sweet or bitter ? ~チョコの味は恋の味~

泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。


「よしっ! できた」
ラミネート袋の口をリボンで結び終えると
完成したことの安堵からか、どっと疲れが沸いてきた
でもそれは達成感を伴った疲れで、少しも嫌な気はしない
ちょっと形が不恰好ではあるけど目も当てられないほどではないし
こういうのが不得意な私にしては上出来だと自画自賛くらいさせて欲しいな
つかさやこなたは料理が得意だし、二人から教わりながら作れば
もっと見た目の綺麗なものが出来たかもしれない
でも最初から最後まで全部自分ひとりの力で作らないと本当の意味で手作りにはならない
だから今回はこんな完全アウェーな分野に、無謀にも挑戦してみた
とはいえちゃんとできるか心配だったけど、何とか形になってよかった
後は明日渡すことが出来れば完了。 でも正直言って不安はある
市販の物を溶かして作ったわけだし、何度も味見したから
口に合わないということは恐らく無いだろうけど……
キッチンにあるまな板に乗った切れ端をツマミ食いすると口の中に甘さが広がる
こんなに甘くて美味しいんだもん、きっと喜んでもらえるわよね

片づけを済ませた後お風呂に入って疲れを落とし
『考えが甘かった』なんてことにはなりませんようにと、
こういうときにだけ信仰する神様にお願いして
明日に備え今夜はいつもより少し早めにベッドに入った


一年を通してのイベントの中でも、今日はクリスマスと同じくらい重要な一日
男の子は期待に胸膨らませ、女の子は淡い想いに胸躍らせる
当然私もその例に漏れず、この胸に秘めた密かな想いを形にして
胸膨らませ……ているはずのキョン君に渡そうと考えている
でもそれには大きな障害が目の前に立ちはだかる
兎にも角にも私の周りには敵が多すぎる
しかも私にとって好敵手にならないほど強大な敵ばかり
つかさとこなたは特に料理全般が得意で
みゆきさんはこなたの言葉を借りるなら完璧超人だから
きっとお菓子作りなんか容易いでしょうね
有希や朝比奈さんは、その実力を垣間見たことはないけど
私にとって脅威であることは間違いないと思う
そして、一番の強敵は何といっても涼宮ハルヒね
悔しいけどみんなの中で一番キョン君に近い存在だと思う
こんな連中に私が太刀打ちできるのかはわからないけど
当たって砕けろの精神でタチムカウしかない

放課後の部室を包むこの緊迫した空気に気が付かないのは
机に突っ伏して眠るキョン君ただ一人だけ
古泉君を除いたメンバーはもう揃っていて、多少なりとも賑やかになるはずが
今日は時刻を刻む針の音がいつもより大きく感じられる
誰もが言葉を発することなく黙ったままで、キョン君の気持ちよさそうな寝息と
冬の寒さで風邪を引いたのか誰かが鼻を啜る音
そして有希が本のページをめくる音だけが耳に届く
みんなただボーっとしてるように見えるけど、自分の椅子の横
もしくは机や膝の上に置かれた鞄に意識を集中しているみたいで
その中に何が入っているのかはもう見なくともわかる
だって似たようなものが私の鞄の中にも入っているから
起爆剤に最初に火をつけるのは一体誰なのか
この戦いの火蓋は誰の手で斬って落とされるのか
自分から行動を起こさないくせにそんなことを考えてみる
多分みんなも同じようなことを考えているのかもしれない
だから誰も動き出せずにいるのよ

