みだったっけ?」
「はぁ?鏡?あぁ貸したげるわよ、酷い顔よいまのあんた」
おかしい、何かがかみ合ってないのだ聞き間違いをしたわけでもなかろうにこの反応はなんだ?
「違う、柊かがみだ、あいつは何をしている?」
「柊?つかさしか知らないわよ私」
俺はようやく事態の深刻さに気がついた、朝比奈さんに続いてかがみもか!?
かがみは朝比奈さんと違って未来人でもなんでもない、消えるとしたらそれは
まさに宇宙に居る悪意で出来た神様の仕業、つまりは完全にどうしようも無いことをあらわす
勢いよく椅子から立ち上がり三人だけで弁当を食べているこなたたちに近寄った
「なぁこなた、かがみはどうした?いつも一緒だろう?
 つかさ、お前の姉さんは今日休みなのか?」
俺が矢継ぎ早に声をかけると、こなたたちは顔を見合わせて戸惑っていた


冗談だと思ったのだろうが、俺がそんなつもりでないのがわかったからか
やっぱりこいつらも忘れてるのか?かがみの存在を彼女の存在を
「キョンさんどうしたんですか?寝ぼけてるわけではないようですけれど
 私達にその質問に答えるすべがありません、質問の意味がわからないのですから」
淡々とみゆきさんが答える姿は古泉の喋りから笑みを抜いたようで
俺をひたすらに打ちのめした、誰よりも仲がよかったこいつらが忘れてるのか
「ふざけるな!どうなってるんだよ、何で俺だけが覚えてる!」
いままで見たことの無い俺の姿に戦慄して動けなくなってるクラスメートを置いて
俺はだれか一人でも覚えていないものか探しに教室を飛び出した
どうなってるんだよ、何で、なんでなんでなんで
ドン、と人にぶつかった、前をろくに見ずに走ってれば当然の結末だ
すぐに謝って手を伸ばすと居たのは日下部だった
「いやいんだよ、わたしのほうも急いでたからさごめんな、え~と…キョンって呼ばれてたよなお前」
どうしようない、全身に無力感が襲いかかる
かがみが居なくなった場合、俺と日下部に接点が消えたことになるから、だからか?
俺は何も言わずにその場から立ち去り部室に向かった、長門に会いに行く
長門はなにか動きがあったら連絡をくれるといっていた、この状況が何も無いはずはない
もしかしたら長門も、そんな考えが頭をよぎったからだ


勢いよく部室の扉を開いて中を確認すると、ぎりぎりで扉にぶつからない位置で
長門がこっちを向いて立っていた、俺が来るのを予測してたようで
俺が走った際に消費した酸素を取り込んでるうちに早々に喋り始めた
「あなたに近い人から、あなたの記憶だけを残して消えていってる」
それはつまり俺の推測が正しいことをあらわす
「消えた人間はもとからその存在そのものがなくなったことになって
 周囲とかかわったものが全て欠落する」
そういって長門は食器棚を指差す
消えてしまった朝比奈さんとかがみ、そしてかがみの欠落によってかかわりが無くなった日下部と峰岸
四人のマグカップは消えうせていた、それだけじゃない
朝比奈さんの衣装や峰岸が持ち込んだお菓子用品などもきれいさっぱり失せていた
だがここで一つの疑問が浮かんできた
「で、でも朝比奈さんに関しては橘が覚えていた、藤原もいなくなったらしいがそれも覚えていたぞ」
「その三者に関しては全員が一般人とは異なる、だから残っているのだろうと推測される
 でも他の人間は違う柊かがみを含めた他の一般人は、跡形もなく消えてしまう」
俺はよろけながら後ろの壁に背をもたれさせる、眩暈がする、耳鳴りがする、頭痛がする
おい、ちょっと待ってくれ、待て、まてまて
部室においてある小型テレビ、その周囲に置いてあるゲーム機器が消えていってる
「泉こなたが消滅しかかっている、その所為でまた他のところにも影響がでてる様子」
言われて他のところに目を凝らすとあちこちで、物が明滅して消えていく
「泉こなたが消えることで一年に居る小早川ゆたかがこの高校に来ることが無くなった
 そして岩崎みなみ、パトリシアマーティン、田村ひより三名との関わりも絶たれることになる」
消えていく、人が、物が、思い出が、部室にあったものが光のように散っていく
俺は踵を返して教室に戻った、すれ違う奴等が目をむくような勢いで走る



