「Will beat If」

例えば、人類という種が滅ぶにはどんな事が起きればいいのだろうか?
巨大隕石が落ちてくるか?それとも某国が核を放つときか?天然痘が再び蔓延したらか?
…可能性だけなら今、この瞬間に滅びてもおかしくはないのだ。


…まぁ、これらは実は俺は人類を滅亡させる手段を持つ男であるという前置きなんだがな。
妄想でもなんでもなく、事実だ。
その鍵は涼宮ハルヒ────とある男曰く、神と呼ばれる存在だ。






季節は冬。
しかしすぐそこまで春の足音が聞こえるような日差しの中。
俺達は涼宮ハルヒと屋上に居た。
「………」
「………」
「………」
暖かな風をたまに運ぶような陽気でも流石に屋上では少し寒い。
しかも辺りを取り巻く雰囲気が殊更温度を下げていた。
冷ややかに俺を刺すハルヒの眼差しは俺に目をそらす事を妨げる。
「………ねぇ、いつから?」
いつしか俺が喩えたカシオペアよりも輝いていた瞳には、冷たい無機質なガラスを思わせる光しか見えない。
その声色にもただ透明な意思しか感じられない。
「……一週間、………くらいか?」
ギリギリの線で声が震えるのを抑えてなんとか声を絞り出した。
「………そう」
そんな俺を無表情、そして無関心なように一瞥すると

「おめでとう」

そう言い残して俺の横を通り抜けた。
バタン!と数瞬の間をおいて屋上の扉が閉まる音がした。
………ドクン、ドクン、と大きく体内に響いていた心臓の音が少しずつ、本当に少しずつ、ようやく収まり始める。
背中をつたっていた嫌な汗もどうにか引いた。
「………フゥ」
心底安堵したこのため息を皮切りに、脚から力が抜けるのが感じられる。
……だが、ここで無様にヘタレ込むわけにはいかない。
「大丈夫?」
俺の隣で安否を気にする少女がいる。
「キョンキョン…?」
その少女は少し同世代よりも発達が遅れているものの、充分な魅力を備えている。
俺は精一杯の強がりを見せて足に力を込め、その少女の頭を撫でた。
「大丈夫だ、こなた」
俺の、彼女に。


事のつまりはだな、俺とこなたが付き合い始めたということをハルヒに伝えたというだけの事だ。
ハルヒただの友人ならば修羅場か?
などと少し血生臭そうな話になるのだろうがところがどっこい、ハルヒはただの人間ではない。
地球の歴史から物理法則にいたるまでありとあらゆるものを改竄することのできる能力をもっているのだ。
簡単に言ってしまえば神様だ。
……しかし、その能力は無意識に発揮されるからタチが悪い。
ぶっちゃけた話、俺らが気にくわないと心の中で思っていたら消されていたかも知れないのだ。
だが、俺らがこうして今生きているという事はどうやらその能力によって干渉を受けてないと見ていいだろう。

と、そんな事を放課後、夕焼け空の下を手をつなぎながら帰るという一昔前の青春ドラマのようなワンシーンの中で考えていた。
俺の手の中にすっぽりと入っている小さな手。
俺が包む確かな暖かさは逆に俺を包む暖かさだった。
「ねぇ、キョンキョン」
「なんだ?」
隣の、頭二つ分程下から声が聞こえた。
「ハルにゃんはさ………………………ううん、なんでもない。忘れて」
「そこまで言って止めるなよ…」
「…私の憶測にハルにゃんの気持ちを乗せる訳には行かないヨ」
どうやら女同士、何か通じたものがあったらしいが言うのは憚られたのだろう。
俺はそれ以上の詮索は止めて大人しく家路を歩いた。



こなたの家にたどり着いた時には既に日が沈みかけていた。
長く、こなたの体温を感じていたいと思っていた俺が歩幅を狭めながら歩いたせいだ。
門前で向かい合う俺とこなた。
西日に照らされた顔は表情を読みとれないが、俺の陰に入っている唇が動いた。
「………」
俺の視覚が聞いた声に従い、少し腰を落とす。
そして俺へと近づくこなた。
「……」
「……」
互いの顔は同じ高さにあり、簡単にくっつける距離にあった。
二人の頭が写った道路。その影が完全に重なる。
俺は唇に重なった柔らかな感触を味わった。


「~~ッッ!!!」
随分長く感じられたその一瞬が過ぎると、こなたは顔を真っ赤に染めて俺から離れた。
そっちからしてきたのに……何か傷つくだろ。
「また明日な」
「………////」
俺に返事もくれずに玄関をくぐるこなた。
俺はそれを見送り、自分も家路についた。

その夜、意外にも古泉からの連絡は何もなかった。
俺はてっきり神人とやらが少しは暴れていると思ったのだが……
自分の予想していた事態が起こらない事にどこか肩すかしをくらいながらも何も起こらないことに安堵した。









