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メイクディナーwith...?――みなみ

時間は6時前。
来客を示す音が家に響く。
俺は家の呼び鈴に取り付けられているカメラを通して来客を確認する。
時間を見る限りでは、アイツで間違いないだろう。
そう思って見てみると、やはりアイツだった。
俺は受話器を上げて、家の前と連絡を取る。
「はい」
どの客にも示す態度で応対する。
「あ、あの…岩崎みなみ…ですけど」
か細い声が耳に入る。
「おぅ、開けるから待っててくれ」
俺はみなみの返事を聞いてから、受話器を戻して玄関に向かう。
「わざわざ悪いな」
みなみの手にはここらの住民行きつけのスーパーの袋。
どうやら、食材を買って来てくれたらしい。
「言ってくれたら付き合ってたのに」
みなみの手から袋を受け取る。
何故かみなみは急に俯く。
「いえ、晩ご飯は・・楽しみにして頂きたかったので」
セリフだけ聞くと、子供をあやす母親のみたいだ。
俺はちゃんと礼を言って、みなみを家に入れた。

おっと、言い忘れていた。
何故みなみがウチの家の晩飯を作りに来たかと言うと、今日は俺の両親がいないからだ。
学校で談笑の中でその事を呟くと、みなみが「それじゃ…私がキョン先輩の家の晩ご飯を、作らせて貰ってもいいですか?」と言い出したのがきっかけ。
今日は何をデリバリーしようと考えていた俺としては有難い限りだ。拒まず俺は感謝した。
そして、「夜6時くらいに伺います」と言って終わった。
今俺の手にある袋の重みから、みなみは無理してたんじゃないのか…?
そう思うと辛いな。

「あっ!みなみちゃんだー!」
妹が階段を駆け降りて来る。
赤を見た闘牛にみなみに突っ込み、両手を握り、ぐるぐる回る。
「こ、こんばんは…」
「わー!もしかしてみなみちゃんが晩ご飯作ってくれるのー?」
嬉しいのはわかるが、みなみはもう目を回してるぞ。
袋を持たない手で妹の襟首を掴み、みなみから引っぺがす。
「大丈夫か?」
目の焦点が合ってない。千鳥足になってる。
狭い玄関だ。ふらついてぶつかったら危ないんだが。
「は、ふぁい…だいじょぶ、で…」
ろれつまで無理そうだな。
手にしている袋を端に置く。
俺はみなみの正面で背を向けて屈み、みなみを背中に引き寄せる。
みなみが俺の上に乗ってる事を確認してから、ゆっくりと立ち上がる。
妹は俺に引っぺがされて拗ねたのか、とっくにリビングでゆっくりしてやがる。
「せ…せんぱい…?」
「あー、喋るな。俺の妹が悪いな…。とりあえずゆっくりしといてくれ」
みなみは少し抵抗するも、結局俺の意見に従い、ソファーで横になって貰った。
昔、だだっ広い所で50回回った時を思い出してしまう。
あれは辛かった。その後まともに平衡感覚とか無かったしな。

ソファーでゆったりとテレビを見ていた妹は勿論どかして、晩飯を人質に宿題をさせた。
「目を瞑って、落ち着いて来てから作ればいいさ」
「…はい」
みなみの声を聞く前に俺は廊下に置いた袋を回収。
台所まで持って行き、食材を並べていく。
人参、鶏肉、ブロッコリー、玉葱……。
「ああ、シチューか」
袋の端に詰め込まれた固形のルーのパッケージを見て解った。
みなみが来る前から作業するのも失礼と思った俺は、台所の片付けをする。
あれだ、家庭訪問に来る日の母親だ。イヤに綺麗にするんだよな。
まぁなんとなくそんな感じだ。


