その夜、特務部隊は大戸島の調査に向かった。
海はあの夜と同じく、月の光を静かに映し出している。
その上を、ドリルが先端に付いた、黒と赤のコントラストを持った巨大な戦艦が矢のように飛行する。
陸海空を行くことのできる万能戦艦「轟天号」だ。
「今のところ、生体反応はないでぃすね……」
サーモグラフィーを見ながら呟く千葉。
「めんどくせえなあ! 潜っちまえば一発じゃねえのか? 相手をおびきだすことができるだろ! 」
篠田はいらいらした口調で言い放つ。
しかし、それをさえぎる薩摩。
「いや、あくまでも調査は身長に行うべきだ。なにが起こるかわからない。
α号を発進させて、二方から捜索しよう。」
「了解!」
薩摩の指令により、群青のツバメのような姿をした戦闘機「α号」が轟天号の上部から発進した。
そして数時間後。
海上の捜索が続いていたが、なにも異変は感じられない。
「中々でてこねえな……」
α号のライトで海上を照らしながら、呟く篠田。
まるで生き物のように黒々と波打つ海。
それは、何者が潜んでいてもわからない暗黒の空間。
「もしかしたら、なにか別のものを誤認したのかもしれないでぃすね。例えば、津波とか?
八岐大蛇の神話も、治水工事のメタファー(例え話)ですし、伝説なんてふたを開ければこんなものでぃすよ」
長い間の調査によってだれ気味の千葉は結論を急ぐ。
それを断固とした態度で否定する篠田。
「いやぁ、あの時は津波なんて起きる状況じゃなかったぞ。それに、伝説を馬鹿にするんじゃねえよ!
メタ……なんとかっていうのは知らないけど、八岐大蛇も本当にいたかもしれないだろ!」
「はいはい、お前はそういうやつでぃしたね」
呆れたように返事をする千葉。
昔から不思議だとは思っていたが、迷信深い自分はずの自分は科学信望者である千葉と、なぜか馬が合う。
同期というのもあるのだろう。
なんとなく話し始めたのがきっかけで、今では切っても切れない腐れ縁。以前どこかで聞いたが、性格の似ていないもの同士の方がうまくやっていけるのだろうか?
その時、轟天号から通信が入る。
「こちらα号、どうぞ」
「なにか変化はありましたか?」
通信機から聞こえる、のんびりとしているが、凛とした雰囲気を持つ春風のような声。
窪田だ。
千葉は篠田から通信機を奪い取り、気の抜けたような声を出す。
「ああ、なんにもないでぃす。ねえ、もう帰ってもいいと思わないでぃすか?」
「油断してはいけませんよ。こういうパターンでは、いきなりバーンときて、ドガーンといきますからね!」
「いや、わけわからねえよ」
通信機越しに聞こえる、冷め切ったチンピラのような声。
瀬戸内がツッコミを入れたようだ。
その漫才のようなやり取りに、思わず吹き出しそうになる篠田。
正直、緊張が緩んだ。
千葉の言うとおり、何も起きないような気がしてくる。
「了解了解、引き続き調査を続けるぜ!」
口だけはそう言い、篠田は笑みを浮かべながら通信を切ろうとする。
その時だった。
海面に突如、青白い光が見える。
チカッと光るその様子は、まるで雷のよう。
見間違い?
いや、視力はいいほうだ。
「おい、千葉!!」
「ほえ……?」
眼鏡をはずし、その細い目を擦る千葉。
海面は次々に、チカッ、チカッとまるで雷のように発光する。
血相を変え、通信機をとる篠田。
「こちらα号!! 海面に怪しい光を発見!!」
通信機から、薩摩の知的な声が聞こえる。
「目標かもしれないな……十分警戒してくれ」
薩摩がそう言った時、辺りに響き渡る雷鳴のような音。
それは篠田が登場しているα号の機体をビリビリと振動させる。
まるで――そう、獣のうなり声。
反応するレーダー。
確実に目標はこの下だ。
敵を知るためには、まずはいぶりださなければいけない。
「隊長、やつのツラを拝もうぜ」
そう言って、レバーに手をかける篠田。
「待て、何をする気だ!?」
薩摩がそう言った時には、もう遅かった。
すぐさま放たれるミサイル「AIM-120 アムラーム」。
それは矢のようにまっすぐ飛んでいき、墨のような海に飛び込む。
途端に爆発音が響き渡り、まるで白い花弁のように舞い上がる水しぶき。「篠田隊員!! なにをやっている!!」
通信機から響き渡る薩摩の怒声。
「我々の任務はあくまで偵察だ!! この数で勝てる敵ではないかもしれないんだぞ!!」
「偵察なら相手のツラ拝まなきゃいけないだろ! それに、こっちには轟天号がある!
並の生き物なんかにゃ負けねえだろ。心配性だよな」
轟天号の噂は篠田も聞いている。
アクエリアンをたった一機で全滅させた無敵の兵器。
その轟天号が近くにあるということで、篠田は気が大きくなっていた。
再び聞こえる、雷のような唸り声。
同時に、AIM-120 アムラームを打ち込んだ場所から無数に放たれる青白い熱線。
炎の柱の間を、まるで縫うように回避するα号。
「ひゃっは!! すんげぇスリル!!」
「ひえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! もう、お前と友達やめる!! やめるでぃす!!」
興奮する篠田の背後で、鼓膜を破らんばかりの悲鳴を上げて泣き叫ぶ千葉。
しばらくすると、熱線による攻撃は止んだ。
「お、もう終わりか? はは、呆気ねえなあ!」
突如、しぶきを上げて盛り上がる海面。
と同時に、そこから何かが顔を出す。
途端に、篠田の表情は凍りついた。
篠田の本能が告げる警鐘――これまで何度もテロリストと戦ってきたが、そんなものとは比べ物にならないくらいの圧倒的存在感。
体長はおよそ60メートルくらい。
その体は海よりも闇よりも漆黒、背中にはまるで水晶のように透き通った巨大な背びれ。
上半身だけ出た恐竜のような体つきにきのこ雲のような頭。
肌はまるで、岩のようにごつごつとしている。
闇に光る白い目は、どこを見ているのかわからないような亡者の目。
魔王のような威厳を持ち、空を仰ぎ咆哮する怪獣。
その啼き声は、地獄の底から響くような哀愁を帯びたものだった……。
最終更新:2007年03月13日 19:17