朝。
いつも通りに目を覚まし、いつも通りに朝食を摂り、いつも通りに着替えて学校へと向かった。
特に顔見知りとは会わずに教室へと入った。
そこで朝倉涼子に出会った。
「…………え?」
多数のクラスメイトに周りを囲まれながらにこやかに笑い、質問責めに丁寧に受け答えする朝倉。
ドアを開けたまま突っ立っていた俺を確認するとさり気なくウィンクなど送ってきやがった。
なんだ?一体何が起こった?ハルヒか?世界の改変はやはり行われたのか?
待て。落ち着け。この状況は以前に体験した。ならまずすべき事は?
そう、何が"食い違っているか"だ。まずは朝倉涼子。今はそれだけか?
落ち着け…焦る必要は無い。
無い頭をフルに活用してこの異常事態をどう受け入れるべきかを考えていると後ろから声がかかった。
「ちょっと、キョン!そんな所に突っ立っていたら入れないじゃない!」
ハルヒだ。
ということは以前と違ってハルヒが別の高校へ行った世界では無いらしいな。
「ああ、スマン」
俺は体をどけてニトログリセリンよりも危険な団長様をお通しした。
ハルヒはなにやら馬鹿を見つめるような眼差し(おそらく間違ってはいまい)で一瞥すると俺の後ろの席へついた。

……………………?あれ?なんだ、この、違和感?
「…………?」
そういえば教室を見た時もなんだか同じ様な違和感を感じた。
あった筈の物がいつの間にかすり替えられていたような違和感。
とりあえずこのまま突っ立っているのも何なので席に向かう。
荷物を机の横に掛けて椅子に座る。すると後ろから
「で、なんで朝倉さんが居るのか説明しなさいよ」
などと声がかかった。
「俺が知りたい、ね……………は?今なんて言った?」
自分の耳を疑った。
今、コイツはなんて言った?
「だからなんで朝倉さんがカナダから帰ってきてるのかって聞いたのよ馬鹿キョン」
俺の耳はどうやら壊れていなかったらしい。
「スマンがハルヒ、ちょっと気分が悪い。保健室行ってくる」
「え?あ、ちょっと、キョン!?」









始業間近の人気のない廊下を独り歩く。
混乱の極みにあった俺は情報を整理しながら文芸部室へと向かう。
まず、今までの経験からするとハルヒの世界改変能力(以下能力と略させてもらう)はハルヒ自身が持っている。
それは長門や喜緑さん、朝倉のようなインターフェイスなんたら…面倒くせぇ、宇宙人なら剥奪が可能。
その能力が発動するには当人が心の底からソレを望むか信じる必要があった。
だから例えばハルヒが「雨の代わりに飴が降らないかしら」などと思っても常識的な現象では無いので常識が邪魔をする。
よって能力は発動などしない。
そして宇宙人が剥奪した場合だが、これはエラー……言い換えれば愛怨憎悪といった感情が恐らくキーだと思う。
まずはどちらにせよ鍵は長門にある。
慣れ親しんだ道筋を通り、文芸部室前にたどり着いた。
「…………」
俺は深呼吸を一度して、部室のドアに手をかけた。


「…………」
ドアを開けた俺の目に入ったのはいつもと変わらぬ本を読む少女、長門の姿だった。
無言でこちらを見つめる長門の姿にいつかの俺を忘れた長門の姿が重なる。
「………何?」
しかしどうやら長門は俺を忘れていなかった。
…ということは長門が能力を発現させた訳では無いのか?
俺の疑問は解決するどころかむしろピースが増え、更に難解な様子を見せていく。
「長門、俺がわかるのか?」
無言で微かに頷く。
「今、何が起こっている?」
無言のまま首を傾ける。
……全知の情報統合なんとやらにもわからない状況なのか?
「何故朝倉が復活してる?」
無言に首を振る長門。
マジか?長門にも把握できない状況なのか……?
そこである一つの閃きがあった。
「まさかとは思うが、俺に対して箝口令がしかれていないか?」
しかし、やはり首で否定された。
マジ何なんだ?長門に把握できない状況、朝倉の謎の復活、俺に湧き上がる違和感……
朝比奈さんに聞くか?いや、何も知らないだろう。ならば古泉…長門よりも知る訳が無いな。
八方手塞がりだ。
「……クソッ」
俺は部室の安物の椅子に腰掛けた。
どうしろってんだ?まさか喜緑さんが能力を奪ったってか?
椅子の背もたれに自重を全て預け、天を仰いだ。
そこには安いタイルに覆われた天井と蛍光灯しか無かった。



どれくらいこのままでいたのだろうか。
脳内のバラバラなピースをどんな枠に当てはめ、どんな絵が浮かぶかの手がかりすらない状況に絶望していると部室のドアが鳴った。
コンコン。
ノックをしているという事は俺たちが中にいる事を知っているのだろう。
わざわざそんな事をしなくても入ってくればいいものを。
「どうぞ」
俺が許可すると扉の外の人物が入室した。
「こんにちは」
来客は予想外であったものの、その人物は予想通りであった。
「何の用だ朝倉」
「あら、つれないのね」
俺を二度も死の淵に立たせた人物に愛想良くする理由など無い。
「んー…何だか戸惑っているキョン君に現状を説明してあげようと思ったんだけど余計なお世話?」
「断る理由は無い」
正直かなり欲していた情報なのでありがたいが、わざわざ態度に出す必要は無い。
俺の応えに顔をパァ、と光らせながら嬉々として説明を開始する朝倉。
「じゃあまず長門さんの説明からね♪
簡単に言えば長門さんの能力は制限されました。SOS団には私が新たに参入します。」
「……本気で言ってるのか?」
「本気よ?その証拠に長門さんは今情報統合思念体にアクセスできないもの」
一瞬、理解できなかった。
その意味を頭で反芻してから長門を見ると確かに頷いた。
「長門さんはやはり不適格。まっさらな、エラーの無い私が長門さんの」
「長門が居なくなればそれこそハルヒがブチ切れるぞ」
「わかってるわよ。長門さんはそのまま。新しく私がバックアップにあたるの。OK?」

