教師キョンキョン物語 第5話

「――なんか用かいな?」
 まずい。無意識のうちに、また黒井教諭をぼんやり見詰めていたらしい。
 内心の動揺を悟られぬように顔を逸らし「いえ、別に」と愛想笑いを交えて返す。
「その反応、今ので合計回数が2桁超えたんやけど」
 俺ってそんなに分かりやすい奴だったのか。自分の欠点ってのは、指摘されて初めて気づくのが世の常だ。
 恥ずかしながらポニーテール萌えであるところの俺が黒井教諭に熱心な視線を送っていたのは、何も今日が初めてではない。
 今までも盗み見るように、バレない程度の頻度で見詰めていたのだが――あの忌まわしきGWを境に状況が変わった。
「あんなあ」
 ずい、と距離を詰めて来る黒井教諭。顔が近いです。
「ゴールデンウィークのことやったらな、別に、そこまで気にせんでもええで?」
「……と、言いますと?」
「ウチもそろそろ三十路近くやし、あられもない姿を見られてキャーとかいう時代はとっくに終わっとんねん」
「はあ……」
「まあ、キョン先生は若いからな。いろいろ持て余すモンがあるやろうけど、教師やし、控えめにしいや」
 心得ました、と頭を下げると、満足いったという顔で、金のポニーテールを揺らして去る黒井教諭である。
 一方の俺は――いわゆるヤマ場を越えたに等しい疲労に押し寄せられていた。
(気にしなくていいって、そっちか……)
 てっきり、黒井教諭宅で巻き起こった宇宙的一大バトルの件かと勘繰り、無駄に身構えてしまった。
 記憶の操作はちゃんとしているとあの女は言っていたが……如何せん俺にとってのあいつは全幅の信用を置くに足る相手でない。
 なんせ2回も殺されかけてるし、うち1回はマジで刺されたからな。
「キミもなかなかの修羅場を経験しているな」
 いらっしゃったんですか桜庭先生。そして人のモノローグを無意味に読み取るのはやめてください。
 まさかこの人、変態的な属性持ちじゃないだろうな。
「ところで、黒井先生の件だがね」
「何でしょうか」
「ああ言ってはいるが、彼女はああ見えて純情な人だ」
「俺もそう思います」
「責任を取る覚悟はしておけ」
 そこまで飛躍されるとさすがについていけません。というか、俺に取らなければならない責任などないと信じたいです。
「ほう、フラグを立てておきながらみすみす折るのか」
「専門用語を使わんでください」
 といいつつも、意味がまるでわからないというのでもない。
 そのスジの部活動の顧問をやってる桜庭教諭と真性のオタクである泉のおかげで、俺もその世界に片足を突っ込みつつある。
 開き直って、傍観者的視点で楽しむことにしているが、妙なクセがつく前に足を洗っておきたいものだ。
「今の私の話を冗談ととるか真に受けるかは、お前さん次第だよ、キョン先生」
 手の甲で軽く俺のわき腹を叩き、去っていく桜庭教諭である。どうせ行き先は保健室だろう。
 天原教諭の苦労を慮りながら、俺も授業の準備をするべく荷物の整理を始めることにした。

 

 本日の新生SOS団の活動は、実に和やかに過ごすことができた……少なくとも、俺以外は。
「でさー、それがこれまたくさくってね」
「くさいのはいいから、さっさとページめくれ。全然進んでないじゃない」
 泉の勉強を見てあげている柊姉。微笑ましい友情である。にこにこ。
「クッキー作ってみたんだ。食べる?」
「あ、いただきます」
 控えめにいちゃつく柊妹と白石少年。青春の1ページである。にこにこ。
「キョンさん、お茶が入りましたよ」
 俺の手前に湯のみ(どこから持ってきたんだろう?)を置くみゆき。……ガクブル。
 いや、このみゆきには過剰反応する必要はない。わかってはいるのだが……刃物の冷たい感触は、なかなか忘れられないものだ。
 もうン年も前の出来事なのに、俺の記憶はいとも簡単に当時へ時間遡行して生々しい痛みを連れてくる。
 へたをすりゃ、その戦慄がこれから上書きされるかもしれないのである。手足が震えないわけがない。
 それでも、放っておいてもいい問題じゃない。俺は決心して、皆が帰り支度を始める中、みゆきにだけ残るように伝えた。
「襲うの?」
「起きながらにして寝言をいえるとは泉は珍奇な特技をお持ちのようだな」
「ゆきちゃん、がんばってねっ」
「つかさ! からかうようなこと言わないの!」
 腹黒ボケと天然ボケをダブルツッコミで撃退する。人手があるってのはいいことだ。

