『曇天模様』

放課後の文芸部室
いつの間にか寝てしまった俺は
パイプ椅子の乾いた音と人の気配を感じ、ゆっくりと目を開けた。
意識が覚醒してすぐ目に入ったのは透き通るように白い手と
その手に持たれた分厚いハードカバーの本であった

「すまんな長門、待っててくれたのか?」
部室にはもう長門しか残っていない
俺の肩にカーディガンが掛かっているということは
長門は俺が起きるまでずっと本を読んで待っててくれたのだろう
カーディガンから、ほのかに長門の香りがした
その香りに俺は少しドキドキして、心拍数が上がっていく
心なしか長門の無表情の中に、軽蔑した視線が混じっているような気がする

「……これ」
そう言って長門は差し出した本をさらに俺の目の前に持ってくる
これを受け取って早く服を返せとでも言うように
「今日読んで」
「あ、あぁ」
どんな本なのかは知らないが、頭が痛くなることは間違いないだろうな
大体長門が俺に本を貸すのは何か物事が発生したときだ
どうせまた中に栞が挟んであるんだろ?
「まだ読んじゃダメ」
何気なく本を開こうとしたが長門に頑なに拒否されたので
おとなしく帰ってから見ることにしよう

家に帰った俺は着の身着のままベッドに座り、
さっそく長門から借りた本を開いた。 といっても中身を読むつもりはない。
案の定真ん中辺りのページから、栞がポトリと落ち
それを確認した俺は制服のまま上にジャケットを羽織ると部屋を後にした
見なくてもそこに書かれた内容は分かっているからな


さて、自転車を漕ぎ公園へとやって来た俺は予想もしない事態に直面した
別に何か問題が発生したわけではないから安心してくれ
ただそこにいるはずがないと思っていた人物がいたのだ
そう、俺のよく知る人物が……
「こなた、なにやってんだ?」
「え?」
青く長い髪をフワリとなびかせ、少女は素っ頓狂な声を上げ振り向いた
聞けばこなたは今からほんの数分前に、長門にここに来るようにと言われたそうだ
急なことで驚いたそうだが別に忙しいわけでもなく長門の頼みと言う事もあり
できるだけ早くと急いでやってきたところ、まだ長門は来ておらず
後からやってきた俺に声をかけられたということらしい

長門が遅れるとは珍しいな。いつもは俺がどんなに急いで来ても
必ず先にやって来て、このベンチに座り本を読んでいるんだがな
しょうがない、少し待っていよう。 とりあえず座ろうぜ


「寒くないか? これ着てろ」
「ありがと、でも平気だよ」
こなたは俺の横にチョコンと座り、公園の入り口を伺いながら何やらソワソワしている。
やっぱり寒いんじゃないのか? 遠慮しなくてもいいのに

「……ながもんどうしたのかな?」
そうだった。 俺はもう慣れているってのもおかしいが、
長門に呼び出されるのは何度も経験している。 だから別に今だって落ち着いており、
今度はどんな厄介ごとが……なんてことを考えていた。
だがこなたにとって、こんなことは初めてだろう。
普段から長門とこなたは仲が良い。
夜中にその仲の良い友人から呼び出されたとなっては、やはり心配するのは当たり前だ。
「そう不安そうな顔をするなって、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか聞かれると答えることはできないがな

「あ、来た!」
しばらくして、長門は公園の入り口からこちらに向かって静かに歩いてきた。
そして俺達の傍までやってきては、俺とこなたの顔を交互に見つめ
「来て」と一言呟き、またテクテクと歩いていく。
恐らく長門のマンションへ向かうのだろう。


「飲んで」
目の前に差し出された二つの湯呑みからは湯気が立ち、この部屋の空気に溶け込んでゆく。
お茶の熱が伝わり、すっかり温められた湯呑みを人差し指と親指で摘み、
息を吹きかけそっと口へと運んだ。 途端に温もりが食道を通り、
そこから全体に染み込んでいき、俺達の冷えた心と身体をやさしく温めてくれる。
「どう?」
「あぁ、美味しいよ。 な、こなた?」
「え? う、うん美味しいよ」
長門の事だ、またわんこそば状態で次々とお茶を注いでくるに違いない。
ここは早めに本題に入ろう、こなたも気になるだろうしな。
「そろそろ俺達をここへ連れて来た理由を話してくれないか?」


