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 戦いは、先ほどから続いている。
 大きく首をくねらせる大蛇。
 その口中から、紅蓮の火球が次々に飛び出す。
 それは、まるで機関銃のごとく。
 勢いよく、終里たちへと迫る。
 「青春陣!!」
 春花が言霊を唱える。
 瞬間、辺りに柔らかな風が吹き抜ける。
 それは絹糸のように、優しく終里たちを包み込む。
 「くぅ……!!」
 春花は顔をゆがめ、必死にステッキを押し出す。
 「う……ぅっ!」
 が、風はこらえきれず、粉々に砕ける。
 途端、スコールのように降り注ぐ焔。
 地面が砕け、アスファルトの破片や土埃が舞う。
 そして、その猛威は、終里にも。
 それは、彼女の小さな体を、跡形もなく燃やし尽くしてしまうほど大きい。

 ――やられる!!

 サッと体中の血の気が引く。逃げることを考える暇さえない。
 そのまま火球は、終里の目前へ。
 その時、終里を大きな腕が抱きとめる。その格好のまま、二人はゴロゴロとアパートの陰へ。
 「大丈夫ですか、終里ちゃん!?」
 頭に響く、優しげな声。顔を見なくてもわかる。
 「三四郎……先輩?」
 背中に、温もりを感じる。いつも部活が終わると、自分の頭を撫でてくれた大きな手が。
 「よかった、なにもなくて。いやあ、間一髪でしたね」
 三四郎は立ち上がり、その場に終里を降ろす。そして、背中を向けたまま、口を開く。
 「終里ちゃん、ここで休んでいてください」
 え?
 「あと二箇所です。がんばれば、僕一人でもできます」
 「で、でも!」
 終里は、そこで気づく。三四郎が、足を引きずっていることに。
 ――まさか。
 「先輩……もしかして、怪我」
 「大丈夫です! こんなの……メイデンズのみなさんに比べたら……」
 にっこりと、笑顔を向ける三四郎。額からは、赤い筋が数本垂れている。
 「すみません……頼りない先輩で。これは、終里ちゃんの力になれなかった……罪滅ぼしです」
 そんなの、三四郎は全然悪くない。あれは、自分が勝手にやっただけのことなのに。だけど、その言葉が喉に引っかかり、出てこない。
 「それに、女の子だけがんばらせるって……格好悪いですよ。特別な力なんかなくたって、僕は……僕は、やってやります! お荷物になるのは、たくさんです!」
 チョークを握り締め、三四郎は歩き出す。何度も転びそうになりながら。だけど、その背中は、本当に力強い。ダークメイデンだった頃の自分なんかよりずっと。