誰かがドアをノックして、みんなの視線がそこに集中した
少し開いたドアから顔を出したのは古泉君だった
模範的な笑顔に加え、柔らかな口調で
「今日は用事があるので、先に帰らせていただきます」
ドアを半開きのまま私達に告げた後、すぐに顔を引っ込め帰っていった
「……あ、忘れてた!」
しばらく閉まったドアを眺めていた私はあることを思い出し、鞄を手に取ると
古泉君を追いかけるべくドアを開け、急いで部室を飛び出した
そこまで時間はかかってないからまだ学校を出てはいないはず
案の定、階段を下りてすぐの廊下で見つけた
「ちょっと待って!」
古泉君はゆっくりと振り向き、またさっきと同じような笑顔を見せてくれた
「かがみさん、どうしました?」
「はいこれ、遅くなってゴメンネ」
鞄の中から二つある袋の内、小さい方を取り出して渡す
「帰宅してから頂きます。 ありがとうございます」
そんなにかしこまって礼を言われると逆にこっちのほうが恐縮してしまう
「他のみんなにはもう貰ったの?」
「はい、昼間に皆さんからも頂きました」
胸の位置まで上げた白いトートバッグを指差して見せてくれる
まさかそのバッグ、わざわざ準備してきたなんて言わないわよね?
しかもみんなの分を合わせたとしても、中にはそれ以上多く入っているように見えるけど?
「今日貰った分がすべて入っていますので」
さらりと世の男子生徒を敵に回す問題発言を繰り出す
「帰りは後ろに気を付けたほうがいいわよ」
「ご忠告感謝しますが、僕には彼の方が妬みの対象に向いていると思いますが」
「えーそうかな?」
彼……キョン君は性別に関わらず、敵を作る人じゃないと思うけど
「彼は部室にいる女性全員から、付き合い上仕方なく与えられるものとは違う
 その人にたった一つしかない本命を貰えるわけですから、特に同性の敵は多いかもしれませんよ」
「私は別にそんな……」
「ライバルはツワモノばかりですよ、幸運を」
「ちょっと!」
私の言葉を聞かずに古泉君は背を向け帰っていった
もしかしたら先に帰る用事なんて無く、私達の為に気を遣ってくれたのかもしれない
段々小さくなっていく後ろ姿を眺めていると、ふとそんな気がした
部室の前まで戻ってきて、どうせまだ寝てるだろうと高をくくってドアを開けると
どうやら長話をしすぎたみたいね、もう事態は動き出していた
目を覚ましたキョン君の横に立つ有希と、間抜けな顔でそんな有希を見上げるキョン君
他のみんなは二人の様子を食い入るように見ていた
「これ」
有希はチェック柄に包装された小さな箱を差し出し、みんなの視線がその箱に集中した
「えっと、くれるのか?」
綺麗にラッピングされた箱を目にしても、どこかピンと来ない様子
ここまで来ると鈍感なんていうレベルじゃないわね
流石の有希も、呆れた表情をしているように見える
「今日は2月14日……恋人たちの愛の誓いの日とされる」
「はぁ……」
これでもまだ気が付かないなんて、逆に感心する
「日本では一般的に女性から男性へとチョコレートが贈られる」
「そうか! 今日はバレンタインデーだったっけか?」
気づくの遅すぎよ! と突っ込みたくなったけど
「折角団長自らアンタにあげようと思ってたのに、気づくの遅すぎよ!」
ハルヒに先に言われちゃった
「そうだよキョンキョン、いつ渡そうか迷ってたんだかんね」
「皆さん異様なまで口を噤んでおられましたので、息が詰まりそうでした」
「私が淹れたお茶を飲んですぐ寝ちゃったからどうしようかと思って……」
「キョン君と一緒に私も寝ちゃうところだった」

なんだかつかさだけ少しズレてる気がするけど
有希を皮切りに大きさも様々なチョコがキョン君の手に渡っていく
その箱はどれも売り物のように綺麗で、なんだか私は自信を無くしてしまい
鞄の中に入った、手作り感丸出しの袋に手を伸ばすことが出来ないでいた

「だからって逃げてもしょうがないのにね」
賑やかな室内を背にしてドアを後ろ手に静かに閉める
廊下を歩きながら、片手に持った一枚の紙切れを眺めながら一人呟いた
正々堂々いきたかったし少し卑怯な気もするけど、今の私にはこの方法しかない
下駄箱まで行き、キョン君の靴の上にメモを置く
『部室でまってる』と小さく書いたメモを

「あ、お姉ちゃんどこ行ってたの?」
「ちょっとね……」
戻ってきた頃には、みんな満足げな顔をして帰り支度をしていた
「かがみ、なんだか顔色悪くない?」
こなたが心配そうにこちらを見つめる。 私そんなに暗い顔してたのかな?
「大丈夫よ、支度するから先に行って待ってて」
「それじゃ鍵お願い!」
ハルヒの手によって放り投げられた鍵が放物線を描き飛んでくる
そしてカシャっと音を立てて私の手に落下した
「ナイスキャッチ!」
まったく貴方はいつも元気が良いわね、ハルヒさん
それとも今日の目標を達成できたからかな?