「こなた」
長門は持っていた急須をテーブルへ置き、こなたに呼びかけた。
呼ばれたこなたはじっと長門の顔を見ている。
そしてゴクリという音が聞こえてきそうなくらい喉を動かし生唾を飲み込む。
「な、なに?」
「涼宮ハルヒのこと。それと、わたしのこと。あなたに教えておく」
俺にとっては懐かしい言葉。 しかしこなたはこの先の話を聞いて驚くだろう。
不安げなこなたを尻目に長門は言葉を続ける。
「私は……」

私は普通の人間じゃない。
性格に普遍的な性質を持っていないという意味ではなく、
文字通りの意味で、私は大多数の人間と同じとは言えない。
この銀河を統括する「情報総合思念体」によって作られた、
対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェース
通俗的な言い方をすると、宇宙人に該当する存在。
それが……私。

長門はあの時俺に言ったことをそっくりそのままこなたに伝えた
ハルヒがただの人間ではない事、そのハルヒの力を監視するために
自分がこうやって地球へやってきたことなど


こなたはしばらく視線を落としていたが、
「信じるよ。 だってながもんが言うことだもん」
そう言って笑顔を見せた。 あの頃の俺とはエライ違いだな。
こなたはこういうのに耐性があるのだろうか?

「でもさ、どうしてあたしにそのことを言ったの?」
「最後にあなたにだけは言っておきたかった」
「ちょっと待て長門。 どういうことだ?」
二人の会話が終わるまで待っていようかと思ったが、
長門の口から気になる一言が出てきたので思わず間に入ってしまった。
「……」
長門は俺の質問に答えず、口を噤んでいる。
上手く言語化できないといったところか。

「本の一番最後のページ」
しばしの沈黙の後、やっと長門が発した言葉はそれだけだった。
俺が借りた本の最後を見ればいいのか? そこに何か書いてあるんだな?
「そう」
「当然今からだよな?」
「……そう」

長門のマンションを後にし、こなたと共に自宅へと戻ってきた。
ドアを開けるや否や大きな足音を立てて妹がやってきたが、
俺達二人の……特にこなたの只ならぬ様子を感じ取ってか、
静かに自室へと戻っていった。 ありがとよ、我が妹ながら聞き分けのいい子だ。
しかし、あの元気な妹を黙らせるとはな……
信じるとは言ったものの、こなたはかなり動揺しているのだろう
「それじゃ、開けるぞ」
「うん」
長門に言われた通り本の一番後ろを開くと
http://www.the_spreading_excitement_all_over……』
そこには英語で綴られた長い文字列が書いてあった
「これは、あれだよな?」
「うん……URLだね」
それは流石に俺でも分かったが、生憎俺の家にはパソコンが無い。
携帯という手はあるにはある、しかし携帯よりもパソコンの方がいいだろう。
「あたしんち行こう!」
ではお言葉に甘え、そうさせてもらおうかな


「お邪魔します」
こなたの部屋は思ったより綺麗だった。 別に偏見をもっていたわけじゃないが
正直もう少し散らかっていると思っていたので意外といえば意外だった
「それじゃ、入力するよ?」
「よし行くぞ、えっと the_spreading_excitement……」
俺がこの無駄に長い英文を読み上げ、
それをこなたが即座にキーボードを見ないで次々と打ち込んでいく
「よしっ」
映画に出てくるような天才ハッカーよろしく、こなたがエンターキーを力強く押すと
「ファイルのダウンロード」というウインドウが出て来た
ウインドウにはファイルの名前・種類などが表示されている

     名前: SOSBrigade.zip 
     種類: ZIP ファイル,2.59KB
    発信先: ******.****.co.jp

こなたは迷わずその下の「開く」ボタンを押した
するとダウンロード後に自動的に解凍され
“Goodbye Human Race”という名のフォルダが開かれた
「これなんて意味?」
「よく俺に聞こうという気になったな」