 ――あれが、本当の強さ。
 ――碓氷先輩も、いや、メイデンズの全員がそれに支えられている。

 終里は、自分の無力さを噛み締める。前までの自分なら、わからなかった。

 ――終里もほしい。
 ――相手を倒す力じゃない。
 ――大事な人を、守るための力が。

 「じゃあ、やろうか? オレが」
 終里の視線が、声の方へと向く。そこには、頭をスポーツ刈りにした、小柄な少年が。終里には馴染み深い。ことあるごとに自分をからかい、喜ぶ存在。クラスメイトでバスケ部員の、グドンこと「野々宮 始」。
 「始!?」
 驚きを隠せない終里。なんでこんなところに? そして、なぜこの事態に驚かない?
 それに対し、始は、チッチッチと人差し指を左右に揺らす。
 「ごめん、騙してて。実は『野々宮 始』なんて人間は、実在の人物・団体とは一切関係ないんだよな、これが」
 そう言うや否や、始の体を金色の光が包み込む。神々しいほど、まばゆい光。思わず、目をつぶってしまう。
 光が弱まり、終里は、うっすらと目を開ける。
 そこには、両手で包み込めるくらいの黄色い物体が、ぱたぱたと小さい羽を羽ばたかせ、浮かんでいる。それは、小型の竜だ。黄金色の体色、ピョコンと突き出た尻尾や角、短い手足、トカゲに似た顔はどことなく愛嬌がある。
 「もしかして……『黄竜』?」
 間違いない。中央を司る、大地の聖獣。
 「へへっ、そういうこと! オレさあ、ずっとメイデンズを見てたんだぜ。先代のそのまた先代、いや、最初からずうっとずうっと。ま、人間なんかに手を貸すつもりは今日までなかったけど」
 黄竜は、ふわりと終里の前に降り立つ。
 「だけど、冬雪先輩見てて思った。この人は、自分が好きな人のためには、本当に必死なんだ。役に立つとかそういうのじゃなくて、大切な人を守ろうとする。相手が、自分のことをどう思ってようと、関係なしにな。そういうのも悪くないんじゃないかなって、考えるようになったんだ」
 黄竜は、終里に顔を向ける。同時に、固い棒のような感触が、手に訪れる。ふと見ると、そこには琥珀色のオーヌサステッキが。
 「もう、自分の気持ちに嘘を吐けない。オレは、人間を……終里をいつの間にか好きになっていたんだ。自分のパートナーとなるお前、つまり土の巫女『ホーリーガイア』を興味半分にからかっているうちにな」
 ――終里が……五人目の戦士?
 信じられない。まさか、ダークメイデンとして、メイデンズと敵対していた自分が。それにしてもあの告白、冗談じゃなかったのか。三四郎、冬雪、そして始。自分を受け入れようとする人間が、三人もいるとは。
 「オレはさっきも言ったように、お前を……お前の未来を守りたい。だから終里、力を貸してくれ」
 終里はうつむき、口を大きく歪める。
 力を貸してくれ、だって? そんなの、決まっている。
 「くすくす、碓氷先輩には貸しがあるしね。今回だけだよ」
 終里はそう言いながら、オーヌサステッキを構える。
 自分も黄竜と同じ。なにかをしてもらうために戦うのではない。相手が好きだから戦う。だからこそ、冬雪は強かったのだろう。
 「古(いにしえ)は天地未だ剖れず、陰陽(めを)分れざりし時、渾沌(まろが)れたること鶏子(とりのこ)の如くして、ほのかにして牙(きざし)を含めり。……時に、天地の中に一物生(ひとつのものな)れり。伏葦牙(かたちあしかひ)の如し。すなわち神となる。国常立尊と号(もう)す」
 言霊を唱え終えた時、金色の光が終里を包み込む。千早や手袋、ストッキングの色は黒から白、袴は紫から漆黒へと変化していく。月明かりの白と闇の黒。その姿は、まさしく夜の使者。間もなく「ホーリーガイア」への変身は完了した。
 (行くぞ、終里!)
 こっくりとうなずき、終里は駆け出す。この力で、大切なモノを守るため。そう、仲間という名の。



 「……はなしはわかった。だけど」
 冬雪は、困惑した表情を上げる。
 「しんじられない。わたし、みこなんかじゃない。ふつうのおんなのこだよ?」
 玄武は顔をゆがめ、熱を帯びた口調で叫ぶ。
 「冬雪、君にとって、みんなと過ごした記憶はそんなものなのかい!! 思い出すんだ!!」
 ビクッと体を震わす冬雪。その瞳には涙がにじみ、困惑しているよう。
 「そんなこといわれても……わたし、わたし、わかんないもん!!」
 体を縮め、冬雪は顔を覆う。とても、記憶を呼び戻すどころではない。それを見て、夏月は目を伏せる。
 「……もう、いいよ」
 途端に、玄武は焦燥を露わにする。
 「な、なにを言ってるんだ君は! 冬雪がこのままでいいのか!? それでも冬雪を」
 「いいわけないでしょ!!」
 夏月は、キッと玄武を睨みつける。
 そんなこと、わかっている。冬雪は、誰よりも大切な幼馴染。いや、もう二人で一つと言っても良いほど。
 だけど、冬雪は嫌がっている。こんな冬雪、見てられない。今思い出せないなら、ゆっくりと思い出せばいい。
 夏月は、冬雪のなだらかな肩に手を置く。
 ごめん、春花、秋綺、三四郎、終里。自分には、なにもできない。本当に、無力だ。
 夏月は、そっとささやく。
 「ひっく……ごめん、冬雪。あ、あたし……冬雪の力になれなかった……」
 今日、何度涙を流しただろう。今度泣く時は、嬉し涙って決めていたのに。
 「でも……でも、これだけは聞いて。あんたが好きだって言ってくれた時、本当に嬉しかった。あたしも同じだから」
 夏月は、冬雪に顔を寄せる。
 「たとえ、あんたが女の子のままだったとしても……あたしが好きなのは、冬雪だけなの」

