「精神的に向上心の無い物は馬鹿だ」 とはKの言葉ではあるが、ありすぎるというのもいかなる物だろうか。
そんな事を考えてる俺は友人からKの付くあだ名で呼ばれているものの、あんなストイックな男では無いので勘違いしないで欲しい。
それに同じ女を取り合うような仲でもない。
この学期末という誰もがテスト勉強に追われる中でその精神的に向上心のありすぎる馬鹿を横目に俺は目の前の単語帳を脳に刷り込んでいた。
「頼むっ!」
手を合わせ、懇願する俺の友人こと谷口である。
衆人環視の元でありながら堂々と頭を下げ、自分の意志を貫こうとする姿は現代人には珍しいだろう。
こういった男は見習うべきであろう。
…だが、
「付き合ってくれ!柊!」
それが相手に迷惑を掛けていないという前提があってこそである。
しかも告白なんてもってのほかであるまいか?
ペラリと単語帳のページを捲る。
ちなみにそんな谷口と柊を皆が勉強片手に見ているので柊も気圧されているのが教室の端からでも見て取れた。
皆の注目を集めているのに気づいているであろう柊は最早涙目である。
「もし、俺に可能性が無いならここで振ってくれ!頼む!」
…こらまた意地悪な質問の仕方である。
そもそもそんな風にスッパリ断れたら柊も悩む訳がないだろうに。
単語帳をまた一ページ捲る。
谷口は頭を下げたままで動こうとせず、当事者の柊はどうすればいいのかとオタオタしている。
やはり姉に比べて少し気が小さいのであろうか、ふるふると身を震わせて涙目になって頭を上げない谷口に戸惑ってこちらに助けを求めるような────
「………ん?」
ああ、そういえばさっきから目が合ってたような気がするな。
なら、そろそろ助けに行くべきか?単語もこんな騒ぎが展開されていては頭に入りやしないし。
椅子を引き、迷惑の根源を断とうと谷口へと近寄った。
俺が席を立ったのを見て柊(つかさ)が目を輝かせた。
保護欲をそそるというその体質は良くても、人に頼らず問題を解決出きるようになった方がいいんだがな。
まぁこの谷口の暴走に一枚噛んでいる俺の責任も無くは無いので手を貸すべきだとは思うが。
クラスメイトの視線が新しく表れた登場人物に向けられる。
言うまでもなく俺の事であるのだが少し緊張する。
「おい馬鹿。その辺でやめておけ」
突然の乱入者に顔を上げる谷口。
その顔には明らかに邪魔されたという不快が浮かんでいる。
そしてあっちに行ってろと言う目線が俺を刺す。
ああ確かに柊に強引に告白したら押し切れそうだよなって話してたが実行するか普通?
映画とかドラマにありそうな皆の前で告白したら流されそうだよなってのも話題にあがったな。
けど実行するのはどうかと思う。
つまりあまり俺を睨むなって言いたいんだがコイツなりの手応えを感じているのか下がろうとする姿勢が見られない。
このピリピリと張りつめだした空気に周りの何かを期待している雰囲気が満ちている。
最初のKでもあるまいしコイツらはアレか?修羅場を見たいのか?
というか出てきたはいいが何をすればいいんだ?
柊、あまり俺に期待する視線を送らないでくれ。
周囲の薄情なクラスメイト、お前らは勉強に集中しろ。
さて、困ったぞ。
「あ、暫く、暫く、しばらぁくぅー!」
そんな俺が本気で困っていると更に頭痛の元となる奴が乱入してきた。
確か「暫」とか言う歌舞伎かなんかのワンシーンでこんなのがあった気がするが、おそらく何かの漫画で出てきたのだろう。
その人物は泉。
俺としてはこれ以上混沌とした展開はもういらないのだが。
そんな俺の希望は虚しく散るのみだと分かっているが望むだけなら無料だ。
「そこな無礼者!麗しき野花はその無骨な手に摘まれるべきに生まれたるは非ず!あぁ、あ!嘆かわしい!」
なにやら珍妙なテンションで谷口に詰め寄る泉。
先の読めない展開に目を輝かせている周囲。
乱入者に対しやっと頭を上げる谷口。
…そして取り残された俺と柊。
「何を言わせておきゃあ、調子にのるな!あ、花は見られてこそ価値のある!人の通わぬ山裏に、咲いた花に価値は無し!」
谷口が泉にノった。
ちなみに俺はもう収拾はつかないとこの時点であきらめさせて貰ったぞ。
「ええ、ええ、それは金には変えられぬ、されど…」
ここらへんから身振りを付けて話が盛り上がり始めたが俺はただ眺めているだけだった。
…ならば100の内の99が人の限界か!それを見せてご覧せしめよう!」
おおー!と周りから歓声が上がった。
長すぎて覚えていないが確かかぐや姫に柊が例えられて谷口がその求婚者になって…えぇいややこしい。
