「――はぁ……」
 前原ナオは、大きく溜息を吐いた。
 情けない。女の子一人守れないなんて。

 山川の言った通り、紫苑とは五年前に出会った。金属バットで道を歩いていく少女に殴りかかった自分を、背後から羽交い絞めにしたっけ。
 「てめぇっ、放しやがれっっ!!! あいつは、あいつだけは――」
 「いやいや、落ち着きなよ! ――ほら、飴ちゃんあげるから」
 「いらねぇよっっ!!!」
 まるで、子どもをたしなめるように、紫苑はナオを止めた。それが、紫苑と交わした最初の会話。
 それから、紫苑は毎日のようにナオに話しかけてきた。

 「ねぇねぇ、そんな風にバット持ち歩いてたら危ないよぉ~?」

 「あのさぁ、お昼一緒にどうかな? シュークリーム、確か好きだったよね?」

 「ナーーオっ! 早くしないと、置いていっちゃうよーーっ!」

 最初は、なんてお節介なやつだって考えてた。いつも口うるさく、用もないのに自分についてくる。どことなく姉貴風を吹かせて。
 ――でも……いつの間にか、紫苑と居ることが当たり前になっていた。いつの間にか、紫苑の後を付いていく自分がいた。いつの間にか……――本当に、いつの間にこんなことに。

 話に夢中になっている紫苑と山川の側を、ナオはそっと離れる。
 さっさと任務を終わらせ、ハンター基地に帰ろう。

 ――今日は、札流し祭の日なのだから……。


 金属バットを右肩に掛け、ナオは曇り空を仰ぎ見る。
 ふわふわ、
 ひらひら、
 たくさんのゆきむしが舞っている。まるで吹雪のように空を飛び交い、遠くの空へと吸い込まれていく。
 それを追うように、ナオは一歩、二歩と足を運ぶ。


 正直、実感が湧かない。
 雛見沢村から東京に出てきて早五年。もう、昔のことが夢のよう。
 紫苑との生活は楽しくて、キラキラと輝いていて――雛見沢の暗い思い出は、次第に風化していく。オヤシロ様への憎しみさえも。
 ――いや。
 本当に夢だったのではないかとさえ思う。雛見沢という村に住んでいたことも、いじめられっ子だったことも、さとしと一緒に遊んだことも、

 そのさとしがオヤシロ様にさらわれたことも。


 ふと、ナオは我に返る。
 気付けば、公園の中心に立っていた。
 時刻は黄昏時。淡いオレンジ色の光が遊具に染み渡り、静かな影を落としている。場は寂寥としており、時折吹く風が周囲の木々やブランコを微かに揺らす。
 いつの間に、こんな場所へ来てしまったのだろう。見慣れた場所なので引き返せるが、依頼人のいる方向とは正反対。まったく、無意識の力とは恐ろしい。
 ナオは、歩みを止める。


 ――――あれ?

 今――自分が立ち止まった時――足音が、ひとつ多かった気がする。
 まるで、今までナオに歩調を合わせていた人間が、慌てて歩みを止めたかのよう。


 「……――みぃ」
 小さく鳴くような声が耳に届く。間違いない……はっきり聞こえた。幼い、
 少女の声が。
 同時に、とことこという足音が背後から響く。ナオの前に、回りこんでくるつもりだろう。


 ざわざわと、体中の血液が小波を立てて騒ぎ出す。これは……警告。自分の敵が誰なのか、なによりも本能がわかっているらしい。

 ――終わってなど、いなかった。

 やはり、続いていたのだ。幼い日からずっと続いていた悪夢が。

 ――オヤシロ様の祟りが。


 「――みぃ」

 クールになれ、前原ナオ。相手は、ずぅっとお前が捜し求めていたやつじゃないか。お前は、やつを倒さなければいけないんだ。
 ――さとしの仇を取るために。

 金属バットを握っている左手の握力が、掌から吹き出た汗を絞り出すかのように、ぎゅっと強まる。
 心臓が、胸を突き破って躍りださんばかりに、激しく波打つ。
 唾を飲み込む音が、体の芯まで響く。

 足音は――ナオの視界の中で止まる。
 「彼女」とナオの距離は、約1mほど。世界の終わりを告げるかのような夕陽に彩られ、ナオの眼前に立ち尽くしているのは、7歳くらいの少女。
 背中まである、蒼く、柔らかな質感を持つ髪をなびかせ、膝丈ほどのスカートがついたワンピースでその身を包んでいる。