 さて。
「ようやく2人きりになれたわね」
 眼鏡を外しつつ、全国の青少年が一度は夢見る台詞を口にするみゆき――いや、みゆきならざる者。
 いつに間に替わってやがった。
「この子はすぐ考え込む癖があるから、そのタイミングをつけば私が表に出ることなんて簡単よ」
「……お前、今までもちょくちょくそうやって好き勝手してたんじゃないだろうな」
「愉快犯扱いしないでくれる? 大切な宿主に迷惑なんかかけないわ」
 俺のフィルターを通せばお前の言うことなど当てにならないの一点張りなのだが、追及はしないでおいてやろう。
 それよりも最初に言いたいことがある。
「何かしら?」
「みゆきの顔で喋るな」
 睨みつける俺とは対照的に、みゆきの顔をした女はいよいよ楽しげに笑う。
「そうね。久しぶりの再会だもの、ちゃんと顔をあわせないと」
 みゆきの目蓋は閉じられ、体中から粒子が舞い上がる。それらは虚空に、ある物を象った。
 女の上半身だ。
 どういう理屈になってるかはまるでわからないし理解できるとも思っていない。
 それでも文句を言う気にならないのは、そいつがそういう奴だと俺は知っているからだ。
「6年ぶりかしら、キョンくん」
 朝倉涼子という、宇宙人のことを。

 かつてのクラスメイトで、SOS団宇宙枠の団員である長門の同僚で、二度に渡り殺されかけた。
 俺が持ち合わせる朝倉涼子に関する情報は、大まかにするとこの程度だ。
「まず――なんで、いるんだ?」
 こいつは俺がハルヒの一味として活動したてのころ、俺を殺してハルヒを揺さぶろうとした末に長門に消された。
 そして高校1年の冬、長門が暴走しちまった際に復活を果たしたが、世界がもとに戻ってからはまた消えたはずだ。
「さて、どう答えたものかしらね」
 上半身だけの朝倉は、みゆきの傍を浮遊しつつ人差し指をあごに当てる。ずいぶん人間らしい仕草をしやがるな。
「私、前に一度だけキョンくんを刺したことあるじゃない」
 一度だけって。そう何度もあっていいものじゃないだろ。というか、あってたまるか。
「そのときに、私の因子をキョンくんに埋め込んで置いたのよ。徐々に構成情報を修復する機能がついたやつを」
「人の体に何をするか」
 そしてそのまま俺の中に残留しSOS団を監視しつつ、あわよくば復活を企んでいた――と朝倉は語る。
 水面下でそんなことが起こっていようとは、当事者である俺も、万能選手の長門ですら気づいたそぶりはなかった。
 朝倉の計画は滞りなく進行するはずだった――のだが、そうはいかなかった。イレギュラーな事態が起きたのである。
「彼女のせいよ」
 朝倉(1/2)が指差すのは、依然として目蓋を閉じたままの我がはとこ、高良みゆき嬢。
「キョンくんが彼女にSOS団のことを話した途端、貴方の中にあった私の因子は、彼女に吸収されてしまったの」
「……どういうことだ?」

