七誌◆7SHIicilOU氏の作品です。
冬、結露で濡れた窓の外に雪がちらつき始めて数時間。
厚い雲が太陽の光を鈍い色に変換させて街を照らす。
コンクリートジャングルとも評される東京ほどではないが、
それでも曲がりなりにも首都圏を名乗るこの街にはそれなりに
ビルやらなんやらが立ち並んでいて、所々雲との境界が曖昧になっている。
俺は二階に存在する自室の窓からそれをなんとなしに眺め続けてる。
この中途半端な高さは空と街との境界線のような、境目のような、そんな位置で。
つらつらと物思いに耽るには適した位置だと個人的に思う。
学校での自分の席も似たような位置に存在するのだが、
残念なことに学校には騒音も雑音も多すぎるのだ。
俺は厚着をして寒そうに身を縮めて歩く通行人に、
邪な優越感を浮かべつつ、軽く鳥肌を立てる。
都会(まぁ、田舎ではないだろうから一応都会と表記する)で生まれ育った
俺は寒いのにも暑いのにも決して強くは無い。貧弱ななのかも知れない。
無邪気な子供の頃ならいざ知らず、ある程度成長した今現在の俺はやはり雪が苦手だ。
それを再確認した俺はカーテンを早々に閉め、寒々しい外の情報をシャットダウンした。
「なぁあやの、なんでこんな寒い中みんな外出してんのかね?
わざわざあんな動きにくい格好してまでさ」
俺は部屋に置かれたこたつでぬくぬくとしているあやのに声をかけつつ
自分も暖かなこたつにそそくさと潜り込む。至福。
「ん~? キョン君に会うため、はいみかん剥いたよ」
あやのは今更なにを? といった具合に恥ずかしいことを臆面なく言って、
笑顔のままで俺に綺麗に剥かれたみかんを差し出す。
「ありがと」
あやのによって筋を全て取り除かれたみかんを受け取り、
一房剥がしてひょいと口に含む。酸味と甘味のバランスが素敵。
こたつにみかんの組み合わせはこれ以上ない取り合わせだ、
純正日本人の俺にはこの状況だけで否応無しに心が安らぐというものだ。
関係ないが、みかんの栄養はその大半が取り除かれた筋に含まれてると聞く。
人間の手がかかってない、自然の食べ物には食感と味を両立させることは難しいのだろうか?
…けれど別に俺は栄養源をみかんにのみ求めてる訳ではないので、
それ以上思考を巡らすこともなく、普通に筋のなくなったみかんを口に放り込む。
「なんか面白いニュースやってたか?」
冷たいつま先を一番暖かいこたつの中心で暖めつつ、
テレビを眺めていたあやのに俺はなんとなしに聞いてみる。
世界情勢や物騒な事件になんぞ興味はないが、
俺の問いかけにあやのがどんなニュースを取り上げるのかは興味ある。
「水族館でイルカの子供が生まれたとか、今度一緒に行ってみようよ」
この寒い中に水族館というのはそら寒い想像だったが、だからといって真っ向から反対するのもよくない
ここは適度に濁しつつ話を切り替えるが吉だ
「機会があればな、紅茶でも飲むか?」
先ほど日本の心に触れていたと言うのに、いきなり反旗を翻す発言であるが
あやのは紅茶が非常に好きで日本茶はそうではないという趣向から考えればいた仕方ない
「あっお願い、角砂糖は―」
「―二つだろ?」
それなりに長い間、文字通り付き合っているのだからそれくらいは理解していると
俺はあやのの台詞を途中から次いで口にした
ふふふ、とあやのは片手を口に当てて笑う
笑うあやのを眺めつつ俺は早速台所に向かうことにする
「って言ってもティーバックしかないんだけどな」
呟いてマグカップから垂れる紐をちょいと引っ張る
それにしたがってバックが動いてお湯に茶色い色素が広がっていく
そして二つのマグカップの中で三角形のバックの中で茶葉はふわふわと舞っていた
二つというのは当然自分の分もついでに入れてるからだが
「こんなもんかな?」
まったく適当だとも思うのだが
そもそも80℃程度が適温の紅茶を熱湯で入れてる時点で話になってないので気にしない
いや、気にしたことを忘れるのが正しいか? どうでもいいがな
