独白

えっと。
ま、まあ、その。うん。
私、柊かがみは、クラスメイトのキョンと、…その……い、いわゆる、恋仲……
そ、そんなことくらいで赤面してどうするよ私っ!
と、とにかく! この前ようやく、一歩踏み出したばかりの、こ…恋人どうし、
だったり、する。
ちなみに告白は私からだ。
数々の、かつ精一杯のアプローチに気付きもしない朴
念仁に、痺れを切らして勢い任せに切り出したんだった。
今でも一言一句思い出せるけど…随分、大胆な発言だったと思う。
素面になった今もう一回って言われても絶対ムリ。
恥ずかし過ぎて物理的に心臓が飛び出るから。
…ま、まあ、そんな感じで恋を成就できて、たまに抱きしめてもらったり、ごく
稀にキスしてもらえたりとか幸せ一杯の毎日を過ごしていたわけだったりするの
だけれどもっ! そう。あれだ。
小、中学時代に初恋すらしなかった経歴は伊達じゃなく、私は確実に恋愛初心者
だったりするわけで。

『あ、キ、キョン…』
「ん? ああ、かがみか。どうした?」
『え、えと…あ、アンタ今日もSOS団ないんでしょ? だからその…、いっ、
一緒に、帰ら…』
「悪い、今日も用事あってさ…必ず、埋め合わせはするから」
『え? あ、そ、そう…べ、別にいいけどさ。アンタなんかと帰らなくったって
…別に…さびしくなんか…』
「そか。じゃな、また明日」
『あ、ちょっと、待っ………バカ…』

…こんな風に最近釣った魚に餌をくれないキョンに、手をこまねいているのが悩
みだったりする。
今日こそは、と切り出した放課後デートのお誘いも空振りに終わった。これで丸
々十日間『おあずけ』が続いてることになる。
学校ではバレないように、べたべたするのはなるだけ控える―そう提案したのは
私だけど、それにしてもそっけない んじゃないかと思う。
…手だって、繋いでくれないし。
大好きな『頭なでなで』もご無沙汰だし…き、キスだって、そろそろ来るかなと
思ってるんだけど気配も無いしっ。
キスにしても個人的には、ただでさえ週一から毎日にして欲し…じゃなくて! 
こ、これは、キョンが性犯罪者になったらいけないから仕方なくさせてあげるだ
けで、別に私がどうこうとかじゃないんだってば!
こほん…そう言う訳で、会話すらないっていうんじゃないけどその、一週間のお
さわり禁止は結構な拷問で、今の私は深刻なキョン不足だったりする。
そして今日はついに尾行なるものを行うことに決定。文句は言わせないわ。かま
ってくれないキョンが悪いのよ。
教室から出る間際に躍り出てきたこなたの誘いを断り、つかさを撒いて靴を履き
替え玄関を出るターゲットを追う。感付かれたらタイヘンなので、太い梁とか柱
とか壁とか下駄箱の裏に隠れながらだ。なんだか漫画みたいだが気にしてはいけ
ない。
そうこうしているうちにキョンは正門を出て、いつもの交差点をいつものように
右折していつものように真っ直ぐ家へと向かい始めていた。
こっそり追いかける私は、電柱の影からその背中を眺めながら…
考える。どうしてかまってくれないのか。 愛想を尽かした…わけじゃないと思う
。多分。
私の一世一代の大告白の答えにも、「俺も、かがみのことが」
って答えてくれたし――だ、駄目だ思い出したら頬が緩んできた。

ええいうろたえるな、こんなことじゃキョンを手玉に取るなんて夢のまた夢…で
、でも、う………嬉しいよぉ……
か、閑話休題! 初めて見る照れた顔が可愛かった。とかそんなことはどうでも
よくて! そう、きっと、私が恋愛下手なのはキョンも承知のはずだ。
だからそれが原因で嫌われることはないと思う。きっとそうだ。うん、大丈夫よ

それより思うのは、男の子がこんなに我慢強い生き物だったろうか、ということ
である。
既に恋人持ちだった峰岸から、たまに聞くのだ……い、いわゆる、その、えっ…
…ちな…………ああもう、とっ、 とにかく、『そういう』系の話をっ!
それによると、男と言うのは年がら年中、『そういう』ことを考えてたりする、
要するにケダモノなのだとか。まあ谷口あたりを見れば納得できるわね。
でも、キョンは意外なほどに紳士だ。峰岸だけでなく友人たちの一般男性に対す
る定義を覆すほど紳士だ。
こ、こ、婚前交渉だなんてとんでもないわよ!
今でも私の体に手が触れたら謝るし、お尻に当たったら驚いて飛び下がるほど。
キスの時に…し、舌を、入れたことも、ない。思わず赤面するくらい甘い言葉を
くれることはあるけど、そのキョン本人がどんな味なのかは未確認のままだった
り、する。って何考えてんのよ私!