 ――少女は、

 ――ナオを見上げ、

 ――口角を上部に釣り上げ、

 ――言い放つ。


 「……――見ぃ……つけたぁ……」


 青服の少女「真城里華」の左手には、いつのまにか握られていた。刃渡り1mほどの、鈍く光を放つ、
 鉈が。





 「――前原直弥と公由さとしは、兄弟のように仲がよかった。当時体が小さく、近所の子どもからいじめられていた前原直弥を、公由さとしは守っていた。それこそ、兄貴のように――そうだな?」
 ベンチの上で足を組み、手帳を読み上げる山川。それを終えると、隣の紫苑に相槌を求める。
 紫苑は、むすっとした表情で、首を縦に振る。
 「仰る通りです。ナオの親は両親とも出稼ぎに行ってて、遊び相手と言ったらさとしくらいだったそうです」
 「だが、その関係にも終わりの時が来た」

  紫苑の肩が、ぴくんと跳ね上がる。

 「丁度、九年前のこの日――オヤシロ様を祭る札流し祭の日に、公由さとしは行方不明になった。地元ではちょっとした騒ぎだったそうだね? オヤシロ様の神隠しだ、って。バリバリ頭から食われちまったんじゃないかな」
 山川は、さもおかしげに、くつくつ笑う。
 ぎゅっと両手を膝の上で握り締め、紫苑はポツリと呟く。
 「オヤシロ様は――そんなことしない」
 紫苑は握る力をさらに強める。指には爪が食い込み、うっすら朱がにじんでいる。
 「さぁ? 俺はオヤシロ様じゃないからわかんねぇよ。――まぁ、どっちにしろ、前原直弥がオヤシロ様を憎んでいることには変わりないな」
 吐き捨てるかのように、山川は言う。
 一体山川は、どういうつもりだろう。紫苑には、山川の何を考えているのか全く見えない。オヤシロ様のことを知りたいようだったが、山川は十分すぎるほど知っている。今更紫苑に聞くようなことなんて、ないはずだが。

 ああ、早く話を切り上げたい。任務を終わらせ、ナオと一緒に基地へ帰りたい。
 今日のナオはとっても怯えている。さとしの仇を取るためにオヤシロ様を倒すなんていっているけど、本当は怖いだけ。恐らく、一分一秒でも外にいたくないはず。
 ナオ……――ごめん。
 「――で、ここからが本題だ」
 紫苑を現実に引き戻すかのように、山川は再び口を開く。慌てて紫苑は顔を上げる。
 「俺の包囲網をもってしても、どーしてもわからないことが三つある。まずひとつ」
 山川は、人差し指を空に向かって、ビッと立てる。
 「前原直弥の不審な行動。あいつがオヤシロ様を憎んでいたって言うのは、雛見沢の住人に聞いてわかった。――だがな、解せないんだよ」
 「な、なにが……?」
 「やつが真城華代について、何度か過激な発言をしていることだよ。やつは、真城華代の存在を許さない。平たく言えば、華代を抹殺しようとしている」
 「そ、それも、最近では収まってきました!」
 「そうかもな。だが、前原直弥以前そうだったことは、紛れもない事実。――あぁ、そうそう。そういえば、例の通り魔被害に遭った少女、白いワンピースを着ていたらしいな」
 山川の言いたいことはわかる。恐らく、少女が真城華代に似ていたから襲ったと言いたいのだろう。
 「で、二つ目。行方不明になった公由さとしの行方。これに関しては……まぁ、自力で調べるよ。で、肝心の三つ目だが――」
 山川が三本目の指を立てかけた、まさにその時だった。紫苑の携帯電話が、突如けたたましく鳴る。
 紫苑は、確認もせず、慌てて通話ボタンを押す。
 「――おい、82号」
 「あ、部下Aさんですか。こにゃにゃちは~」
 「大空の梅干に~――って、やらすなっ! 仕事は終わったのか?」
 「あっはっは! 全然ですよもぅ!」
 紫苑は、腰に手を当て、けたけたと高らかに笑う。
 「馬鹿かお前はっっ!! 今まで何やってたんだっっ!!!」
 「いやね、ナオと仲良くお仕事がんばろうとしたら、どっかの新聞記者が――」
 電話をしながら目を泳がす紫苑。が、数秒後、頭の中が白一色に変質する。

