雪茶◆yukichanHA氏の作品です
『酒食徴逐-[シュシチョウチク]』
…酒を飲んだり食事したりする親しい間柄のこと
高校卒業して大学進学、そして社会人1年目を終えた。
合計5年が過ぎた。
俺は大して成長する事なく、そこそこの大学に入り、普通にちょい遠い場所の会社員になった。
軽いパソコン技術はこなたから学んだ為、同期の連中より一歩前で評価されている。
こなた様々だね、お陰でちょい高給だ。
スーツも着慣れて、社会人2度目の夏の頃だ。
やはり夏にスーツは暑い。
学生ならカッター1枚で下敷き扇いでたがそうもいかん。
街中で歩きながら下敷き扇いでたら格好悪い通り越すからな。
ネクタイを緩めて、汗を拭きながら歩いていた。
「……あれ、アンタ…キョン?」
左後方から懐かしいあだ名で呼ばれた。
大学に進学してからはそんなあだ名で呼ばれることもなかったからな。
「あ?」
自然に反応して振り向くとはまだ子供なのかね。
俺は首裾をパタパタと風を通しながらソイツの名を呼んだ。
「……かがみか?」
顔、目つき、紫の髪。
柊かがみだった。
「そうよ……久しぶりね」
だが、高校ン時と違って、髪はショート、更に眼鏡をかけていた。
「変わったな、外見」
感想はソレだった。
そんな淡泊な感想にかがみは少し膨れたが。
「まぁね、髪は動きにくいし…目つきは……鋭いから」
さんざんこなたに言われてたもんな。
「かがみは弁護士になったのか?」
俺はしがない会社員だがな。
「うん。もう頑張ったわよ、法律って微妙に穴があってそこら辺を突かれたりして……ってあっ、もうこんな時間!」
かがみがさりげなく腕の時計を見て騒ぐので、俺も見ると、俺の時間もやばかった。
「わわっ、私もう行くねっ、あ!名刺渡しとくわ!」
そう言って内の胸ポケットからケースを取り出して、『弁護士 柊かがみ』と書かれた名刺を渡された。
「今度お酒でも飲みながら話しましょうっ、それじゃ!」
そう言うとかがみは黄色いタクシーを拾って去って行く。
その晩、俺はマンションの5階から明るい都会に紫煙を吐いていた。
懐かしい奴に会えて心が気持ち良かった。
あいつのツンデレは相変わらずなのだろうか。
あいつとこなたのじゃれあいにはいつも笑っていたな。
こう来ると、つかさやハルヒ、長門に朝比奈さん、みゆき達にも会いたいな。
なんなら古泉や谷口、国木田の野郎も含めてやろう。
旧友に会いたいな。
夏でもまだ涼しい。
かがみの名刺を手にして見上げる。
かがみは暇なんだろうか。
俺は……まぁいつでも行けるかな。
机に置いてある携帯電話を開き、名刺の番号を打ち込んだ。
やっぱり暑い。
駅前だから、帰宅通勤ラッシュには熱気が凄い。
相変わらず首裾に風を通してると、かがみがやってきた。
「お待たせー!」
3日後、かがみが空いてる日の中で最も近い日だ。
かがみのスーツも良かったが、今日のおしゃれした姿も中々だ。
仕事との両面性ってのはこういうことかね。
「大丈夫、来たところだ」
俺も最近仕事ばっかでめったに履かないジーンズを履いた。
「どう?似合ってる、かな」
かがみは振り袖を来た子供のように体を一回転させる。
「俺には充分だぞ、よく似合ってる」
かがみは元々センスはあるからな。
寧ろかがみに俺が適してなさそうで不安だ。
「なぁに言ってんの。お互い様よ。行きましょ!」
かがみは俺の横にくっつく。
「お、おい?」
「いーじゃないのっ、久々に会うんだし」
理由になってないぞ。
まぁ正直悪い気はしないがな。
俺達は近くの居酒屋に向かった。
「いらっしゃいませーお二人ですか?」