別に納得できない部分は無い。
感情というものに無頓着であろう宇宙人の親玉がそう考えても異常は無い。
だが……
「本当にそれだけか?」
「本当にそれだけよ?」
一瞬の躊躇いもなく返された。
なら、この違和感はなんだ?
あの、朝に感じた多大な違和感。
「キョン君の疑問が氷解したところで私は戻るわ。……それと、キョン君?」
「なんだよ」
「涼宮さんが少し怒り始めてるから早めに戻ってね」
バタン。
ドアが閉まり、部室に静寂が戻った。
別に何も問題は無い。
だが………………だが、なんだ?なんで俺はこうも不快なんだ?
勿論、答など出る筈も無かった。









「キョン?あんた大丈夫なの?」
クラスへと戻り自分の席に座ると後ろのハルヒが珍しく人の心配などした。
「なんでもなかったよ。心配すんな」
……まただ。この違和感。
後ろにハルヒがいるのは何もおかしく無い筈なのに。
「だったらなんで三限まで休んでたのよ」
三限?
ちらりと時計を見たら確かに既にあと一時間程で昼休みを迎えようとしていた。
「サボタージュだ」
「アンタサボれるような成績だと思ってんの?」
耳に痛い一言が刺さったところで丁度キンコンとチャイムが鳴り、教師が入ってきた。



…そして何事もなくそのまま放課後になった。
ただ明らかな違和感は朝倉が居るという事くらいで何度かのこれまでの不思議体験と比較しても材料が少ない。
朝倉が俺の質問に素直に答える訳が無い上にたよりの長門は能力を制限されている。
朝比奈さんはおそらく未だ何も気づいていないだろう。
古泉……それと喜緑さん、あとは鶴屋さんが最後のアテか?
ハルヒには悪いが呑気にSOS団などに参加する余裕は無い。
まずは古泉に聞くか。
……おそらく部室に居るだろうからSOS団をサボっている俺が顔を出すわけにはいかない。
なので内密な話がしたいとメールを送り、電話をかける。

「よお」
『何があったんですか?…涼宮さんはカンカンですよ』
「あー…曖昧な話何だが最近変な事無かったか?何でもいい。ハルヒに関してだ」
『いえ…………いや、そう言えば現在進行形で一つ』
「何だ?」
『閉鎖空間が発生してないのですよ』
「………」
『目に見えてストレスを感じているのがわかるのに閉鎖空間が発生してないのは初めてです』
「……十分だ」
『なにか知って』

プッ、と通話を切る。
これで一つピースが増えた。
次は鶴屋さんか?確か前は朝比奈さんと書道していたな。
それとも生徒会に行って喜緑さんを探すか?
…ここからなら生徒会室→書道部室にいった方が早いな。
よし、次は喜緑さんだな。



「居ない?」
「ああ、誰だその喜緑?とかいう奴は」
目の前のいかにも悪人面した生徒会長は喜緑さんを忘れていた。
「なにか勘違いでもしてたか?…あぁ、ついでだから頼みたいんだが古泉の野郎にもう少し協力しろって言っておいてくれ」
「……別にいいですよ」
「こっちも生徒会の仕事が多くて手が回らないんだよ……じゃあ宜しく頼んだぞ?」
「はい」
生徒会室を出て書道部へ向かう。


「みくるっちに変な事があったか?」
「それか朝比奈さんの周囲で何か」
「んん~………何も無かったにょろよ?」
「…そうですか。ありがとうございます」
「キョン君……協力できなくてすまないっさ」
「いえ、十全です」
部屋を出た。








さて、整理しようか。
新しく入ったピースがまず何を指し示すか?
閉鎖空間が発生していない→ハルヒの能力が剥奪or古泉の能力が消滅?
喜緑さんが"居なかった"→朝倉が代替としているor世界改変により消滅した。
朝比奈さんには何もされていない(?)→無視されている?orTPDDが無効化されている。
正直俺にはこれくらいの予想しかできない。
しかもこれらが役立つかも解らない。
だが、この胸の違和感がどうしようもなく俺を急き立てる。
この世界は何かが異常だと。

一番大きな手がかりは喜緑さんが居ないという事実だろう。
これが何を指す?
前例からも何かヒントは無いか?
何か他のヒントに繋がらないか?
「………」
…ピースが多すぎる。
一番大きなピースは喜緑さん。これはなにと組み合わせるべきなんだ?
…普段あまり使われない頭を使っているせいか少し頭が痛くなってきた気がする。
取り敢えずこの時点でのまとめを何かに残しておこうか。
今は何も思い浮かばなくとも後で何かの役に立つと思いたい。
パタパタと制服のポケットを叩いて何か無いかと探していると固い感触に出会った。
「携帯か。…これでも十分だな」
カチカチカチカチ、とメモ帳に書いて保存する。
そしてパタン、と閉じた。
「…………………」
今、俺は正直に言うなら恐れている。
もしかしたらこの違和感ってやつはただの妄想で、もしかしたらこの世界はこれが正常なんじゃないかって。
この行動は無意味で何をやっているのか?なんて………
…………………
…………………
いや、そんなの考えても答えが出る筈がないだろ。
少しは有益なことについて考えろ俺の頭。