気持ち良いくらいに片付けて達成感を味わっていると、床が軋む音がする。
この家は新しくはないからな。軋むポイントも把握している。
台所の入口だ。
そっちの方を見ると、みなみが柱に両手を添えて立っている。
「大丈夫なのか?」
台所に備え付けているハンドタオルで手を拭く。
「あ、はい…もう充分休んだので…」
みなみは、まだ足取りは重いがこっちに向かって来る。
キッチンのフリースペースに並べられた食材を一瞥して頭を下げて来る。
「材料出してくれて、ありがとうございます…」
別に頭下げなくてもいいぞ?
みなみはゆっくり頭を上げて、俺の手渡したエプロンを一人で容易に着こなす。
おや、似合うじゃないか。
「えっ、え……あ、…へ?先輩…?」
おっと口にしていたようだ。
みなみの頬が紅潮する。
なんか可愛いな。
これは口にしてないぞ?……の筈だ。
みなみは一度小さく深呼吸してから、まな板と包丁を取り出し材料の切断を始める。
何かやる事はあるか?と尋ねると、みなみは俺に人参の皮むきを頼んで来た。
調理器具棚からピーラーを取り出して、人参片手にスライドしていく。
横ではみなみがほぼ均等なリズムでまな板を叩く。
なんつーか、こういう共同作業ってムズカシイな。
沈黙にピーラーが剥く音と包丁がまな板を叩く音だけがある。
「………あの、先輩」
みなみが鶏肉を力を込めて切りながら、口を開く。
俺は上からでは髪で見えないみなみの顔を見ている。
「…先輩は、その、SOS団を…辞めたいとは思わないんですか?」
みなみの手が止まる。
「いつもあんなに溜め息をついて。…気疲れまでして、遣り甲斐があるん…ですか?」
俺の手もじゃがいもを剥くのを止める。
「遣り甲斐っていうかなぁ。なんかもう、さ、学校に行かないといけないのと同じようなモノなんだよ」
悪く言えば依存症とでも受け止められるけどな。
みなみの顔はこっちを向き、きょとんとしている。
「入学当時はハルヒに振り回されて俺も心底嫌だった。意味も解らなかったさ。
    でもさ、もうそこにいるしか無いと判断すると、その中での住み心地が解ってくるんだ。
    住めば都って奴かね」
勿論、宇宙人やら未来人、超能力者に出会えたのは"住み心地"の1つだ。
「郷に入れば郷に従えとも言うか?
    …まぁどんな状況でも諦めなければ何とかなるって感じだな」
根性はイヤでも付けられた筈だ。長門に頼る点ではやはりマイナスだが。
「そう…ですか」
みなみはまた深呼吸をする。
「あの、先輩」
「何だ?」
「そのじゃがいもで、切り終えるんですけど…」
気付けばみなみの前にはザルに入れられたり、まな板に区分けさせられた材料しか無かった。
原型を留めているのは俺の手にあるじゃがいもだけで。
「な、…悪い」
素早くピーラーを縦移動させる。
がりっ。
ピーラーに異物が挟まり、石を噛むような音がする。
「い゛っ!……ってぇ…」
じゃがいもを持つ左手の親指の腹を引っ掻いてしまった。
幸い、皮は1ミリも削れてなかったようで傷は浅い。
「だ、大丈夫ですか…?」
俺があまりに慌てた所為かみなみがおろおろとしている。
「ああ、舐めてりゃ止まるだろうし」
と言って、俺は親指を口に含む。
「だ…ダメですよっ」
みなみが少々強張った声を出す。
俺はびっくりして口から指を離す。
「こっ、こういうのは消毒しないと…。ちょっと待ってて下さい」
みなみはリビングのテーブルに向かい、財布を持ってきたようだ。
開いて、カード入れの口の1つから絆創膏を取り出した。
「えと、まず洗って下、さい…」
みなみは絆創膏を1枚フリースペースの端に置く。
頼んではいるが、みなみは蛇口から水を流して、俺の手を握り親指の切断部分を水に当てる。
「いっ……」
水勢が強く、中の肉に染みる。
「あっ、ごめんなさい…」
みなみは俺の眉を顰めたのに気付き謝るも、水から離してはくれない。
「すいません、…でも、ピーラーは基本的に丁寧に洗われない道具ですから…」
俺から視線を逸らして、本当に申し訳無さそうに謝る。
ちょっとして、みなみは蛇口に流れる水を止めポケットから可愛らしいハンカチを取り出す。
それで俺の濡れた指を拭いて、絆創膏を丁寧に貼ってくれた。
「…これで、大丈夫です…」
「お…、ありがとうな」
俺の指に隙間無く貼ってくれた絆創膏を見ながら、礼を言う。
みなみは一度やり遂げたからか、ふぅ、と息を吐いてから急に表情を下に向ける。
「…あ…すいません…」
何で謝るのか。
「いや、俺が自分で切った傷だしな。絆創膏持っててくれて助かったよ。ありがとうな?」
絆創膏の付いてない右手で頭を軽く叩いてやる。
「迷惑掛けてすまん。ほら、じゃがいもも剥けたし最後、切ってくれるか?」
手早く注意しながらじゃがいもの川を剥いてみなみに渡す。
「あ、はいっ」
みなみは少し微笑み、包丁を手にする。
やる事を先に終えた俺は大きめの鍋を下の棚から取り出した。

