泉どなた ◆Hc5WLMHH4E氏の作品です。
私の気が晴れないのは、この世界に物足りなさを感じているから
もちろん私だってもう高校生、SOS団として追い求めてる存在が
空想の中だけのことなのかもしれないということは心の隅にあることはある
だから少しばかりの期待と、それを打ち消そうとする現実とが
私の中で水と油のように対立している
そして、別にもう一つの理由がある
それは……
「ねぇキョンキョン」
部室に入ってくるなりキョンに話しかけるこなた
その声に、パソコンのディスプレイを見ながら耳を傾ける
でもそこに映し出された、一向にカウンタの回らない
SOS団ウェブサイトの画面は一切頭に入ってこない
私は二人の会話を聞くことに心奪われていた
「最近新しく買ったゲームが……」
こなたはとても自然に、楽しそうにキョンに語りかけている
こっそり覗くと、そこには顔をシワくちゃにしたこなた
それは私には出来ない笑顔だった
「だからさ、今度家においでよ」
恐らくその買ったゲームをするんだろう、キョンを自宅へ招待している
キョンもさして驚いた様子はなく
「あぁそうだな、久しぶりに」
まるで男友達に誘われたような反応を見せる
自分の気持ちすらハッキリしない私には
キョンを家に誘うなんて到底出来っこない
こなたは私に出来ないことを簡単にやってのける
彼女は私に無いものをたくさん持っている
私は何か口実がないと、キョンに自然に話しかけることも
心の底から笑い掛けることも
ましてや自宅に招待するなんて出来る訳がない
どうしても自分の心に素直になれず、そっけない態度をとってしまう
というより、正直自分の心がわからない
こなたがキョンに対してどんな感情を抱いているのかは定かではないけど
自分とこなたとの違いに、なんともいえない気持ちになってしまう
だから私の気が晴れることは無い
「……チョー? ダンチョー?」
「え? あ、何?」
「ダンチョーも家に来なよ」
今までキョンに見せていた笑顔を私に向けるこなた
その笑顔を見て心の中の何かが、誰かの手で握られ
強く締め付けられたような気がした
「私はSOS団団長よ!? 遊んでいる暇なんてないの!」
気が付くとこなたに向かって声を張り上げていた
でも違う……そんなこと思ってない
こなたから誘いを受けたことは純粋に嬉しかった
――私も行きたい
本当はそう言いたかったのに
「そっか……ゴメンネ」
残念そうに肩を落とすこなたの隣に座るキョンと目が合う
気のせいなのかも知れないけど、私を責めているかのような目
冷たく尖ったナイフのような目だった
それから帰るまでの時間はとても静かだった
途中からかがみ・つかさ・みゆきの三人が部室に入ってきても、これといって会話は無い
その静けさがとても嫌だった
人は考える生き物で、会話中や雑音が聞こえる時ならまだしも
邪魔するものが何も無い今、エネルギーのほとんどを『考える』という行為に使う
私が考えるのはさっきまでのこと
そんな気は全く無かったのに、こなたに強く当たってしまった
折角私を誘ってくれたのに、そんな暇無いなんて言ってしまった
後悔後悔後悔……キョンの冷たい目線が頭に浮かぶ
有希が本を閉じて立ち上がるまで、ずっと頭から離れなかった
「みゆき、ちょっといいかしら?」
皆帰り支度をしている最中、すでにそれを終えて
かがみ達を待つみゆきに声をかける
「はい、なんでしょうか」
「これから、少し残っててくれない?」
他の人に聞こえないように、近づいてきたみゆきに小声で話す
みゆきはしばらく頭にクエスチョンマークを浮かべた後
「わかりました」
かがみに先に帰るように伝えると
鞄を置き、今まで座っていた椅子に腰を下ろした
私達二人以外は誰も残っていない部室
「それで、お話というのは」
「実は……」
今日みゆきが来る前のことを伝える
こなたに強く当たってしまったこと
そして本当はそんな気持ちは無いということを
「そうですか……」
聞き終わった後、口を窄めて考え込む素振りを見せる
みゆきはこうやって他人のことに対しても真剣に取り組んでくれる
だから今日だってみゆきに相談しようと思った
「何故そんな態度をとってしまったのかは私にはわかりません
ある程度の予想はついていますが……」
その予想というのを聞きたかったけど
憶測だけで決め付けたくないとのことで、みゆきはそれを言わなかった
「とにかく、涼宮さんが泉さんに対して申し訳ない気持ちでいるのなら
一度謝罪すればいいのではないでしょうか?」
「うん、そうよね」
やってしまったことをいつまでも後悔したって仕方が無い
それよりまずこなたに謝らないと
「明日学校に来てからでもいいですし、なんなら今からでも……」
こういうのは早いほうがいいのかもしれない
ポケットから携帯電話を取り出すと、本が開いたマークのボタンを押し、
名前のせいもあってすぐに出てきた『泉こなた』を選ぶ
「気になるようでしたら、外に出ておきますけど」
「ありがとう、そうしてくれると助かるわ」
みゆきが気を遣ってくれて部室から出て行った後
通話ボタンを押して携帯を耳に当てた
「そうだったの……」
私は今日かがみ達が来る前のことを二人に伝えた
ダンチョーの機嫌が悪かったこと
家に来るよう誘ったら断られたこと
「気にしなくていいんじゃない? たまたまそういう気持ちだったってだけよ」
「私もそう思うけど、やっぱり気になるというかなんというか」
私だって別にこんなことで嫌いになったりしない
ただもし自分が原因でダンチョーの機嫌が悪くなったのなら
そのことをキッチリ謝るべきだと思う
「ゆきちゃんがさっきハルちゃんに呼び止められてたから
もしかしたら今日のことを相談してるかもしれないね」
そういえばそうだったっけ
家に帰ったらみゆきさんに電話して聞いてみよう
もし違う用件だったとしても、そのときに相談すればいいし
「ま、なんとかなるさ……ん?」
鞄のポケットから唸るような音が聞こえる
その音のパターンから電話だということがわかった
慌てて携帯を取り出し、画面を見る
相手は『涼宮ハルヒ』その人だった
みゆきさんに相談してたのはやっぱり今日のことだったのかな?
