七誌◆7SHIicilOU氏の作品
空を飛びたい、なんてことは誰でも一度は思うことで
当然俺もガキの頃にそんな願望を抱いていたことを否定はしない
だが、実際現実というものをそれなりに獲得して生きてきた俺―最近は崩れっぱなしだがーがいきなり
その願望を実現できたとしても、対処に困ることこの上ない
現に今俺は一人で空の上に一人所在無く浮かんでいるものの、毛頭楽しくは無い
空を飛ぶ楽しみは思うに、自由に飛べて風を感じて街を見下ろす事であり
動きを封じられてただ浮かんでいても寒いだけであり
唯一街を見下ろすことが出来ても、現状を把握できずいつ落ちるかわからない今は恐怖でしかない
一体いつビルがまめに見える高さから紐なしバンジーをやらかす事になるのか俺は実に戦々恐々としている
確か高所から落ちた場合高度400m以上からは衝撃的に同じになるらしい
つまり高度400m以上なら500も10000も同じなわけだが、これはまったく心理的な安定剤にならん
眼下に移るのは紛れも無く400以上の高度で、つまりこれは落下した場合の最高ランクの危険なわけだ
目指すは確実な死、落ちたから昇るとはなかなか面白い言葉遊びだが
残念なことに今の俺は口の端をあげることすら儘ならない
いい加減寒さと恐怖でがたつく身体を動かしてみる、なんともならない
一先ずは大丈夫なのだろうか、一体何がトリガーになって落下するかわからないのだから
指先を少し動かすだけで心臓は飛び跳ね毛穴は開く、まったく心穏やかじゃない状況だ
恐る恐るという感じで指先から手のひらへ、そして肘、肩と順に動かす範囲を広げてみる
ここでやっと何も無い空間で踏ん張り付けていた筋肉から力を抜く
ポケットから携帯を取り出す頃には俺はそれなりに平静を取り戻していた
人間は何事にも慣れるのが特徴だ、それを長所であるとは思わないが今回は助かったといえるのか
カチッ、と音を立てて携帯が開くものの着信等の連絡を告げるマークは無かった
「自力でなんとかしろって事か?」
とりあえずすることも無いので携帯をしばらくいじっていると、突風が吹き携帯が手を離れた
この高さから落ちれば当然見るも無残な姿になるだろうし
下手をすると落下した際に誰かを巻き添えにする可能性もないではない
俺は咄嗟にいつものように手を伸ばして、届かず"足を前にだした"
すると俺の身体は一歩分身体を前に進ませて欠片となる寸前の携帯をその手に握り締めた
…どういうことだろうか、動かさないでいたもう片方の足をだす
また小股での一歩分前に進む、足を踏み鳴らすように下にやるとそこには確かな感覚があった
寒天を敷き詰めたような、閉鎖空間内の壁に感触が似ている気がする
そういえばさっきは上半身の動きは確かめたものの、やはり恐怖からか足は微塵も動かさなかった
もう一歩、もう一歩、軽くその場で足踏み、軽く前にダッシュ、その場でジャンプ
いくつか試してみた結果、見えない何かが空を覆うようにありその上を俺が歩いている状況らしい
俺は前かがみになってその床?に手で触れた後に座り込む
落下の心配は無くなったみたいだが、まだ考えるべき点は多い
目下のところこの寒さだ、今はそうでもないが風が吹けば体温が瞬く間に奪われていく
部室の電気ストーブが懐かしいものだ、コタツでもいいな暖かければもうなんでもいい
ため息をつき目をつぶる、数瞬の後にドンと音が後方からした
振り向けばそこにたったいま俺が求めた自宅のコタツと部室のストーブが置いてある
どういうことだろうか?といつぞやの雪山遭難事件での館を彷彿させる事態に危ぶむ俺だが
一陣の風が吹くと同時にすごすごとコタツに身をもぐらせていた
こたつから頭だけを出して、新種の亀のようになりながら
短時間でここまで馴染んでいる自分に驚きつつ感心しつつ呆れつつ
うつぶせのために移る沢山の灰色の建物を眺めていた
なんだかんだいって、こういう普段と違う状況を楽しんでいる自分もいるのだ
携帯で写真を撮っておくことも考えるほどにいい眺めだったが
非日常を全肯定する写真を手元に置いておくほど俺は自分のいままでを捨ててはいない
しかし寒いな、コタツに入っていてもコンセントが入ってないコタツはそこまで暖かくない
この寒さと若干芽生えつつある空腹感を埋めるためにも暖かい飲みもんか食いもんが欲しいところだ
実を言うと俺はこの時点で大体の絡繰に気がついていたといっても過言ではない、いやそれはやはり過言か
だが、多少の予感めいた何かを感じていたのは事実だ
そして予感通りにコトッと音を立ててコタツの上になにかが置かれた
コタツからでてそれを確かめるとそれは湯気を立てるコーヒーと暖かいほか弁
いやいやまったく、よく出来ているもんだな驚きだ、まぁとりあえずせっかくだからいただきますかね
自分の豪胆さに驚嘆するね、神経が高校に入る以前の俺の10倍以上に太くなってるであろう事は相違ない
ズズッとコーヒーを飲み、またコタツにもぐるとまるで自分が職の無いダメ人間さながらに思える
ちなみに食った後のゴミやらカップはもう消え去っている
バイブレーション、それは携帯になんらかのアクセスが行われている証拠
俺はすぐにそれを取り出してみると、案の定件名なし、送信者不明のメールで内容は
『目的と願望と創造』だそうだ
予感を確信に変える一言、長門はいつも俺が望む最良をくれる、戻ったら長門に一番に礼を言おう
寒いから、暖かいものが欲しい、そして俺はコタツとストーブを"想像"し創造した
腹減ったから、食い物が欲しい、そして俺はコーヒーとほか弁を"想像"し創造した
そしていま俺は、帰りたいからその手段が欲しい、高いところから低いところへ行く手段を俺は想像する
それは学校への道である坂だったかもしれないし
それは部室前のいつもの階段だったかもしれない
だが俺の目の前に現れたのは長方形の金属の塊だった
黒く光るその重厚な金属はチン似合わぬ軽い音を立てて扉を開いて俺を中に招き入れた
そう、俺が何よりも思ったのは、長門の部屋に行くときに乗るエレベーターだった
中にゆっくり歩いて乗り込むと扉が閉まる、しまる前に見えた外には何も無かった
一瞬の空白の後に箱は動き出す、俺を俺が願った場所に連れて行くために
つまりは地上へ、元の場所へ、長門のところへ
浮遊感が続き、三桁だった上の電光板の数字があっという間に0に近づく
俺は黙ってそれを眺めている、このエレベーターに乗るときは決して口は開かない
また軽い音を立てて扉が開くとそこは映画撮影の際に使った学校の屋上で
コンクリートの感覚が俺の足に伝わっている
俺は目の前の無言でたたずむ小さな万能少女に、出来るだけ陽気に手を上げて声をかける
礼よりもなによりも先に言うべきことがあるからな
「ただいま、長門」
「おかえりなさい」