雪を見る度に思い出すのは、私がまだ小さかった頃の話です。
忘れられない。窓の外をはらはらと舞い降りる雪を見る度、翌朝家を出てうっすらと積もった真っ白な絨毯を踏みしめる度、窓から外を見て雪だるまを作る子供たちを見る度、そしてそれらを見ながら温かいココアを飲む度に、私はあの出来事を思い出すのです。
私はパソコンを離れると、ココアのカップを机に置き、近くの窓を開けました。暖められた部屋の空気に、肌を刺す冷たいけれどしかし爽やかな風が入り込みました。
その風を感じながら瞳を閉じると、私はあの時を思い出すのでした。
私は当時、まだ小学校に入ったばかりの女の子でした。私には小学五年生になる兄がいて、よく私の面倒見てくれました。人見知りする質だった私は兄にべったりで、大好きな兄の後ろをいつもくっついて歩いていました。
ある日、珍しく大雪が降りました。吹雪の後、朝起きると空は真っ青で、目を見開くばかりの銀世界でした。私は大はしゃぎで、兄と一緒に近所の空き地で遊びました。
兄は雪だるまを作ろうと言いました。私は大賛成で、兄と一緒に雪だるまを作りました。兄はとても大きな雪だるまを作って、私はそれよりも小さな雪だるまを作りました。兄の雪だるまはきれいに作られていて、私のは不恰好ででこぼこしてました。
兄は満足そうな顔で向かい合った一組の雪だるまを眺め、自分のかぶっていた帽子とマフラーを大きな雪だるまに着せました。
「うん、似合ってるぞ。よし、その調子でお友達の雪だるまを作ってくれ。お兄ちゃんはちょっと出かけてくる。すぐに帰ってくるから、しっかりと仕事をしているんだよ。」
「うん、まかせて!」
普段の私ならそんな元気な返事は返さなかったことでしょう。もっと渋って、兄に付いていくと言って聞かなかったことでしょう。でも、その時は雪だるまを作るのが楽しくて、白い銀世界にお友達の雪だるまを作るのが楽しくて、兄の帽子とマフラーをつけた雪だるまがいることも頼もしくて、そんな返事をしたのでした。そして何より、大好きな兄が私にくれた大切な仕事を、しっかりとこなしたいなんておしゃまな心があったんです。
兄は私の返事に微笑んで返すと、空き地を出て走って行きました。私と雪だるまを残して。
私は兄に言われた通り、兄が帰ってくるまで雪だるまを作り続けました。十分、二十分、一時間……もうお昼が過ぎて、夕方になっても、兄は帰ってきません。それでも私は、作り続けました。
私が作るには大きな雪だるま
中くらいの雪だるま
小さな小さな雪だるま……
暗くなっても、兄は帰ってきませんでした。そして、両親が私を呼びに来て、私は家に連れ帰されました。
後に知らされたのは、兄が亡くなったということでした。
兄は私に雪だるまを作っているように言った後、空き地を出て近くのお店へ行き、帰りの交差点の横断歩道で信号を待っている時に、速度超過で曲がりきれずスリップした車にはねられ、亡くなったのです。兄のそばには、へこんだ温かいココアの缶が二本落ちていたそうです。
当時の私には、それを理解できませんでした。両親が、兄は亡くなったのだと説明してくれても、お葬式が済んでも、全く実感がわかなかったのです。私と兄が一緒にいた子供部屋には、兄の机があり、兄の服があり、兄の存在を感じられたから……。
それに、私には大切な仕事があったのです。兄が私に命じた大切な仕事。雪だるまを作り続けたのです。
私が作るには大きな雪だるま
中くらいの雪だるま
小さな小さな雪だるま……
やがて、春が近づいて来ました。空き地いっぱいに作った雪だるま達も、溶け始めていました。私は慌てました。お兄ちゃんに言われてたくさんのお友達を作ったのに、みんな溶けちゃう。お兄ちゃんも! と。
私は溶けかかって崩れかけた小さな雪だるまを、お兄ちゃんの帽子とマフラーを着た雪だるまへと合体させていきました。その時はただ、何が何でも雪だるまを守ることばかり考えていたのです。学校でも家でも、私の心はそこにはありませんでした。その為、私は子供部屋から兄の物が次々に無くなっていくのにも気付きませんでした。