制服のまま、あてどなく街をぶらぶらとしている俺。
何らかの手がかりに偶然出会えないかと期待していたが勿論出会うはずも無い。
「………」
何の良い考えも浮かびやしねぇ。
喜緑さんか…喜緑さんを知っている人と言えば会長、長門、SOS団………SOS団?!
「はぁ!?」
思わず叫んでしまった。
俺は馬鹿か!?なにサボってんだよ!?
既に太陽は沈み始めていてもうすぐ部活動も終わる頃だ。
いや、携帯なら時間は関係ない。
古泉に電話すれば……………?
速攻で電話帳を開き、発信ボタンを押すだけだったが俺の手が止まった。
電話帳を開いて"あ"行が目に入った。
そこに書いてあった文字。

泉 こなた

「………」
手がかってにスクロールして他の名前を探した。

柊 かがみ
柊 つかさ
高良 みゆき
日下部 みさお

まだまだでてくる。
しかしそこで止めた。
俺の違和感が頂点に達して、パーツが一気に揃った。

………ああ、本当に俺って馬鹿じゃねえか。
ヒントが転がりまくっていんのに手を出さずにスルーか。
この馬鹿め。
携帯を再び開きコール。
相手は古泉。
そして携帯を耳に当てながら全力で走り出した。






西日が真っ赤に染める教室に俺は立っていた。
ある人物を待つ。
その、ある人物とちょっとした関わりのある場所だ。
そのまま十分程待っていると待ち人が来た。

「お待たせしたかしら?」

「前は俺が待たせたからおあいこさ」

目鼻の整った、クラスのまとめ役。朝倉涼子。
俺は学校へと戻るとまず朝倉の下駄箱を漁り、朝倉がまだ校内に居ることを確認した。
そこにルーズリーフに書きなぐった手紙を押し込み、誰もいないであろう教室へと向かった。
「告白かしら?」
「似たようなもんだな」
顔色一つ変えず、いつも通りにこやかな顔をしてこちらを見つめる朝倉。
「涼宮さんに悪いから遠慮したいのだけど…」
「残念ながらハルヒとは付き合わん。そして朝倉、お前"を"告発しに来たんだよ」
どこか可愛らしげにきょとん、とした顔つき。
こんな風な表情が作れるなら長門にもそういうのを与えてやれ、と思う。
「…始めに聞いておく。お前は朝倉涼子か?」
「そうよ?」
「じゃあ、お前は統合情報思念体によって動いているか?」
「……何がいいたいのかしら?」
「お前は、佐々木によって再生されたか?」










「まず、TFEIといっても同種を倒すのは難しい。
次にTFEIにはハルヒの能力ほどの力……世界を改変する力は無い。
俺の推理に必要なのはこれだけで十分だった」
「まず、コンピ研の部長みたいに一人だけ記憶が曖昧になっている可能性があったから会長だけでは不十分だった。
そこで古泉に聞いてみれば喜緑さんは記憶に無いとさ」

「念の為朝比奈さんに代わってもらって聞いたが知らない。
ハルヒに聞くのは躊躇われたがこれも知らない」
「それで?それがどうすれば私が佐々木さんに再生させられたかわかるのかしら?」
「……………」
「……何でにやけてるのかしら?」
「今の口振りから察するに佐々木の事を知っているよな?」
「…別に他意は無いわよ」
「そうかい。まぁ、別にいいんだ。
問題はここからだ。SOS団が殆ど喜緑さんを忘れている。
恐らく全校生徒…俺と長門、朝倉を除いてかな?が、忘れている。
そこから察するに世界改変は行われた。これが一つ。
もう一つはTFEIは改変された世界にも干渉できる筈だ、ということ。
ならば喜緑さん、または長門がなんらかのアクションを起こしていても…いや、起こさない筈が無い。
なのに何も無い。……そこで思い出したのは"敵"の存在だ。
長門を衰弱させた"天蓋領域"…あれが関わってないか?と」
「喜緑さんがいない世界…これはそれだけ喜緑さんを危険視していたということでは無いか?と考えたらあの周防…天蓋領域は一度思いっきり接触していた。
これは全くの想像だが佐々木の閉鎖空間に誘い込むか天蓋領域の空間を使い接続を絶って改変したんじゃないか?
なら何故長門は消されなかった?何故古泉は?
長門は接続を制限しているし古泉は状況を打破するような力は持っていない。
この情報はおそらく橘か?同じ機関に属しているらしいし」

「もういいわ」


「……」
「なんだか穴だらけの推理なのに当たってるのが怖いわね」
「あー…つまり俺が聞きたいのは佐々木がハルヒの力を奪ったのかどうかだ。どうなんだ?」
一気にまくしたてたおかげで少し喉が枯れていた。
…というか今コイツ肯定しなかったか?
「私は言わばクローンよ。天蓋領域が統合情報思念体に不正にアクセスしてコピーした物」
にこやかな表情を崩さずさらっと言いやがった。
「へぇ…そうなのか」
「で、それがどうかしたの?」
「それだけだよ」
「あのさ、やぶ蛇だと思わなかった?」
「思ったさ」
「殺されるかもしれないのに?」
「ああ」
「なんで?」



