ムードレイニィ

雪茶◆yukichanHA氏の作品です。

年末に雨とはな、かったるいったらありゃしねぇ。
そんな事も知らずにお袋のお使いを引き受けた俺が憎い。
妹が率先しないと思ったらそういうことか。
見返りがあってもやらないのが気にかかってはいたが、なんせ俺も暇だったんでな。
俺は溜め息をついて、目についた大きめの傘を手にした。
外は雨の所為で更に寒く、当然ながら吐く息は白い。
ネックウォーマーを鼻まで上げて、風を当たらないようにする。
さっき降り出したようで木々の下のアスファルトはまだ乾いていた。
頭の中で頼まれた材料を繰り返しながら時間を潰した。
「あれ、かがみ?」
俺の目指すスーパーの入口にマフラーを着けたかがみがいた。
俺は小走りで入口に向かい、再度かがみを呼んだ。
「あれ、何してんの?買い物?」
ああ、と答えながら屋根下に入り傘を畳む。
かがみは既に買い終えたようで、両手で中身がいっぱいの手提げの袋を持っている。
「ちょうどよかった、傘に入れてくんない?」
「構わないが、俺が買ってからになるぞ?」
「私はそれでもいいのよ、濡れるよりマシ」
拒む理由もないので俺は入れてやる事にして、かがみと店に入った。

「アンタは何買うの?」
えっとだな、人参にジャガ芋、ブロッコリーに鶏肉だな。
それに……
「シチュー?」
かがみはあっさりと俺に解答を突き付けて来る。
御名答。冬の定番かね。
「私のトコもそうだしね」
かがみは俺に良質そうな人参を手渡す。
「奇遇だな」
「まぁ美味しいしね」
俺は同意して、次々と具材をカゴに入れる。
かがみを送らないといけないので少々手早く買い物を済ましてはいるつもりだ。
つもりだ。
「かがみ、……かがみさん?」
つもりだよ?
だがな。
「あーやっぱりコレ買おうかなぁ…」
……まぁいいか。
「かがみ、先行くぞ?」
返事がない、ただのしかばね……なワケねぇな。
俺は限定販売の菓子売り場を後にして、牛乳やらを買いに行く事にした。


「……以上で2366円になります。」
若いアルバイトのレジ打ちの子に丁寧に言われながら、俺はある程度キリよくなるように支払い、袋詰めにする為にカゴを持って移動する。
俺は鼻歌を奏でながら詰めてると、後ろから殴られた。
「いてっ」
振り返ると、そこにはかがみがいた。
「…何でほったらかしにすんのよ」
俺とは眼を合わせようとせず、俯いたままだ。
少し顔が赤いな。
「どうしたんだ?」
質問には答えず、問いで返した。
「……何でもないわよ」
「あーさっきのおねーちゃんだー」
かがみが反射的にビクッと震える。
声のした正面を見ると、親子の買い物客のようだ。
更には子供がかがみに指さして笑ってる。
…何したんだコイツ。
かがみの顔がますます赤くなり、耳まで侵食する。
俺は硬直したまま動かないかがみの頭に手を置き、帰るぞ、と言い、店を後にした。
かがみは小さくうんとだけ言って横を歩いた。

雨足は早くなっていて、幾ら大きい傘でも二人が濡れないようにするには厳しいものがあった。
俺はさりげなく傘をかがみに寄せた。
かがみは赤さはなくなったものの、相当ショックだったようでまだ俯いてる。
わざわざ袋を両手で持ってるところがテンションの下がっているのを伺える。
足は自然とかがみの家に向かっているが。
「かがみ、何したんだ?」
せっかく二人なのに話が絶えてるのは辛い。
「何も……ただ…興奮して…」
纏めると、眺めてたお菓子に試食があって、興奮して我を忘れた、ということだ。
お菓子好きなかがみらしいな。
「ま、夢中になるのは仕方ないさ。次気をつけろ」
「次って……もう恥になったわよ」
大丈夫さ、人の噂も七十五日ってな。
「2ヶ月以上も我慢してられるわけないでしょ……」
しゃーないさ、過去には戻れないんだから。
そんなやり取りをしてると、かがみの家に着いた。
雨の音も穏やかになっていた。
「はぁ…ありがとね、それじゃ」
かがみは手を振って、家の扉を開ける。
っと、忘れてた。
「かがみ!」
「何…?」
俺は自分の持つ袋から1つの箱を取り出してかがみに手渡す。
「え、コレって、…え?」
「クリスマスプレゼントみたいなモンって事で」
俺がかがみにやった箱はかがみが欲しがってた限定菓子だ。
俺が食おうかとも思ってたが、今のかがみを見てるのは辛いんでな。買ってないみたいだし。
「あ、ありがと…」
かがみは少し戸惑いながら礼を言う。
ほのかに喜んでくれてるようで良かった。
俺は心の中で深呼吸する。
「なぁかがみ」
「ん、何?」
先程の呼び掛けとはえらい違いだな。
「年明けに―――」
「あ、おねえちゃんお帰りー」
「かがみお帰り。頼んだやつ買って来た?」
かがみの背後から2つの声がする。
つかさと姉のまつりさんだと視認した。
「あ、キョン君だー」
「あ、ホントだ。どしたの?」
つかさが第一に俺に声をかけると、まつりさんもポッ●ーをくわえながら挨拶してくる。
俺は手をあげて、2人に挨拶し返す。
まつりさんはしばらく立ち止まった後、
「あ、ヤバイ。つかさ、ちょっと手伝って」
と言ってつかさを引っ張ってリビングに行ってしまった。
俺にグーサインを残して。
「あれ、お姉ちゃん?」
「荷物は置いといてー」
かがみの質問にまつりさんは遠くから返事をした。
「キョン、今日はありがとね。助かったし、嬉しい。
  またお礼はするわね。今止んでるから急いだ方がいいわよ。
  それじゃ、ばいばい。」
え、あ、うん、じゃなくてちょっと待て。待ってくれ。
「かがみっ」
再三呼び止める声は扉の閉まる音に掻き消された。
数秒思考は停止された。
動作して初めてした事は溜め息だった。
「……情けねぇなぁ」
雨雲が無くなった空を仰いで吐露する。
雨に当たっていた半身に当たる風が冷たいな、早く帰るか。
参拝客が捨てたと思われる空き缶をごみ箱に入れて、俺は帰路に着いた。
道中、まつりさんから『意気地無し』と書かれたメールが届いた。
俺は苦笑いして、携帯に表示された日付を確認する。
初日の出に誘うにはまだあるさ。

 

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最終更新:2008年01月25日 19:52
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