風流と 月に誘われ 出みれば

小泉の人◆R7FBcOZp9Q氏の作品です。


…眠れない。
むくり、と上体を起こして変な熱の籠もった布団を除けた。
寝汗をかいて服が気持ち悪いが、脱いでしまっては冷えて風邪をひくだろう。
携帯を開けば丑三つ時。
えらく中途半端な時間に目が覚めたものだ。
明日がいくら休みとは言えこんな時間は起きても寝ても、どちらも都合が悪い。
…それでも選ぶなら寝るべきか。
目覚ましをセットして起きれば寝過ぎて休日を無駄に費やすことも無い。
しかし、
「…眠気が覚めた」
喉も渇いているし散歩を兼ねてコンビニにでも行こう。
そう決心すると速いもので、財布を突っ込んでコートを羽織り、靴を履いて外を歩くのに数分もかからなかった。



「はぁ…」
意味もなく吐息を白く曇らせてみた。
最近は雨が少なく晴れ続きのせいか、月を隠す雲が無い。
この明るさなら本を読むこともできるかもしれない。それほど明るかった。
「………」
行き先を変更しようと思い立った。
月見酒なんて何が楽しいのかと思っていたけど、こんな景色を見ていると納得できる気がしたから。
仮にも未成年である僕が頻繁に制服で訪れるコンビニでは酒を購入するのは気が引ける。
なので少し歩いた先にある別のコンビニに向かった。
あぁ、月が綺麗だな。



特に咎められることも無く、ビールを二本ばかり購入できた。
一応童顔に見られる僕だが、中学生でも酒を購入できる昨今なので不思議でも無いのかもしれない。
ちらほらと人影のあったコンビニを後にする。




「こーら」
帰路を歩いていると声をかけられた。
声からするとそれなりに若い女性。しかし、学生では無いだろうと思える。
月明かりの下で、振り返った先に見えたのは眼鏡を掛けた女性だった。
「中学生がこんな時間、それにさっきお酒買ってなかったかな?」
注意された。
こういった場合は屁理屈で強引に通してもらおう。
「生憎ですが、僕は中学生なんかじゃ無いですよ?なんだったら免許証出しましょうか?」
嘘は言ってない。単に中学生では無いと言っただけだ。
本当は高校生だけどそれは言う必要は無い。
「え?そうなの?…こりゃあゆい姉さん痛恨のミスだぁ」
「間違いは誰にでもありますよ」
にっこりと普段顔に貼り付けている笑顔を浮かべた。
「…君は女たらしだね?」
心外だ。
それはまぁ、谷口とかよりはモテる自信はあるけどさぁ。
「一応、褒め言葉ですか?」
「いやぁ、ゆい姉さん人妻だし迫っても無駄だって言おうと」
よし。この人は谷口と同じタイプだ。つまり、喋っているだけ時間が無駄に過ぎる。
僕はスタスタとさり気なく自慢している女性、ゆい姉さんから離れた。
「Wait!待ちたまえ少年!」
いやいや、残念ながら人生とは有限な時間なので頭が可哀相な方とのお付き合いは避けさせてもらいます。
聞く耳持たずそのまま足を
「学校に伝わってもいいのかなー?」
止めた。
「…何がです?」
「北高の子でしょ?お姉さんは嘘つく子は嫌いかなー」
…この女、ハメたな。
僕は渋々そのニコニコと月の下で太陽のように笑っている女性の所へ戻った。


それから数分。
肩を並べて歩いているが何のアクションも無い。
ロクに取り合うつもりも無かったのだが主導権はあちらに握られてる上にこの月明かり。
もう既に、見間違いで済ませられるような場合ではない。
最初に無視しておけばよかったのに…自分がマヌケだと久々に思ったよ。
そんな後悔をしながら更に数分。
この女性が先導して辿り着いたのは公園だった。
「ハイハイ、あそこ座ろうねー」
端にある、昼なら日光が直接肌を灼くような場所にあるベンチを指差し、僕の手をぐいぐいと引っ張った。
「…ハァ」
キョンでもあるまいし、女に引っ張られて嘆息するなんて…
夜露の付いたベンチに座る。
さっき知り合ったばかりの人と肩を触れあわせるのも嫌なので僕とこの女性の間にコンビニの袋を置く。
流れ的には少し説教しておさらば、かな?
全く面倒くさい事に
「~♪」
待てコラ。何でアンタが僕のビールを漁ってるんだ?
「ほれ」
待て待て待て。何さも自分が買ったように自然にプルタブ開けてしかももう一本を僕に渡してるんだ?
…理解できない。まったく、理解できない!
それでも僕は普段通りに薄い微笑を浮かべながら差し出されたビールを受け取る。
「はい、乾杯」
コツン、と缶と缶をぶつける。
ところで大分近くに来たせいか分かった事が一つある。