「泉こなたがいないからさ」




「……」
「ちんまい、俺の恋人」

「フフッ……」
ずっと能面のような笑顔だった朝倉が笑った。
「あなた、本当に面白いわね」
ナイフで三度目の命の危険に晒されることも覚悟していた俺からすると異常事態だ。
ここからじゃあ、死んで?みたいなことを言われる可能性があるにはあるがどうにもそんな雰囲気ではない。
「ここは閉鎖空間だけど閉鎖空間じゃない。えっと…精神と時の部屋みたいなものよ」
…まさかドラゴンボールが出てくるとは思わなかった。
「ある一瞬を切り取って、それを引き伸ばした世界。その一瞬で佐々木さんが涼宮さんの力を奪い取って構築した世界」
何か変な感じがするかと思ったら西日が教室を染めていた筈なのにそれが無い。
窓の外を見ると太陽が消えていた。
「この世界ではあなたの"可能性"を模索する筈だったの。
涼宮さんと付き合う未来…長門さんと添い遂げる未来…朝比奈さんと、…………そして佐々木さんと」
遙か向こうの景色が霧に飲まれるように消えていく。
真っ白な光しかない世界がこちらへと近づく。
「約70000回程度の繰り返しをする予定だったけど。まさか初回で気づかれたなんてね…」
窓の外はついに白に覆われ、教室にまで染み出している。
「……いや、この一回だけが気づくチャンスだったのかしら?」
もはや俺と朝倉、二人の膝元まで白は満ちていた。
「でもまだコレは始まり。…キョン君ならすぐに気づくでしょうね」
不穏な言葉を残して俺の視界は全て白に染まった。






「………ョ………ン?」

「…ョン、……キョン……ン?」
何か声が遠く聞こえた。


「キョンキョン!」


ハッと目を開けるとそこには大きなこなたの顔があった。
ここはどこかと辺りを見回すが一面道路。
あれ?もしかし
「無視デスカッ!?」
某格ゲーの多段ヒットするようなアッパーを顎に食らった。
「痛ぇっ!?何すんだ!?」
「そっちこそキスした直後に無視とはなにしてるのサ?!」
キス……?ってことはこれは。
辺りは西日に包まれ、こなたの顔まで赤く染まっている。
「…つまり昨日に戻ったのか」
「なにブツブツ言ってるの?」
横のこなたが不思議そうに俺を見ていた。
「何でもない。それよりこんな所にずっといたら風邪引くだろ。さっさと俺を帰らせてくれ」
「帰ればいいじゃん」
「お前を見送ったらな」
「……このフラグ魔が」
「何か言ったか?」
「何も。じゃあまた明日ネ」
ばいばい、と手を振り家に入るこなたを見送ると俺は辺りを再び見回した。
(……確か"一瞬"であの世界を構築したって言ってたな)
という事はこの近くで俺を観察してたって事じゃないか?
朝倉と対峙していた緊張感はまだ途切れておらず、頭は未だどちらかと言えばあの世界に取り残されていた。
俺は耳を立て、注意深く辺りの音も拾う。
「………………………………」
しかし、やはり素人である俺がそんな事をしても無駄だった。
結局無駄に体を冷やして何も得ることは無かった。




「……………寝れねぇ」
冷えた体のまま家に帰り、その後は別段変わったこともなく就寝するだけだったが眠れなかった。
「……始まり?」
あの世界の朝倉が最後に残した言葉。
それが頭にこびり付いて俺の眠気を取り除いている。
そのくせ着々と眠気は積もっているので頭が働かない。
「………………」
ウトウトと呆けた頭はもう使い物にならない。
このまま半分夢見た状態でいるのは拷問では無いだろうか……?









そして、俺は起きた。






「…?」
布団の中でうたた寝していた筈だが眠気が覚め、不思議な違和感に包まれていた。
何もおかしいところは目には見えない。
だが強烈な違和感が辺りを包む。
…今までの経験からすると何かが起こっているのだろう。
俺は私服に着替え、コートを羽織りその何かに備えた。
あの世界では長門は何も出来なかったが、こっちなら何かしら出来る筈だ。
そう思いこういった事態の指針となる長門に連絡を取ろうと携帯を取り出した。
「……やっぱ何かしら起きてるな」
電波は0。圏外になっていた。
寝ているであろう家族に見つかったら何を言われるか分からないので慎重に外へ出て自転車に乗る。
目指すは長門の家だ。



長門のマンションにたどり着くと玄関口には既に長門が居た。
「あなたを待っていた。学校へと連れて行って欲しい」
速攻で何をすべきか示す長門。
こういう時は本当に頼りになる奴だ。
「何が起きているかわかるのか?」
「わからない。だが涼宮ハルヒがそこに居る」
長門を自転車の荷台に乗せて立ち漕ぎで全速力を出して学校へと向かう。
「何でハルヒがそこに居るって分かったんだ?」
荷台で微動だにせず、しかも重さを感じない後ろの長門に聞いてみた。
「涼宮ハルヒとあなたにはGPSに準じたものを取り付けてある」
…………………ちょっと待て。
それはつまり常に監視されているという事か?
「体には無害」
いや、そんな心配してないから。
というかそれは体内にあるのか?
別段知りたくもない自分の秘密を知って肩を落としながらも自転車の速度だけは緩めなかった自分を褒めてやりたい。
……ハァ。


……今気づいたがこの違和感はアレだ、音が無いんだ。
道理で長門の声がよく聞こえると思った。
そんな状況下で


「ちょっとキョン!!!何よコレ!!!!」

なんて大声を直撃したから操舵をミスってコケた俺を笑わないで欲しい。
ガッシャァー!!!!
と全速力で走っていた自転車はフレームを歪ませて壁にぶつかった。
「キャアッ!?ちゃんと運転しなさいよバカキョン!!!!!!!」
どうにか事故に巻き込まれる前に脱出できた幸運に感謝しながら辺りを確認する。
長門は言うまでもなく無事だ。
「ていうかなんでアンタ有希と」
「ハルヒ、何ともないか?」
ハルヒは一見なんとも無さそうだが大丈夫であるとは限らない。
安否を気遣う俺に何故か少し顔を赤らめながら
「だ、大丈夫よ!!SOS団団長たるもの

