午前零時。
 この時間、昼間慌しく動き回っていた人影は、どこにもない。
 不規則に瞬く白灯、カラカラと空き缶が散乱した小道、それ自体が眠ってしまったかのような家々。
 漆黒の闇は、それらを静かに抱擁している。

 突如、静寂は破られる。空中に躍る二つの影。それは、空中で激しくぶつかり合う。
 降り立つのは、黒い巫女服に身を包んだ、ツインテールの少女「源終里」。
 地面に着地する瞬間、その髪は、鳥の翼のようにフワリと浮かぶ。青白い肌と対照的な、血のように紅い唇には、余裕の色が浮かんでいる。
 「くす、いきなり攻撃? 見た目どおり短気だね。それって、ふられた八つ当たり?」
 終里は、目の前の影に話しかける。
 墨のような雲が晴れ、白い月明かりが照らし出した姿は――紅い巫女服に身を包んだ少女「坂田夏月」。
 夏月は、背中まであるポニーテールを、さわさわとなびかせながら、勝気な表情を浮かべる。
 「あんただって、そのつもりで手紙よこしたんでしょ? それに、あいつのことなら誰とくっつこうが構わないから」
 「ふふ、嘘ばっかり。本当はとっても憎い。自分を捨てた先輩も、それを奪っていったあの人も。ううん、あの2人が両思いだってことを伝えた渡辺先輩や多分そのことを知ってた卜部先輩も。そんな風に思ってしまう自分が大嫌い」
 「あんたはどうなの? 確か、三四郎といつも一緒にいたよね。ああ、じゃあ、あんたもあたしと一緒じゃん。振られた者同士、仲良くやるう?」
 小ばかにしたような態度で、笑う夏月。
 途端に、終里は、鬼灯のように紅い瞳を見開く。
 「図に……乗るな」
 終里は、懐から呪符を取り出し、夏月にそれを向ける。
 「行け!!」
 たちまち、それは、うさぎやくまのぬいぐるみに変わる。
 「キャハハハハハハハハハ!!」
 「アハハハハハハハハ!!」
 無機質なぬいぐるみ達は、鋭いナイフを振りかざす。
 ヒュン、と空を切る、夏月のステッキ。
 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!! 聖焔剣終式『フツノミタマ』!!」
 呪文を唱えると同時に、ステッキは、飴細工のように変形を始める。たちまち、鷹の嘴のように鋭い剣へ。剣を包み込む炎は、シュルシュルと唸りを上げている。
 次の瞬間、夏月は式神に立ち向かう。
 式神は、一列に並び、螺旋状に襲い掛かる。
 その中心を、夏月は駆け抜ける。
 風を切り、袖と髪がなびく。その様子は、翼を広げた緋の鳥。
 ――はまった。
 思わず、ほくそ笑む終里。
 式神を、攻撃ではなく、回避するということは、予想済み。これだけの量、いちいち焼いても、キリがない。
 その上、夏月には失恋のショックがある。だからこそ、わき目も振らずに突っ込むはず。そう、自分では制御できないほどの勢いで。
 勝ち誇った表情で、終里はサメの背びれのような大鎌を構える。
 「貫け、地断刃!!」
 しゃがみこみ、向かってくる夏月に、振り子の原理で鎌を振り下ろす。
 やっぱり、勢いがつきすぎて避けられない。
 そのまま、夏月が鎌に衝突した瞬間、 終里は狂ったように笑う。
 「キャハハハハハハハハ!! 人間って脆いわね!! そうやって、すぐ感情に左右されるんだもん!!」
 「あんたも含めてね」
 背後に少女の声が響き、終里の細い首が、突如ガッとつかまれる。弛緩する体。金縛りにあったように動かない。まるで、猛禽類に狙われた蛇のように、震えが体を駆け巡る。
 その精神的ショックにより、式神は元の紙へと戻る。はらはらと、花びらのように呪符が舞いちる。
 この声は……夏月。
 「ねえ、陽炎って知ってる? 熱によって、光を屈折させることなんだけど」
 「それで、虚像を……」
 こんな話、聞いていない。いつの間に、こんなに強く……。
 「驚いた? ずっと修行してたの。ただ、力を使う機会がなかっただけ。怒りと迷いに支配されてるあんたなんかに負けない」
 段々と、締め上げる力が強められる。
 苦しい……息が出来ない。
 手足をバタつかせる終里。
 だが、夏月は、信じられない力で、グイグイと首を絞めていく。それは、万力のよう。
 「あたしね、あいつが幸せなら構わない。それなら、あたしの口出しようがないじゃない。なに、それが不満? あたしからあいつに『手を引いて』とでも頼んでほしいの?」
 喉から声を絞り出し、終里はかすれた声で応える。
 「どうせ……私とあの人は結ばれない……と思ってた。それに、碓氷先輩なら……責めるつもりないよ。でもね……お前だけは絶対に許さない」