 ――いない。

 この近くの……どこにも。
 「――ねぇ、部下Aさん……ナオ……いなくなっちゃった……」
 「なっ?! なんだって!!?」
 「ごめんなさい……ちょっと目を離した隙に……」
 「あいつは五年前よりパワーアップしてるからな。暴れたら、周辺は焼け野原だぞ――わかった、今すぐ応援をやろうっ!! お前も、できるだけ78号を探してくれ!!」
 部下Aはそれだけ言うと、電話を切る。紫苑の耳に届くのは、ツー、ツー、という無機質な電子音だけだった。
 「いやぁ……なんか大変なことになっちゃったね? え、もしかして俺の話に動揺しちゃって、周りが見えなかった?」
 「……す」
 「は?」
 夕闇の逆光を浴び、影絵のように屹立する紫苑。その中で唯一見えるのは、カッと見開かれた目。瞳に映し出されているのは、牙のように鋭い光。


 「ナオになんかあったら――絶対、ぶっ殺してやる」


 それだけ言い捨て、紫苑はナオを求めて走り去る。
 地の底から響き渡るような声。その時、紫苑はいつもの快活な自分を忘れ、一匹の獣になっていた。





 「食らいやがれぇえええっっ!!!」
 ナオが叫ぶと同時に、乾いた炸裂音が公園中に響く。特性かんしゃく玉の破裂した音だ。かんしゃく玉と言っても、その威力はコンクリート塀を吹き飛ばすほど。ナオは、これを始めとした強化型花火を、いくつも持ち歩いている。
 ――が、里華も負けてない。右へ左へ体を捻りながら、けんけんぱっとかんしゃく玉を避わす。
 「みぃ☆ さっきから花火を投げまくってるけど全然ボクに命中しなくて、かわいそかわいそなのです」 「うるせぇっ!! お前こそ、ちょこまか避けやがってっっ!! 今日こそぶち殺してやる――オヤシロ様ぁ……」
 「みー、ひどいのです……ボクは、直哉のことが大好きなのに。にぱ~☆」
 「わけわかんねぇこと言ってるんじゃねぇよっっ!!! これでも食らいやがれぇぇええええええっっ!!!」
 言うが早いか、ナオは右袖から強化型ロケット花火を引き抜く。だが同時に、隙を作った。その一瞬を、里華は見逃さない。ダッと右足で大地を勢いよく蹴り、ナオ目掛けて一直線に飛ぶ。同時に体を大きく右に捻り、
 鉈を横薙ぎに払う。
 ブンッ、と重い刃先がギロチンの勢いで右から左へ移動する。
 瞬間――左手に握られた棒状の花火の束は、上部と下部に両断される。

 まずい。
 懐に飛び込まれた。
 接近戦に切り替えねば。

 ナオは右手でバットをつかもうとする。――が、間に合わない。
 里華は、つっこんだ勢いを利用し、ナオを押し倒す。土煙が舞い、ナオは仰向けに倒れる。

 「はぁ……はぁ……っ」

 バットは、右手の指先に転がっている。が、里華が怪力でナオの右腕をガッチリ掴んでいるため、ぴくりとも動かせない。
 頭上では、里華が鉈を掲げている。夕日の逆光で顔はよくわからないが、恐らく満面の笑みを浮かべているだろう。
 絶体絶命……ナオには、もう、打つ手がなかった。
 「やっと捕まえましたのです☆ すぐに終わるから……大人しくしていてほしいのです」

 里華が言い終わった途端、
 「くっ……――ぅぅ……はぁ、ひふ……ぅ」
 ナオの体に変化が生じる。
 肩幅がどんどん狭まり、手足は服の中に収納されるかのごとく縮んでいく。
 男にしては細い指がさらに小さく、繊細に。
 肌は、白く、肌理細やかに。
 茶色がかった髪は毛先から薄紫色に染め上げられ、肩目掛けて伸びていく。
 「はひ、ぅ……ふぁ……、は……ぅぅ……」 熱い……体が、燃えるように。
 体が女の子に変化しているせいだけでない。自分が真城里華によって、されるがままにされているため。それが、ナオにとって、一番悔しいことだった。大好きだった親友の仇ひとつ取れない自分が……情けない。

 まもなく、ナオは変化を終えた。里華と同年齢くらいの幼い少女へ。
 「――さぁ、一緒に行きましょうです……直哉」
 ナオの髪を優しく撫で付けながら、里華は微笑を向ける。
 結局、なにも変わらない。さとしや紫苑の後ろで怯えているだけの人間だったんだ。少しは強くなれた気でいたのに、オヤシロ様と戦うことに、さとしの仇を取るために命まで掛けていたのに……その結果が、これ。