フォルダの中には二つのテキストデータが入っており、
それぞれ「YUKI.N.txt」と「MIKURU.A.txt」という名前だった
間違いなく長門と朝比奈さんのイニシャルだろう
だが何故朝比奈さんのまで入ってるんだ? ますます話が見えなくなってきた
「キョンキョン……開くよ?」
「あぁ」
こなたは長門のイニシャルが書かれた方から先に開いた……


――――――――――――――――――――――――――――――

地球は約46億年前、生命は約35億年前、哺乳類は約4000万年前
原始人類は約450万年前に誕生し、Homo sapiens sapiens(ホモ・サピエンス・サピエンス)
つまり貴方達人類の登場は約10万年前……
この宇宙に存在する有機生命体に意思というものが発生するのはごくありふれたこと
ただ知性と呼ばれる高次元の思索能力を持つまで進化したのは地球人類が唯一
人類の有史以前から存在する我々「情報統合思念体」は実体を持たず、
有機生命体とのコンタクトができない為、私のようなインターフェイスが作られた。
私の仕事は惑星表面で発生した情報爆発の中心にいた涼宮ハルヒを、
彼女の特殊な能力……周辺の環境情報を操作する力を観測する事。
私はその為だけに生み出され、ずっとそうやって過ごしてきた。
でも……それももう終わり。

単刀直入に言うと、涼宮ハルヒの能力は失われた。
恐らく涼宮ハルヒの能力は、彼女自身がこの世界を退屈なものだと思い
その欲求を満たすためだけに発動されていたもの。
しかし、彼女にとってその必要が無くなった。(これは私個人としての予想で、本当の理由は明らかではない)
不可思議な事が起こることを望みながら、心のどこかでそれを否定していた彼女の心の葛藤が、
この世界に自分の求めているような不思議が無いと自覚したことにより決着がついた。
また彼女はこの世界を退屈なものだと思わなくなったとも考えられる。
それは……泉こなたや柊かがみ・柊つかさ・高良みゆき
その他いろいろな人との出会いによって、たとえ不可思議な事が起きないとしても
仲の良い友人が沢山いるこの世界は、彼女の言葉を使うと「大いに盛り上がっている」と、
そう心から感じた為、彼女は自身の能力を封印したのもしれない。

とにかく涼宮ハルヒの能力が失われた今、私の存在理由もまた、失われた。
情報統合思念体は人類とのコンタクトの重要度を以前より大幅に減少させ、
傍観は続けるものの、直接的な接触を行わないという決定を下した。
その為私だけではなく、世界中に存在する対有機生命体コンタクト用インターフェイスは
その存在意義を失い、この宇宙全体に広がる情報の海へと帰っていく。
恐らく貴方がこのテキストデータを読んでいるころには、
私はもうこの地球上に存在しないだろう。
また私が存在していたという痕跡や、同種の目的を持っていた古泉一樹・朝比奈みくる
そして涼宮ハルヒの能力については、このテキストデータも含め、
一切この地球上に残さないよう情報操作する。

私はSOS団が創設された日から今まで、涼宮ハルヒと同様いろいろな人と出会った。
キョン……貴方だけでなく、古泉一樹や朝比奈みくる、
最低限のコミュニケーション能力しか与えられていない私と親しくしてくれた泉こなた。
そしてこなたと親しかった柊姉妹・高良みゆきなど。
その出会いの中で、私は非常に小規模ではあるものの、
人間に備わった感情というものを得る事ができたと考えている。
だから今私は、この地球上から去ることに若干寂しさを感じているかもしれない。
皆と離れたくないと思っているのかもしれない。
ただ、本当にそうであるかを知ることはもうできない
それを知るには、私はまだ貴方達と接していなくてはならなかった。
もう少し人間達との交流を続け、感情というものを十分に理解できたなら、
今の我々には一種のエラーと認識されている、
この寂しさであると予想される感情の真意が分かっただろう……