「高良みゆきは、尋常ならざる情報収集能力を有しているわ」

 なんてこった。身内に、宇宙的未来的超能力的なトンデモ能力を持った人間がいたとは。
「明らかに凡人のそれを凌駕してる。私が予定してたのよりずっと早く、『朝倉涼子』の構成情報を回収しきれたもの」
 決して小さくない衝撃を受けている俺になどお構いなしに、淡々とみゆきの働きぶりを語る朝倉(1/2)。
 俺だっていつまでも動揺しているわけにはいかない。こんな危険な奴、いつまでもみゆきに憑かせておけるか。
「再生しきったんなら、さっさとみゆきから出てけ」
「うん、それ無理」しまいにゃ怒るぞこのアマ。
「このコ、情報の収集は得意なんだけど、放出するのは苦手みたいなのよ。だから出ていこうにもいけないの」
 今、半分だけ実体化してるじゃねえか。そう突っ込むと、これが限界よ、と朝倉は言った。
「お前の言うことを俺が信用すると思うか?」
「冷たいなあ。元クラスメイトじゃない……あ、それよりもっと深い仲か」
「ふざ――」
「そろそろみゆきちゃんが我に返るから、私戻るね」
 じゃあねキョンくん、私が外に出て行ける方法、探しといてね――まこと勝手な頼みごとを捨て台詞に、朝倉は霧散した。
 それらの粒子はみゆきの体へと吸い込まれていき、やがてみゆきがぱちっと開眼する。
「す、すみませんっ。ちょっとぼーっとしてました」
 ちょっとぼーっとして間に起こったことなど知る由もなく赤くなるみゆきに、俺は曖昧に笑いかけることしかできなかった。

 

「やれやれ」
 俺の因縁とは別件の用事について語りみゆきを帰した後、部室に一人になった途端、口から十八番が零れ落ちた。
 話が予想外の方向へ動き始めた。懸案事項は泉こなただけだと思っていたのに、とんだ伏兵がいたもんだぜ。
「泉、か……」
 旧SOS団も、涼宮ハルヒが直々に選び抜き、それぞれが変態的能力の所有者だった(俺除く)。
 新生SOS団でも、高良みゆきは宇宙人と親睦を深めてしまっていた。他のメンバーにも、何かが起こっているとしたら。
 ――ここまで嫌な予感を明白に感じたのは、SOS団解散式の帰り道でハルヒを見失って以来だ。
 黒井教諭宅での一件は、朝倉を信じるなら、彼女らは「現実のことではなかった」と認識している。
 しかしそれでも、何人かが同時に同じ白昼夢を見たという不思議が残ってしまったのだ。
 白石少年は「集団催眠」とかいう訳の分からんオカルトを持ち出して結論づけようとしていたが――まあ無理だろう。
 もしかすると俺はまた、性懲りもなく、非日常の世界へと転げ落ちてしまったのかもしれない。
 暗澹たる気持ちを携えて、しかし表に出ぬよう表情を取り繕って職員室に戻った俺は、
「なんや、えらく沈んだ顔しとるやないか」
 さっさと見破られた。滲み出るオーラは隠し切れないものらしいな。
「いず――生徒に関する悩みかいな?」
 今絶対、泉って言おうとしましたよね黒井教諭。間違いではないので首肯しておくけど。
 そうとも、泉だ。俺を再び「SOS団」に巻き込み、あまつさえ縁を切ったはずの非日常まで呼び寄せようとしている元凶は。
「いやいやいやいや」
 何言ってるんだ俺は。すべてを泉のせいにしようだなんて……いよいよ疲れているらしい。
 こういうとき、気を晴らすには――
「ちょっと、呑みに行かへんか」
 俺のモノローグを先読みするかのような提案をした黒井教諭は、思いつめる後輩を心配しているのかもしれなかった。

 黒井教諭に連れられてやってきた飲み屋は、期待を裏切らず人情味溢れる居酒屋で、関西系の彼女とほどよくマッチしていた。
 俺だって一応関西の人ではあるのだが、我が故郷はそんなにコテコテの雰囲気でもなかったから自覚は薄い。
「自覚も何も……ウチ、生まれは神奈川やで」
 マジでか、というより、やっぱりなという感想が出た。ところどころエセと思われる言い回しもあったしなあ。
 どうして関西弁を使うのかは、触れても構わない話題なのだろうか。
「それについてはおいおい、な」
 ウインクされた。日頃からおおらかな方だとは思っていたが、職場から離れるともっとフランクになるらしい。
 二席並んで空いている適当なところを見つけ、腰を下ろ――そうとした姿勢のまま固まる黒井教諭。どうしたんです?
「成実さんやないか」
「ありゃ、黒井さんじゃないですかー。奇遇ですねぇ」
 びっくりだ、とリアクションをとるショートヘアで眼鏡の女性。黒井教諭の隣の席にいた彼女は、偶然にも知り合いだったようだ。
 こんなマンガみたいな鉢合わせ、本当にあるものなんだな。
「おんやー、男連れですかぁ?」
 おそらく俺のことを勘違いしているのだろう、ニマニマ笑う“成実さん”の顔は……なぜか見覚えがあるような。
 妙な誤解を残しては黒井教諭にも迷惑がかかるので、ここはきっぱりと否定しておく。
「ま、そういうこっちゃ。前途ある若いのに悪い噂は立てんといてや」
「いやいや、俺の方は全然悪い気なんかしませんでしたよ」
 お世辞ではなく本心で。「言うねぇ、若いの」そしてこの顔、思い出した。泉こなただ。何者ですかあなた。
 俺がその疑問を解消する前に、黒井教諭は自席の更に隣、つまり成実さんの隣に座る男を指して、
「なんや、成実さんかて男連れやないか。不倫かいな」
「いやいや全ッ然そんなのじゃ――」
「やっぱそう見えるっすか!?」
 少々困り顔で手を振る成実さんと対照的に、嬉々として顔を出したその男の顔は――