「キョン君お久しぶりですね」

ハルヒの言葉を遮り現れた新しい人物。
「キョン、…この娘誰よ?」
なんとも恐ろしげな眼差しで俺を睨むハルヒを横目に涼しげに話を進める。
「あれ?涼宮さん前に会いましたよね?橘ですよぅ…橘京子」
「で、私のキョンに何の用かしら?こんな夜更けに」
ハルヒは今の状況がどんなものだかおそらく理解していないだろう。
理解しているならこんな談笑する余裕など無い。
(………これが始まりって奴か?)
あの朝倉が残した言葉が今の状態を表してるのか?

なんだろうか……多分そうなんだろうがスッキリしない。
ハルヒがなにやら橘に詰め寄っているがそれを無視して自分の考えに没頭する。
(あの世界は何のために作ったんだ?)
確か朝倉は実験…だったか?
そんなニュアンスの事を言っていた。
わざわざあの世界を作らなくても世界改変能力があるならこの世界を作り替え………!?
「ハルヒッ!!離れてこっちに来い!!!!!!」
「………え?」
俺は走り出してハルヒを連れ戻そうとしたがそれよりも早く橘がハルヒを捕まえた。
その反対の手には古泉が使ったような赤い光球があり、俺へと投げられた。
「!?」
その事実に反応が遅れた俺はその光球を直撃する。
パァンッ!!!!!
と風船が破裂するような甲高い音が響き渡った。
「……………」
「…長門!?」
しかしまるで瞬間移動のような速さで俺の前に立ちはだかった長門の不可視の盾によりそれは弾かれた。
「橘京子を敵性因子と判断。許可を」
「…頼む」
その一言を皮切りに長門の立っていた地面が弾け、矢のような速さで橘へと長門が迫った。
超能力者と言えどもただの人間、TFEIには到底及ばない。
橘の手の内にあるハルヒはその長門の運動能力に驚き、目を丸くしているのと同様に橘京子は……………笑っていた?
嫌な予感が背中を走った。
「気をつけろ!!!!」
その声が届く一瞬、長門はいつしか俺を庇った時のように串刺しになった。

「有希っ……!!???」
透明な槍に貫通された事態を目の前にしたハルヒ。
その背後に見えたのはデジャブを覚える光景だった。
「朝倉っ……!?」
「こんにちは、キョン君♪……あのときとはちょっと違うシチュエーションね?」
迂闊だった。
どうして俺はあの世界から帰ってきた時にすぐに行動を起こさなかった……。
何故、誰にも言わなかった……?
「………」
長門に突き刺さった槍が光の塵へと返る。
しかし、長門の傷は塞がらずに開きっぱなしだった。
「もぉ、危ないじゃないですかぁ」
「あ、ああ………朝倉さん?どうしてココに!?」
「………♪」
あれは確か朝倉のコピーだったか。
おそらく操っているのは周防。
あとは佐々木と藤原か。
「お前ら、何がしたいんだ…?ハルヒにはもう用は無いだろ?」
「そうなんですけどぉ……なんか変なんですよね」
もう世界改変能力を失っているハルヒには用は無いそう思っていたがまだハルヒには何かあるのか?
「あぁ、長門さんの小細工ね。…取り除くの面倒ねコレ。変質を抑えるみたい」
「……手前ら、何がしたいんだって聞いてるんだよ」
俺の言葉にハルヒを含めた三人が俺を見た。
怒りのあまりに少し語気が荒い。
「俺を閉じ込めたり、柊達を消した世界作ったり、朝倉連れ出したり……何がしてぇんだよ!?」

「世界の改変に決まってるだろう?」
後ろから声が聞こえた。
「僕には関係無いがね」
いけ好かない未来人野郎、藤原だ。
「ようやくあの佐々木さんのシュミレーションが終わって改変した後の世界が決定したのよ」
朝倉が言った。
「まず今の恋人である泉さんは消す必要があることがわかったのでまずその改変ですよ」
橘。
「それに邪魔が入っては困るからそこの人形に消えてもらうことにしたんだよ。既にもう一体の人形は消したがね」
再び藤原。
「古泉君は涼宮さんの閉鎖空間に入れても佐々木さんの閉鎖空間には入れないから放置プレイだし」
「あ、でも新しい世界に実は私入れるんですよ。だから別に改変には賛成も反対もしてません」
「僕は結局生まれてくるから反対する意味が無い」
前と後ろから交互に声が聞こえる。
その内容に吐き気を覚えるほどの怒りが芽生えた。

「お前ら、は、なんだ?アレか?自分に、被害が、無ければ、それで、いいってか?」
「だってぇ、私が信奉する神様は佐々木さんですし……佐々木さんの幸せを考慮するのが私の勤めですよ?古泉だってそうでしょう?」
ああもう黙れ。そんなんはどうでもいい。クソ。なんなんだよ。
あんなムカつく世界に閉じ込めて、目の前で長門を刺して、喜緑さんを消して。