「良いにおーいっ!」
妹が階段を駆け降りて来る。
あれからは事件事故は一つも無く、順調に調理が進んでいってた。
やっぱり料理が出来る事は1つのプラス要素だな。うん。
「あの、先輩。…お皿、お願いします」
「おう」
妹を呼んでスプーンとコップ、それと敷板を渡す。
俺はシチューを入れる皿を3つ取り出す。
「先輩も、テーブルで待ってて、くれますか?」
軽く返事をして、冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルも持って、リビングに行った。

妹がスプーンを右手に握り、飯はまだかと言う表情で俺を見ている。
「落ち着け」それだけ言って、向かいに座る。
お茶を注いでいるとみなみが鍋を両手で持ちながらゆっくりと現れる。
「う…動かないで下さい…」
テーブルの真ん中に置いた敷板の上に丁寧に置いてから、みなみはまたふぅ、と緊張を解いた。
妹が誰の反応も待たずに蓋を開ける。
甘いシチュー独特の匂いが湯気と共に部屋に充満していく。
妹の顔は、満天の星空を見た時のソレに似ていた。
みなみはエプロンを外して俺の横の椅子にかける。
そのまま、おたまで妹の皿にシチューを入れていく。
クリーム色のとろみが美味そうだ。
適量注いだ皿を妹の前に置くと、また目を輝かせる。
その表情を見て、みなみは静かに頬を緩ませた。
みなみは次に俺の皿に、最後に自分のに注いだ。
「いっただっきまーす!」
「「頂きます」」
俺とみなみの普通な挨拶は、妹のハイテンション故の声に掻き消されてしまった。
俺と妹はスプーンを手にして、目の前の皿に入っている優しい白色のシチューに沈める。
みなみはじっとその行動を見ていた。
気付いていたが、作った側の人間としてはごく当然だと思ったので素知らぬフリをして、スプーンに口を付けた。
「んっ、おいしー!」
「ああ、美味いな」
妹の反応に比べると俺の反応はやはり乏しいが、みなみは俺が本当に言ってるのを感じてくれている筈だ。
みなみは安堵したのか、やっとスプーンを持って食事に入ったから。
みなみも食ってみると良かったようで、柔らかく一人で微笑んでいる。
「ねー、みなみちゃん」
横から妹が顔を突き出す。
みなみは妹の口についたシチューを、ハンカチで拭く。
あ、そういやさっき俺の指を拭いたやつじゃなかったっけか。
四つ折りにしたままだからそこらへんは大丈夫なんだろうけど。
思い出して左手の親指を見る。
白い綿がうっすらと赤く染まっている。血は止まっているようだ。
俺はその手で冷えた麦茶を飲んだ。

安寧の雰囲気も終えて、妹はテレビを見始める。
みなみも半強制的にソファに連れて行かれ、くっついて見ている。
俺は黙って三人が食した皿を重ねて、空いた鍋と共に台所に持って行った。
シチューだとかカレーだとかはさっさと洗うに限るからな。
食事してすぐに皿洗いってのは何か面倒さがあるがまぁやる事も無いしな。
お湯を流しながら、スポンジに洗剤をつけて力を入れて擦る。
思いの外、簡単に取れるので安心した。
あまり時間も掛からなかった。鍋は少し手強かったが。
しかしみなみが薦めた食パンにシチューをつけるのは良かったな。
家に余ってたやつだが、案外食が進んだ。
流石金持ち……ってのは失礼か。
そういやみなみはいつ頃帰るんだろうか。
ここにいる理由が無くなったといえばそうなるんだが。
妹が楽しんでる内は妹の姉としていてもらえたら俺も気楽だ。
適度に鍋も綺麗にツヤが出て来たところで磨くのを止めて、乾燥棚に立て掛ける。
キッチン一帯を最大限綺麗に片付け、掃除してからリビングに戻った。