さようなら泉こなた さようならキョン
もう図書館には行けないけれど
さようなら、私に関わった全ての人間達よ

「さよなら人類」

――――――――――――――――――――――――――――――


「そんな……」
こなたは深い溜息をつき、読み終わったにも関わらずじっとディスプレイを眺めている。
俺は何も言う事ができずに、そんなこなたの顔を見ていた。
「こなた、あと一つ」
残るは朝比奈さんのテキストだ。
カチカチッというクリック音が二つ、静かな部屋に響いた……

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

私はこの時代の人間ではありません。もっと未来から来ました。
いつ、どの時間平面から来たかは言えないけど
大きな時間振動が検出されて、それを調査する為に我々はこの時間平面上へとやって来ました。
調査で我々が手にした情報は、その時間の歪みの真ん中に涼宮さんが居たということです。
私は涼宮さんの近くで新たな時間の変異が起きないかを監視する、
いわば監視員のような役割を持ってここへやってきたんです。
でも……それももう終わり

長門さんが言うには、もう涼宮さんの能力は失われたそうです。
我々としてもそれはある程度予想していた事。
そして涼宮さんの力が失われたのなら、私の任務は終わり。
だってもう新しい時間変異は起きないのだから、監視を続ける意味はない。
結局ある地点から過去へ遡れない理由は明らかにはならなかったけど、
私のこの時間平面での滞在時間はもう残されていないのです。
今私は、本来私がいた時代への帰還準備の途中に、このテキストを書いています。
御二人がこれ読んでいるころには、私はこの時間平面上にはいないでしょう。

今回長門さんに、私がこの時代に存在していたという痕跡を。
このテキストも含め、全て残さないように頼んでいます。
我々でもできることですが、せっかくなので協力してもらいました。

本当はみんなともっと一緒に居たかったけど、仕方ないですね。
団員だけじゃない、せっかく泉さん達とだって仲良くなれたのに
……とても残念です。でもわがままばかり言ってはダメですね。
本来私はこの時代に存在してはいけないのです。
こうなることは最初から分かっていたんですから。

さようならキョン君 さようなら泉さん
できることなら皆さんと同じ時代に生まれたかった
さようなら、この時代の全ての人間達

「さよなら人類」

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

全てを読み終えたこなたは何の言葉も発さずに削除ボタンを押した
画面上では名も知らぬアニメキャラがニコニコと微笑んでいた
まるで俺達のことを嘲笑うかのように

「とにかく、今日はもう帰るぞ」
「……」
「いろいろあったし、もう夜も遅い。 とにかくよく休むんだ」
「……」
当然のように元気の無いこなた。
長門から自分が宇宙人だなんて言われ
朝比奈さんがこの時代の人間ではないということを知ったかと思えば
その後すぐ別れが来たんだから、気を落とすに違いない
この俺でさえあまりに突然の別れに戸惑っているんだからな
俺は若干後ろ髪を引かれる思いでこなたの家を後にした


朝比奈さんや長門と出会ったときから
心の中でいつか終わりが来るということに気付いていたと思う。
ただそれを認めたくなかったから、隅に追いやって念入りに蓋までしていたのだ。

家に帰り着き、二人にちゃんとしたお礼とお別れを言いたかったとぼんやり考えていると、
居間のテレビから何やら昔の大ヒット番組の特集が放映されていた。
「一夜限りの復活!」とかいうやつである。
この歳の俺でも一度は耳にした事のある番組「イカ天」こと「いかすバンド天国」
そのイカ天の流れるTVの中で、ピアノを弾きながら男の人が歌う姿が映されていた。

♪路地裏に月が落っこちて~♪

偶然なのか長門によるものか、流れているのは
「たま」というバンドの唄う「さよなら人類」と名の付いた歌だった。

♪今日人類が初めて~ 木星に着いたよぉ~♪

俺はただボーっと突っ立ってその様子を眺めていた。
頭の中に長門との、そして朝比奈さんとの思い出が流れていく
その思い出に耽っていると胸が熱くなるのを感じた。
そんな心を煽るかのようにTVからは、