「なんだ谷口か」
「そういうお前なんかキョンじゃねーか」

 こんなマンガみたいな鉢合わせ、本当にあるものなんだな。

「……つーか谷口、お前、何でこっちにいるんだ。地元の会社に就職したって言ってたろ」
「ああ、それな。実は……面接で落ちた」
「……ああ」
「ちょっと待てその全て納得したようなツラが気に食わねぇ。俺の話を聞け」
「いいだろう。気の済むまで愚痴るといい――教職者の俺に」
「くたばれ。いいか、俺はただ落ちたわけじゃねえ。面接の時間に間に合わなかったんだよ」
「最低のケースだな」
「バカヤロウッ、道端に倒れてたじーさんを病院に送ってたら遅刻しちまったんだよ」
「……見直したぜ」
「まあな。でもって、そこで終わらないのが俺様よ。なんとそのじーさん、俺が受けようと思ってた会社の会長だったんだ」
「ほうほう」
「で、その会長が取り計らってくれて、もう一度俺の面接が行われたってわけよ!」
「それで?」
「落ちた」
「……まあ飲め。飲もうぜ。面白かった、面白かったよ、うん」
「ひとの人生を面白いか否かで判断するんじゃねェーッ!」

 まあ、アレだ。
 到底ありえない再会の仕方をしてしまったばっかりに、今は男組と女組に分かれて飲んでいるという次第である。
 席は4つ並んでいるのだが、先ほどから谷口がやたらとまくしたてるので黒井教諭と話す隙がない。
 こいつこそ本物のバカの壁。突破するのはかつてのベルリン分断の象徴より苦戦を強いられるだろう。
 谷口といい、朝倉といい、どうしてこう立て続けに現れるかね。
「キョン、高校教師やってんだろ? 選りすぐりの可愛い女子高生セッティングして合コンしねーか?」
「しねえよ。そういうお前は、今何やってるんだよ。NEETか?」
 谷口はそこで不気味な間を作り「刑事を目指してる」とんだ戯言を吐いた。
「てめえ全く信用してねーな」
「谷口よ。刑事――警察官になるにはまず公務員試験があってだな。なんと、アホはそこを通れないのだ」
「お前は通ってるじゃねーか。なら俺もオッケーだろ」
 いろいろ失礼な奴だな。
「いや、キョン先生も人のコト言えへんて」
 と、黒井教諭からすかさずツッコミが入ったことを鑑みるに、今までのアホトークはばっちり聞かれていたらしい。
 お恥ずかしい限りです、ハイ。俺は彼女に呆れられるために呑みに来たんじゃないっていうのに。

