――数分後。
 「うわぁ~……斗的、頭のてっぺんから爪先まで女の子だね~!」
 「しくしくしくしく……」
 ボロボロの元制服を纏った斗的は、壁の方を向いて涙を流す。
 磨智は、斗的が泣くところを始めて見た。そのあまりの痛々しさに、思わず目を背け、話題を変える。
 「そ、それにしても……斗的師匠が付けたってメダロッチ、どこで入手したのかな。ガマンさんはなんか聞いてないスか?」
 「むぅ、残念ながらわからんのぅ。わしの見てる限りはな……」
 「ずっと近くにいたのに、斗的が性転換してたことにも気づかなかったモーロク爺に聞いても無駄だと思うよ?」
 蜜柑の一言でガマンは傷つき、斗的の隣で泣き出した。そんな斗的とガマンにお構いなしで、蜜柑と磨智は話を続ける。
 「やっぱさぁ、某大国の陰謀だと思うんだよね! それだと面白そうだし」
 「いや、面白そうって……」
 「じゃあ、某セールスレディーからメダロッチを受け取ったことにしておく?」
 「蜜柑……、この状況楽しんでるでしょ?」
 「そりゃあ、勿論!」
 いや、力説されても……。
 「うぜぇんだよクソ蜜柑!!! 全部テメェのせいだろがッ!!!」
 突如、ずっと部屋の隅で泣いていた斗的の怒声が、体育用具室に木霊した。
 ふと斗的の方を見れば、涙に潤んだ目でまっすぐ蜜柑を睨んでいる。
 「へ、どゆこと?」
 「昨日、間違ってお前の家からメダロッチ持って行っちまったんだよ!! それを試しに付けてみたらな、このザマだ!!」
 「ちょっ、ちょっと待ってほしいっス!!!」
 磨智は頭の整理がつけられず、ストップをかける。
 「え、つまり……またもや蜜柑の仕業なんスか?」
 「ああ、ずっと蜜柑のターンだ」
 磨智は、正直混乱している。そんな馬鹿な話があるのだろうか? 人工物に過ぎないメダロッチが、人間の体を魔法みたいに作り変えてしまうなんて。
 だが、斗的が突如性転換したという現象自体が、そもそもありえないこと。だから、メダロッチのせいで性転換したという話も、無下には却下できない。
 ――それに、
 磨智は蜜柑にチラリと目を移す。蜜柑は、相変わらず頭の中に満開の桜が一年中咲き誇っているような顔をしている。
 「蜜柑が絡んでいるというと……あながち否定も出来ないっスね……」
 「だろ?」
 「いやー、そんなに褒められると照れちゃうよあたしっ!」
 「褒めてねーよ……」
 斗的はげんなりした表情で首を垂れる。
 「大体さー、人の家のものを黙って身に着ける方がどうかしてるんじゃない? その辺、常識で考えたらわかると思うんだけどなぁ~」
 「ぐほっっ?!!」
 斗的は精神的ショックを受けた。そりゃそうだ、あの愛媛蜜柑から「常識」を説かれたのだ。大魔王サタンに仏教を習った方が億千万倍マシである。
 「――まぁ、そのメダロッチなら不可解な現象もありえるかもしれない、かな……」
 珍しくシリアスな顔をして、蜜柑は腕組みをする。
 「ありえるかもしれないって……どういうことっスか?」
 「いやね、そのメダロッチ……ちょっと曰くつきなんだよね」
 「曰くつきって……――まさかお前っ、また神社から拾ってきたんじゃ!?」
 「違う違う! あたしの親父が遺跡から拾ってきたの!」
 「遺跡……?」
 説明しよう。メダロットのメダルは、最初遺跡から発見されたのだ。それを模したコピーメダルが一般に普及し、現在のメダロットブームに至る。
 「うちの親父研究者だからさー、ちょくちょくそういう遺跡とか行くわけ。でね、石の棺に封印されているメダロッチとメダルを発見したというわけ」
 「メダロッチも!!? メダロッチは、メダロットを転送したり、コミュニケーションを図ったりするための道具として、メダロット社が開発した通信機のはずなのに」
 「そう! 今まで発見されたのはメダルやボディーだけで、現在のようなメダロット技術が古代にはないって言われてたけど……これで確定したも同然! このメダロッチは、歴史的発見の証拠たる、貴重な文化遺産ってわけ!!」
 「いや、そんなに大事なもんなら、倉庫とかにしまっておけや。泥棒に盗られたらどうすんだよ」
 熱くなっている蜜柑と磨智に対し、斗的は冷静なツッコミを入れる。
 「そうだよね、現に斗的に盗まれそうになったし」
 「泥棒扱いすんじゃねぇって言ってるだろ!!!」
 興奮する斗的を、磨智は慌てて羽交い絞めにする。
 「お、落ち着いてください師匠!! そんなことより、手がかりが見つかってよかったじゃないっスか!!」
 「放せっっ!!! 今日という今日はコイツをだなぁ……!!」
 「ちょっ、あ、暴れないでください!! む、胸が……」
 ――斗的が暴れるせいで、磨智の腕に斗的の胸に付いた柔らかな双丘がマトモに当たる……そう言いたかったのだが、純情BOYの磨智にはとても言えなかった。うーん、これが青春ってやつ?