♪サル~ サル~ ♪

という壮大な合唱が流れているが、俺はそのお陰で逆に落ち着きを取り戻していた。
長門の親玉「情報統合思念体」は傍観を続けると言った。
ということは長門はまだ消滅したわけではないだろうし、
必要であればいつでも地球にやってくるはずだ。
もしかしたら、今も上でずっと俺を見ているのかもしれないし、
朝比奈さんだって、未来でこの時代の様子をモニターしてるのかもしれない。
あの青い狸型ロボットのポケットに入った、タイムテレビのような装置で
そして朝比奈さん(大)か、俺達と過ごしたほうの朝比奈さんかは分からないが、
またいつかきっと会える日が来るはず。
俺にはそう思えたから、まさにこの歌のメロディーように、
哀愁漂い、寂しくもどこか明るい……そんな気持ちになっているのだ。

木星へと旅立っていた俺の思考を一気に我が家へと戻す携帯の音と振動
画面を覗くと、そこにはあの超能力者の名前が表示されていた。
「おそらくもう長門有希と朝比奈みくるはここを去った頃だと思います」
「そうだろうな……だがお前の能力はどうなる?」
「今はまだ残っていますが、それも時間の問題でしょう」


「それにしても、やけに落ち着いていますね」
お前にはそう見えるだろうが、結構参ってるんだ
こんなときにからかうのはよしてくれ。
「気を悪くしたのなら謝ります。 スイマセン……」
「そんなに気を遣うな。 で、何かあるのか?」
「えぇ、正直貴方のことは心配していませんでした」
「そりゃどうも。 用がないのなら……」
「待ってください。 私が気にしているのは泉さんのことです」
それは俺だって気になっていたさ。
俺はまだいいが、こなたは相当なショックを受けたはずだ。
「全てを聞いた彼女はどんな様子で……」
古泉の声に重なり、割込着信を知らせる音が俺の耳に入る
「スマン、着信が入ったようだ。 こなたかもしれん」


電話を終えた俺は、もう一度こなたの家へ向かった。
今切った電話の相手はこなたの父、そうじろうさんだったからだ。
『すぐに家に来てくれないか? こなたが……いないんだ』
その言葉を聞いたとき、嫌な予感がしたのをよく覚えている

家に到着した俺は、玄関で待っていたそうじろうさんと中へ入った。
暗いこなたの部屋を、パソコンのディスプレイの光が不気味に照らす。
その画面にはさっきと同じアニメのキャラクターの壁紙に、メモ帳が開かれていた。
そこには……

――――――――――――――――――――――――――――――

さようならキョンキョン
ながもんのことを、みくるさんのことを忘れる前にお別れするヨ
私はちょっと変わっているけど、何の変哲も無いただの女子高生
だけど私も二人を真似して、この言葉を使わせてもらうよ
それじゃ、さよなら

「さよなら人類」 なんちゃって

――――――――――――――――――――――――――――――

……何かの冗談だよな? これ
これまで寂しい「なんちゃって」という言葉を見たのは初めてだ。

「何か知らないか?」
もしかしたら、こなたは自分に責任を感じていたのかもしれない。
長門のテキストには、こなたを含め沢山の人との出会いによって
この世に不思議が無くてもいいと思った為に、
ハルヒはその力を封印したのではないかと書かれていた。
それを読んだこなたは、自分がいたからハルヒの力が失われた
だから長門や朝比奈さんが帰らざるを得なくなったんだと
そう解釈してしまったのではないだろうか。
それで家を飛び出しちまったのか?

「わざわざ来てもらって悪いが、今日はとりあえず帰りなさい」
「ですが……」
「親御さんが心配するだろ?」
そう言われた俺は、逸る気持ちを抑え、
とにかく何かあったらすぐに電話してくださいと言い残し、泉家を後にした。
明日の朝まで待って、こなたが帰ってこなければ警察に届けるらしい。


こなたが帰ってきたのは夜が明けてすぐのことだった。
あんなに心配してたというのに、普通に歩いて帰ってきたそうだ。
何故居なくなったのか聞いてみたが、どうやら昨日学校から帰宅してからの記憶が無いそうだ。
気付いたら明け方家の前に立っていたらしい
それからパソコンをつけていたはずなのに、帰ってみるとシャットダウンしていたんだと。

俺も昨日のことを思い出してみたが、同じく記憶がハッキリしなかった。
忘れっぽい俺だが、こんなに綺麗に記憶が飛んでるのは珍しいな。
脳の容量は決まっており、パソコンのように後付で記憶媒体を増やすことはできない。
だから、モノを捨てないことには頭がパンクしてしまうわけで、
きっと俺の脳は、少ない容量でやりくりするために、泣く泣く記憶を消したんだろう。
というより、俺もこなたも寝不足とかじゃないか?