誰も居なくなった部室で一人椅子に座っていると
遠くから聞こえる小さな足音が、段々大きくなってくる
その間隔は短く、走っているというのがよくわかる
ドアの前まで来たところでその音は止まり
ノブがゆっくりと回転し、金属の軋む音と共にドアは開かれた
そんなに息を切らすほど急がなくてもよかったのに
待たせるのは得意でしょ
「失礼な、いつも好きで遅刻してるんじゃないぞ」
私達としては遅刻してもらったほうが金銭的に助かるんだけどね
「それなら今後も遅刻し続けようかな」
後頭部を摩りながら、キョン君は苦笑いを浮かべる
「それで、どうしたんだ?」
そうだったそうだった、まだやるべきことが残っていた
鞄を開けて、箱の入った袋を手にするとキョン君に渡す
「これ、さっき渡しそびれちゃったから」
キョン君はキョトンとした顔で手の上に置かれた袋を眺め、その後私の顔を見る
「な、なによ?」
「かがみ、これは違うと思うんだが……」
ハッとして見てみると、それは化粧品を入れたポーチだった
「じゃなくてこれ!」
ポーチを受け取り、今度は間違いなくラミネート袋を渡す
「ありがとな、開けていいか?」
「どうぞ」
キョン君の手が紫色したリボンの端を握りゆっくりと引く
蝶々結びのそれはスルスルと簡単に解けていった
中から箱を取り出すと、確認するように私の顔を一度見てから蓋を開けた

「……」
別に褒めてくれるのを望んでいたわけじゃないけど
お世辞でもそういう言葉が聞けると思っていた
それがまさか沈黙されるなんてね
「ど、どうしたのよ? いくら形が悪いからって……うそ」
中を覗き込んだ私は、同じように言葉を失ってしまった

銀色のアルミ皿の上に乗っていた丸いチョコは
辛うじて原型をとどめる二つと、半分に割れたものを残して
後は砕けたものが一度溶けて固まっており、見るも無残なものとなっていた
昨日の努力が、このチョコと同じように砕けてしまった
「それ捨てていいから! それじゃ」
「かがみ! 待て!」
逃げるように部室を後にしようとしたけど、
キョン君は私の手を掴み、それを許してはくれなかった
「離してよ!」
そのチョコを見て、私が今どういう気持ちかわかったでしょう?
それなのにこれ以上惨めな思いをしろって言うの?
「お願いだから……離してよ」
どうしても涙をとめることは出来なかった
頭に浮かんでくるのは、自分が一生懸命チョコを作る姿
『きっと喜んでもらえるわよね』なんて確信のない期待を抱いていたけど
世の中上手くいかないことばかりね、『考えが甘かった』みたい
「うぅ……ひっく」
止まらない嗚咽のせいで喉の奥が痛い
いくら抑えようにも、自分の意思とお構いなしでどうすることもできない
「かがみ」
顔をクシャクシャにして泣く私をキョン君はそっと抱き寄せてくれた
そこに下心はまったく感じらず、それは父親のように大きな胸だった
こんなに大泣きしたのは何年ぶりだろう
泣いても泣いても涙は枯れず、キョン君の制服に染込んでいく
でも私の頭を優しく撫でる手はとても温かくて
キョン君の少し早い鼓動を感じていると、段々と落ち着いてきて
いつしか涙も止まっていた
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫じゃないけど大丈夫よ」
「なんだそりゃ」

「かがみ、正直に言うぞ」
キョン君は私に向かって語りだした
「かがみのくれたチョコは、一度解けてしまってお世辞にも形の良い物とは言えない」
まったくもってその通りで自分でもそう思うけど、面と向かって言われると中々ツライ
「でもこれを見たとき、俺の頭の中にはある光景が浮かんできたんだ」
そこまで言って一度言葉を止める。 私がその先を即すのを待つように
「何が浮かんできたの?」
「慣れない作業にそうやって手を傷つけながらも、俺なんかの為に一生懸命チョコを作る姿がな」
「なっ!」
咄嗟に絆創膏を貼った人差し指を隠す
確かにチョコを包丁で砕くときに怪我をしたけど、
まさかそこまで見抜かれるとは思わなかった
「形なんて関係ないさ、ありがとな」
「どういたしまして。 でも一応言っとくけど、義理よ義理!」
「わかったよ」
「なぁ、食べてもいいか?」
よく見ると小惑星のような形のチョコを手に取り、キョン君は私に許可を仰ぐ
そんな当たり前のこと聞かなくていいのに
「んじゃ遠慮なく」
口に頬張り舌で転がし、溶けたチョコを飲み込む
そうやって味わう姿を見ていると、不安に胸が締め付けられそう
美味しくなかったら……そんなことばかり考えてしまう