 ――その時だった。

 ちゅどぉおおおおおおおんんっっ!!!

 ――校庭の方から、突如重い爆音が響く。

 「ちょっ、なに今のあ○ほりさとるっぽい爆発音は!!?」
 蜜柑は、己が心の中に潜む獣(野次馬)を抑えきれず、体育用具室の小窓から顔を出す。
 校庭の中心は、まるで隕石が降ったのではないかと錯覚するほど、深くえぐれている。ぽっかり空いた大穴の底は暗く、見通しが利かない。さながら、地獄に続いているみたいに……。

 ――いや、
 よく見ると、穴の底では何かがうごめいている。複数の黒い影が、まるで、のた打ち回る子蛇のように、ゆっくり、ゆっくりと、這い上がってくる。
 磨智は、ごくりと唾を飲み込む。言い知れぬ不安が、体の芯からじわりじわりと湧き出してくる。一体、あの穴からなにが飛び出してくるのか? わかっているのは、その者達が、自分の不安を現実にするであろう存在だということ。
 影は、やがて地表へと顔を出す。それは、非常にありふれた、斗的達と同い年くらいの、

 ――少女。
 釣り目気味で、眼鏡に広いデコという学級委員長スタイル。頭にドキンちゃんのようなアンテナがついた黒い全身タイツを着ており、腰に当てた手が気の強い性格を物語っている。
 斗的はそれを見て思った。「こんな時間なのに学校行かなくていいのか?」と。
 少女は拡声器(どこから出した?)を掲げると、キンキンとよく通る声で物申す。
 「えー、本日は晴天なり本日は晴天なり……。植物高等学校のみなさん、おはようございますですわ。私の名前は『長野クルミ』。間宮じゃなくて悪かったですわね!」
 誰も言ってねぇよ。
 「本日、学校へ行く時間を割いてまでここに来たのは他でもありませんわ。私達、『ロボロボ団』に喧嘩を売った不逞の輩を懲らしめに参りましたの」

 「ろ、ロボロボ団だってぇっっ?!!」
 磨智は、突然大声を上げる。
 「どうした磨智?」
 「ろ、ロボロボ団って言ったら、セレクト防衛隊も手を焼いている犯罪集団じゃないっスか!! メダル泥棒を筆頭に、食い逃げ、賽銭泥棒、ネコババと悪の限りを尽くしているという……あの」
 「そんな連中に手を焼いているようじゃ、セレクト隊もおしまいだな」
 斗的のおっしゃる通り。
 「それにしても……連中の目的って、一体? 確か、ロボロボ団に誰かが喧嘩を売ったとか……」
 磨智は窓に身を乗り出し、ロボロボ団の動きに注意する。
 クルミは言葉を続ける。
 「こともあろうにそいつは……ロボロボ団のホームページを荒らしやがったのですわッ!! 私がッ、一からhtmlの勉強をしてッ、タグひとつひとつに魂を込めて打ち込んだッ、ホームページをッッ!!! ――さぁ、出てきなさい!! 愛媛みかァアアアアアアアアんんッッ!!!」

 愛媛みかァアアアアアアんんッッ……!!!
 愛媛みかァアアアアアアんんッッ……!!!
 愛媛みかァアアアアアアんんッッ……!!!