 夏月は、静かに唇を重ねる。あの時と同じ、甘く、柔らかな感触が全身に行渡る。まるで、小さな果実を口に含んでいるよう。
 冬雪はそれに呼応し、夏月を抱きしめる。同時に、夏月の口に小さな舌が。それは、お互いを離すまいと絡み合う。
 「んん……」
 「ん……ふっ」
 混ざり合う唾液。同じ女の子の体だからだろう。冬雪と、これまでにないほどの一体感を感じる。息づかい、肌の温もり、胸の鼓動さえも、溶け合って一つになっていく。

 「――って、ひゃめろっての!!」
 夏月は、顔を赤面させ、冬雪に手刀をかます。
 「はみゅっ!?」
 そのショックで、お互いの舌を噛んでしまう。冬雪は顔を離し、泣き言を言う。
 「ふぇ~ん、ひりょいよなちゅきぃ! 僕……ほんの出来ごこりょだったのにぃ……」
 「うっひゃい!!」
 プイッと顔を背け、夏月は口を押さえる。
 どこの世界に、中学生でディープキスをかます馬鹿がいるというのだ。全く、油断も隙もあったものじゃない。

 ――……「僕」?

 夏月は、ハッと振り向く。
 「ただいま、夏月」
 白い月明かりを受け、笑みを浮かべている冬雪。その瞳は、碧い宝玉のような輝きを取り戻している。
 「ふ……ゆき?」
 夏月は、呆けた表情のまま、立ち尽くす。喉からは、声も出ない。が、次の瞬間、抑えていた気持ちが一気にあふれ出す。
 「冬雪ぃっ!!」
 声を張り上げ、夏月は冬雪の胸に飛び込む。そこは暖かく、まるでお風呂にでも浸かっているかのよう。そんな夏月の頭を、冬雪は優しく撫でる。
 帰ってきた。帰ってきたんだ。冬雪が。もう、二度と会えないかもしれないと思っていたのに。
 「バカぁ! あたしが……あたしが、どれだけ心配したと思ってんの……」
 「ごめんね、夏月……本当に、ごめん」
 口で謝りながら、街の中心に目を向ける冬雪。そこには、邪気の立ちこめる、黒々とした闇が広がっている。冬雪は、碧いオーヌサステッキを握り締め、口を開く。
 「行こう。みんなが待ってる」
 「うん!」
 元気よくうなずく夏月。そのまま二人は、決戦の場へと駆け出した。



 秋綺は、迫る火球を雷槍で防ぐ。
 ガツンと、重い衝撃が何度も叩きつける。
 まるで、熱した鉄球で殴りつけられているよう。
 ――くそっ! なんて力だ……。
 これまで、様々なアヤカシと戦ってきた。しかし、この一撃一撃は、そのどれよりも強い。正直、さばくことで精一杯。
 秋綺は歯を食いしばりながら、ふっと前に目を移す。
 そこには、新幹線の勢いで、地面スレスレに伸びる首が。
 それは、ガパッと大口を広げ、秋綺をはさみ込む。
 「ぐあっっ!!?」
 歯を食いしばる秋綺。
 ミシミシという悲鳴が、体中から。
 体の芯まで、激痛が響きわたる。