この女、酔ってる。

会話の度に漂うアルコール臭はおそらく口から漏れたもの。
いくら月明かりがあるといっても、昼間ほど明るい訳では無いので赤らんだ顔にも気づけなかった。
そして妙なテンション。行き当たりばったりな行動。
あー…酔っ払いだこの人。
こんなことになるなら月見酒なんて思い立つべきじゃなかったかな。
プルタブを開けて自分も口をつけた。


「…で、咎めないでいいんですか?」
「はにゃ?」
半分程度を飲み終えて質問した。
飲み終えるまで隣で「プッハァー!」だの「最近は発泡酒ばかりでねー」とか「つまみ買ってないの?」などと言っていたがすべて無視。
むしろ発言だけを見ればこの人、オヤジである。
「まぁまぁ、そんな話は呑んでから」
「はぁ」
月を肴にビールを呑む。
田舎だとは思わないけど、こんな景色は都会では見られないだろう。
周りには照明は殆ど見あたらず、それのお陰で月がとても綺麗に映える。
「……」
そう思うと、とても貴重品なのだと感じた。
今、…多分、酒よりもこの景色に酔っている。
それを知られまいと一気に呷った。知られたらどれだけ恥ずかしいか。
「…ふぅ」
随分と久しぶりに飲んだアルコールは、一杯のビールでも酔わすのに充分だったらしい。
頭の奥がくらくらするのが分かる。
「お?飲み終わったかな?」
手持ち無沙汰だったらしく、飲み終えた缶をぐしゃぐしゃに潰して遊んでいた隣人がこちらを見る。
「はい。…それで」
どうして酒を勧めたのか?と聞こうとしたが遮られた。
「コラ!青少年がこんな時間まで出歩いていいと思ってるの!?」
そして急に人格が変わったかのように怒られた。
「最近は女の子に限らず男の子だって犯罪に巻き込まれるんだよ?分かったら早く帰るべし!」
「あの、コレは?」
手に持った缶を挙げる。
「ん?お酒の缶だね」
「いや、そうじゃなくて…」
「ナニ?」
「あなたが勧めたのは何故かなって」
「えぇ?私が?冗談キツいなぁ君。そんなことしたらえーと、ホラ、犯罪じゃん!」
…あぁ、成程。
飲ませたのは証拠隠滅のためか。
この人はビールが飲みたい。
その時にカモが来た。
見るからに未成年な僕に酒を飲ませた。しかしこれは罪。
未成年が酒を購入した事を黙る代わりに未成年に酒を飲ませた事を黙ってくれという小芝居なのだ。
「うーん、ゆい姉さん酔っちゃった…あんまり訳の分からない事言ってると逮捕するよ?」
「いえ、僕の勘違いでした」
ニッ、と相手が笑ったのを見て僕も少し意地悪い顔で笑い返した。
いやはや、谷口と並べてしまってすいませんでした。
こんな面白い出会いがあるならビール一本くらい安いものだった。
既に遠くに消えた背中にさようなら、と声を掛けて僕も家に帰る。
気のせいだろうけど、帰り道のほうが月明かりが綺麗に見えた。



ついでに蛇足を記させてもらうなら、彼女は学校の近くで交通整理をしていたらしく、たまたま僕を覚えていたそうだ。
…ん?何故それを知ったのかって?
無粋な人って言われないかな?知りたければ無粋の極み、噂話が好きな谷口にでも聞いてみればいいさ。
ただし、それが正しいとは限らないからね?
邪推と誤解は僕の嫌いなものだからそこらへんは理解しておいて欲しい。






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最終更新:2008年02月21日 11:43
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