「反応ありました! やはりここです!」
艦内の巨大なスクリーンに投影されたあるポイントに、光がともる。
女性隊員は、そのポイントに手元のパネルと照らし合わせながら、なにやら書き込んでいく。それを脇で見ていた白衣の女性が、
「あれぇ? ここって、ウチの近所じゃん。なに、どゆこと?」
不思議そうにではなく、答えさせるのが目的のように女性が言う。やや呆れと疑心を抱きながら、隊長は答える。
「・・・・・・さっきの説明で聞いていたでしょう。そうです、今回の任務はこの桜ヶ丘で起こる事象の調査ですよ。あきらかに外からの干渉です。干渉者が関わっていないかを調べるのが、我々の任務です。・・・・・・満足ですか?」
白衣の女性はにやにやしながら、
「まぁね。で、見事に巻き込まれた、あの二人はどーなんの?」
そう言った。
 「え?」
 操作をしていた女性隊員が驚きの声をあげる。
 「巻き込まれた二人・・・・・・どういうことです?」
 白衣の女性はそれには答えず、小さく
(あの暇人どもが・・・・・・好きなことばっかりしやがって・・・・・・)
 と毒づいた。
 別のパネルに向かっていた男性隊員は白衣の女性の言葉に驚いていたが、自分の目でも確認する。そして報告。
 「・・・・・・確かに、巻き込まれています。この世界の子供と見られる人間が・・・・・・二人・・・・・・。」
 「なんですって!?」
 「そうか。」
 驚いていた女性隊員と対照的に、隊長の声は落ち着いたものだった。白衣の女性は、「で?」と、そんな隊長に問いかける。
 隊長は答えた。
 「我々の今回の任務は、あくまでも調査をすることです。我々が干渉することはできません。ですので、二人の身に何が起きているか。それを調べることはしても、あくまで観察です。手を出すことはしません。」
 きっぱりと言い切った隊長に、白衣の女性が拍手を送る。
 「へぇ、言うもんだね。アイツが聞いたら喜ぶよ。まぁ、それはいいや。どーせあんたらのすることだし・・・・・・。んじゃあ、あたしが何しても、文句は言わないんだよね?」
 にっこりと笑うと、艦内の人間全てに語りかけた。誰も何も言わない。言えない。
 「じゃあ、そういうことで。またくるから、じゃね。」
 と言って、あるはずの無い場所にあるドアを開けると出て行った。閉じられたドアは、どこにも無かった。
 場が凍りつく。
 それを打ち砕いたのは、隊長だった。
 「やっと帰ってくれたか・・・・・・参ったなほんとに。」
 心底安心したセリフで、緊張を解く。
 それを聞いて、女性隊員と男性隊員もほっと息をつく。
 「ホントですよ、いつ帰るのかとヒヤヒヤしてました。」
 「えぇ、全くです。こんな緊張した職場、今までありませんでしたよ。」
 二人はほがらかに笑い、力を抜いた。
 隊長も艦長席で姿勢を崩す。
 「しっかし・・・・・・あんなこと言われたら、ああ言うしかないだろうに・・・・・・。」
 男性隊員が、
 「あぁ、あの『手を出さない』ってヤツですか?」
 尋ねる。
 「そうだよ。確かにある程度観察するけど、何とかなるならできることはするけどなぁ・・・・・。ああ言われちゃしょうがない。」
 「だよねぇ、うんうん。本音はそうだと思ったよ、それでこそ『管理局』だよね。いつから監察局、もとい観察局になったのかと思ったよ。」
 この中の誰かの声ではない。全員が固まる。天井に開いた窓から、先ほどの女性が見下ろしていた・・・・・・あるいは見上げていた。
 「ところでそこのキミ、そんなに緊張しなくてもいいのに。もっと気楽にいこうよ。」
 突然振られた男性隊員は、参観日に頼んでないのに来た親の前で先生に当てられた子供のように緊張しまくって、
 「わ、私ですか!?」
 あわてた。
 「そうキミキミ、ダメだよそんなんじゃ。そんなんじゃ、いつか偉い人に会ったとき、胃に穴あいちゃうよ。そこの艦長さんくらいがちょうどいいのさ。」
 「は・・・・・・はぁ。」
 艦長じゃなくて隊長だよ、とはとても突っ込めなかった。
