小泉の人◆FLUci82hb氏の作品です。
「おはよー」
「おぉ…おはよう」
朝。登校するとキョンキョンは寝不足だった。
見ていると眠そうに目をこすり、寝ぐせもろくに直してない頭をふらふらとそこらに漂わせている。
「キョンキョン大丈夫?」
「わからん………ふぁぁ」
…目の前に女の子がいるにも関わらず大きなあくびをするのはどうかと思うよ。
とりあえず自分の席に座り、後ろの席のキョンキョンと向かい合わせにする。
顔をよくよく見ればうっすらとヒゲが生えてるあたり、キョンキョンがやはり男の子だと意識してしまう。
「どしたの?」
「…実はシャミが入院してな」
「シャミって猫だよね?なんでそれが原因で眠そうなんかな?」
再びキョンキョンが大口を開けてあくびをした。
…本当にこの男はアタシを女の子だと思ってないのかもしれない。やはり胸か?胸なのかい?
そんなアタシの懊悩にも気づかずキョンキョンは続ける。
「エアコンが壊れててな…シャミを湯たんぽ代わりにぬくぬくしてたんだよ」
「ほほぉ、萌ポイント1点!」
「何だそれは……そのシャミが下痢で脱水症状起こして毛布は駄目になるわ寒いわで眠れなかったんだよ」
そう言い終えるとキョンキョンは机に突っ伏して手をわしゃわしゃと蠢かした。
「誰か温もりが欲しい…」
確かに古いストーブ一つしか無いこの教室はあまり暖かくないし、わかるけどさぁ…
「…ふぅ」
私は溜め息を吐いた。
…そんな言葉は勘違いするからあまり言わないようにしたほうがいいヨ?
自分の少し熱くなった頬を手のひらで挟んで前を向く。
後ろからは「眠い…」と言った声が聞こえた。
「……はぁ」
放課後。
私は1人、傾いた朱い太陽の光を浴びながら教室への道のりを歩いていた。
この前の期末テストが予想外に悪かったせいで出された課題を提出しなければならなくなったのだ。
お姉ちゃんやゆきちゃんみたいな点数は取れないのは分かるけど…赤点は落ち込むよぉ。
おかげで眉毛がすっかりハの字になってしまった。
数学なんてもう分かる気がしない。
「……はぁ」
ゆきちゃんは丁寧に教えてくれるけど、公式から公式へと飛んだりするから端からはまるで魔法みたいにしか見えない。
はっきり言ってしまえばレベルが高すぎる。
もう少しレベルが低い人に教えてもらうのが丁度いいのかもしれない。
…自分で考えていながらアレだけど情けなく思う。
数学教師謹製のプリント(20枚両面印刷、ホチキス留め)を抱えて教室へついた。
後は鞄を持って帰るだけだったけど、視界の端に気になる人がいた。
…キョン君だ。
誰もいない教室で1人、火の落ちたストーブのわずかな暖かさが残るこの教室で、寝ていた。
微かに上下する背中と、小さく聴こえる寝息が寝ている裏付けを取った。
「……」
なんとなく、興味をそそられてこなちゃんの席を借りた。
「…寝ぐせ、ついてるよ?」
腕を片方枕にして寝てるキョン君。
頭の跳ねた一房の髪を少し弄る。
少し脂の着いている髪は、それだけで男の子っぽさを感じさせた。
「……スゥ」
深い眠りについてるのか、全く動く様子が無い。
それを見て私は、少し加虐心みたいなのが心の底に灯ったのを感じた。
「…ちょっとだけ」
みみたぶを摘んでみた。もちろんキョン君のを。
それでも反応する様子は無くて、更に少し調子に乗ってみようと思った。
その摘んだ耳に唇を近づける。
「フッ」
ビクンッ!と少し体がよじれた。
やっぱり耳に息を吹きかけるのは嫌みたい。
先ほどまでの憂鬱な気分を忘れて、今はどこまで起きないのだろうという好奇心が体を満たしていた。
次はどうしようかな──、
「…ウゥ……ム?」
「あ、」
ごそごそと身じろぎして、キョン君は耳を掻いた。
息を吹きかけたのがどうやら痒かったみたいだ。
今まで寝ていた体勢が崩れて、顔が横向になった。
「……」
一点に目を奪われた。
それは跡のついた頬でもなくて、こんなにも間近で見たことのない目でもなくて、
─唇。
さっきまでワクワクしていた気持ちがまるごと別の気持ちに変換してる。
寝てる人にするイタズラは面白いけど、"今は"面白くない。
むしろ、心苦しい。
縛り付けられた目線は逸らせない。
キョン君の背中が上下する度に息の漏れる、『そこ』に注目している。
「……ゴメンネ」
こなちゃん、と言う声だけは飲み込んで。
西日が差し込む教室に、顔を赤く染める理由はしかし日の色では無い。
沸騰しそうな体温と、小さな胸から飛び出しかねない心臓が──、
「………」
何も考えられないほど真っ白な熱い頭を抱えて、自分のそれをキョン君の唇に近づけた。
「WAWAWAっわっ忘れ物ぉ~♪」
キーを1つ上げた自作の歌を口ずさみながら教室へ向かう。
真っ赤な太陽が眩しいぜこんちくしょう。
誰もいない廊下はなんだか寂しいぜこんちく
「キャアッ!?」
突然響いたクラスメイトの悲鳴。
俺の頭の中の「谷口ノート」を開き、今の声との照合!
判明!ランクA''柊つかさ!
長門より少しマイナーながらなかなかの美人…いや、美少女!
犯罪風味ギリな童顔と体の持ち主!
(ここまで悲鳴を聞いてから0:02秒)
何があったか知らないが助けて惚れられて付き合うしかあるまい!
ダッシュで教室の扉まで近づき、ガッシャーン!と乱暴に 開けた。
「どうし………」
目の前の光景が。まるで異次元のように。みえました。
夕陽の射す。二人きりの。教室で。
キョンが。柊つかさを。
机の上で。片手で抱いて。えーと説明できねえよ馬鹿!!
「ごゆっくりぃ!?」
俺は逃げ出した。
しかし、振り返った先にいた魔王が退路を塞いでた。
そのとき頭に浮かんだ言葉は
『大魔王からは逃げられない』
だった。
涼宮ハルヒ。
そいつがそこにいた。
「………谷口?」
「へはっ、はい!?」
「何でキョンはつかさちゃんの後ろに手を回してるのかしら?」
「わ、わかりまっ…」
「何でキョンはつかさちゃんのほっぺたに口をつけてるのかしら?」
「俺に聞かれてもォっ!?」
涼宮の掴んでいた教室の扉が木片を散らして一部圧縮された。
「何で、キョンは、私たちに見られてるのにやめないのかしら?」
「だ、からわから───」
涙目で、失禁寸前の俺が見たのは──鬼──だった。
笑顔の女の姿をしていたが、二つの黄色い角を生やした紛れもない鬼だった。
その日、どこかの誰かは半死半生の事態になるまでに"バイト"をする羽目になったのだが、それはまた別の話である。
めでたくなし、めでたくなし。
世はすべて事もなし。
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最終更新:2008年02月25日 14:58