かがみはしばらく驚いて硬直していた。
だが頭の処理をし終えると、涙して俺に飛び掛かって来た。
疲れ過ぎてバランスを崩しかけたが、俺は一歩下がって踏ん張り受け止めた。
…俺汗だくなんだけどな。
そう言ってみたが、別に構わないらしい。
いや、なんとなく俺が困る。
とは口にしなかったが。
しばらくそうしていたが、急に疲れが出たか酒がキたか、足の支えが効かなくなってきた。
俺はそのままかがみに倒れ込んでしまう。
やむを得ずかがみの肩を借りながら俺はかがみの家にお邪魔した。
「まぁ賃貸だし狭いけど…」
と言いながらかがみは俺を玄関に座らせてタオルを取りに行った。
落ち着いて来たので、俺は改めてやっちまった事を認識する。
胸が高揚する。
これはしんどいからじゃない筈だ。
しかし、その後のダサさに自分で自分を幻滅した。
女性に肩貸して貰うなんてなぁ。
「はいタオル。いっそのこと風呂に入る?」
頭の上に投げられたタオルを手にして、顔を拭う。
風呂入りたいが、もっかい汗だくのこのシャツを着たくないな。
「この前私が借りた服あるから大丈夫よ?」
そういやそうだな。
それじゃお言葉に甘えようかね。
壁に凭れながらゆっくりと起き上がって、風呂場のある洗面所に向かった。
俺は少し温めのシャワーを浴び、短時間で上がった。
「ありがとうな」
「どういたしまして、はいお茶」
下半身の服はそのままだが、上が着替えられただけで良しとしよう。
かがみに渡された冷たい麦茶を飲む。
「ねぇ、これからさ」
かがみは俺から目を逸らして一つ咳ばらいする。
「キョンの家に住んで、いい?」
かがみの頬が赤く染まる。
俺はそんなかがみを愛おしく思い、普通にオーケーした。
そうと決まれば、とかがみは賃貸会社に電話を掛け始めた。
俺は自分のズボンに入ってる携帯を見ると、1件の着信が。
相手は古泉だった。
今は電話をしても構わない清々しい気分がだったので、かがみの邪魔にならないように古泉に電話した。
《ふふ、おめでとうございます》
古泉は電話越しでも容易に予想がつく笑いをしつつ、祝ってくれた。
《貴方は鈍感過ぎるんですよ?……とまぁ、もうこれはいいですか》
と、古泉は自分で勝手に否定する。
「んで、だ。古泉、頼みがある」
《おや、まだ貸しを作る気ですか?》
「生憎アシが無いんだよ」
俺の言いたい事を察してくれたようで、これ以上何も言わずに溜め息だけついて古泉は車を貸してくれる事を約束してくれた。
《埋める穴は大きいですよ?》
だから解ってるって。
やはり長時間古泉と話してると気分が削がれる。
俺は一方的に時間を指定して電話を切った。
ちょうどかがみの方も終えたらしく、俺は古泉が車を貸してくれる事を告げて、この部屋の荷造りを始めた。
かがみが引っ越した時の段ボールをまだ残しておいてくれて助かった。
日付変わるくらいまでかがみも手伝ってくれたが、流石に体調崩して貰いたくはないので寝るように無理矢理言って寝かせ、その後数時間俺は音を立てないように慎重に詰め込んだ。
翌日、ちょうど太陽が斜めに上って来たくらいの時間帯に古泉と峰岸は来た。
この4人では車の免許を持ってるのは古泉だけなので、力仕事に俺は車に乗らざるをえない。
後ろには荷物を載せるので必然的にかがみは乗れなくなる。
というわけで、その間に同年代の"奥様同士"で買い物をしに行くそうだ。
俺が荷物を下ろす間に古泉は2人を乗せて先日のデパートに向かった。
因みに峰岸に呼び方を聞いてみると、"あやの"でいいよ、と言われたので"あやの"と呼ぶ事にした。
段ボールの数は奇しくも2往復しないといけないくらいで、古泉と俺が前部に乗り、段ボールは後部座席に詰めた。
「いやはや、改めておめでとうございます」
こっちとしても、お前に礼を言わせてくれ。ありがとう。
「おや、何もしてませんが?」
古泉はハンドルを握りながら肩を竦めてとぼける。
そうかい。あれは俺の酔った所為で見た幻覚か。
「そういうことにしときましょう」
解ったよ。
そう言ってポケットに入れた煙草の箱から一本取り出して火を点ける。
古泉は小さく息を吐いて、俺のトコと後部二カ所の窓を開ける。
熱い風が副流煙を俺に流し返す。
「極力吸わない方がいいですよ?
早死にして彼女を悲しませるつもりですか?」
今は疲れて眠いんだよ。
こうなったらちゃんと検診も人間ドッグも行くさ。
「何なら僕のコネで格安の場所が…」
マトモなトコだろうな。
古泉は勿論、と言って、信号待ちの間に胸ポケットから診療所のカードを渡して来た。
俺は煙草を一吸いしながら刻まれた住所を太陽に翳して眺める。
住所を読み上げてると俺の住むマンションに着いた。
煙草を携帯灰皿に押し潰した俺と古泉は段ボールを運び込み、またマンションを背にする。
帰り道は流石に働き詰めの俺は古泉に一声掛けて眠りに就いた。
「起きて下さい」
古泉の声で目を覚ました。
悪いな、熟睡してたみたいだ。
大きな欠伸をする。
眠気の残る目を掻いて、第二回目の為に俺は扉を開けて外に出た。
「……あれ?」
視線の先は行き交う車と人、それにビル。
「もう終わりましたよ」
今車が止まってるのはデパートの駐車場だった。
古泉も外に出て車に凭れる。
「あんまりぐっすり寝てらっしゃるので起こすのも勿体……ではなく気がそびれまして」
あーなんかスマンな、ここんとこ貸しばっかで。
「構いませんよ、お祝い代わりということで」
ペットボトルの中身を飲んで、いかにも労働した感じを醸し出す。
「あ、お待たせ」
「ゴメンゴメン、遅れちゃった」
かがみと峰…あやのがこっちへ来た。
俺達は短い距離でありながら買い物袋を受け取ってトランクに運び、車に乗り込んで俺の家に帰った。
俺の家に着くと、俺とかがみだけが降り、トランクからかがみの買った物を下ろして二人と別れた。
俺とかがみ、古泉とあやのは互いに周りには落ち着く迄――やっぱり式挙げれる迄かね――秘密にする事にした。
かがみは言いたそうだったが、サプライズも面白そう、とか言って自己納得していた。
かがみは俺の家に帰る間、俺の左手を右手で繋いでいた。
そんな訳で正午近くから初めて同居する形になったわけで。
初めての共同作業はケーキ入刀なんて大層なモンではなく、昼飯の調理だ。俺ららしいかもな。