 「ふぅん。やっぱり、なにもかもわかってたんだ。まあいいや、長い戦いももうおしまい」
 すぐ折れてしまいそうな終里の首に、更なる力がかけられる。
 「あんたが死んで……全てね」
 「お……恐ろしい女。自分の大切なもののためなら……人まで殺しちゃう……んだね。でも、それは……私も一緒」
 ふっと、終里は苦しそうに口元を歪める。
 「本当に……私が一人だったと思う?」
 ふっと緩む手の力。次の瞬間、黒い影が一斉に飛び出した。



 「碓氷冬雪」は、いつの間にか見知らぬ場所に立っていた。
 黒蜜を塗ったくったような木製の壁や床、乱雑に並べられた机や椅子、ぷぅんと漂うかび臭い空気、うっすらとほこりをまとった窓ガラス、そこから入り込む柔らかな夕陽。
 いや、見覚えのある場所。今はない、冬雪が通っていた、小学校の木造校舎。
 ふと、自分の姿を見る。服、身長、なにもかも小学校四年生の頃のもの。体も、ちゃんと男だ。
 「碓氷、どこを見ている?」
 重々しい男の声が響く。ビクッとして顔を上げると、そこには四年生の頃の担任の顔が。
 冬雪のすぐ横には、べそをかいている太った少年「佐々木敬一郎」、頬を腫らしたポニ―テ―ルの少女「夏月」がいる。
 冬雪は、ハッと思い出す。確か、夏月と佐々木が取っ組み合いになっいて、それで自分が仲裁を。でも、一体何が原因で。
 「じゃあ、状況を聞くぞ? 坂田と佐々木が取っ組み合っていた。俺の予想だと、いつものように碓氷と佐々木の間でトラブルがあった。それでお前が助けに入った。……違うか?」
 全然違う。確かに、佐々木は冬雪を執拗にいじめる。だけど、今日は全く関係ない。この教師は「いつもの喧嘩」ということにし、さっさと帰りたいのだろう。
 教師の質問に、夏月は目をそらす。そうして、しどろもどろに答える。
 「えっと……違うの。なんていうか……あたしが忘れ物を取りに行って、冬雪は教室の外で待ってたの。そしたら、佐々木君がいて。いきなり襲いかかってきて……それで抵抗をしたというか……。冬雪が先生呼びに行かなかったら……たぶん」
 眉間にしわを寄せ、教師は敬一郎を見つめる。
 「本当か、佐々木?」
 途端に、敬一郎は顔を上げる。
 「ちあう!! おえおんあおおいえあいあうえ!!」
 必死に訴える敬一郎だが、全く言葉になっていない。
 それに追い討ちをかけるよう、夏月は顔を押さえる。
 「い、いきなり胸に手をかけてきて……。あたし……本当に怖かった。それで、思わず。……失礼します!!」
 そのまま、夏月は教室から出ていく。
 「夏月!!」
 冬雪は、慌ててその後を追う。

 「あ―、緊張した」
 穏やかな橙色の光が差し込む廊下にて、夏月は大きく溜息を吐く。その顔を、冬雪は心配そうに覗き込む。
 「な、夏月……本当にそんなことされたの?」
 「ん、勿論嘘!」
 あっけらかんとした夏月の言い様。予想もしなかった言葉に肩透かしを食らい、冬雪は呆然とする。
 「なんで……そんなことを」
 「だってあいつ、あんたの机に便所の雑巾入れてたんだよ!!」
 「ぞ、雑巾!?」
 冬雪は思わず声を大にする。
 「ああ、大丈夫。明日、あたしがちゃんと綺麗にしてあげるから。たぶん、その通りに言っても、あの先生なにもしてくれないよ。あんたがいじめられても、見て見ぬ振りしてたし。まあ、女の子に手を出したって言うならあいつも動くでしょ。佐々木も終わったね。ざまあみろっての!」
 吐き捨てるように夏月は言い放つ。とても、同い年の少女の言葉とは思えない。
 「で、でも……一言ぐらい言ってくれたって」
 「敵を欺くにはまず味方から! 特にあんた、嘘つけなさそうだしね」
 「むっ……」
 冬雪はグッと言葉に詰まる。確かに、否定できない。
 「ま、あんた守れるのはあたしだけってこと! これからも、なんかあったらすぐに言いなよ」
 ふと、冬雪は足を止める。
 「ねえ、夏月……なんでそこまでしてくれるの?」
 ぴたりと止まる夏月の足――しばしの沈黙が、場に訪れる。
 上目遣いに、ジッと夏月の背中を凝視する冬雪。柔らかい髪や肌は光に溶け込み、その体を透かしている。なんだか、今にもどこかへ行ってしまいそう。
 「……知りたい? じゃあさ、目を閉じて」
 冬雪に背中を向けたまま、夏月は言う。その口調は、太陽のように明るいいつもの様子と違い、月のように穏やか。
 言われた通り、恐る恐る目を閉じる冬雪。 光は絶たれ、無限の暗闇が広がる。
 夏月が近づいてくる気配がする、すぐ目の前で夏月の息遣いを感じる、心臓の鼓動が次第に高まっていく。
 ――もしかして、これって!?