 ――こんなところで負けてたまるか。
 ――こんなところで。
 ――こんなところで。

 秋綺は、その細腕に全力を込め、顎を開こうとする。
 が、それは、まるで万力のように、秋綺の体を砕こうとする。
 その時だった。
 目の前に、突如黒い影が躍り上がる。
 それは、白と黒の巫女服に身を包んだ終里。
 「地絶刃!!」
 振り下ろされる、黄金の鎌。
 まるで影のように立ち尽くす終里。それは、亡者をあの世へといざなう死神のよう。
 太い首が弾け、牙から解放される秋綺。その場に噴水のようなしぶきが立ち上る。
 「おい……その姿」
 「くすくす、そうだよ。終里が五人目の巫女。そんなことより、だらしないね。天下のメイデンズ様が」
 「うるせえ」
 不機嫌そうに顔を背ける秋綺。
 やっぱり、こいつだけは好きになれない。たとえ、こうして助けられても、素直に喜べない。いや、それはとにかく、まさか終里が五人目の仲間だったとは。
 秋綺がそのような思考を巡らせている時。
 「う……ゲホッゲホッ、ゴホッ!!」
 突如、その場にうずくまり、激しくせき込む終里。手袋がじわりと朱色に染まっていく。指の股からは、ポタポタと紅い雫が。
 秋綺は顔色を変え、終里の顔を覗き込む。
 まさか、自分を守ったせいで攻撃を? 今までの終里から、想像できない。
 「キャハハ、勘違い……しないでよ。終里はねえ、碓氷先輩への借りを、返したいだけだから。戦力が消えるのは……終里のとって、マイナス。それに、渡辺先輩よりは……マシ」
 終里に言われ、春花のいた方へと目を移す秋綺。そこには、グッタリとした春花が横たわっている。ところどころ焼け焦げた鶯色の巫女服。切れ目から見える白い肌は傷だらけ。ゆったりとした三つ網は解け、血溜まりの中に揺らめいている。
 「渡辺!!」
 急ぎ駆け寄り、春花を抱き起こす秋綺。翠がかった半開きにし、春花は息も絶え絶えに言葉を漏らす。
 「秋綺ちゃん……大丈夫ですか? 今、回復を」
 「なに言ってやがる! 自分の体力も回復できないくらいなのに……」
 秋綺は春花をその場に横たわらせ、大蛇に視線を向ける。
 「お前はここで休んでろ」
 山吹色だった巫女服は、今や朱一色に染まっている。袖もボロボロで、海草のよう。
 目が霞む。体の節々が痛む。足がガクガクと震える。正直、このまま倒れてしまいたい。
 だが、負けてなるものか。ここで倒れていては、冬雪や春花に合わせる顔がない。なにより、終里にいい格好させてたまるか。

 ――立て。
 ――立つんだ、卜部秋綺

 秋綺は覚悟を決め、雷槍に持たれかかる。足が思うように動かない。どうやら、折れているよう。だが、関係ない。
 大蛇は首を一斉にもたげる。
 その口には、うねる炎が。

 ――来る!!

 死力を振り絞り、秋綺は身構える。
 その時、ちらちらと白いものが目に留まる。まるで、この世のものではないかのような、穢れなき色。舞い落ち、肌の上で溶けてしまうそれは――雪。
 ――なんで、こんな季節に?
 次の瞬間、胴体から離れる八本の首。
 空を舞い、大蛇の頭は、闇に霧散する。
 秋綺は口を開け放ち、二つの影を見上げる。雪が降りしきる中、ボゥッと浮き彫りにされる蒼と紅の巫女服。髪や広い袖をたなびかせながら、二人は声を揃えて言い放つ。
 「お待たせ!」
 「夏月ちゃん! 冬雪ちゃん!」
 春花は、歓喜の声を上げる。その表情には、明るい春の日差しが。まるで、先ほどまでの怪我が嘘のよう。その様子に、なんだか秋綺まで力が湧いてくる。
 「ったく、来るのが遅えんだよ」
 ニッと笑う秋綺。
 そういえば、痛みがいつの間にか消えている。恐らく、あの雪は回復の術。もう、吹雪は止んでいる。
 秋綺がそのような考えを巡らせている時、遠くから三四郎の馬鹿でかい声が響く。
 「秋綺さ――ん!! 準備、完了です!!」
 言うや否や、三四郎は仰向けにばったりと倒れる。どうやら、もう限界だったらしい。
 三四郎はよくがんばった。今は、ゆっくり休んで欲しい。これからは、自分たちの番。
 メイデンズは全員集合し、大蛇を倒す準備も整った。まさに、万全の状態。
 「よし、じゃあ作戦を発表する。いいか、やつを倒すのは今の俺たちには不可能だ。桁が違いすぎる。だから、もう一回封印する。今、桃ノ木がやつの周りに門を敷いた。源、お前はそれを黄泉比良坂に繋げてくれ。本当は俺がやろうと思ってたけど、境界を司るお前の方が適任だ。その間俺らは、やつを弱らせる」
 五人は、一斉に大蛇に目を向ける。ブクブクと沸騰する大蛇の体。そこから、まるで間欠泉が吹き上がるかのように、新たな首が現れる。
 「さっさと終わらせて……帰るぞ!」
 「「「「オ――!!」」」」
 五人は、オーヌサステッキを頭上に掲げ、交差させる。今、最後の戦いが、始まったのだ。