俺は出迎えの女性に人数を告げて、奥の個室に入って行った。
入るや否や、かがみは中ジョッキ2つを告げる。
「かがみ大丈夫なのか?」
かがみは大きく伸びをする。
「飲めないことはないわよ?最近付き合いで飲んだし」
疲れてるのかね。
高校のかがみより何か"重そう"だ。
そのまま、頬杖をついて溜め息。
「つかさはどうなんだ?」
「あの子はパティシエになったって」
そいつは凄い。
おめでとう、って言っといてくれ。
「見習いらしいけどね、仕事が落ち着いたら様子見に行くつもりよ」
「その時は呼んでくれ、俺も行きたいからな」
「ん、いいわよ」
障子がノックされ、ジョッキが2つ届けられた。
その時にかがみはご飯と2人で摘めるアテを頼んだ。
「それじゃ、」
乾杯。
グラス同士が気持ちの良い音を鳴らし、2人は一気に飲み尽くした。
「――ぷはぁっ」
「ふぅ」
一気飲みに慣れる程飲んだ自分を嘆くべきか。
まぁ懐かしい友人と気持ち良く飲めるなら今は悪くない。
「アンタ、仕事はどうなの?」
「かがみやハルヒのお陰様で無事にやり繰り出来てるぞ、ありがとうな」
グラスをゴンと鈍い音と共に机に置く。
「私達が教えたのは大学までの勉強なんだから、社会の勉強はアンタ自身の成果よ、自信持ちなさい」
ハルヒにも言われそうだな。
こいつのきつめの言い方も心に来る。
俺は頷いて、その言葉に礼を言うと、次に見たものは唖然とした後に体を震わせるかがみだった。
風邪か?とか思ったが腹を抱えてる。
「ふふ、ねぇ、キョン」
なんだ?
「アンタ…なんで泣いてんのよ」
かがみが指さして笑う。
頬に指を当てると水の感触があった。
泣いてたのか。
まさかこの状況で悲しくて自分が涙してるとは思えん。
自分でも感じぬ喜びがあったってことか。
最近疲れてるだけだ、そうだ。
「お前に会ったからだよ」
間違ってはいない。
涙を素早く拭いて、笑い顔を取り戻す。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいな」
かがみはいつになく無邪気な笑顔を見せてくれた。
これは俺も心動かされそうだった。
朝比奈さんの笑顔とダブったのは気にしないでいよう。
今彼女はいない。
「失礼します」
またもや店員さんが現れて、今度は飯を持って来た。
すると、かがみがすかさず中ジョッキ2つを追加注文。
店員は了承して扉を閉める。
「かがみは大学からどうしてたんだ?」
俺達は箸でつつきあいながら自らの過去を曝け出し、飲み合った。
1時間半くらい経った頃、俺はジョッキ3杯を飲み干してた。
が。
「でさぁ、私のとこの上司がねぇ?微妙に使えない奴で…」
かがみ…お前飲み過ぎだ。
さっき注意に近い発言をしたら「あんたがヘタレなのよ」と返された。
こいつはシラフなのか、酔いが回ってるのかわからん。
ほら、ジョッキ4杯目飲み干しやがった。
だが、まだ頼もうとするところを見ると、流石に抑止しといた方がいいのか。
言っておくが俺達はまだ満22歳だ。
俺もほのかに火照ってきていた。
「かがみ、そろそろ帰ろうぜ」
「えー…私まだ飲めるし話したいのにー」
なんてこった。
あのかがみが上目遣いしてきやがった。
だが、俺の理性は1リットルの酒が入っても大丈夫なようだ。安心した。
まだ頭を振れば抑え込められる。
「よし、んじゃあ立ってみろ」
「ふぇ…?なによ、そんくらい…」
足も淫らに露出したかがみは両手に力を入れて体を持ち上げる。
どてっ、
だが、肘から折れてかがみの体は俯せの形になってしまう。
「ほらな」
「あ、あれ…?よいしょっ、ほらっ」