たしか、無理難題が出てきてアインシュタインがどうのこうのでうんたらかんたら。
纏めるとだな。この小芝居で「つかさに告白するなら期末テストで全て100点取ってからだ!」と小芝居付きで泉が言ったんだ。
それで谷口が「それじゃつまらん!全て99点取ってみせるぜ!」と宣言したんだったな。
「これぞ大岡裁き!」
カーッカッカッカッと水戸の爺さんのような笑い声をあげて小芝居を締めた泉。
いや、まだ終わっちゃいねぇし。
更に、パチパチパチと周りから拍手が舞い起こる。
いやお前らノリ良すぎだろ。
その拍手に手を振って応える谷口と泉。
そして更にそれに反応するクラスメイト。
ピーッと口笛を吹く奴までいる始末だ。
ノリが良すぎだ手前ら。
「うるっさぁーい!!なにしてんねん!!!」
ガラッと戸を開けて黒井先生が入ってきた。
ああ、そう言えば今自習中だったっけな。
先生の視線は自然と谷口と泉に吸い寄せられ、騒ぎの中心だとすぐさま見抜いた。
「二人、ちょっと来ぃな」
顔を青ざめさせて消える二人を暖かく俺は見送ってやった。
俺?小芝居が始まって少ししてから席に戻って真面目に勉強してましたが何か。
かくして、テスト期間が始まり、運命の日がやってきた。
そう、返却日である。
別に俺としては谷口の告白が成功しまいがどうでもよかろうなのだが、少し気になった事がある。
当人である、すべてで99点を取ると豪語した谷口がヤケに余裕なのだ。
俺とそう大差ない頭の出来の谷口が99点を取るなんて出来るとは思えないのだが…。
その余裕の元は何なのかを知りたいがために残ったようなものだ。
ちらりと横目で谷口を覗いたが脚などを組みながら薄く笑っている。
コイツ…まさかっ!?
放課後、誰が言うともなく全員が残り、結果を待っていた。
俺も一応空気を読んで座っているが本音を言えば結果を知ってさっさと帰りたい。
ガラッ、と引き戸を開けて登場した谷口。
皆が息を飲むのがわかった。
「……またせたな」
バッ!と上に谷口が答案を上に掲げた。
それを見た誰かが叫ぶ。
「白紙だとっ!?」
それを聞いてさらに誰かが叫ぶ。
「賭は泉の勝ちだ!」
ワァワァと喧騒が響く中、谷口はただ笑って教壇に立っていた。
「静まれい!」
そして騒ぐ群集を一喝した。
「何故俺がこのように笑っていられるかを教えてやる…
まず、俺は99点を取ると言ったな」
先程と打って変わって周りは静まり返って谷口の言葉を聞いている。
「それに対して俺は白紙を出した。
これは一体……?そう思っただろう。
しかぁし!俺はこれこそが最上の答えであると言わせてもらおう!」
何ぃ!そんな馬鹿な!とどこかで声が上がった。
「99…これは何だ?そう、100の前の数だ。これを漢数字で表すなら"百"だ」
チョークを使い、黒板に百と書いた。
「これから"一"を引くと…」
「ああっ!?」
「まさかっ!」
谷口は指で百の上の線を消した。
「そう、白だ!だから俺は白紙で出したのだ!文句はあるか泉こなた!」
「くっ…!」
泉が苦しげな呻き声を上げた。
どうやら勝負は決したらしい。
「でもそれって零点だよね」
しかし。その一言が全てを打ち砕いた。
その人は国木田であった。
「確か谷口は"99点"を取るって約束だったけど零点。
更に言わせてもらうならアインシュタインの99%の努力云々って話だから本当は全教科の99%を取るって話じゃなかったかな?」
…あれ?もしかしたら俺はなんか間違えてたような気がする。
もしかして全てで99点じゃなく99%分の点数を取るって話だったのか?これは恥ずかしい。
「ちなみに今回英数国社理で、国語は古典、理科は物理と化学。合計で700点。
仮に谷口が99点を取っていたら693点。ここまではいいんだよ。
だけど音楽と保健は50点満点のテストだし合計点を大きく逸脱するんだよね」
谷口は、口を大きく開け、自分の親友を見つめた。
しかし常に微笑を浮かべている俺の親友である国木田は、ただその微笑で応えるのみであった。
後日談ではあるが、全教科で赤点(当たり前である)を取った谷口は岡部に呼び出され、三者面談にまで発展することとなった。
ちなみに俺は勉強の甲斐あって全て平均以上を取れたので満足した事をここに記す。
あと俺のクラスのノリの良さは何だったのか?とか押しに弱く折れそうだった柊が意外に頑張っていたのは何故か?
俺が出て行った途端に泉がすぐに出てきたのはどうしてか?などと疑問はあるが既に終わった事なので確かめる術はないのである。
終わり。
最終更新:2008年02月05日 17:50