 八本の首から、次々と攻撃が繰り出される。
 冬雪たちは、飛び上がり、それを回避する。
 「嵐琴!!」
 「フツノミタマ!!」
 「轟雷戟!!」
 「ムラクモ!!」
 思い思いの武器を形成し、空を駆け抜ける冬雪たち。
 闇の中、蒼、紅、翠、黄の閃光がきらめく。
  尾を引きながら闇を切り裂く姿は、まるで流星。
 ひらりひらりと袖をはためかせ、縦横無尽に駆け巡る。
 怒涛のごとく攻撃は続く。
 吹き荒れる風。
 巻き起こる焔。
 突き抜ける雷。
 躍り上がる渦。
 いずれも鋭い刃となり、轟音と共に大蛇を貫く。
 その巨体に、次々と蜂の巣のような風穴が。
 次第に、大蛇は防戦一方となる。
 それに対し、メイデンズは、次第に素早さを増していく。
 目と目を通わせる四人。
 攻撃を隙間なく、敷き詰めていく。
 それは、あたかも一つの意思で動いているかのよう。

 敵は、これまでの中でも最強。満身創痍の自分たちが、まともに相手をできるはずはない。しかし、今の冬雪には、負ける気が全く起きない。多分、他のみんなも同じだろう。

 「繋がった……繋がったよ、門が!!」
 叫ぶ終里。と同時に、眩い純白の光が溢れ出す。
 そのまま地面を走り、大蛇を囲む。
 その漆黒の巨体は、白いヴェールに覆われたかのよう。
 大蛇は、首を振り回し、光をなぎ払おうとする。
 しかし、まるでそこに壁でもあるかのように、ガツンとぶつかる。
 「離れるぞ! 五方向から、やつを囲むんだ!!」
 秋綺の声に従い、冬雪たちは地面に降り立つ。


 「渡辺、まずはお前だ!!」
 「はい!!」
 春花は、オーヌサステッキに意識を集中する。 いつも一人で、光を求めていた自分。深い闇の中に飛び込み、夏月は自分の手を引いてくれた。そして、今度は冬雪と秋綺が。その恩を返してもいないうちに、倒れたくない。
 春花の体を、光が覆っていく。オーヌサステッキを振り上げ、夏月に向かってそれを放る。
 「夏月ちゃん!」


 夏月は光を、同じくステッキで受け取る。
 決して自分は人に弱みを見せなかった。じゃないと、冬雪を守れないと思っていたから。自分なんて強くない。冬雪が……いや、今はみんながいるからがんばれるんだ。
 「終里!」


 光を受け継ぎ、終里は周りに目をはせる。
 友達。そんなの、お互いの傷を舐めあってるだけのもの。そう自分に言い聞かせていた。だけど、本当は光を怖れていただけ。もう光を手放せない。三四郎と出会った、あの日から。
 「卜部先輩!」