 「いやー、いつもの管理局でよかったよ。じゃ、アイツに伝えといて。『あたしがやっとくから、心配すんなって。』じゃ、もう来ないから。ばいばい。」
 窓が閉まって、無くなった。
 「・・・・・・ホント、参ったよ。全く。」
 隊長が言ったが、二人は動けなかった。
 「アイツって、もしかして・・・・・・」
 『空間管理局局長』のことだろう、思ってはいても、誰も口には出さなかった。
 しばしの静寂。
 男性隊員が、やっと口を開いた。
 「隊長。」
 「なんだ。」
 「あの人よりも偉い人っているんですか?」
 「たぶんいないよ。」
 正直に答えた。
 「隊長。」
 女性隊員も、やっと口を開いた。
 「我々の任務はどうなるんでしょうか。」
 「あの人が『やっとく』そうだから、我々は本当の本当に見てるだけ。になりそうだ。」
 「そうですか。」
 沈黙。
 「ただ、」
 隊長が言った。 「もし何かできることがあるなら・・・・・・やるかもな。」


 「うーん・・・・・・ここは?」
 西に沈みかけ、頭だけを出している眩しい夕日の光に目を覚ますとそこは、公園の樹の下だった。
 海は身を起こすと、そのことに気がついた。
 「そうだ、わたし・・・・・・確か空くんに勧められて樹の下で眠って・・・・・・って、そうだ、空くん!」
 ばっと、隣を見る。空はまだ眠っていた。
 「空くん、起きて!」
 さっき初めて会った年下の男の子と、会って一時間もしないうちに一緒に寝て、で、起こすことになる。そんなうれし恥ずかし展開すら完全に無視して、ゆさゆさと起こした。
 「う・・・・・・んー・・・・・・。」
 「よかった! 気がついた?」
 海は慌てていたが、ほっと安心した。空はさして気にも留めず、あぁおはようございます。と言う。そして、いつもそこで眠って起きたときにはそうするように、腕時計を見た。
 「んーと・・・・・・えぇ!?」
 空の顔色が変わる。
 「ど・・・・・・どうしたの?」
 海も空の反応を見て驚く。
 「いつもは10分くらいしか寝ないのに・・・・・・1時間以上寝てたみたいです、ぼくら。」
 空が冷や汗を垂らしながら言った。だが、海はなんだそんなことか、と胸をなでおろす・・・・・・。
 「・・・・・・って、へ? 今なんていった?」
 海があることに気がついて、空の頭を両手で引き寄せる。
 「わっ!」
 「ねぇ、今なんて言ったの!?」
 海の剣幕にびびりながら、空は答える。
 「え・・・・・・ええと、だから、いつも寝るときは10分程度なんですけど、今は1時間以上も・・・・・・」
 「い・・・・・・1時間って、なにぃ――――! こんなことしてる場合じゃ無い! やばい、もう行っちゃったかも『びっくりたこ焼き』!」
 海は叫ぶと、カバンを引っつかむと樹の下を出て、駆け出した。空はただぽかん、と見ていた。
 「んに――・・・・・・そうだ!」
 海は急ブレーキをかけると、くるりと引き返し、樹の下で自分を見ていた空の手をつかんだ。
 「一緒に来て!」
 がしっ、と右手を握られて、空は驚く。
 「わ!」
 お構いなくグイっと引っ張って、聞いた。
 「カバン持った?」
 空は何も持ってはいなかった。根元に置いてあるカバンを拾う。
 「あ。・・・・・・あぁ、はい。持ちました。」
 「よーし、じゃあ行こう!」
 空の手を握ると、海はいくぶんかスピードを落とし、走り出した。
 「うわぁ、勇貴さん、早すぎますよ!」
 「え? ・・・・・・そう?」
 空は半ば引きずられる形で走っていた。海は、そうだ・・・・・・と考えると、言った。
 「勇貴じゃなくて、海って言ったらペース落としてあげる。」
 「はい?」
 空は突然の提案に驚いて、間の抜けた声をあげる。
 「うみ。わたしの名前。」
 海はさっき言ったじゃん、と空の顔を見て半眼でうめく。
 「なんでですか?」
 なんとはなしに、空が言った。
 「なに? ヤなの?」