 谷口はよく呑み、よく喋った。
 面接に落ちたあとやけになって自分探しの旅を企て、その途中で成実さんに切符を切られ、惚れてしまった。
 ――なんていう、嬉し恥ずかしな「ぼくが刑事をめざすワケ」まで語り、そしてツブれた。
 今は端っこの席で寝息を立てています。谷口よ、安らかに眠れ。しばらくは起きるな。
「ま、私にはもう旦那がいるし。谷口クンも本気で言ってるんじゃないと思うけどね~」
「いやいやわからへんでー。人妻の方が“くる”って奴もおるみたいやし、なあ……キョン先生?」
「そこで俺に振らないでください。人妻属性はありませんから」
 ああ落ち着く。バカ騒ぎしながら飲む酒も嫌いじゃないが、静かにちびちび飲む方が俺の性に合っている。
 どうせ大学時代のように「若いくせに年寄りくさい」とか一蹴されるんだろうが。
 ……いや、実際に老け込んでいたのかもしれない。大学に進んでからは「バカ騒ぎしたい」と思うことなんか滅多になかった。
 最初は違ったんだ。大学生に相応しく、遊んで回っていた。しかしやがて気づく。俺がいくら騒いでも、ハルヒには敵わない。
 やはり、俺が過ぎ去りし高校時代に――SOS団に、未練たらたらということなのか。
「…せ……キョン先生?」
「え? あ、すいません……ワープしてました」
「自分、突然考え事し出すクセは高良とよう似とるわ」
 少々眉根を寄せて笑う黒井教諭は、微妙に声のトーンを落とす。「それとも、なーんか悩み事かいな?」
 悩み事、といえばやはり、二次大戦中に「火薬庫」と称された半島のごとく危ない集団となった新生SOS団の件だ。
 みゆきの異端が発覚した手前、「触れるな危険」と知っていてもノータッチの姿勢を貫くわけにいかなくなってしまった。
 その事実を知っているのは俺だけ、そして誰にも知られてはいけない気がする。なんというジレンマのがんじがらめ。
「やっぱり、泉のことか?」
「……当たらずとも遠からず、です」
 見透かされているなあ、と感服しながらも、そういえば黒井教諭は泉とかれこれ3年の付き合いだということに思い至る。
 トンデモな点はぼかしながら相談して、アドバイスをもらうのが得策だろうか。
 なんてアイデアを推敲する暇もなく、俺の口は決壊していた。酒の力っていうのは、本当に侮れない。
「……変な部活に引っ張られて、でもそこまではいいんですよ。その後のことがわからなくて」
「その後?」
「これからあいつらのために何をしてやればいいのか、それがわからないんです」
 GW前まで、泉は不思議なことなんて本当はどうでもよくて、あの面子でわいわいやれればそれでいいのだと思っていた。
 しかしそれは俺の勘違いだったのか、こうして変化は起こっちまったわけだ――泉の仕業と決め付けるのは早計だが。
 俺がもっとうまくやっていれば、面白いことを提供できていれば、この事態は防げたのかもしれない。
 もっと、ちゃんと彼女らのことわかっていれば、
「わからへんのなら、それでもええんちゃう?」
 ぽつりとこぼした呟きは、しかしはっきりと俺に届いた。
 続く言葉を俺は待っていたのだが、黒井教諭はそれ以上は言わず、ジョッキを傾けてビールを流し込んだ。
「……えーと……でも教師である以上、そんな投げやりには」
「ヒヨッ子が何言うとんねん。ずっとやってるウチかてわからんことぐらいあるわ」
「ちょ、グリグリしないでください」
「キョンのくせに生意気やーっ」
「ヘッドロックだけは!ヘッドロックだけは!」
 いろいろと理性の崩壊をもたらしかねない箇所が押し付けられてしまう。
 いや、それ以前にこれ、本気で落としにかかってないか!? とんでもなく苦しいんだが!
「ギブアップせい!」
 そうは言われても絞められてて声が出ない。本格的にやばいな。
 このまま落とされてたまるか……キバッテいくぜ! 渾身の力で伸ばした右手は――カウンターを2度叩いて降伏を宣言した。
 情けないとか言うな。この空気の美味しさを知ったら、きっと俺の気持ちもわかるだろう。
「――ウチはな、教師が何でも知ってる完璧超人でなくてもええと思うとるんや」
 さっきまで咳き込む俺をケタケタ笑っていたのに、いきなり雰囲気を変える。
「別に完璧な先生がダメいうんやなくて……まあ、ウチが未熟なことへの言い訳と思われるかもしれへんけど」
「思いませんよ」
「ども。んで結局、何が言いたいかとゆーとやな……」
 間。
「教師には、『教える』だけやのうて、『いっしょに考える』っちゅーコマンドもあるってことや」
「コマンド?」
「間違うた。選択肢や」
 この人もたいがいゲーマーだな。さすが泉の戦友というだけのことはある……のか?
「あーあー。しまらん説教になってしもうたなー」
 ぐでっとカウンターに突っ伏す黒井教諭だが、しまらなくても何でも、俺にとっては有意義なお話でしたとも。
 その旨を伝えようとしたときには、彼女は店内にも関わらず堂々と寝息を立てていた。寝るのが早い。
 泉の相手はこれくらい大物でないと務まらないということか。俺なんぞには荷が重いかもしれないな。
「大丈夫ですよー。こなたはキョン先生のこと結構気に入ってるんじゃないかな」
 今まで成り行きを見守っていた成実さんがフォローを入れてくれるが、何を根拠に?
「遊びに行ったときとか、よく楽しそうに話すんですよ」
「……えーと、どういうご関係で?」
「従姉妹です」
 なんと。
「こんなに早くあの子を手なずけるなんて、お姉さんびっくりだ」
「手なずけるとか、警察の厄介になりかねない表現はちょっと困ります」
「そっかー。あ、私警察じゃん。キョン先生確保ーっ」
 しまった、この人もすでに出来上がっていたか。