季節は確実に春に移り変わり、雪だるまはその形を維持できなくなりました。私はその、元は雪だるまだった何か、を丸めて、地面に接した部分にこびりついた泥だらけでもお構い無しに、胸に抱きしめ、家に帰りました。
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……あっ!」
家の玄関で転んだ拍子に、泥だらけの雪は、日の光に温められたアスファルトに散り、溶けていきました。
「あ……あ……お兄ちゃんが……」
私はお兄の帽子とマフラーを拾うと、子供部屋へと走りました。そこにはまだ兄の存在がある! 私の最後の望みでした。しかし、私がそこで見たのは、やたらに広い“私”だけの部屋だったのです。
「何で……どうして……?」
そこに兄の存在は、どこにもありませんでした。兄の集めていた小物も、本も、私と共用で使っていた箪笥の中の服も、あの大きな兄の机でさえも。なにもかも。
季節が移り変わり春になって、その節目に私の両親が私のことを考え、気を使って子供部屋から兄の存在を無くしたのです。当時はただただ呆然としていました。そしてやがて両親に対する怒りに変わり、散々当り散らしたものです。しかし成長するにつれて、だんだんとわかってきました。つまり、両親も辛かったのです。
私は兄の存在の無い部屋で、兄が無くなってから初めて兄の死を現実のものとして完全に理解してしまいました。体の芯から熱くなって、こみ上げてきた涙が溢れて止まりませんでした。私はこれから声を上げて泣くんだな、とどこか他人事のように思いながら、その通りに大声を上げて泣きました。
わかってはいた、いえ、聞いてはいたんです。言葉もその言葉、文として理解していました。「おにいちゃんは、もういなくなった。」と。しかし、それの意味する所を知ったのは、兄を失い、兄の作った雪だるまを失い、兄の存在を失って初めてわかったのです。
私は窓から顔を出すと、空き地ではしゃぐ子供達に手を振りました。子供達は私に気がつくと、笑顔で手を振り返してくれます。子供達は、元気に雪遊びをしています。大きな大きな雪だるまが、数人の手によって作られ、空き地の真ん中で自身を確立していました。
やがて春になれば、暖かくなり町の雪も溶けることでしょう。それとともに、あの子供達の作った雪だるまも溶けて無くなってしまうのでしょう。だけど、あの子供達はそれを悲しまないのでしょうね。あの子達にとっては、雪だるまは雪だるまなのです。雪が溶ければ、雪だるまも溶ける。それは当たり前のことで、失うのは雪だるまでしかないのです。
私は窓を閉めると、すっかり冷めてしまったココアを飲み干しました。パソコンの電源を落とし、カップをキッチンへ下げました。
私が兄を忘れることは、無いですね。きっと一生無いでしょう。暖房を入れる回数が減る度、屋根から下がる氷柱から水が滴る度、アスファルトに落ちた雪が溶けるのが早くなる度、冷たい北風が穏やかで暖かな春風に変わるのを感じる度、桜前線を知らせるニュースを聞く度に、思い出すのです。
でも、私の中でそうして些細なことで思い出す度に、私はくすりと笑って真っ直ぐに歩くんです。慣れ、と言ってしまえば、そうかも知れません。だけど、私はこう考えるんです。季節は巡ります。一年一年は、繰り返しです。でも、一年二年と増やして行くとどうでしょう? 繰り返しじゃなく、一直線です。私は季節が巡るたび、兄の影を追っていました。だけど、それはもう止めたんです。あの春、完全に姿を消してしまった兄は、こうしてちょっとしたことがある度に、私の中に現れてくれます。だから、
「暖かくなってきたなあ。」
そんなことを呟きながら、私は笑っています。
最終更新:2007年04月24日 13:18