 「別にイヤでは無いですけど・・・・・・。じゃあ、海さん。」
 はにかみながら言う空に、悶えるのを堪えながら、海は、
 「なんだかまだ、硬いなぁ。ま、いっか。じゃあこのくらいで。」
 海はペースを落とすと、どぅ?と聞いて、
 「まだ速いです。ていうか歩きたいです。」
 それはダメ。と即答した。
 空は大体、どこに連れて行こうとしてるんですか? とぜいぜい言いながらたずねる。
 「んーとねー、いいとこ。確か遊具広場の通りだから、そろそろかな。」
 海の言った、遊具広場が見えてきた。友達の翔太君が言うには、この辺りに『びっくりたこ焼き』の屋台があるらしい。
 「・・・・・・ん?」
 子供の影もほとんど見えなくなった遊具の陰から、見えた!
 「あったー!」
 「うわぁ――――!」
 海の叫びと、全力で走り出した海に引きずられる空の絶叫が、夕暮れの公園にこだました。

 海は自分で払うという空を、わたしの償いを受け取らないのかー! と納得させ、時間ギリギリ間に合ったびっくりたこ焼き(8個入り100円2つで200円)を仲良く食べた。空と海はそれぞれもう一つづつ買って、お土産にした。
 帰り道。二人は公園の中心、あの大きな桜の樹の手前にある並木道へと戻る。二人の住む場所は、それぞれ反対方向。そのため、どちらともなくそこへ歩いた。夕焼けは燃えるように真っ赤で、二人の影法師を長く大きく地面に映し出した。
 沈みゆく夕焼けの光を見て、そういえば、と空がつぶやく。
 「なんだかんだですっかり忘れてましたけど、ぼくらが眠る前に・・・・・・」
 「うん」
 海が相づちをいれる。
 「何だかものすごい光があったような・・・・・・」
 空がなんだかあいまいなようで、でも確かにあったことを海に言った。
 海は、あったあった、と返し、続けた。
 「あと、変なあまい匂いもした。わたしは空くんが、あそこで眠るときは不思議な感じがするっていうから、あれもそうなのかな、と思っちゃった。」
 「まさか!」
 空は即座に否定した。
 「あんなんじゃ落ち着いて眠れるわけありませんよ。大体、寝ておきたのにすっきりしてなかったし、海さんに起こされるまで1時間近く眠ってましたしね・・・・・・本当に何がなんだかさっぱりです。あの光、本当になんだったんでしょう。あの匂いも。」
 空はなんだかよくわからない、あの樹の下での睡眠の持論を唱える。海はちょっと気圧された。なんだか妙な迫力があったのだ。
 「さ、さぁ。わからないものはしょうがないんじゃないかな。・・・・・・あっ。それじゃあ、この辺で。」
 並木道のほどよいところについて、二人は別れることになる。
 「出会い方はなかなか刺激的だったけど、面白かったよ。よかったらまた遊ぼうね! 空くん。」
 「えぇ、今度会う時には普通に会いましょう。」
 「はは、それじゃまたね! ばいばーい!」
 「ええ、また!」



 こうして二人は出会った。そして、その日眠りにつくまでは特に変わったことは起こらなかった。空と海、二人の身に降りかかった異変は、彼らを結ぶ枷となって、決してお互い離れられない体にしてしまった(なんかやらしく聞こえますよ、若葉さん。ほら、スポーツ新聞の連続小説みたいな感じに)。
 二人に起こる異変は、次の日突然なんの予兆も無く起こるのだった。そう、今日巻かれたネジは、外れた音を奏でるオルゴールを鳴らし始めるのだった・・・・・・。
 二人の長い異常な日常が始まる。



 「あさだよー、はやくおきないと、つぎのひはないかもよー。」
 机の上にあるペンギンが、そう言った。手にはアサルトライフル。頭にはヘルメット。首にはドックタグがぶらさがっている。
 「んー。・・・・・・はぁ、だる。もう朝かぁ。」
 カーテンからもれる明かりが、それを証明していた。ボクは机の上で叫んでいるペンギン二等兵のヘルメットをぽんと叩いた。黙る。
 「はぁー、やっぱり公園の樹の下で寝たほうが、寝起きスッキリだなー。アレ?」
 自分のひとりごとに違和感を覚えた。
