アメナミダ

雪茶◆yukichanHA氏の作品です。

地面に当たる水の音が激しい。
また、今日も雨か。
私は溜め息を一つ吐く。
最近は梅雨入りでずっと雨続きだ。
何ならいっそ、台風になるなりしてくれれば喜んであげるのに。
「ゆたか…帰らないの?」
声に振り向くと、みなみちゃんがいた。
「あ、うん。もう帰るよっ」
今、私は今日の提出のプリントをやっていた。
テストとかで忙しくて大変で、忘れてたプリント。
もうちょっと時間がかかる、かな……
「みなみちゃん、まだ長引きそうだから帰ってていいよ?」
「そう…、それじゃ、ごめんね?」
互いに小さく手を振って、私はみなみちゃんが教室を出るまで振り続けた。
「……はぁ」
一人だと雨の音が煩く聞こえる。
やる気削がれちゃうなぁ。

「あれ、ゆたか。まだいたのか」
急に呼ばれてビックリした。
扉の方を見ると、キョン先輩と朝比奈先輩がいた。
キョン先輩は何やら重そうな段ボールを持ってる。
「あ、はい。宿題のプリントがありまして。なんで二人はココに?」
「ハルヒに頼まれて、な。」
隣は機材とか色々入った倉庫部屋だ。
「それで廊下を歩いてたらこの教室だけ電気がついてたんで覗いたら小早川さんが」
「そ、そうなんですか」
キョン先輩はそのまま、隣の教室に行った。
それに返事した朝比奈先輩が小走りでこっちに来た。
「小早川さん」
「はい、」
朝比奈先輩は教室の扉に目をやって。
「キョン君の事、好きなんですか?」
と、言って―――――へ?
「え?やっ、ちょっ、あのモゴ」
朝比奈先輩は私の口を手で覆い、もう一方の手で、しーっ、と合図する。
私は理性を取り戻し、頷くと朝比奈先輩は手を離してくれた。
「ふふ、バレバレですよ?」
ニコッと笑いながらおでこをつん、と突く。
顔が熱くなるのが分かる。声が出ない。
でも、なんで……?
「ずっとキョン君を見て、目が合うと私の方を見てましたから」
読心術でも施したように、私の心の中と会話する。
「はい、……キョン先輩が好きです。」
でも、高嶺の花なのは分かってる。
「でも、先輩には涼宮先輩にかがみ先輩、お姉ちゃん、それに朝比奈先輩もいて……」
そんなことを言ってると俯きがちになってきた。
「ふふ、」
けど、朝比奈先輩は笑いを堪えようとして、そんな笑いを漏らしていた。
「どうし、ました?」
「キョン君は鈍感ですから。私は良き先輩としか思われてないでしょうし、私はキョン君に恋愛感情はありませんよ?」
朝比奈先輩は一度深呼吸して、真面目な顔に戻す。
「今小早川さんが言った3人の気持ちも彼はまだわかってないんですよ?鈍感ですから」
彼女は私の両手を温かい自分の両手で覆って。
「諦めたらオシマイだよ?頑張らないとっ」
そう言った。

「ふぃー、終わった終わった。って朝比奈さん、ゆたかと何話してるんです?」
キョン先輩が片腕を大きく回しながら教室にやってきた。
「何でもないですよー。女の子のお話です」
朝比奈先輩はキョン先輩を軽くあしらう。
「明日――土曜日はSOS団休み、でしたっけ?」
「ん、そうですね。たまにはーって事でさっきハルヒが言ってました。けど、どうして?」
「確認ですよ、か・く・に・んっ」
終始優しそうな笑顔をキョン先輩に向けながら朝比奈先輩は話し続ける。
「あ、こんな時間!私バイトがあるんで先に帰ります!」
「あ、ではまた明後日」
「はーい、」
教室の時計を確認して、朝比奈先輩は教室を駆け足で出て行った。
『頑張って。』
私と離れる時にそれだけ言って。

十数分後、私は残されたキョン先輩に手助けして貰って無事プリントを提出することが出来た。
「んーすまんな。数学苦手で」
「いいんですよ、お陰で早く帰れました」
最終下校時間にはまだ早いのに、生徒はほとんど見えなかった。
雨は未だ降り続いてる。
「しかし、止まないよなぁ」
バサッ、キョン先輩が傘を開く。
「そうですねぇ」
バキッ、私も傘を開く。
…………バキッ?
慌てて傘の骨組みを調べると、案の定傘の骨が折れていた。
力も入れてないのに……なんで…?
仕方ない、職員室に傘借りに…
「ほら、入るか?」
キョン先輩に待って下さい、と言おうとする前に、先輩はそう言った。
「え、でも…」
「わざわざ行くのも面倒だろ?ゆたかが借りるってなら待っとくが」
え、これはチャンスだよね?
え、え、でもキョン先輩とあ、相合い傘って…えー!?
「ゆたか?」
顔に熱が上ってきたよ…
「おーい、ゆたかー」
ダメだ……視界が…ぼやけて……
キョン先輩………

 

