吊り橋 -17-


-17-
木曜日。
つかさ失踪事件から4日が過ぎた。
つかさは学校に来ていない。
俺も最後に見たのは4日前のあの日だ。
俺「も」というのは、かがみ以外のSOS団全員がつかさを日曜日以来見ていないからだ。
かがみは月、火は学校を休んだものの、その後は来ている。

日曜日。
あの後、俺達は急いで『機関』タクシーに乗り、柊家に向かった。
柊家に着くと、出迎えたのはつかさだった。
「……!」
かがみがはっと目を見開く。
「…おねえちゃん…あっ…こなちゃんにゆきちゃん…それにキョンくん達も…」
「……つかさ…!」
それだけ言うと、かがみはつかさに抱きついた。
よく見るとかがみは目に涙を溜めていた。
「うっ…バカ…バカ…バカ……」
「おねえちゃん…ごめん……」
感動の再会ってヤツだ。
つかさも無事なようで、これは邪魔しちゃ悪いと、名残惜しそうな泉を引っ張りながら柊家を後にした。

――これが、俺が見た最後のつかさだった。

翌月曜日。
つかさは学校を休んだ。
後でかがみも同じように休んでいると聞いた。
昨日の今日だけにさすがに不安になったが、そこは泉、2人にメールをしていたらしい。
つかさからは返事がこなかったが、かがみから
「ごめん、今日は2人とも休むわ。
昨日の夕飯に出た刺身で当たったらしくて…。
だからごめん。先生には言っといて。」
というメールを受け取ったという。
少し気にかかったが、疑うわけにもいかないだろう。
黒井先生に話したところ、学校側にもそういった連絡がついているようだった。
そしてハルヒはというと、少し顔を曇らせて、
「そう…」
と言ったきり話を切り上げた。土曜日のことがあったからってあまり触れたくない話題なのか。
少し突っ込んだ話もしたかったが、また閉鎖空間を作られても困るので放っとくことにした。

放課後。
部室には俺と朝比奈さん、長門、古泉の4人がいた。
泉と高良さんはかがみとつかさのお見舞いに行ったので、ここにはいない。
ハルヒは…一番最初に来ていたらしく、ホワイトボードに「今日は休部」とだけ伝言を残していた。
仕方がなく、まわれ右で帰ろうかとも思ったが、長門が定位置で読書をしているのを見ると帰る気が失せ、そのまま居残ってしまった。
それは古泉、朝比奈さんも同じようで2人とも部室に留まっている。
朝比奈さんは何かを編んで、古泉は詰め将棋をして暇つぶしをしていたが、何もすることがなかった俺は長門にあのことについでの話を振った。
「なぁ長門」
「何?」
長門は顔を上げると、読んでいた本にしおりを挟んで閉じた。込み入った話だと見破っているのか。「今日の柊姉妹の欠席だが、やはりハルヒ関係だろうか?」
古泉が反応し、俺を見る。
朝比奈さんも編み物の手を止める。
なんて分かりやすい反応だ。
だが、長門は気にしないようだ。
「どうして」
「いや、だって土曜日のことから今までのは全て繋がっている気がしてな」
「………今回の件に関して涼宮ハルヒは重要な位置を占めている」
「……関係はあるということか」
「そう」
「どう関係があるんだ?」
「……………」
長門は何も答えない。答えたくないのか。
「僕の仮説ですが、」
ここで弁論大好き超能力者が口を挟んできた。
こいつに長くつまらない仮説を聞かされるよりはと、長門に聞いたというのにこれでは無意味だ。
だが、古泉は全く気にせずに話を続ける。


「涼宮さんは『友情の非日常』を体験したかったのではないかと思われます」
「友情の…非日常?」
俺は思わず聞き返す。
「ええ。簡単に説明しますとね…」
そう言って古泉は席を立つと、朝比奈さんに耳打ちし始めた。
何しやがるんだ。
朝比奈さんはいろいろ表情を変化させながら
「え…でも…それは…う~んと…あの…それも…でも…」
とその可愛らしい声も変化させた。
古泉の野郎、朝比奈さんに『ピー』なことや『ピー』なことをさせる気か。
やがて耳打ちを終えた古泉は朝比奈さんを促す。……俺に向くように。
何だってんだ?
不思議がる俺に朝比奈さんは申し訳なさそうな顔をしながら言った。
「キ…キョン君なんか大嫌いです!……あ、あの、ごめんなさい!古泉君が…そう言えって…」
朝比奈さんは慌てて頭を下げる。
そんな事は分かってますよ、朝比奈さん。
にしても、古泉のやつ、朝比奈さんに何を言わせてるんだ?
「つまり、こういう事なのですよ」
なにが「つまり、こういう事なのですよ」か。ちっとも分からん。
「ですから、涼宮さんは友情が壊れる様子を体験したいという訳です」
はぁ?
いや待て、ということはハルヒはSOS団の仲が悪くなる様を見たいってか?
「そういうことになりますね」
さらっと言うな。そもそも仮説だろ。
「ですが、かなり的確だと思われますよ。実際、つかささんと仲違いになり、かがみさんとも話さなくなってからというものの、閉鎖空間の発生の頻度が減少しています」
「……それは何か?ハルヒにとって『面白い展開』だからか?」
「そういうことになりますね」
あいつは真性のアホか。何でよりによってそんな事をしたがるんだ?
「おそらく」
古泉は続ける。
「涼宮さんにとって安定はつまらないものです。友情も例外ではなかったのでしょう」
やれやれ。どこまで迷惑なやつだ。