 次の瞬間、冬雪の額に軽く痛みが走った。
 「へぶっ!」
 ――で、デコピン!? 
 情けない声を上げる冬雪。目を開けると、そこには意地の悪い笑みを浮かべた夏月が。琥珀色の瞳には、さもおかしげな色が浮かんでいる。
 「残念でした! あたしの唇は、本当に好きになった人にしかあげないの!」
 「ひ、ひどいよ夏月!」
 瞳を潤ませ、冬雪は夏月をキッと睨みつける。
 「あっはっはっはっはっはっはっはっは……」
 夏月は明るい笑い声を上げる。
 それは、無人の廊下に、どこまでも、どこまでも響き渡った。


 「……君、冬雪君!」
 声変わりしたばかりの、少年の声が聞こえる。それに応えるよう、冬雪はうっすら目を開く。
 ぼんやりした視界の向こうには、太い眉をした実直そうな少年の顔が。
 それが、クラスメイトの「桃ノ木三四郎」だと気づくのに、数秒かかった。
 三四郎も、眼鏡をしていない方がかっこいい。
 ――あれ、ここは? 慌てて辺りを見回す冬雪。そこは、近所の公園のベンチだった。
 「夢……か」
 そうだ、中々寝付けなくて、それで気分転換に散歩を。
 そのうちに、寝てしまったのだろう。
 昨日、家を訪ねても、電話をかけても、夏月は冬雪に会ってくれようとしなかった。今まで、喧嘩をしたことはあっても、口をきかなかったことは一度もない。
 刹那、風がそっとミゾレみたいに白い肌を撫でる。
 「くしゅっ」
 冬雪は小さくくしゃみをし、身震いする。夏とはいえ、北海道の夜は肌寒い。
 「ほぅら、こんなところで寝てたんじゃあ、風邪を引きますよ? 特に、今は女の子なんですから、こんな時間に出歩いちゃ駄目ですよ」
 三四郎は、そう言って、腰に手をやる。
 そういえば、
 「なんで桃ノ木君が、こんなところに?」
 「いやあ、中々寝つけなくて。それで、ふらっと……」
 そこで冬雪は、前日のことをハッと思い出す。
 「あ、あの、昨日は勝手に帰ってごめんなさい! ちょっと、用事ができちゃって……」
 慌てて頭を下げる冬雪に対し、三四郎は笑顔を返す。どうやら、怒っていないよう。
 「いやあ、いいんですよ。……それより、その格好何とかした方がいいんじゃないですか?」
 頬をかきがながら言う三四郎の言葉に、冬雪は慌てて自分の姿を見る。
 確かに、冬雪の格好はひどいもの。空色をしたパジャマは胸のボタンが取れ、白い肌が露わになっている。みるみる冬雪の顔が、薄紅色に染まっていく。慌ててボタンを留め、冬雪はキッと三四郎を睨む。
 「エッチ!」
 「え、いや、なんで僕が!! それに、小さくて、よ、よくわかりませんでした!」
 「どうせ、僕は貧乳だよ!」
 頬を膨らませ、冬雪はプイッと顔を背ける。
 その行動には、夏月とのことをかき回した、仕返しの意味も入っている。
 「そ、そんなあ! 許してくださいよお! この通りです!」
 手を合わせて、三四郎は泣きそうな表情で何度も頭を下げる。その様子をチラッと見て、冬雪は「やりすぎたかな?」と、頬をかく。
 その時だった。
 「冬雪……」
 風に乗って、少女の声が耳に舞い込む。
 聞き覚えのある声、いや、いつもの聞きなれた声。
 そう、この声は。
 「なつ……き?」
 思わず、辺りを見回す――が、公園には人影らしいものはない。無機質な街灯に照らされた遊具は、かすかな輪郭を浮き彫りにしている。
 「どうしたんですか、冬雪君?」
 首をかしげる三四郎、空耳……だったのだろうか?