「あ…あの…どうしたら…」
お茶でも、と思い二人分入れてソファに行くと、みなみが困っていた。
理由は妹が知らぬ間にみなみの肩に凭れて寝てたからだ。
はしゃぎ過ぎだ。と注意しても無駄なのだが。
「みなみが嫌じゃなかったらそのままにしてやってくれないか?」
温かい淹れたての緑茶を渡して、みなみを挟んで妹の反対側に座る。
テレビでは音楽番組がやっている。
「…私は、いいですよ…」
みなみはそれだけ言って、妹の頭を撫でている。
俺は湯飲み片手に聞き覚えのないJ-POPのPVに目の焦点を合わしていた。
「…………あの…先輩…」
緑茶が温くなった頃、みなみが口を開いた。
「なんだ?」
「…えと…お願いが…あります」
みなみの太腿の上に置いた両手が握り締められている。
頼みなら一飯の恩があるから無茶じゃない限り聞こうじゃないか。
俺はついさっき言った事を反復させる。
「こ、今度…一緒、に…紅茶を選んで欲しいんですが……」
音楽の間奏が流れている。ピアノのソロ演奏。静かに流れてる。
「紅茶?…俺はよく知らないが」
「それ、でも…いいん…です…」
そう言われると俺も断る理由もない。
「ああ、分かった」
「ありがとう…ございます…」
微かに嬉しそうだ。
俺が「はい」と言えば喜ぶなら幾らでも行ってやるさ。
流れていた間奏は既に終わり、派手な歌手が熱唱している場面になっていた。
「みなみって紅茶に詳しいんだな」
「あ…いえ…最近、気になり…出して……」
謙虚しながら肯定する。
「良かったら俺にその時に色々教えてくれよ?」
「え、あ…はい」
それから、俺はみなみに紅茶の淹れ方を簡単に聞いていると我が家のシンプルな作りの呼び鈴が鳴る。
誰かが来た。こんな遅いのに。
俺は重い腰を上げて、カメラ映像を見る。
映像に映ってるのはみゆきだった。

「どうしたんだ?」
電話越しに喋らずに玄関に向かって、聞いた。
「夜分遅くにすいません。
    通り掛かったもので、みなみちゃんと帰ろうかと思いまして」
ああ、そういう事か。
「イケナイ事とかしてた訳、ないですよね?」
朝比奈さんに劣らぬ笑顔を見せながら何て事を言うのか。
「断じてやってない」
「冗談ですよ」
みゆきは一人笑いをする。
冗談じゃなかったら俺も心底やばい奴じゃないか。
話を切り替えて、みなみを呼ぶ。
事情を話すとすぐに動こうとしたが、妹が肩を枕に寝ている。
俺の手に代わりをさせて、ゆっくりと手の高度を落とし妹の身体はソファに委ねさせといた。


「では、また」
みゆきが丁寧に深く頭を下げる。
「あ…、ありがとう…ございました」
みなみも下げる。
「いや、こっちこそ。わざわざありがとうな」
二人程じゃあないがつられて俺も頭を下げた。
因みに俺が送ろう、という意見はみゆきの「夜中に異性が一緒にいるのは危ないので」という発言に一蹴された。
……冗談だよな、みゆき?
「冗談ですよ」
最後にそれだけ言って、俺と二人の間には物理的な隔たりが出来た。
リビングに戻ると妹がよだれを垂らしていて、無理矢理起こす。
みなみを探し始めるので帰った事を告げると、急に静かになる。
妹はそのままソファに倒れて寝始める。
こうなったら朝まで起きない。
俺はソファの端に置いてある毛布を掛けて、テレビとリビングの電気を消した。
俺はバスタオルを手に洗面所に向かった。



――アフターディナー――
「どうでしたか?」
雲の無い空の下、街灯のある道を歩く。
みゆきは母親のように微笑む。
「美味しいって言ってくれて…嬉しかった…」
みなみの胸にはその声が残っている。
みゆきはそれを理解して、自分も嬉しくなっていた。
「……あ…」
みなみは立ち止まり、思い出した。
デー……紅茶の事。
何を言いかけたかは脳内削除したから気にはしなかった。
「どうしました?」
みゆきは首を傾げ、みなみから事情を聞いた。
「ああ、それなら私、メールアドレス知ってるんで送りますよ?」
上着のポケットからピンク色の携帯を出す。
みなみは考慮した後、みゆきに言った。
「私は頑張る」と。だから自分で言う、と。
みゆきは笑って、そうですか。とだけ答え携帯を仕舞った。


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最終更新:2008年01月13日 14:56
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