「そういえば昨日とんでもないものを見たんだ」
「何だそのとんでもないものってのは」
「宇宙人!」
……な、なんだってー!? っておい!
何を言うかと思えば、昨日の寒さでついに頭がイカれたか?
それともお前までハルヒの毒に犯されちまったのか?
「とにかく本当なんだよ」

記憶が無いとは言ったが、それだけはよく覚えているらしい
寒さで震え、意識が遠くなる寸前
小柄な人(こなたが言うには宇宙人)が自分の頭に触れ
早口で呪文のようなものを唱えたかと思うと
いつのまにか寒さも無くなり、意識がハッキリとしてきて
そこにはもう誰もいなかったという事らしい
それからはまた記憶が曖昧で、家の前で気が付いたのだという
いろいろツッコミたいが、そこは百歩譲って
夢だったんじゃないか? という質問は差し控えてやることにしよう

「その宇宙人とやらの姿は、やっぱりグレイみたいな感じか?」
「意識が薄れていたからそこまでは……ただ私と同じくらい小柄だった」
小柄な宇宙人といえばグレイタイプしか思いつかんが、
案外人間と似てるのかもしれないな。 でもそれじゃ宇宙人だって気付かないか
「キョンキョン信じてないでしょ?」
当たり前だ。 宇宙人や未来人や超能力者
そんなのいるわけない。 でもちょっといてほしいなんていう
最大公約数的なことを考えるまで、俺は成長したんだよ
「夢が無いね……」
「悪かったな現実主義者で」
でも実際この目で見たものしか信じないという面では
確かに俺は現実主義者であるといえる

「キョンキョンは宇宙人とか存在すると思う?」
どうだろうな……ただ宇宙はとっても広いからな。
この地球のような惑星がゴロゴロあっても不思議じゃないし、
惑星というものを持たない本当の意味での宇宙人が存在している可能性は。
百パーセントではないにしろ、ゼロパーセントでもないだろう。
しかしだ、そもそも宇宙人なんてのが存在したとしても、
きっと人間に見つかるような事はしないと思うぞ。
UFOだってそうだ、もし俺が宇宙人ならあんなバレるようなことはしない。
俺だったら飛行機のライトを真似て赤い光をチカチカさせるか、
その高度な科学力を駆使した光学迷彩を用いて、完全に見えなくするね。

それ以外の存在。 たとえばタイムトラベラーなんかについては
未来というものは確かに存在していると言えなくも無いが、
俺達がそこに行くことはできないと思う。
逆に先の時代から未来人が来る事はありえるのかもしれない
だが少なくとも俺はまだ未来からやってきたという人に会った事はない。
会ったとしても、素直に「ハイそうですか」とはならないだろう。


ということで、先程の見たもの以外は信じないという自説に当てはめて考えると、
俺はまだそういう類のものは信じていないというわけだ。
“まだ”を付けたのは、これから目撃するかもしれないという
3ピクトほど期待の念を抱いているからで、
これはハルヒにも言ったことだが、そんな不確定なことに心を奪われ
この青春を無駄に過ごすよりは、良い男の一人や二人を手にした方がいいんじゃないか?
「じゃキョンキョンがなってくれる? その良い男に」
それはオススメできないな、止めておけ。
世の中には俺なんかよりずぅーっと良い男がだな……
「分かってないなぁーキョンキョンは自分の魅力が」
よほどの自信家かナルシストでないと、自分の魅力に気付く奴はいないと思うぞ?
というより他人から見た魅力も、当の本人にしてみたら欠点になりうるんだ。
たとえばお前のその……なんでもない