「何がしたいんだよ佐々木ぃ!!!!!!!!!!!」

有らん限りの大声を張り上げた。
そんな俺を見下したように見る藤原、本気で何が言いたいのかわからないような橘。
ただこちらを見ている朝倉(=周防)、そして
「ゴメンよ、キョン」
いつの間にか隣に出現した佐々木。
その華奢な手が俺の頬に触れた。
その手は暖かく、普通の人の手だった。

「佐々木……お前は何がしたいんだ?」
先程まで何かしらまとまっていたような考えがあったがそんなものは消えていた。
今はただ怒りだけが占めている。
「……ちょっとみんな、外してくれるかな?周防くんは一旦親元に戻って、藤原くんは未来へ。橘さんは閉鎖空間へ先に行っててくれ」
一瞬にして場には俺と佐々木、ハルヒ、倒れている長門だけが残った。
ハルヒは話の展開についていけないのだろうか、何も口出しをしない。
それどころか地面にヘタレ込んでしまった。
「キョン、率直に言わせてくれ」
なんだ?と言おうとしたが体が動かないことに気づいた。
指先に至るまで何も動かせない。
「僕は君が好きだった」
佐々木が固まった俺の正面に立ち、俺の顔を見上げた。
「君を泣かすつもりは無かったんだが……」
再び頬に触れた手を見ると水滴が付いている。
どうやら気づかないうちに泣いていたらしい。…なんてこった。
それをペロッ、と舌で舐めとる佐々木。
「……君と、泉さんが羨ましかった。
前にさ、橘さんが言ってたろう?君が協力してくれれば僕に力が移せるって。
それはつまり、僕が望めばいつでも移せるって事だったんだよ。
僕があのとき望むことと言えば君がしたいこと……君の幸福ぐらいだったからね」

「それは言うなれば愛からくる願いだった。
愛の逆は憎かな?これらの対義語は無関心だろうけど。
…君たちが夕焼けの下でキスしていた所を目撃したときに僕は嫉妬した。
妬み、嫉んだ。それがキッカケで僕に移った。
その能力が移った刹那に僕は泉さんのいない世界を創造しようとした。
…だけどね、それだけじゃあ駄目だと思って試しの世界を創った。
泉さんがいなくても涼宮さんがいる。長門さんがいる。朝比奈さんが。
それらを越えてキョンに近づくためのシュミレーション。
そのための世界。
…結果は散々だったけどね。
また新しく創った世界で色々試行錯誤して、雛型を作った。
そこなら…キョンを手に入れられる。
キョンの記憶を改竄できればそれがいいんだけど長門さんの力が及んでどうしてもできない。
泉さんと付き合った記憶を消せても改竄はできなかった。
だから泉さんには退場してもらった。その友達にも。
……そろそろ話し疲れた。
記憶を消す為に、僕の世界に連れて行くためにあと少し我慢してくれ、キョン。
……また会おう。今度は恋人になるために」

佐々木は動けない俺に唇を重ねるとどこかへ消えた。


そこでようやく俺の金縛りが解けた。
へたり込んだハルヒはもう何が何だかわかっていないのだろう。
未だ出血する長門の血が膝を濡らしていてもそれに構わず俺を見上げるだけだ。
「何…………?」
「ハルヒ」
「何が起こってるの……?なんで有希が殺されてあの人達は消えたの?」
「ハルヒ!!!」
昔の、コイツ自身の世界改変は自分に危害がないと知っていたから平気だったのだろうか?
今のハルヒは得体のしれない何かを恐れるただの女子高生だ。
「……クソッ」
こんな状態のハルヒにはなにも頼る事はできないだろう。
かろうじて息があるだろう長門もこの空間では能力が発揮できないのか傷が開きっぱなしだ。
唯一動けるのは俺。なんの能力もない一般人だ。
………どうしろってんだ。
確かまだ、時間は多くないにせよある。
今しかチャンスは無い。
考えろ。
手札は何か無いか?
使える道具は?
何か、何かだ!!
俺に何か!!!!!

「コホッ…………カッ……ハッ………」
かすかな咳き込みが長門からした。
「有希っ!!??」
「長門っ!!??」
二人とも一斉に駆け寄り、長門のそばに座り込んだ。
体を貫いた槍は肺を抉ったらしく長門の胸が上下する度に穴から奇妙な音が響いた。
「だ、大丈夫なの!!??有希っ!!??」
涙をポロポロこぼしながらすがりつくハルヒ。
しかし長門は俺を手招きするだけだ。
「ハルヒ、長門が何か喋ろうとしてる。少し落ち着け」
「で、でもこれじゃあ……」
長門が普通の人間なら死んでいるだろうが長門は普通では無い。
それを知っている分だけハルヒより冷静になれた。
長門の口元に耳を近づける。
「……自覚……と……………渇望」
ヒューヒューと奇妙な音を立てながらそうとだけ言い残して目を閉じる長門。
「有希!!??目を開けて!?死んじゃ駄目よ!!!??これは団長命令よ!!!!!」
涙声で動きを止めた長門の胸を叩くハルヒ。
俺も冷静にはなれそうになかったが、俺まで焦ったらそれはただの馬鹿だ。
長門はいつも的確だ。
長門を信じろ。
泣くな俺。
まずは考えて解決してから存分に泣け!!!!