俺達4人はその後、ハルヒをどうするか話し合ったが、結局様子見で良いという長門の提案によってあっさり幕は下ろされた。
団長不在の部室はもはや暇つぶしの空間でしかないため、俺達は1時間ほど早く部室を切り上げた。
まさかハルヒがそんな事を望んでいるとはな。
あいつは今のSOS団が満足ではないのか。
俺は柄にもなく、寂しさと悲しさを覚えた。



火曜日。
またもつかさ、そしてかがみも学校には来ていなかった。
前日、2人のお見舞いに行った泉、高良さんは話によると、2人に会うことすら出来なかったようだ。
「私達が行った時には2人とも寝ちゃっててねぇ~。それに結構ひどい風邪になったらしいからまっすぐ帰ったよ」
「ええ。2人とも心配です…快方に向かってくれれば良いのですが…」
高良さんはともかく、普段はハルヒ並みの元気の塊の泉でさえ少し暗い。
俺は「すぐ治るさ」と元気づけて、自分の席に戻るとハルヒに2人の状況を伝えた。
ハルヒは
「…そう、早く治ると良いわね」
と誰が聞いても分かるであろう棒読みボイスでそっけなく言った。
「なあ…お前はもう少し心配ぐらいしたらどうなんだ。赤の他人ならまだしも、大事なSOS団のメンバーだろ」
俺はたまらずハルヒに言い返した。
「……病人をいくら心配したって治るまでの速度は変わらないわ。私が心配しようとしまいと変わらないわけ。それに……」
その後のハルヒの言葉に俺は絶句した。
「あの2人はもうSOS団のメンバーじゃないわ」

その放課後。
月曜日とは違い、この日は泉も高良さんも…ハルヒもいた。
つまりはいつものSOS団を謳歌していたわけだ。最も、それはハルヒだけだったが。

水曜日。
先の2日間との大きな変化と言えば、かがみの出席だろう。
俺は休み時間に早速、かがみのクラスへと出向いた。泉と高良さんも一緒だ。

そこにいたかがみは元気そうだった。
日下部や峰岸さんと楽しそうに話をしていた。
そこに泉や高良さんも加わる。
かがみは一瞬びっくりしたような目をしたが、すぐに笑顔を取り戻し、久しぶりの会話に勤しんでいた。
俺は環境のせいもあって、二言ほど喋っただけだったが、かがみが元気になっている様子がよく分かった。
この時、俺は思った。ハルヒはこの状況を壊したかったのか?もしかして、古泉の勘違いではないのか?
だが、俺はすぐにそれが「仮説」から「確信」へと変わった。



放課後。
かがみはつかさを看るという理由でSOS団を休んだ。しかし、それは表向きの理由だった。
俺は昼休みに見てしまったのだ。
かがみとハルヒがゲンコツ広場にいたところを。
そして、いけないこととも思いつつ、2人の会話を盗み聞きしていた。2人は声がデカいから少々離れていてもよく聞こえた。

最初に聞こえたのはかがみの声だった。
「……それで?」
次はハルヒ。
「言った通りよ」
「……それがあんたの望みなの?」
「そういうことになるわね。とにかく、あんたとつかさはもう部室に来なくても良いわ」
「………!(おい、マジかよ!)」
あくまで俺は声を発してないぞ。心の中で叫んだんだからな。
「それと、『団員』という肩書きも削除させて貰うわ。いわゆる脱退ってやつよ」
「…原因は何?」
「言われなくても分かってるじゃない」
「…あんたに反抗したから?…つかさの肩を持つから?」
「どっちもよ」
「…ま、別に構わないわよ。こんな団、こっちから抜けさせて貰うわ!」
「あら、それは利害が一致して良かったじゃない」
「こちらこそ!」
かがみは冷静と激昂の中間のような態度で去っていった。
ハルヒは一瞬だけ寂しそうな顔をしたが、やがて眉毛をつり上げて、持っていた缶コーヒーを一気に飲み干した。

そして冒頭の木曜日。

かがみとハルヒは目も合わせない。
俺と泉と高良さんはその間を気まずく見るだけ。
日下部と峰岸さんもかがみの異変を察したようで、あまり積極的に話さない。
ハルヒよ…お前はこれのどこが楽しいんだ?
何が楽しいんだ?

結局、その日は2人とも目も合わせることなく放課後となった。

かがみはやはりつかさの看病ということで帰った。

俺は昨日目撃した2人の会話を誰にも話していない。
これを聞かせるとしたら、長門か古泉ぐらいしかいないし、その2人は俺が言わなくても知っているだろう。
俺は平然を装いつつ、泉や高良さんと部室へ向かった。

―この時、ハルヒの暴走が少しずつ動き出していた―

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最終更新:2008年02月27日 00:16
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