別に嫌だなんて言ってないのに、これほどにまで徹底してると逆に清々しいほど
だ。いや、私としては何となく不満だったり…
べ、別に構わないんだけど! 触ってほしいなんて一言も言ってないけど!
つまり、そういうことで、私達二人は非常にプラトニックな関係なのである。現
代日本に住む未成年としては考えられないくらいに。…そこ、キョンが不能とか
言うわないでよ。
そうじゃないことは確認済みよ。
まだ付き合う前、キョンの部屋でお茶を汲む彼を待っていた時にその手の本の存
在は調査を終えている。結果としてはまあ、常日頃鈍感の極みにあったキョンが
正常と言うことがわかって、少しだけほっとしたんだけど…私より大きい胸のモ
ノだけは全部密かに没収しておいた。キョンの目には毒なのよ。いっつも朝比奈
さんやみゆきのを見ているし、とにかく敵なのよっ。
…こなたの気持ちが良くわかった。
ダイエットが祟ったんだろうかと過去の自分を呪いたくなった…。しかもお腹周
りは変わらないし……。
そ、それはともかく。そんなわけで三大欲求が人並程度にはあると確認されたキ
ョンだけど、未だに私に対して何もしてこないのはどういうことなんだろうか。
男の子って、溜まってきたら、発散させないと辛いんだった気がする。…現実に
確認したことはないけど。噂話ではそう言っていた。
じゃあキョンは、どうやってるんだろう…って決まってるか。ベッドの下のブツ
にお世話になってるに決まってるわね。
…と思うと腹が立ってきた。今度遊びに行ったら完膚なきまでに滅ぼしてやろう
と誓いを立てる。あんなものがあるから手を出してくれないんだ。あんなのがあ
るから触ってくれもしない……ああもう! し、思考がピンク色になってるっ!
悶々としながらも、あの背中を追いかけるのは忘れない。いつもの角を曲がり、
いつもの坂を下り、いつものように脇道を………ん?
『…あれ……あそこ…?』
そこは普段通らない場所のはず。もうそろそろ家につくかなという頃になって、
キョンは普段使わない、さらに言うと近道ですらない、とある暗く、細い路地に
それていった。

これだ、と直感する。目的はわからない。でも理由はなんとなくわかってきた。
つまりは自分に見せると拙いことになる、そんな何かをしに行くんだろう。
一瞬、不安がよぎる。
…考えることそのものが失礼だってことはわかってる。
キョンは私に嘘をつかない。好きなら好きと言ってくれる…というより言ってく
れたし、付き合えないならそうと言うはずだ。
普段ちょっと頑固なことはあっても、基本的に誠実なんだ。告白の返事が混じり
っけのない本気の言葉だってことくらいわかってる。疑うことが無礼にあたるく
らい、馬鹿正直で愚鈍なヤツだってことは十分知ってる。
『…何よ……』
でも、不安。
私だって女の子だ。昔から気が強くて素直じゃないけど、それでも私だって一人
の女の子だ。
『……何よっ……』
わかってる。キョンという男の子が、そんな人じゃないことなんて心の底から理
解してる。それでも、不安は、消えないんだ。
(…こうなったら……)
一瞬止めてしまった足を、再び動かし始める。
意地でも暴いてやる、そう私は決心した。 安心したかった。ちょっとでも疑って
しまう弱い心を、そうじゃないっていう事実を突き付けて握りつぶしてしまいた
かった。キョンはそんな人間じゃないってことを、何よりも自分自身に、証明し
たかった。
意を決して、私は角を曲がった。

『…あれ?』
…そして目を疑った。そこにはキョンどころか、人も動物も植物も、影も形もな
かったのである。
おかしい。ありえない。
キョンの運動能力は大したことはない筈だ。
向こうまで続く距離からして、角を曲がってから私がそこを覗くまでの間に通り
抜けることなんか、絶対に不可能だ。たとえ世界記録保持者だって無理なはず。
なのに、なんで? どうして? どうやって?
―ふぅ。やれやれ。
…背中からため息が聞こえてきた。
瞬間、全てを悟った。まんまと嵌められたのだ。