何度も起き上がろうとするが、やはり崩れ落ちてしまう。
「飲み過ぎだ、帰るぞ」
そう言ってかがみを無理矢理背負う。
「ちょっ、キョン止めてよっ」
「だ・め・だ。そんな体を歩かせたら千鳥足になるのは見んでも分かる。危険だ」
しかしまだ煩く言おうてするので、大人しくしてろ、と言って黙らせた。
こうして見るとかがみもまだ子供だな。
酒が入ってるからかもしれんが。
中ジョッキの項目に『正T』と書かれた伝票と万札を店員に渡し、札と小銭をポケットに詰めて店を後にした。
外に出ると暑い。
冷房と熱気の境目で汗がぶわっと出る。
後ろから「あつぅい」とか甘い声がするが無視だ無視。
さて、どうするか。
とりあえずこの酔い潰れ(未遂)を帰さなくては。
「かがみ、お前の家は何処だ?」
流石にまだあの家とは思わないからな。
時々周りの知らん連中がコッチを見てくるが無視だ。
「うぅん……ぇと…」
大丈夫か?ついに口数が減ってきてるぞ。
とりあえず駅前にはタクシー乗り場があったはずだ。
足をタクシー乗り場に向かわせる。
「かーがーみー」
俺も話してないと眠気が回っちまいそうだ。
「……………」
だが、かがみはついに黙してしまった。
「かがみ?」
「……すぅ」
すぅ?Sw?吸う?
「くぅ、くぅ……」
かがみの小さな吐息が俺の後頭部の髪わ揺らしてこそばゆい。
微弱な声も聞こえる。
というかまさかかがみ……
「ぅうん……すぅ……はぁ…」
寝てやがるな。
どうするかな。
とりあえず俺も街中で眠るのは2人の将来に良くは――ないだろう。
少々欠伸も増えて来た。
俺の家にでも帰るか。
疑いは出来そうだが、背に腹は変えられん。
俺はすぐさまタクシー乗り場に向かって。
利用者が少ないのかタクシーの親父も暇そうにタバコを吹かしていた。
俺は先頭の一車輌にマンションの場所を教えて向かわせた。
「お客さん、カップルですかい?」
なワケないだろう。懐かしい友人だ。
「さいですか、しかしそのお友達はお客さんにベッタリですな」
全くだ。暑いのに勘弁して欲しい。
というか親父、バックミラーを通して俺後部座席を確認するな。
窓を開けたら涼しいかと思ったが熱風が来るだけだった。
即座に閉めて冷房を頼む。
若いモンはだらしねぇ、とか言われたが。
俺は家に着くまで睡魔と戦うつもりも毛頭なかったので、重くなった瞼を閉じた。
「お客さーん。着きましたよ、代金頂戴します」
肩を揺らされて、ゆっくり脳が活動し始める。
駅前からタクシー使うとこんなにすんのか。
一回欠伸をして、知らん間に俺の足を枕にしてるかがみを起こさないように、ポケットからさっきのお釣りを取り出して支払いタクシーを出た。
寝てるかがみを再度おんぶすんのはそう難しくなかった。
ずっと俺から離れようとしないので、そのまま後ろに回して乗せられた。
「付けるモンは付けなよ?」
タクシーの親父はそう言って去った。
煩いぞ、俺はそこまで落ちぶれちゃいねぇよ。
またもや冷房の空間から離脱したら、汗が凄い。
べったりとかがみがくっついてるから尚更だ。
「ちくしょ…」
俺は片手でゆっくりオートロック式の扉の鍵を回して部屋に入った。
顎で電気のスイッチを入れて、足元を確保する。
俺が寝室にした部屋にあるベッドにかがみをゆっくりと下ろし、起こさないように装飾品を外して部屋を出た。
やれやれ。リビングで寝るか。
そういや"やれやれ"も久々に使ったな。
最近は溜め息こそはあっても楽しさを含んだ疲れってのがなかったからな。
かがみの装飾品をテーブルに置いて、俺は携帯のアラームを設定してソファでもっかい眠りに就いた。