 秋綺は、片手でそれを受ける。
 最初、冬雪たちが気に食わなかった。ベタベタして、なにが楽しいのか。群れるなんて、面倒くさいだけ。だけど、いつからだろう。冬雪たちから、離れたくないと思い始めたのは。今だけは、素直になろう。
 「頼んだぜ……碓氷!!」


 四人分の想いが、冬雪の手に圧し掛かる。
 今まで、ずっと嫌いだった。弱虫で、優柔不断で、頼りない自分が。何度変えようとしても、結局は直せない。今なら言える、メイデンズでよかったと。夏月だけじゃない。みんながいると、わかったから。
 冬雪は、スゥッと目を開ける。途端に、光は空へと駆け抜ける。冬雪の手には、天を突くほどの剣が。

 ――だから、負けられない。
 ――僕はみんなと……ずっと一緒にいたい。
 ――たとえ、世界中を敵に回したとしても、怖くなんかない。
 ――この六人なら。

 「木火土金水!! 闇を照らせ『アメノハバキリ』!!!」

 巨大な剣が、大蛇に向けて、勢いよく振り下ろされる。
 縦一閃。
 ズンッという鋭い音が響き、大蛇は真っ二つに。

 オォォォォォォォォォォォォンン……

 天高く、大蛇は吼える。
 その悲痛な鳴き声すらも、閃光は包み込む。
 まるで、溶けるかのように、薄れる輪郭。
 大蛇は、その身を激しく蛇行させながら、ズブズブと闇の中へ沈んでいく。

 光は、まもなく消える。それと同時に、辺りは風の音一つない静寂へ。まるで、最初から何もなかったかのよう。
 「ハァ……ハァ……」
 冬雪は、荒い息を吐く。ただ、大蛇の消えた一点だけを見つめる。まだ、緊張が解けない。あれだけの敵が、消えたなんて。だが、復活しそうな気配はない。ただ、濃紺の薄闇だけが、静かに降り注ぐのみ。
 冬雪の体が、どんどん軽くなっていく。まるで、先ほどの光が体を駆け巡るよう。

 ――勝った……勝てたんだ!!

 冬雪は、頭の中で何度も繰り返す。今の冬雪の胸は、これまでにない達成感で一杯。辛かった戦いを、自分たちの手で終わらせることができた。冬雪には、それがなによりも誇らしい。
 「冬雪ぃ!!」
 夏月は冬雪に駆け寄り、その両手をとる。
 「やったね……本当に、勝てたんだね」
 感激の声を上げ、飛び跳ねる夏月。肩をすくめ、秋綺は得意げに笑う。
 「はぁ? 勝てて当たり前だろ。だって、俺たちだぜ」
 「くすくす、自画自賛?」
 「いえいえ、間違いなくみなさんの力です! ホーリーメイデンズ万歳!」
 「あれ、三四郎さんいたんですか?」
 「ひどっ!!」
 ふっと、冬雪は空に目を移す。東の空が、うっすらと白み始めている。もう、時間は暁。細やかな橙色をした光の中、夏月たちの顔はどれも燃えるよう。それを満足げに眺めながら、冬雪は、いつまでもいつまでも立ち尽くしていた。


 その光景を、物陰から見ている人物がいる。口元には、相変わらず品のない笑みが浮かんでいる。新聞記者の山川だ。
 「いやぁ、やったねあいつら。お母さんとしては、鼻が高いんじゃないの?」
 頭をポリポリと掻きながら、山川はこちらに目を向ける。やはり、見つかっていたらしい。
 電柱の影から姿を現す、冬雪の母「深雪」。長い髪を一つに束ねており、どことなく冬雪に似た顔立ちをしている。
 「あはは! 山ちゃん久しぶり! 全然変わってないね、私が中学生だった時と」
 「盗み聞きっていうのは、よくないんじゃない? ああ、皐月ちゃん元気?」
 「やだもう! たまたま通りかかっただけだってばあ! ちなみに、皐月は元気だよ!」
 笑顔を取り交わす二人。しかし、深雪の表情は、どことなくひきつっている。
 「まあ、勝ててよかったな。どうだい、この後映画でも見に行かないか? 確か、今ならGFWRかTRADING FIGHTがやってるはずだな。昔敵だった仲だし、いいだろ?」
 ふっと、深雪は口元を歪める。
 「昔? 今でもあんたは、ボクの敵だよ」
 山川はコートを翻し、歩き出す。やはり、何年経っても、この男は油断ができない。