俺が言えることはただひとつ。
記憶が無いのに言っても仕方ないが、もう変なことはするなよってことだ。
「心配したんだからな、冗談抜きで」
「わかってるよ」



放課後、俺達はいつものように文芸部室へと足を運ぶ。
「ハルにゃん聞いて!」
「どうしたの? こなた」
部室に入るや否や、こなたは早速ハルヒに宇宙人目撃のニュースを伝える。
その知らせを聞いたハルヒと二人して嬉しそうにはしゃぐ様子を見ていた俺は、
窓際のパイプ椅子の上に本が置いてあるのに気が付いた。
見ると「ハイぺリオン」という題名の本だった。
面白そうだ、家に帰って読んでみるかな。
開いてみると栞が挟んであったが、何も書かれていない真っ白なものだった

本を閉じ、窓から見た空は薄暗くドンヨリと曇っている。
そんな曇天模様の空の下、ハルヒとこなたの声だけは明るく楽しげなものだった。
もうそろそろ古泉やかがみ達が来る頃だろう。
そうすればもっとこの部室も明るくなるだろうな。
俺は持っていた本を机に置くと、それからじっと灰色の空を眺めていた。


『宇宙人・未来人・異世界人・超能力者が居たら……』
『宇宙人、もしくはそれに順ずる“何か”ね』

脳内回想シーンの中のハルヒはそう言って目をキラキラ輝かせている。
俺だって子供の頃はそういった輩がこの世界に存在しているのではないか、
いや、むしろ存在していて欲しいと思っていた。
しかしそんな子供心の無垢な期待も、誰もがそうであるように、
成長していく内にいつしか失われていった。
その純粋な気持ちをハルヒは未だに持ち続けているのだ。
恐らく、心のどこかでその存在を否定しながら。


おい宇宙人……この際未来人でも何でもいい
もしあんた等が本当に存在して、このテレパシーが届いていたら
その証拠を今すぐ俺に見せてくれないだろうか
たとえば、そうだな……この空から雲を一切無くしてくれ
宇宙人とかだったらそのくらい出来なくはないだろう?
別に一日の天候を操ったからといって困ることは無いだろうし
それによって実際に問題が起きるのは、
きっと数百年から一万年くらい後だと思うぞ? なんとなくだがな
とにかく聞こえていたら、せーので俺に雲ひとつ無い空を見せてくれ
それじゃいくぞ? せーのっ!


「……くん、ねぇキョン君?」
ふと後ろを見ると、みんなすでに集まっており
かがみが俺の顔を不思議そうに見つめている
その陰に隠れて、つかさとみゆきさんも俺に視線を向けている
「なんだかがみ、来てたのか?」
「なんだじゃないわよ。 どうしたの? ボーっとして」
いいからいいから、外を見てみろ
久しぶりじゃないか、こんなに良い天気は
この空を見ればかがみだって何も言わずにじっと眺めてしまうはずだぜ
「あらそう……ってどこが!? 曇り空じゃない」
一体誰が俺の断りも無しに勝手に曇り空が悪い天気だと決めたんだ?
晴レばかりが続くより、たまにはこんな天気も悪くは無いさ
「たまにはね、でも私はやっぱり晴れが好きかな」
正直言うと期待していたんだがな
窓の景色は少しも変わらず、今にも雨が降りそうだった


「こらキョン、かがみ! なにイチャイチャしてんの?」
二人して外を眺める俺達の様子に気付いたハルヒが
新聞配達員に吼えまくる番犬のような迫力で噛み付いてきた
そして俺が渋々椅子に腰掛けたのを確認した後、
椅子の上に仁王立ちになられ、次回の不思議探索について
声高らかにお話になられたとさ

予想通り、さっそくこなたの見たという宇宙人を探すそうだ
そこまで熱心に探せば見つかるかもしれないな。 信じるものは救われるというし、
お前が本気で望んだなら、いつか目の前に現れてくれるさ
そんなことを考えつつ、俺はいまだに演説を続けるハルヒを尻目に
頬杖を付いてまた空を眺めていた
今のこの世界に、どこか物足りなさを感じながら



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最終更新:2008年01月09日 22:32
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