 ――ごめん、さとし。
 ――オレ、やっぱり泣き虫ナオのままだった。
 ――だけど、会えるよね?
 ――オヤシロ様の世界に行けば、さとしに。
 ――後もう少しだから……待っててね。

 ナオの目じりから、涙が一滴流れる。自分の至らなさを嘆く、悔恨の雫。
 ――刹那、


 「あらあらぁ~。もう諦めムードですの? 本当に、情けないっちゃありゃしないですわね、ナオ」

 公園の入り口から、甲高い声が響き渡る。
 ふと目を移せば、黒い影が屹立している。小学生一年生くらいのちっこい体に、口角を釣り上げた不敵な表情。夕日に溶けるような短めの金髪。緑色のワンピースからのぞく足は、黒いタイツに包まれている。
 あれは――  「オーホッホッホッホ! 地域限定30号にしてハンター1の策略家『北条沙登』が、楽してズルしていただきですわーーっ!」
 「し、師しょ……ぅ」

 北条沙登――前原ナオの師匠にして、自称ハンター1の策略家。今ナオが持っているトラップの腕は、全て沙登から教わったもの。
 沙登は、人差し指をビシッと里華に向ける。
 「ナオ、しっかりご覧あそばせっ! 武器は使いどころ――あなたのようにやたらめったらに使えばいいわけではないことを、あの女を使って証明してさしあげますわっ!」
 「みぃ☆ お邪魔虫さんは、」
 里華はおもむろに立ち上がり、
 「どこかに」
 鉈を両手に沿え、
 「消えて欲しいのですよッ!」
 ブーメランのように放り投げる
 ひゅんひゅんと唸りを上げ、鉈は沙登にプロペラのように迫る。沙登は、こめかみぎりぎりに鉈を避ける。
 「みー、すごいすごいのです☆ パチパチ」
 にぱっと笑い、里華は無邪気に拍手する。

 「――でも、知っていますですか? ブーメランは、帰ってくるのですよ?」 
 ハッ、とナオは気付く。
 そう、里華の言う通り。沙登が回避したブーメランは、Uターンし、里華の手元に戻ってくる。軌道にあるのは、
 ――沙登の後頭部。
 「師匠ッ!! 後ろッ!!!」
 朦朧とする意識を振り払い、鈴を転がすような声で叫ぶナオ。が、遅い。沙登と鉈の距離は、もう1メートル。
 が、沙登は待ち伏せていたかのように体を半回転し、小石を鉈に向かって投げつける。途端、鉈はベクトルを沙登の左側に変え、茂みの中に落ちる。
 「オーッホッホッ! 勝利のお味噌汁は美味しぅございますわねぇ! ブーメランなんて、ちょっと進行方向を変えればこんなもの~! ――さぁ、真城華代もどき。丸腰のあなたが、わたくしとナオの二人を相手にすることが出来ますか?」
 沙登は高らかに笑い、カップ味噌汁をすする。どうでもいいが、何処から出したのだろう?
 里華はといえば――しゅんと首を垂れている。恐らく、状況と力量の差がわかったのだろう。このまま戦っても分が悪いことに。
 「みぃ……残念なのです。せっかく、直哉を迎えに来たのに……」
 里華は髪をふわりとなびかせ、陽炎のように輪郭を揺らめかせる。そして、
 「雛見沢で――待ってるから」

 とだけ呟くと、夕闇の中に溶け込んでいった。
 風が、汗ばんだナオの頬を、優しく冷ます。辺りに残っているのは、微かに軋むブランコの音と、からすの鳴き声だけ。

 「――ナオッ!!!」

 公園の入り口から、聞き覚えのある声がする。ふっと首をそちらに向ければ、そこには膝を押さえ、荒い息を吐いている紫苑が立っていた。
 あぁ、そうか……ナオが勝手にいなくなったから、もしかして心配して探していたのかもしれない。本当に、心配をかけてしまった。謝らないと。
 「あのさぁ……」 と、ナオが言いかけた途端、
 紫苑は、力いっぱい、ナオを抱きしめる。
 「ふ、ふぇ……はゎゎっっ?!! ちょっ、紫苑っっ?!!」 急に抱きしめられ、ナオは体がカァッと熱くなる。
 正直、気恥ずかしい。女の子に抱きしめられたことなんて、今までなかったから。今のナオも女の子だけど。
 が、紫苑はお構いなしに、ナオを抱く力をますます強める。
 「――紫苑?」
 「ごめんね……本当にごめん、ナオ……ごめんなさい……ごめんなさい……」 紫苑は何度も謝り続け、地面に涙をはらはら落とす。その姿は、いつもの気丈で明るい姿からは想像できないほど、ボロボロで、今にも壊れてしまいそうで……。
 ナオは、小さな手で、そっと紫苑を抱き返す。まるで、幼子を安心させるかのように。