 数日後の黄昏時。
 「夏月、できたよ」
 小川のせせらぎのような声が響き、玄関の戸が開く。
 「夏月に合わせてみたんだけど……どうかな?」
 扉から出てきたのは、浴衣に身を包んだ少女。藍色の生地に、薄紅色の朝顔が咲き乱れている。蒼みがかった、艶やかな髪は一つに束ねられ、ふわりと風にそよぐ。
 「うわぁ! 冬雪、似合ってるよ!」
 「そ、そうかなあ……」
 はにかみながら、もじもじと広い袖を擦り合わせる冬雪。側にいる夏月の浴衣も同じもの。こうして見ていると、まるで双子のよう。
 「んじゃ、行こうか! 春花たち、待ってるし」
 「だね!」
 カラッコロッと下駄の音が軽やかに響く。そのまま二人は、神社の方へ歩みを進める。

 穏やかな夕陽が、辺りを優しく包み込んでいる。それは、あの日見た暁のよう。
 影を落とし、静かにたたずむ家々。空を横切るカラス。時々聞こえてくる、豆腐屋の笛の音。それらを見守りながら、茜色の雲は、ゆっくりと流れる。

 「ねえ、男の子の感覚……まだ戻らないの?」
 「うん、まだちょっと」
 「そっか……」
 沈黙する二人。塀に映し出された影は、細く長い。
 こっくりによるダメージは、冬雪に爪痕を残している。記憶は戻ったものの、男だった時の波長をうまくつかみとれない。だから、未だに女の子のまま。いつ戻れるかなんて、わからない。
 「もしかしたらさあ、運命だったのかもしれないね。ほら、あんた昔から女の子っぽかったじゃん。今の方が……ずっと似合ってる」
 もうすぐ、神社に着く。そこで、夏月はピタッと歩みを止める。
 「ねえ……別にいいんだよ、あたしに遠慮しなくても。普通に男の子と恋愛して、結婚して、子ども生んでさ。案外、あたしとあんたって、いい女友達に」
 「なぁに水臭いこと言ってるのさ! ……って、僕が夏月なら言うね」
 冬雪は、にっこりと微笑みかける。
 「言ったでしょ? 僕が好きなのは、世界でたった一人だって」
 そう、これは変わらない。たとえ、一生女の子のままだったとしても、自分は夏月が好き。そして、自分たち六人の絆も。
 「夏月ちゃ~ん! 冬雪ちゃ~ん!」
 遠くで、四つの影が手を振っている。大分、待たせてしまった。
 「夏月!」
 冬雪は、そのミゾレのように白い手を差し出す。顔をほころばせながら、夏月はそれを握り締める。つながれた手と手。そこから微かな温もりが伝わってくる。二人はブランコのようにそれを揺らし、春花たちの方へ駆け寄る。
 「ごめ――ん! ちょっと手間かかっちゃって」
 「何分遅刻してるんだよ、まったく。これだから女は……」
 「くすくす、今の卜部先輩だって女じゃない」
 「まあ、大目に見てあげましょうよ」
 「ですね! さあ、行きましょう」
 明るい声を響かせる六人。低い日差しの中、まるで影絵のようにその姿は揺らめいていた。



 恨み、妬み、妄執、怯え、そして、噂。

 人は光を見失い、時にはそれらに惑わされるだろう。

 闇を一人で彷徨うこともあるだろう。

 だけど、周りを見て欲しい。

 きっと、そこには誰かがいるはずだから。

 明けない夜なんて、決してない。

 手を繋ぎあい、僕たちは……明日へ。


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最終更新:2007年03月20日 20:14