 俺は黒井教諭を、成実さんは谷口を担いで、その日は解散と相成った。
 飲みにきて良かった、そう思えたのは久しぶりだ。俺に何ができるかわからないが、やらなくて後悔するよりなんとやらだ。
 ……まずは、泥酔しっぱなしのポニーテールエンジェルをどうするかを考えねばならないのだが。

 


 

 らっきー☆ちゃんねる

あきら「おは☆らっきー! 最初から最後までクライマックスな小神あきらでーっす!」
小野「ワッキワキのジュイーンでシュバーンなアシスタントの小野だいすけです」
あきら「こうしてお喋りするのもひっさしぶり~な気がしちゃいますねぇ」
小野「実際、おひさなんですよねぇ。かるく1ヶ月強は」
あきら「だけどもだっけど♪」
小野「言及したら負けだと思っている。登場人物として」

あきら様「劇中には登場してないんだけどねー。あることないこと喋って世界観崩壊させたろか」
小野「ご自重なさってください」

あきら「さて! 今回の『本編補完計画』のコーナーは! ……ってまたタイトル変わってんじゃん」
小野「『高良みゆきさんが異能力に目覚めた時期は何時なのか』という件についてです」
あきら「ふむふむ」
小野「劇中で朝倉さんが、キョンさんがSOS団のことを話したとき、と言っていましたが、それはみゆきさんが小6のときのこと」
あきら「その時に朝倉さんは『ハルヒ』世界から完全にフェードアウトしちゃったんですね」
小野「そういうことになりますね」

あきら様「私らはどっちの世界からもフェードアウトしてっけどな」

あきら「あ~っ、もう時間が来ちゃいましたぁ!」
小野「と、その前に――」
あきら「?」
小野「あきらさん、お誕生日おめでとうございます」(※2月14日はあきら様の誕生日でした)
あきら「え? え? うっそー! わあぁ、ありがとうございます~!」
小野「バレンタインデーと同じ日ということで、スタッフ全員からチョコレートのプレゼントです」
あきら「あきら感激っ☆ 大事にいただきまーす!」
小野「それではみなさん、このへんで」
あきら・小野「ばいにー☆」

 

あきら様「誕生日プレゼントはチョコ、ねえ」
小野「はい、バレンタインですから」
あきら様「ああ、みんなそう言ってチョコ渡しやがるよ。こっちは百万回言われてるとも知らずによ」
小野「バレンタインはお嫌いですか?」
あきら様「誕生日がイベントと重なってりゃ、たいていそのイベントがキライになるっての」
小野「僕もバレンタインは好きではありませんね。来月分の出費が嵩張りますから」
あきら様「……モテ男めがッ」

 



 次回予告

 

ゆたかです。

サンタクロースをいつまで信じていたかっていうのは、世間話にするにはちょうどいい話……なのかな?
でも、私が本当はいないって気づいたのは、結構大きくなってからだったから、ちょっと恥ずかしいな。
こなたお姉ちゃんはずっと「いる」って言ってたし、ゆいお姉ちゃんはサンタさんのフリまでしてくれてたし。
……私って、やっぱり子供に見られてたのかな?

ええと、次回の教師キョンキョン物語は……えーと、『ヨツメジカ男あをによし』……?
こ、これでいいのかな? おたのしみに~。

 

 

キョン「キバッテいくぜ! 何、特撮違い!?」
谷口「『あをによし』じゃなくて『アホキョン氏』のがいいんじゃね? 韻も似てるし」

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年02月16日 23:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。