 「冬雪……」
 再び聞こえる声――間違いない、夏月だ。しかも、今にも消えてしまいそうなほど、か細い。
 思わず冬雪は、深い闇の中へ飛び込む。
 「あ、冬雪君!!」
 背後で響く三四郎の大声も、今の冬雪には関係なかった。

 冬雪は声を追い、青白く光る星空の下を駆けていく。
 ――夏月、どこ?
 ――どこにいるの?
 ――なにがあったの?
 苦しそうな声が、息づかいが、次第に近くなってくる。
 そのうち、一箇所の路地に差し掛かった。そこで、冬雪は足を止める。
 思わず息をするのも忘れ、その大きな瞳を、さらに見開く。
 およそ五体くらいの黒マントが宙に浮いている。それは人の半分くらいの身長をしており、三角の目とギザギザの口がついたスイカ頭を持つ。鈍く光る鎌や大バサミは、獲物を引き裂こうとする、獣の牙のよう。
 いや、そんなことよりも、その真下で、ボロボロになっているのは。
 「ふゆ……き?」
 「夏月!!」
 冬雪は叫び、急いで駆け寄る。
 今の夏月の状態よりも、見つけられた安堵感の方が先行する。
 とにかく、見つかってよかった。早く、介抱してあげないと。そして、三四郎とのことを話さないと。
 今の冬雪の頭には、それしかない。
 だが、夏月は息苦しそうに顔を上げ、たどたどしく唇を動かす。
 「来ちゃ……駄目」
 「……え?」
 途端、その前に、蝙蝠のように漆黒の影が現れる。それは、夏月と冬雪の間に立つ闇の壁。まるで、二人の絆を引き裂かんとするよう。
 「くすくすくす、こんばんは……」
 その者は、三日月のように大きく口を歪め、冬雪を嘲笑う。
 「ダーク……メイデン」
 そう、彼女はアヤカシを統べる存在……決して、一人で戦える相手ではない。
 その肌理細やかな頬を、つうっと一滴の冷や汗が滴る。
 「すっごい偶然だね。この女と違って、あなたのことは呼び出してないのに」
 ダークメイデンは、さもおかしそうに、口元を押さえる。
 「この女、手紙で呼び出したらのこのこ来たの。そして、やられちゃった! キャハハハハハ!! ざまあないね!!」
 「……してよ」
 冬雪は、うつむき加減に呟く。
 「は?」
 「夏月を……夏月を返してよ!!」
 冬雪はその温和な目に力を込め、その手に、碧いオーヌサステッキを出現させる。
 そうだ、敵わないかもしれない。だけど、やるべきことはひとつ。守らなくてはいけない、夏月を。夏のように爽やかで、明るい笑顔を、もう一度見るんだ。
 「古(いにしえ)は天地未だ剖れず、陰陽(めを)分れざりし時、渾沌(まろが)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、ほのかにして牙(きざし)を含めり。……時に、天地の中に一物生(ひとつのものな)れり。伏葦牙(かたちあしかひ)の如し。すなわち神となる。国常立尊と号(もう)す」
 言霊を唱え終えた時、蒼い光が冬雪を包み込む。光が止んだ時、冬雪は水の巫女「ホーリーアクア」に変身していた。
 「行け、テケテケ」
 終里は指示を出す。 途端、テケテケは目を怪しく光らせ、疾風のごとく冬雪に迫る。
 得物を振りかざして飛ぶ様子は、まるで猛禽類。
 一方、冬雪は、ジッと立ち止まったまま。
 そして、小さく呟く。
 空を切り、鎌は頭上に迫る。
 それは、もう目前。
 瞬間、テケテケの顔面に、ピシリと亀裂が入る。
 そして、真っ二つに。
 血のような果汁を飛び散らせ、そのまま、ドシャリと落下する。
 冬雪は、ひらひらと浅葱の袖をはためかす。リボンや背中まである艶やかな髪は、月の光を反射しながら、小波のようになびく。その様子は、まるで天女の舞。
 その度、テケテケは、次々と弾け飛ぶ。あっという間に、辺りは、ペンキをぶちまけたよう。
 「アロエビクスマンに使った、見えない刃……しかも、前よりも強い。力をつけたのは、この女だけじゃなかったわけか」
 それには答えず、冬雪は、ダークメイデンに目を向ける。その視線は力強く、射るよう
 「あとは、君だけだよ」
 口の端を歪め、ダークは嘲る。