 クルミの声が、除夜の鐘のように何度も頭の中で反響する。斗的は、自分のすぐ横でのほほんとしている蜜柑を、煩悩と一緒に消してしまおうかと密かな殺意を覚えた。
 「……蜜柑さん、どういうことですか?」
 怒りのあまり斗的は敬語になる。が、そんな様子もなんのその、蜜柑はあっけらかんと答える。
 「…………えへ、やっちった♪」
 「『えへ、やっちった♪』じゃねェエエエエエエエッ!!! おまっ、馬鹿ですかぁ!!? なにロボロボ団に喧嘩売ってるんだよ!!! オレが巻き込まれたらどうするんだ? ええッ!!?」
 蜜柑を責めながらも、自分の保身しか考えていない斗的。どっちもどっちである。なんでこんな人を師匠に選んだのか、摩智は自問自答する。
 「だってさー、ロボロボ団のホームページ、あまりにもクソすぎたんだもん。存在するだけで罪っていうか」
 「人の罪を責める前に、自分の罪を自覚しろや!! 冗談じゃねぇ、オレ帰るわ!! ――誰かっ、オレん家直行ゲート開いてくれぇええええ……」
 見苦しくパニくる斗的に対し、蜜柑はチッチッチと指を降る。
 「大丈夫大丈夫! 解決策は、キチンと考えてあるからさ!」
 そう言うと同時に、蜜柑は、跳び箱をひっくり返す。中に入っていたのは、女子用のセーラー服であった。蜜柑はそれを両手で掴むと、ひらひらはためかせる。
 「じゃんじゃじゃーん! 取り出したるは、なんの変哲も無い制服です!」
 「いや、なんで跳び箱の中にそんなもんが入ってるんスか?」
 「実はね、ずっと前に体育の男山先生が女子更衣室から持ち出してるのを見ちゃってさぁ!」
 「犯罪じゃないっスか!! てか、なんで通報しないの!!?」
 「どーでもいいわ、男山が制服泥かスカトロ好きかなんて。蜜柑、その制服でどうするつもりだ?」
 「そりゃー、斗的に着てもらうんじゃない!」
 蜜柑はサラリと言う。まるでそれが、国民総生産=総生産額-中間生産物と同じくらい当たり前のことみたいに。
 「じょっ……じょっ、冗談じゃねぇよ!!! オレにオカマになれってか!? オレに木刀持って『がっかりだよっ!』って言えってか!!? さそり座の女を歌えってかぁあああああッ!!?」
 「違う違う! これを着て、あたしの身代わりになってほしいの♪」
 「……は?」
 斗的は、ポカンと口を開け放つ。
 「だ・か・らっ、交換条件! あたしは斗的が元に戻れる方法を教えてあげる。その代わり、斗的はあたしに変装してあいつらを追い払う!」
 「そんな条件、オレが飲むと思ってるのか?」
 そりゃそうだ。世界自己中選手権チャンピオンの斗的が、わざわざ自分の身を危険にさらすようなマネをするはずがない。
 が、蜜柑は不敵に口元を歪める。
 「思うよ~! 斗的に有利な条件が三つも揃ってるもん。まずひとつ!」
 そう言うと同時に、蜜柑は人差し指をビッと立てる。
 「ロボロボ団の制裁が、恐らくしょーもないものであること! 悪くても命に関わるようなことにはならないでしょ?」
 蜜柑の言葉を受け、摩智がうんうん肯く。
 「確かに……ロボロボ団のやってることって言ったら、子どものいたずらのレベルを出ないものばかりっスよね。とても人殺しをやるような連中には……」
 「それに、数十年前もひとりの高校生がロボロボ団相手に戦ったって話もあるしね! まぁ、斗的なら大丈夫でしょ!」
 「期待されてもなにも出ねぇよ……。――でもよぉ、目付けられて職場や自宅にまで押しかけてくるかもしれないだろ。てか、こんな目立つ格好じゃ変装したってばれるだろが」
 斗的は自分の長い髪をつまみながら、ジト目を蜜柑にむける。対し、蜜柑はにんまりと口の端を吊り上げ、
 「そこで登場するのが二つ目の理由!」