しかしやっと教室についたときにあったのは、中心に不自然に出来た空間と違和感
みゆきとつかさは一人で食事をしていて、戻ってきた俺に声をかけてきた
「大丈夫ですか?先ほどは起きるなりいきなり教室を飛び出したりして心配したんですよ」
「そうだよ、驚いたんだからね!まったくもう!」
どうやらそういうことになってるらしかった、もう感覚が麻痺してるのか驚くことが出来ない
ただつかさがどことなく強気なのはかがみが居なくなった影響なのか、とか漠然と考えていた
「悪い、気分が悪くてな」
俺はそれだけいって席に戻った
ハルヒはぼけっと空を眺めていたが俺に向き直って
「まったくなにやってんだか」
と呆れたように呟いた、だが俺にそれにまともに返事する余裕はない
『あなたと親しい人間から消えていく』
それはどう考えても嫌がらせ以外の何者でもなかった
どうせならさっさと全てを消してくれればいいのに、なぜ俺を執拗に狙う
畜生、なんで俺には何も出来ない、今朝の楽観的な考えなんかこいつらには通じないんだ
俺がこうして頭を抱えてる間にも知り合いが消えてるかもしれないというのに
「ねぇどうしたの?あんたさっきから変だけど」
涼宮か、悪いが相手できる状況じゃないんだよ
いつもなら適当にだろうと必ず返事をしていた俺だが今回はその皆勤賞を放り投げることになりそうだ
…まて、涼宮?俺はあいつをそう呼んだか?
いい間違いなんかあるはずが無い、俺は3年の高校生活を常にこいつと行動していたが
俺がそう呼んでいたのはこいつがSOS団を作る一月程度の間だけだった
これも弊害か?ならば俺が返事をする気が起きなかったのもその所為か?


俺は身を起こしてハルヒに向かい合った、敗北をした気がして、意地でも会話をしようと思った
こんな考えが間違ってるのもわかってるのだが
「悪い、なんか言ったか?」
そう口に出したはずだ、少なくとも俺の耳にはその言葉が聞こえた
だが、ハルヒは既に窓の向こうを向いて微動だにしなかった
すっと、音が消える
今までのざわめきが一瞬にして消える、風の音もしない、鳥も囀りはしない
立ち上がり周りを見渡すとそこにあるのは放課後のように何も無い教室
見回す、呼ぶ、誰彼構わず知ってる名を順に呼ぶ、だが返事は一つとしてなかった
数秒前まで目の前に居たハルヒも、居ない
俺を残して完全に全てが消えてしまったのか、地面に崩れかけたとき
一つ、何かの音が聞こえた
俺はそれに最後の望みをかけて駆け出すとすぐそこにそれはいた
「長門!」
長門は額から血を流し、左足を引きずりながら歩いていた
俺は長門に駆け寄り手を貸した
「一体何があった?なんで誰も居ないんだ?」
「情報統合思念体が地球上の全生命体を消滅させようとした
 私はあなたの存在の維持をしたけれど、その際に負傷した
 今は肉体の再構築をする余裕が無い」
長門のその流氷のような淡々とした声を聞いたことで多少冷静さを取り戻した俺だが
つまりは今現在地球上に俺と長門しか居ないということか


「違う、それと涼宮ハルヒ、彼女は残った力を使って自分とあなたの存在を無意識に守った
 出なければ私単体ではどうにもならなかった」
「奴等はまた仕掛けてくるのか?」
「しばらくはない、涼宮ハルヒがあなたを守るためにあの日の七夕を超える
 情報爆発を起こしたのが原因でまたしばらくは情報統合思念体は静観する」
ふざけたはなしだ、静観も何もこの状態では死の宣告と変わりはしない
この状況で生きてくことなんて不可能だ
そもそも、ならばそのハルヒはどうしたんだ?
「現在力を使い、その余波でどこかに飛ばされ、冬眠状態に陥っている
 でもその彼女を見つけ出すことができれば
 この世界を二日前の状態に戻すことも出来るかもしれない」
「本当か!?」
「絶対ではない、でも可能性はある」
長門は俺から離れて一度息を吸うと一瞬で怪我を治してまた話し始める
「いまはそれしかない」
「ならそれに全てをかけるまでだ」
「……わかった」



彼はそういって涼宮ハルヒを探すといった
この広い地球上のどこかに居る彼女を探し、消えてしまった世界を戻そうとしていた
予定調和、情報統合思念体にアクセスすると
今後の行動予定が事細かに送られてきた
『対象と自立進化の可能性、そしてNo.71769の個体を使った
 情報爆発の発生実験の成功に伴う今後の行動指針』
ステップ3から4に移行する
私はアクセスを終了して彼に追いつくために歩き始める
途中で自分が使っていた教室を通り過ぎる
一瞬見えたのは自分が使っていた机、それなりに愛着があった
今回のことでたくさんの人が居なくなった、最近は仲の良い人も居た

でもごめんなさい、決してあなたたちが万集まろうと
彼と二人で居ることには敵わない



Good bye Human race
『さよなら 人類』

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最終更新:2008年01月08日 20:07
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