とにかく出ないわけにはいかず、恐る恐る携帯を顔に近づけた
『も、もしもし』
「あ、こなた?」
『うん、どしたの?』
「あのさ、今日はごめん……あんなこと言って」
『ううん平気だよ、気にしてないから』
「そう……」
『そうだ!』
「な、なによ!?」
『SOS団の皆で家に来ればいいよ! そしたらゆーちゃんだって喜ぶし』
「そうね、さっそく明日皆に言うわ」
『決定だね、じゃまた明日』
-------------------------------------------------------------
「ありがとうみゆき、入っていいわよ」
電話を終え、携帯をポケットに戻す
外に向かって呼びかけると、すぐに扉が開かれた
「どうでしたか?」
「気にしてないって」
「そうですか、よかった」
本当に自分のことのように安心した表情を見せるみゆきに
少しばかり申し訳ない気がした
「さて、帰ろう」
「はい」
すでに暗くなった廊下を歩いていると、斜め後ろを歩くみゆきが静かに語りだした
「正直言って、相談を受けたときは驚きました」
「どうして?」
「少し失礼に感じるかもしれませんが、涼宮さんが誰かを頼るなんて無いと思ってましたから」
確かにその通りかもしれない
自分を過信しているわけじゃないけど、この性格からか
誰かに相談すること=その人に弱みを見せること
という気がして、自分から人を頼ったのは今回を入れても数えるほどしかない
「でも嬉しかったんです、そんな涼宮さんが私を必要としてくれたことが」
そう言った後「少し大げさですけど」と照れ笑いを浮かべるみゆき
それを誤魔化すように靴を履いている
途中まで同じ道を歩いて、分かれる寸前で立ち止まった
こうやってみゆきと二人きりで帰るのは実を言うと初めて
「みゆきに相談して良かったわ」
「力になれたようで、私としても良かったと思います」
これがみゆきの人柄か……
みゆきも私に無いものをたくさん持っているわね
「キョンさんには私から言っておきますので」
「ありがと、じゃね」
「はい」
小さくなっていくみゆきの背中を眺めながら、心の中で自分に問う
――どうして、こなたにあんなことを?
『ある程度の予想はついている』みゆきはそう言った
でも私がそれを知ることは出来ない
「気にしたってしょうがないわね」
もちろん今日のことを忘れるわけじゃない
どんな理由があったかは自分でもわからないけど
こなたにあんな態度をとったことは事実だし、それについては反省し謝罪した
その上でこなたは私を家に招待してくれた
「それでいいじゃない」
みゆきは暗闇の中へ消えてしまい、もう見えなくなっていた
「ごめーん! 遅れちゃって」
次の日、ダッシュで部室へ入った私は
ドアを開けてすぐ、すでに揃った団員に向かって言った
鞄を定位置に置き椅子を引き、
そしていつかのようにその上に立ち上がる
「コホン」
咳払い一つして、皆を見渡すと
誰もが私の顔を見つめ、一体何事かといった表情
キョンだけはめんどくさそうに欠伸をしていた
走って来たことで上がった息を落ち着かせるべく大きく吸って
「今度の不思議探索は中止にして、変わりにこなたの家に行きます!」
高らかに宣言した後、こなたを見る
そこにあるのは昨日見せてくれたシワくちゃの笑顔だった
その笑顔のお陰で少しは私の気も晴れたようね
今ならキョンに笑いかけることも……
「ってアホキョン! 寝るなー!」
せっかく晴れたばかりだというのに、
私の太陽にはすでに雲が掛かろうとしていた
山の天気は変わりやすいというけど、私ほどじゃないわね
こなたの家に行く頃には晴れてるのかしら?
それとも……
作品の感想はこちらにどうぞ
最終更新:2008年02月26日 21:47