「…………ハルヒ」
「何よ………」
もう溢れ出る血も枯れた長門の胸を押しているハルヒ。
「宇宙人を信じるか?」
「いるわよ」
「未来人は?」
「いるわ」
「超能力者、異世界人は?」
「きっといるわ」
「……俺は信じてなかった」
「…………」
ギュッギュッと黙々と長門の胸を押し続けるハルヒ。
「だがお前も見ただろ?今の光景」
「…………」
「あれが宇宙人未来人超能力者異世界人でなくてなんなんだ?」
「…………」
「消えたり瞬間移動したり…俺らの身の回りにはすでに居たんだよ」
「…………」
「なぁ、ハル」
「うるさいわねっ!!!!!!!」
流れ落ちる涙を長門の血で汚れた手で擦るハルヒ。
半端に乾いた血が水分を得て顔にべったりと伸ばされる。
「あんた今の状況分かってないの!!!??有希が死にそうなのよ!!!??誰か呼びに行くくらいしなさいよバカ!!!!!」
そういうと俺を睨みつけ、再び長門の胸を押し始める。
……おそらく、この世界には俺とハルヒ、長門しか居ないだろう。
遥かな向こうにはいつか見た神人ではなくあの世界で見た"白"がこの世界を駆逐しているのが見えた。
俺ら以外はすでに、居ない。
人類が滅亡したというのにいやに静かな風景だよな?まったく気が滅入る……。

長門の言葉の解読……あれは簡単だった。
佐々木にあってハルヒに無いもの……力に関しての自覚。そして、力への欲求。
ハルヒが力を自覚し、佐々木よりも強く願えば誰も彼も……佐々木を除いて……救える。
故に今すべき事はハルヒを焚き付ける事。
全力で。
「ハルヒ、俺は昔超能力だのなんだの、信じないませたガキだった」
「…………」
「だがな、ヒーローだけは信じてた。銀色の巨人や改造人間…そいつらにだけは居てほしかった」
「…………」
「ハルヒ!!お前に聞くぞ!!ヒーローは居るか!?」
「…居るわけ無いじゃない。いたら私達を助けにくるわよ」

「そうだっ!居ない!!居ないと思えば居ない!!!だがな、ハルヒ!!」

ハルヒの向こう、白が既に校門まで来ていた。

「お前はヒーローに居てほしいか!?
めちゃめちゃ強くて!!誰もかも救って!!理不尽なまでにすべてを解決するヒーローだ!!
お前はそんなヒーローが欲しくないか!!??
ヒーローだぜヒーロー!!!
宇宙人未来人超能力者なんて諦めていた俺でもヒーローには憧れるぜ!!
ヒーロー!!つよいぜヒーロー!!!
ヒーロー!!カッコいいぜヒーロー!!!!
全てを救うぜヒーロー!!!最強のヒーロー!!日常に巣くう悪を倒せヒーロー!!!
ヒーローだ!!
俺はヒーローに憧れている!!!」

「……馬鹿じゃない?そんなの」

「できるんだよハルヒ!!お前が!!心の底から!!望めば!!
想像してみろ!!ヒーローだ!!強い!!カッコいい!!無敵のヒーロー!!」

「なんでそんなの……」

「ヒーローならなんでも出来る!!ここにいるお前らを救うし悪を倒す!!!
そんな長門の傷なんてヒーローなら助けてみせる!!!
ヒーロー!!!俺達に必要なのはヒーロー!!!!
無敵な最強なカッコいいヒーロー!!!!!」

もう自分で何を言ってるかわからない。
ただ叫ぶ体は熱く、ハルヒへと願いを込めて叫んだ。

「ハルヒッ!!!!よく聞け!!!一度だけだ!!一度だけ、これっきりの秘密を打ち明けてやる!!!
お前は神様なんだよ!!そして」

「もういいわよ!!キョン!!こんな状況に置かれてパニックになってるのよアンタ!!!」
ああ、そうかもしれんな。
だがな、ヒーローは諦めない。俺が"ヒーローになれば"全て救えるんだぜ?
こんなおいしい話を諦められるか!!!






「俺は───────────────ジョン・スミスだ!!!!!!!!」









「何が……君をそこまで掻き立てたんだい?」


「さてね。……愛の力かな?」


「はは…君は変わらないね?……全く、残念だ」


「昔の俺なら諦めてたかもしれんが……今の俺は違うのさ。どうしても負ける訳にはいかなかった」


「なら……きっと改変しても上手くいかなかっただろうね。僕が見ていた君はあの頃のままだった」


「……スマンな佐々木。お前だけは傷つく結果になって」


「告白して振られたのと同じさ……君は悪くない。僕に魅力が無かっただけさ」


「…………じゃあ、またな?」
「またね、キョン」



朝、教室に行く前に部室に寄ってみた。
「よう」
「………」
朝から晩まで変わらぬ姿勢で黙々と本を読む少女に挨拶。
端から見れば無視したように見えるかもしれないが実はほんの数ミリ位顔を動かして応えている。
「ハルヒは大丈夫か?」
「大丈夫。…少し朦朧とした記憶があるだけ」
「そうか………」
そういうと本に視線を落とす。
労いと感謝の意を込めて頭を撫でた。
「ありがとな」
「……………」
ほんの僅か。首を動かして返事をする長門を背にして部室を出た。








なんだかとても疲れた1日を体験したがそれでも勉強(≒拷問)はしなければならない。
全く、学生ってのは辛い身分だな。
ガラッ、と教室のドアを開けた。


「おはよう、こなた」
「オハヨ、キョンキョン。私より遅いなんて珍しいじゃん。そういえばさ…………」


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最終更新:2008年01月08日 21:32
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