 「――そうか。幸いなのは、怪我人がひとりも出なかったことだな」
 ハンター基地本部、ボスの部屋。
 沙登の報告を聞いたボスは腕組みし、額に皺を寄せる。相変わらず、格好は付いていないが。

 「それにしても気になりますわね。ナオと真城里華――まるで、以前からの敵同士みたいでしたわ。なにか、因縁がありそうな様子でしたし……」
 「いずれにしても、雛見沢に調査に行く必要がありそうだな。もしあそこに真城華代の秘密が隠されているとすれば、我々ハンターにとっても大きなプラスになるだろう。――その時は、頼むぞ?」
 「オーッホッホ! ナオの特訓もありますし、わたくしが付いていかない道理はありませんことよー!」
 「――そういえば、78号はどうした? 確か、真城里華にやられて幼女化したと聞いたが……」
 「あぁ、ナオなら――」


 ハンター事務室。

 「へぇ~、この子がナオちゃんか~」
 「あ~んなに生意気だったのに、こ~んなにちっちゃくなっちゃって~」
 事務員の水野さんと沢田さんは目を細め、紫苑を取り囲んでいる。
 「あれ? な~んでお顔を見せてくれないのかな? かな?」
 「あはは、ごめんなさい。ナオのやつ、女の子になってから、弱虫に拍車がかかっちゃって……私の後ろから出てこないの」
 困った表情で頬を掻く紫苑の後ろに隠れているのは、ダボダボの学ランを着た七歳くらいの少女。柔らかな質感を持った髪を肩の辺りで小さなツインテールにし、怖々様子を伺っている。
 「やだぁ! ますますかぁいい~」
 「あ、あの……ぇと、ナオさん、怯えてるんじゃないですか?」
 口元を押さえ、おずおずと言うのは、ハンター48号「半田四葉」。今日は、赤頭巾ちゃんの格好をしている。
 「あれ? 四葉ちゃん、もしかして嫉妬してる?」
 「心配ないわよ~。ナオちゃんとお揃いのお洋服着せて、可愛がってあ・げ・る」
 「はゎ……あぅ……そ、そぅいうことじゃなくてぇ……」
 両手をもじもじこすり合わせ、四葉は困った表情を作る。

 と、その時。
 紫苑の後ろに隠れていたナオが、紫苑の前に進み出る。うつむきながら。

 「え、ナオ? 大丈夫なの?」
 「じゃあ、レッツお着替えターイム! このエンジェルモートの制服なんてどうかな?」
 「違う違う! やっぱりバット娘って言ったら、こっちの天使の羽付きワンピースで――あれ、ナオちゃん?」

 沢田さんが、ナオの変化に気付く。ナオは、ぷるぷると肩を震わせ、なにか呟いている。

 「…………な」
 「え?」
 バッと顔を上げるナオ。その瞳は一杯の涙でうるうるしている。


 「――オレに近づくなって、言ってるんだよぉっっ!!! ばかぁっっ!!!」


 ひゅぅぅ……ん――パチンッ!!!
 スパパパパンッ!!

 「きゃぁああああああっっ!!! ひぅっ?!!」
 「あちゅぃいっっ!!!」
 「ど、ドラゴン花火だよぉっっ!!!」
 ハンターの火薬庫、ナオの強化花火が一斉に火を噴いたらしい。水野さんや叫び、わたわたと慌てふためく。
 ナオは泣き喚きながら、花火を投げ続ける。
 「ふぇええええええんっ!!! ばかばかぁっ!! どっか行っちゃえぇ!!!」
 「ちょ、ナオ、やめ――ひゅひぃっっ!!!」


 ナオはその後、事務室を飛び出し、ねずみ花火のごとく基地内を飛び回ったらしい。ハンター全員で大捕り物を演じた結果、怒ったイルダがナオの花火に全て火をつけ、なずなが水の代わりにガソリンを撒くという大惨事にまで発展した。が、それはまた別のお話。
 とりあえず、今日も、ハンター基地は騒がしい。


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最終更新:2007年05月28日 22:53