 二本目の指を立てる。
 「今の斗的を見ても、誰も高校生『男子』鷹栖斗的だとは思わないこと~♪」
 摩智はポンと手を打つ。
 「そっか! いつも一緒にいる僕が一瞬戸惑ったくらいだもん! これなら師匠とバレることはないっス!」
 ――それに、目の前にいるのが斗的とは思えないほど可愛いし。
 磨智は一瞬そう思ったが、こんなことを口に出しては斗的に逆エビ固めをかけられかねないので、心の中にしまっておいた。
 「もしかして、斗的が性転換したのも、こういう運命だったのかもね! 斗的、運がいいよね~♪」
 「性転換したせいで、お前の身代わりになるという余計な事態に陥ったんじゃないのか?」
 斗的はブスッたれた表情のまま、冷静なツッコミを入れる。後に、溜息をふぅとひとつ吐き、観念したように肩をすくめる。
 「――仕方ねぇなぁ……お前の身代わりにでもなんでもなってやるよ。その代わり、セーラー服なんて死んでも着ないからな」
 ――ちょっと残念かも。
 磨智は密かに思う。今の斗的は、元男だということが信じられないくらい可愛い。女の子らしい格好をしたら、似合うんじゃないか? でも、そんなことを口に出したら斗的に殺されかねないので、黙っていることにした。
 そんな磨智の思いをよそに、蜜柑は斗的の肩を馴れ馴れしくポンポン叩く。
 「いやぁ~、やっぱ斗的は優しいね~! あたしの言うこと、最終的にはいつも聞いてくれるんだもん!」
 「人を召使いみたいに言うんじゃねえ。――とりあえず、行ってくる」
 斗的は、体育倉庫の取っ手に手をかける。が、蜜柑はニヤニヤしたまま、斗的の肩から手を離さない。
 「その格好で?」
 「あ? ――って、うわぁあああああああああああッッ?!!」
 斗的の甲高い声が、体育倉庫中に響く。と同時に、磨智はプッと鼻血を噴き出す。
 ――そうだ、ロボロボ団や蜜柑のおかげですっかり忘れていた。今の斗的はストリップ女優のような格好をしている。かろうじてボロ布と化したブレザーを身に纏っているという程度で、トイレットペーパーを体に巻きつけているのに等しい。破れた服の隙間からは、餅のように白く、柔らかそうな肌が顔を出している。
 顔を真っ赤にしてうずくまる斗的に、蜜柑はセーラー服を振り子のように振りながら、三本目の指を立てる。
 「三つ目の条件~♪ それはねぇ……斗的があたしからセーラー服を借りなきゃマトモに外を出歩けないこと~♪」
 斗的は顔を上げ、精一杯蜜柑を睨みつける。が、涙をいっぱい溜めた目で睨まれても、全然迫力を感じない。
 「くっ……、卑怯だぞテメェ……」
 「卑怯もラッキョウもないも~ん♪ ――で、どうするの? このまま外に出て、性欲をもてあました男子生徒のオカズになるか、セーラー服を着て普通の女子高生になりすますか……くっくっく、もう時間はないよぉ~?」
 蜜柑は、ニタリと凶悪な笑みを浮かべる。
 もしかして、斗的の制服を破いたのは、これが目的か? だとすれば、なんという孔明の罠。
 蜜柑は凶悪な笑みを浮かべ、じわじわと斗的に迫る。
 「ということでぇ~、斗的『ちゃん』にはセーラー服を着てもらおうかなぁ~?」
 「うぅ……」
 斗的は歯を食いしばり、次第に壁際に追い詰められていく。その目前に、蜜柑はズイッとセーラー服を突きつける。
 「さぁッ!!! 着なさいッ!!!」
 ――その時。

 「待ったッッ!!!」

 体育倉庫の中に、メガホンを使って叫んだのかと疑うくらいによく通る声が響く。
 声の主は他でもない。この物語の千両役者――成城磨智の声だ。


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最終更新:2007年11月09日 12:18