 「なんか今日はやたら声高いな。」
 そんなことを言いながらベットからおりると、パジャマの下の裾を引きずりながら歩いた。おかしいな? 今までピッタリだったのに。
 まぁいいや、ボクはとりあえずきっと誰もが朝起きてすること、トイレへ向かった。
 「ふぁー、・・・・・・はぁ。」
 自分の部屋の扉を開け、廊下へと出る。ボクの部屋は2階にあるので、階段を下りた。途中、姉さんとすれ違って、あいさつをする。
 「おはよう、姉さん。」
 姉さんは階段を上りながら笑顔で返した。
 「おはよう。あれ? ・・・・・・なんだかずいぶん声が高いような。風邪?」
 「風邪で声が高くなるもんなの?」
 「さぁ? ・・・・・・それに、なんかいつにも増して背が低くない?」
 そういう姉さんはボクより一段下に立っていて、それでちょうど頭が揃っている。
 ボクは少しムッとして、
 「何それ? ボクはまだ1年生だし、姉さんは3年生だし。それに姉さんは女子にしても背が高すぎるんだよ。」
 そう、姉さんは背が高い。ついでにプロポーションも抜群。おまけに美人で性格もよくて成績もいい。なんか天に二物も三物も与えられたような人間だ。
 ボクは口をとがらせて背伸びをした。
 「・・・・・・いや、そーゆうことじゃないんだけど。ていうか・・・・・・いつにも増して女の子っぽいというか、かわいらしいというか・・・・・・ま、いいよ。じゃあ後でね。」
 首を傾げてボクを上から下まで眺める。そしてボクの横を通って、あっという間にボクの背を越す。階段を昇りきって、自分の部屋に入っていった。
 「・・・・・・。はぁ、行こう。・・・・・・ホントに低いのかな・・・・・・まさか縮んだとか。」
 ボクは自分が引きずっているパジャマの裾を見ながら、トイレに向かった。
 階段を下りてトイレのドアを開け、閉めて鍵をかけると、便座を上げてパジャマの下をおろす。・・・・・・で、
 「・・・・・・?」
 あれ? なんか・・・・・・あれ? なんか違うよ? なんかその・・・・・・無いよ?
 「んな・・・・・・な・・・・・・」


 「なんじゃこりゃ――!」
 わたしはトイレで絶叫した。
 「へ? へ? なに? なんなのコレ?」
 その声も普段よりややハスキーだ。それより何より・・・・・・
 「コ・・・・・・コレはいったい・・・・・・」
 むぎゅ
 「あはん・・・・・・じゃね――! ・・・・・・え? なにコレ・・・・・・わ! はわわわ・・・・・・な、ちょっとヤバイって!」
 (こと細かに書いたらなんかにひっかかりそーなんで割愛。)
 数分後。
 「はぁ――・・・・・・」
 爽やかな朝からげんなりした顔で、トイレから出る。
 「もぉ・・・・・・なにがなんだか・・・・・・あ?」
 トイレの前に父が立っていた。
 「どったの?」
 わたしがたずねると、父は特に顔色も変えず、
 「朝から騒がしいヤツだよ、まぁ14年か・・・・・・いいかげん慣れたけどな・・・・・・。」
 「なにそれ! いっつも騒がしいみたいじゃない!」
 「そう言ってるんだよ。」
 あっさりと言い返す父。と、わたしはあることに気づく。
 「・・・・・・あれ? もしかして今のも聞こえてた?」
 ヤバイ・・・・・・なんか変なこと聞かれてたかも・・・・・・
 「よくもまぁ一人でにぎやかなのは結構だけどな、とりあえずはやくどけ、会社に遅れる。」
 「あ、ゴメン。」
 よかった、別になんか変なことを聞かれたわけじゃなかったんだ。
 トイレに入る父を見ながら、ほっと胸をなでおろす。
 「それにしても・・・・・・何でこんなことに・・・・・・ん?」
 自分の胸に当てた手が、平らな胸をすべった。
 「あ・・・・・・れ? こりわいったい?」
 ペタペタと右と左の手で確認。
 ない。
 ない。たしかにない。いや、もともと大してあったわけじゃないけど、発展途上のわたしの小山が・・・・・・ない! つかその代わりというか、下にはなんかあるし!