ざーざー……
気付くと、そこは先輩の背中の上だった。
「えっ!わわっ、先輩っ!」
「あ、起きたか。熱は大丈夫か!」
先輩は傘を肩に乗せて、私をおんぶしていた。
「傘の持ち手のとこに鞄かけれてよかったぜー」
ははは、と浅く笑いながら先輩はずっと歩いて行く。
「急に倒れるからビックリしたぞ、もうちょっとで頭が床に当たりそうだったしな」
……ダメだ、私また人に迷惑を…
「……ゆたか?」
いつもコレだ、授業も中断させたりして……
「どうした?」
先輩にまで迷惑をかけちゃって……私…本当に…
「――ぅぅ…ぐずっ、」
涙が私の感情に呼応して、頬を伝う。
「ゆたか、どうしたんだ?」
「ごめん…なさい……」
過去が振り返る。
昔から、病弱で、友達に迷惑かけた。授業妨害した。
それを理由に虐めるクラスの男の子達。
「私、昔から…こんな病、弱……で」
無意識に先輩のブレザーを握り締める。
自然にえづき始めた。
「―――なぁ、ゆたか」
先輩は足を止めた。
「は、は…い……」
泣き過ぎて声が出ない。
一生懸命返事をする。
「お前が気分悪くなったりした時に…誰かが助けてくれてただろ?」
「はい……」
「多分……いや絶対だ。少なくともソイツラは迷惑だと思ってないぞ」
傘に当たる雨足が激しくなる。
「でも…」
「でも、とかじゃなくてな。心配するのは友達以上の存在だからであってだな……」
言葉を頭の中で探してるのか、ややこしいなぁ、と先輩は独り言を吐く。
「俺にとってはお前が倒れたとしても迷惑にはなってない。つまり、俺より長い付き合いお前の友達が迷惑がるわけないんだ。ネガティブに取るなよ、いいな?」
「でも、私……それで虐められて…」
「よく考えろ、お前を虐めてた奴はずっと虐めてたか?そうじゃないだろ」
目を暝って小学校を思い出す。
私が保健室から教室に向かう。
授業中だから廊下には誰もいない。
扉を開けた。
友達がこっちに駆け寄って来る。
「大丈夫?」「平気?」と声をかけてくれる。
私は返事をする。大丈夫だよ、って。
先生が手を叩いて呼ぶ。
「授業始めたいから座りなさい」って言う。
はーい、みんなが返事をする。
私に集まったみんなが座り始める。
私も座ろうとする。

「………おい、大丈夫かよ」

いつも調子に乗ってばかりいる男の子が―――呟いていた。

 

「あ……」
思い出した。
誰かが言ってたけど…彼とは思わなかった。
「な?だろ? 虐めてたのは……お前が好きだったんじゃないか?」
……へ、好き?
「そんぐらいの男は好きな女子を虐めるような精神だったんだよ、そんなもんだ男ってな」
そうなんだ……。
「あ、因みにもう着いてるぞ」
キョン先輩が右を向くと、そこには『泉』とかかれた表札があった。

「ウチのゆたかをどーもありがとネー」
先輩は呼び鈴を鳴らして、なるべく私を濡らさないようにお姉ちゃんを呼んで家に入れてから下ろしてくれた。
「あ、ありがとうございました」
私は深くお辞儀をする。
「ゆーちゃんに何もしてない?」
「何でだ」
「目が赤いよ?……まさか欲情に任せてゆーちゃうぐっ!」
「危ない発言すんな、ゆたかには何もしてねーよ」
「目が痒くてかいちゃっただけだから安心して」
先輩の誤解を解くと、お姉ちゃんは部屋に戻って行った。
「せ、先輩。今日はありがとうございましたっ」
またお辞儀をした。
「気にするなって、」
「そ、それで迷惑かも知れないんですが…」

《頑張って。》
朝比奈先輩の言葉で自分を落ち着かせる。
「あの、明日……行きたい所があるんですが」
自分の背中に回した拳に力が入るのが分かる。
「せ、先輩…付き合ってくれませんかっ!」
意味合いが違うけど、先輩に"付き合う"という発言をするのに一苦労する。
冷や汗が流れる。
「俺はいいぞ」
ぶっきらぼうな返事だが……了解を得ることが出来た。
「ほ、本当ですか!」
「ああ、明日は暇だしな。構わん」
「それじゃ、またメールしますので」
「ああ、それじゃ、帰るな。」
「あ、はい。さよならっ」
先輩は手を振って扉の向こう側に行った。
胸に手を当てると高鳴りしてるのが分かる。
呼吸も少し乱れてる。
けど―――
「やった…」
―――形がどうであれ、一日デート出来る。
「おや、ゆーちゃんお帰り」
「あっ、はい。ただいま!」
おじさんに挨拶をして私はすぐに自分の部屋に向かった。
部屋に入ると、机に新品の傘一本と手紙が置かれていた。
手紙には「みくるより」とハートマークを付けてこう書かれていた。
『傘壊しちゃってごめんなさい』とだけ。
テレビをつけると、日本が映された天気予報がやっていた。
明日、土曜日はこの辺りに雲が来ることはなさそうだ。
雨足も、知らない間に静かになっていた。

 

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最終更新:2008年01月25日 19:58
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