 「くす、雑魚を倒したくらいで調子に乗らないで。一人で勝てるの? ずっと守られてばっかいたお前が」
 「一人じゃないぞ」
 路地の反対側から響く、白金のように凛とした声。そこには、山吹色の巫女服に身を包んだ、ショートカットの少女「秋綺」が。
 「秋綺!」
 冬雪の表情が、パッと明るくなる。
 ダークは、丁度二人に挟まれた形となる。
 「眠れないんでフラフラしてたら、でかいのにあたったな。さぁて、昨日の決着をつけるか?」
 余裕の表情を浮かべ、秋綺は身の丈ほどもある槍を構える。
 「くすくす、こっちには人質がいるってことを忘れてない?」
 ダークメイデンは、夏月のポニーテールをつかんで無理やり起こす。と、同時に、その手は突如鋭いものに貫かれる。
 「うああああああああっっ!!?」
 夏月から手を離し、ダークは、腕を押さえる。
 「戦いというのは、戦術よりも戦略。人質というのは有効ですけど、あとは奇襲なんかもいいですね」
 「なんだよ……お前もいたのか」
 「ええ、ちょっと眠れないので散歩を」
 「理由も同じか」
 そう言う秋綺の後方から、弓を構えた翠の巫女「渡辺春花」が現れる。その表情には、いつもの穏やかな笑みが欠片も見えない。
 「私だけじゃなくて、夏月ちゃんにまで手を出しちゃいましたか……遠慮なく、ブチのめさせていただきます」
 「な……なめるな」
 よろめきながら、ダークは大鎌を構える。春花の弓が聞いたらしく、息も絶え絶え。それにも関わらず、噛み付かんばかりの勢いで、冬雪達を睨みつける。
 その時、突如、背後で声が響く。
 「終里ちゃん!?」
 思わず、冬雪は視線を背後に向ける。そこには、息を切らせた三四郎が。
 「三四郎……先輩」
 呆けた表情で、ダークは呟く。
 三四郎を知っている?
 思わず冬雪は、ニ人を交互に見比べる。
 「な、夏月さん!? どうして……。まさか、終里ちゃんが?」
 ダークメイデン、いや、終里と呼ばれた少女は、蝋人形のように立ち尽くしている。
 「一体どうしたんですか!? なにがあったかは知りませんけど、終里ちゃんはそんなことをする娘じゃ」
 「うるさい!!」
 辺りに響く、ダークの声。一瞬、静寂が辺りを漂う。その固められたような空気は、瞬きひとつ許さない。
 場が静まると同時に、ダークメイデンは顔を上げる。その顔には、自嘲的な笑みが浮かぶ。
 「終里は、そんな娘だよ? 性格悪くって、真っ黒で、汚い……暗黒の使者。この女みたいに、光になんかなれない。そう思ってた」
 ダークは、地面に倒れている夏月に目を移す。
 「でも、違った。この女も、十分真っ黒だった」
 再び三四郎に視線を向け、ダークメイデンは微笑みかける。
 その瞬間、冬雪には彼女が、アヤカシの長ではなく、どこにでもいる少女に見えた。そう、休憩時間に友達と盛り上がっているような、ごく普通の少女に。
 「先輩、今までありがとう。終里ね、忘れないから。三四郎先輩と出会えて本当によかった。だって、先輩は、初めて終里に優しくしてくれた人だもん」
 ダークがそう言った時、二人の体は、徐々に闇と同化し始める。
 「夏月!?」
 冬雪は慌てて駆け寄る、が、まるで空をつかむかのように、その腕はすり抜ける。
 「くす、無駄だよ。もうその女は、私達の次元にいる。触ることは、もうできないよ」
 再び冷たい視線を向け、終里は言い放つ。
 ――行かせない、そんなこと絶対させない!
 心の中で繰り返し、夏月をつかもうとする。だけれども、その手が夏月に届くことはなかい。それでも、何度も何度も冬雪は夏月を捕まえようとする。
 それを尻目に、終里は秋綺と春花に目を向ける。
 「もうすぐ……もうすぐ、アヤカシの王たる魔獣が蘇る。くす、あんたらメイデンズもおしまいだよ。キャハ、キャハハハハハハハハハハハハ!!」
 すぅっと、音もなく消える終里。辺りには、その甲高い笑い声が響くばかり。
 そして、夏月も……行ってしまった。

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最終更新:2007年03月11日 19:49