「ど、どうかな?」
「うん、美味いよ」
「ホント!?」
キョン君はもう一つの生き残りを指で掴み、私の口元へ持ってくる
「ほら、食べてみろ」
「私はいらないわよ」
「いいから早くしてくれ、溶ける」
キョン君の手から直接チョコを頬張る
指が少し唇に触れたのに、キョン君は気づいてないのか溶けついたチョコを舐め取る
それを見て心臓が大きく波を打ち、身体が熱くなる
こういう無意識の行動に、私達はよくドキドキさせられる。
本人に自覚が無いのが厄介なのよね
「どうだ? 甘くて美味しいだろ?」
溶岩の固まった岩石のように無様なチョコに手を伸ばしながら、キョン君は尋ねてくる
「いや、その逆ね」
「え?」
キョン君の言ったとおりきっと甘いんだろうけど
昨日味見した時とはまるっきり正反対で、その味はビターチョコのようにとっても苦かった


「かがみ、どうしたの? みんな待ってるよー」
戻ってくるのが遅いから心配して見に来たんだろう
こなたがドアをノックしている
「キョン君それしまって! 早く!」
私の気迫に押され、キョン君が慌ててチョコを鞄に入れ
ファスナーを閉めたと同時にドアが開いた
「あれ? キョンキョン何やってんの?」
ここからでは見えないけど、ビクリと身体を揺らすキョン君の向こう側から
こなたの声だけが聞こえてくる
「いや、忘れ物を……」
頬を指で掻きながら後ろを振り向くキョン君
やっと姿が見えたこなたは、私達二人に対し明らかに不信感を抱いている様子で口の端を吊り上げ
その後ろに立っているつかさは、相変わらず目が点になっていた
「ちゃんと鞄持ってたし、それ以外荷物無かったじゃん」
こなたってどうしてこういうときに限って鋭いのよ
お願いキョン君、どうにかやり過ごして!
いつも暴走しそうなハルヒを得意の話術で論破してるじゃない
「じ、実はかがみにチョ…」
「…っと宿題を見せてって頼まれてたのよ」
間一髪で言葉を遮り、咄嗟に思いついた口実を述べる
見えないように小突いてやると、キョン君は私の背中に『ごめん』と指を走らせる
「借りるのもみんなの前だと恥ずかしくてな」
「へぇーそうなんだ」
何とかごまかせたと思ったけど、こなたは依然として子悪魔の如き笑みを浮かべている
長いこと友達を続けている私にはよくわかる
このニヤケ面は大体私をからかう材料が揃ったときに見せるもの
チョコも見つかってないはずだし、問題ないと思うんだけど
「時にキョンキョン、口に付いたその茶色い物は何かな?」
十分材料は揃ってるじゃないのよ!
キョン君のバカ! 折角隠し通せたと思ったのに……
「何を隠したのかなぁ?」
もういいわ、観念した
「さっき渡しそびれたチョコをあげてたのよ。 はい、わかったら帰るわよ!」
「それにしては遅かったけど、まさかその後抱き合ってたとか?」
あながち間違ってないところがまた悔しい
「余計なことはいいからさっさと来る!」
「こりゃ図星だね」
「ウルサイ!」

不器用なことがバレるは大泣きする羽目になるは
よく考えたら今日はとても恥ずかしい思いをしたわね
まったく、こんなことになるならみんなと一緒に渡しとくべきだった
そしたら苦い思いをせずに……あれ?
「どしたのお姉ちゃん?」
「ううん、なんでもない」
口に残ったチョコの味は、まるで思春期の恋を表しているかのように
甘さの中にもどこか苦味のあるものになっていた
なんなのよコロコロ変わって! もうチョコなんて大っ嫌い!
こうなったらやけ食いしかないわね、家に帰ったらポッキー食べよっと
え? 矛盾してるですって? 知らないわよそんなの

学校の玄関へと向かう途中に廊下の窓から外を眺めると
黒く染まった夜空の上から、星の光に紛れて粒の大きな牡丹雪が次々と舞い降りていた
『ホワイトチョコでもよかったかもね』
思わず立ち止まり、真っ白な雪を目で追いながら私はそんなことを考えていた


sweet or bitter? ~END~






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最終更新:2008年02月16日 13:42
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