甘かったと自分でも思う。普段は鈍感なくせに、自分の色事以外にはとても敏感
という、やっかいな性格をすっかり忘れていた。

「…何してんだ、かがみ?」
大好きな澄んだ瞳に、わずかな呆れの色を含ませて。
『―――っ!!?』
「いや驚くな引くな。ちょっとショックだから止めろ。」
後ずさる私に、肩を落として言うキョン。
でもしょうがないじゃない。何せ尾行したと思っていたら、思いっきり一杯食わ
されていたんだから…驚くのはこちらの優先権のはずだ。文句は言わせない。
『なっ、あ、アンタなんでここにっ』
「それはこっちの台詞だって。お前こそ何でここに?」 
切り返されて、うっと唸る。
そうだ。ここにいておかしいのはむしろ私。キョンは個人的に出かけていただけ
であって…それを追跡するなんて言う馬鹿な真似をしたのは私の方だ。
『な…何よ! アンタがこそこそどこか行こうとするから悪いんでしょ!?』
…でも、嫌な性格というのは、こういうものよね。
自分が悪いんだってわかってても、正直に認めることができない。
言ってしまったことを後悔する。でも、内心泣きそうになっているにもかかわら
ず、口は止まってくれなかった。
『せっかく放課後誘ってもついて来ないし!ここ最近、私のこと無視して一体ど
ういうつもり?!』
「ちょ…無視なんかしてる気はないぞ」
彼の言ってることの方が正しいのはわかってる。きっと理由があってのことだっ
ていうのもわかってる。これがただの八つ当たりなのもわかってる。でも、もう
止まらなかった。
『教えなさいよ!今日という今日は許さないんだから!話すまで逃がさないわよ
!!』
「いや、だから…ああもう全部台無しだ! 後で文句言うなよ…!」
すると、キョンは…吹っ切れたように、そう言って。
手に下げていたカバンの中から何かを取り出し、私の前に突き出してきた。

『……え?』
思わず受け取る。受け取ってから言葉が漏れた。
言葉が漏れてから凝視して、数秒後になってようやく悟った。
白い底に、紺色の蓋。
シンプルなれど上品なその箱は、初デートの時の、あのお店の。
『こ、これ、私に?』
「…ああ。開けろよ」
震える手で、箱を開ける。
「バイト、してたんだ…結構したんだぞ、それ」
中から零れたのは銀色の鎖と、その中に通された、燃えるような赤い光。
『……』
言葉が出ない。
何も考えられない。 全身が驚きと、そして幸せでいっぱいになって。
もう、馬鹿みたいにその炎のような輝きと、大好きな男の子の瞳を交互に見るこ
としかできない。 
「……貸してみ。……よし、と。ほら、できた」
ふうと息をついて、キョンは私の手からそれを取り上げるとそのまま首の向こう
に持って行く。
顔が近くて、後ろ髪に触れるキョンの手にどぎまぎして、首筋にかかる息を妙に
熱く感じたのは内緒だ。
…そんなことよりもキョンが自分にしている行動そのものの方が夢みたいで、感
覚なんてもう全部痺れてしまっているのだけれど。
「誕生日はずいぶん過ぎてる。というかまだ来てないっつー方がはやいか…まあ
とにかく何かしたかったんだよ。付き合ってるんだから…な」

贈り物を身につけた女の子を、満足げに見つめながら、そんなこと言われて。
「…似合ってるよ、うん…気に入ってくれるといいんだけど」
…現金な女だと、自分でも思う。
でも、キョンはずるいと、同じくらい思う。
あんなに不安だったのに、プレゼント一つ貰っただけで、もう吹き飛んでしまっ
ている。
『…………ばか』
キョンの顔がまともに見れなくて、私は耳も、首の裏まで真っ赤にしながら…よ
うやく、それだけ答えることができた。
きっと話し出したら赤面ものだろうが、人前では言えないものだろうが、自分の
思ってたことを全部ありったけ話してしまっていただろうから…この時ばかりは
、素直じゃない自分の性格に感謝した。

さて、一人の少女のちょっとしたお話は、これにてやっと終幕を迎えます。
御静聴ありがとうございました…ってちょっと待って。誰に言ってるのよ私。落
ち付け落ち付け。 

ま、まあ、誰か聞いてるか聞いてないかはともかく…このお話には、その。ちょ
っとだけ、続きがあって。
『ね、ねえ、キョン?』
「…ん?」
『あ、あの…あのね、その……と、等価交換って、知ってる?』
「錬金術…ってちょっと待て。別にオレは対価が欲しくてやったんじゃないぞ」
『っ…わ、わかってるわよ! でも何かしないと、私のプライドが許さないの!

「だから別に…はぁ、わかった。で、かがみは何をくれるんだ?」
『え、えと…だ、だからね、その、う、ぅぅ………わ、わたし………とか……(////

「…は?」
『ほ、ほら、あれよ。よく考えたら、キョンだって、この十日間私に何もしてな
いんだから…その、ぎゅって、してもら、ゴホン。させてあげても…いいかな、
とか』
『…髪だって触らせてないし、手もつないでないし、き、キスだって…その……
…してないし……』
「………ちょっ、え?」
『そ、それに…ね? わ、私も…十日間も『おあずけ』食らったんだから…あの
、その…だから……』
『……と、十日ぶん………可愛がってよ……(////』


…やっぱり、プラトニック脱却はできなかったけれど。
場の雰囲気に飲まれた私は、けっこう大胆だったりするかもしれないと思った。



あと、ぎゅーっしながらのなでなでこうげきは、きょうりょくだとおもった。
しあわせすぎて、しにそうだった。


osimai






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最終更新:2008年02月29日 17:20
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