場面変わって体育用具室。
「メダロッチを付けたら女になったぁ!?」
磨智は素っ頓狂な声を上げ、シェーのポーズを取る。
「ああ……メダロッチから変な光が出てきて、それを浴びたら……」
斗的は、マットの上で胡坐をかいて現状を説明する。その姿は、男子の制服を着てはいるものの、明らかに少女そのもの。柔らかな質感を持つ銀髪に氷のように澄みきった白い肌。しっとりと濡れた瞳は宝石のような美しさをもち、唇は熟した果実のように潤んでいる。さらに、ワイシャツに透けているさらしがなんとも艶かしくて……。
正直、磨智は混乱している。自分の師匠である斗的は、世界で一番尊敬する「男」だったはず。だけど、目の前にいるのは、ちょっと近寄りがたい雰囲気を持った少女。けれど、あの口調と存在感は紛れも無く斗的で――
「――ああもうッッ!!! 僕は一体どぉしたらいいんすかぁッッ!!!」
「うっせぇよアホ磨智ッ!! ていうか、それはオレの台詞だ」
某ガリベンよろしく頭をかきむしる磨智を、斗的はアイスラッガーのごとくバッサリ切り捨てる。
そこで蜜柑が、出番を確保しようとすかさず挙手する。
「はいはーい! 質問! 斗的、本当に女になっちゃったの?」
「……まぁな。髪も伸びたし、胸もあるし…………その……あそこも――」
口元を隠し、斗的はプイと視線を下げる。が、蜜柑はなお疑いの目で斗的を見つめる。
「な……、なんだよ……?」
「斗的ぉ~、本当に女になったのぉ? もしかして、レディースデー利用しまくろうとする一世一代の作戦じゃ?」
「考えてねーよ!! てか、一世一代の作戦の割にはショボいなオイ!! それより、髪の毛が一晩でこんなに伸びるわけねぇだろ!! これがなによりの証拠じゃねぇか!!」
「えー? あたしの市松人形だって、一日でそれくらい伸びるよー?」
「いや、それは寺に持ってけ!! 確実に悪霊的なものが憑いてるから!!」
「ぶー! あたしの大事なジェファニーちゃんを悪霊呼ばわりしないでよ! 近所の神社から拾ってきた由緒正しきお人形なんだから!!」
「確定的じゃねぇか!! つか、ずいぶんモダンな名前の市松人形だな。それより人形の話はどうだっていんだよ!! オレは女になった!! ハイ結論!!」
「いやいや! 『ありえないなんてのはありえない』って某錬金術師漫画の人造人間も言ってたしさ、ここは――確かめてみたほうがいいんじゃないかな、ってさ?」
そう言った蜜柑の眼鏡が、暗闇の中でキュピーンと光る。
「…………え? 確か……める?」
斗的の背中を、悪寒が滝登りの勢いで駆け上がる。人間、誰しも「虫の知らせ」とか「霊感」という名のシックスセンスを持ち合わせている。斗的が感じたのも、そういう身の危険を知らせる信号だったりする。
時間は8時15分。朝の会が始まるまで、15分時間がある。しかも、ここは体育用具室。教室や職員室から離れた場所にあり、助けを求めても多分届かないであろう。つまり……
斗的の頭の中に、かろやかな木琴の音と「はい、今日は海老の殻剥きです♪」というアナウンサーの明るい声が響く。
――……剥かれる!?
「い・や・だぁ~~っっ!! お前に触られるくらいなら、死んでやるぅううッッ!! 遺書にお前の名前書いて、子々孫々まで祟ってやるぅううッッ!!!」
斗的は近くの柱に、よじよじと急いで上る。その姿は、テンパッたコアラのようだったという。
「落ち着きなって斗的~。……大丈夫、悪いようにはしないからぁ♪」
「嘘だッッ!!! そのバタフライナイフ何ッ!!? 確実にオレに危害加える気満々だろがッ!!!」
「だってぇ、さらし邪魔じゃーん!」
「いや、切り裂く必要はな――って、イヤァァアアアアアアアア……」
満面の笑みを浮かべ、指揮棒のようにナイフを振るう蜜柑。
破れたシャツの前を押さえ、ナイフの動きに合わせるように悲鳴という歌を歌う斗的。
そのような演奏会に対し、磨智とガマンに出来たことといえば、ただハンカチをひらひらと振ってエールを送ることだけだった。
最終更新:2007年11月05日 22:27