俺はかぶりを振って砂糖の瓶から二つのカップに砂糖を二つずつ入れる
あとは冷蔵庫からコーヒーミルクとレモン果汁の小さな容器を取り出す
自分の分はミルク、あやのの分はレモンだ
これはさっきの会話に含まれてなかったことだが、何も言わないときはレモンティーにするのが常だった
片方は白くにごりよく見るミルクティーに
あやのの分はレモンを入れたとたんにスッと色が変わって透き通るような薄い色になった
今は家に俺達以外いないので俺の部屋以外は寒いので
俺は少々急いて階段を、躓かないように最低限の注意をしながら紅茶を両手にのぼる
「あやの、あけてくれ両手がふさがってるんだが」
部屋前につき、しまった扉の前で中に呼びかけるとすぐに開く
「ご苦労様キョン君」
あやのはいつもの笑顔で俺をむかえる
俺はあやのが本気で怒ってるとき以外笑顔を絶やしてるのを見たことが無い
こたつにマグカップをおいてから、こたつにもぐる
短時間離れてるだけでずいぶんと体温が冷えた気がする
こたつの中央辺りにおいてあるマグを引き寄せてマグじゃなく自分の顔を近づけて啜る
…熱い、当然だ熱湯で入れてからティーバックを入れてる時間があってもそこまで冷める筈が無い
舌を火傷するまではいかなかったが、一気に飲んでたら危ないところだった
ちょっと待つことにしよう
しかし下半身は現在絶賛蓄温中な分けだが上半身、特に指先がつま先と同様冷たい
マグカップを両手で包むようにして暖めてるがあまり効果が表れない
「…ねぇキョン君、ちょっと手を貸して」
あやのが俺の不振な挙動に気がついてそう言う
俺が言われた通りに手を差し出すと俺の手をギュッとあやのが握ってきた
「…あったかいな、あやのの手は」
「手があったかい人は心が冷たいんだって」
「じゃあ、そりゃ嘘だな」
「ありがとう、でも手が冷たい人は心が暖かいってのは本当だね」
「そうか?」
「だってキョン君は私の知ってる人の中で一番暖かくて優しい人だと思ってるよ?」
「それは奇遇だな、俺もあやのの事を同じように思っていた」
「光栄ね」
手を繋ぎながら俺とあやのは会話を交わす
そして最後の言葉を言った後にあやのはクスクスと朗らかに笑う
俺も釣られて笑う、声は出さないがそれでも笑っていたんだ
そのまま俺達は実にも葉にもならないことをつらつらと話していた
世間話のようでそのじつ何事にも代え難い重要なことだったような気もする
「あっ、もうこんな時間ね」
BGMになりさがったテレビの時報で気がついたようにあやのが呟く
「そろそろ親と妹が帰ってくるかな」
遅くなるとは言っていたが正確な時間を言ってなかったのでそろそろ潮時か
名残惜しくもあるが野次馬精神が人一倍強い家族にはまだあやのの事は伏せてる
にしては自室に堂々とあげて話してるのだから馬鹿なのかね俺はさ
関係ないが"人一倍"ってのは変な表現だよな
一倍だったら他人となんら変わりが無いように思えるのは俺に学が無いからか
「じゃあ私そろそろ帰るわね、また来るから」
「ん、送ってくよ」
こたつから這い出て上着を羽織る、男として最低限のマナー
テレビやこたつの電源を切って二人で部屋を出る
曇ってた上に遅い時間になってきたので余計に薄暗い階段を下りて靴を履く
「しかしこの時期にサンダルって寒くないか?」
「おしゃれは足元からって言うじゃない」
当然のように言われてしまった、どうなんだろうか?
服装に対して関心を払わない俺にはよくわからないことだった
まぁいいさ、俺は鍵を開けて玄関をでて
「キョン君にあやのちゃんだ!」
妹の全開笑顔に遭遇した
そして俺の平穏は全壊した
あはは、とぎこちなく笑うあやのと眉間に手をやる俺
なんでこうも空中に静止しているボールにバットをフルスイングしたように
見事としかいえないジャストミートなタイミングなのだろうか?
もはや何事も無くこの場を切り抜けることを早々に諦めた俺はただ天を仰いだ
作品の感想はこちらにどうぞ