 わたしは呆然と自分の胸を手で触りながら、つぶやいた。
 「ない・・・・・・ペタペタだぁ・・・・・・」


 「ぷにゅぷにゅだ・・・・・・」
 ボクはベッドの上で小さく膨らんだムネに触ってみた。
 「あン・・・・・・」
 と、自分でも恥ずかしくなるような声をあげて、まっかになった。
 「・・・・・・うわ、やば・・・・・・。はぁ、しかし、なんでこんなことに?」
 ボクはトイレで自分が13年間慣れ親しんできたモノを失ったことを知った。まぁ、なんだかんだで用は足せましたよ。便座に座って。途中なんだか泣きたくなったよ。
 「なんかの病気かな・・・・・・というか、漫画じゃあるまいし・・・・・・。」
 そう、漫画じゃあるまいし、こんなことはあるわけがない。でも、実際になんか無くなってるし、ムネがぷにゅぷにゅになってるし、声は高くなってるし、背とか小さくなってる。これじゃまるで・・・・・・
 「・・・・・・女の子になったような・・・・・・」
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「あぁあ、ヤバイなー。早く起きないとさすがに遅刻だよコレ。そうそう、今日も高島先生の世にも奇妙な格好をみなきゃなんないし、早く起きよう。うん。」
 そうだ、夢に決まってる。だって、ありえないもん。こんなことは。ボクはとりあえずほっぺたをつねった。痛い。
 ・・・・・・痛かったけど、コレはなんか違う痛みだ。そう、なんていうか・・・・・・アレだ、つねったら痛いと思ったから痛かったわけで、実際には痛くないんだ。だから、現実じゃないんだ! さあ、早く夢から覚めなきゃ! ボクはグーを作ると、それなりの力で顔を殴った。
 「へぶんっ」
 それなりに痛い。
 ・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「コラー!」
 「わ!」
 ばん! っとドアを開けて、制服姿の姉さんがボクの部屋に入ってきた。
 「なぁにモタモタしてるの! 早くごはん食べないと遅刻しちゃうよ? まだ着替えてないし・・・・・・」
 「え? でもコレは夢・・・・・・」
 「何バカな事言ってるの! ほら、急いで着替えて、顔を洗ってあさごはん食べに来なさいよ?」
 そう言って、姉さんは部屋から出て行った。
 「・・・・・・夢じゃない。」
 ボクは半ば放心状態でつぶやくと、呆然とベッドに倒れこんだ。


 「おかわり!」
 「食べ過ぎるとまた太るから、ここまでにしときなさい? 海。」
 「またって、いつ誰が太ったっての!?」
 わたしは言いながら自分でおかわりのごはんをよそった。
 あのあと部屋に戻って着替えた。で、気づいたこと。制服が小さい。と言うか、少し身体が大きくなってた。でも、ここまできたらもうどんな馬鹿だって気づくでしょ。
 男になってる。認めたくは無いけどね。
 声もややハスキーになってるし、身体も大きくなってるし、わたしの大切なおっぱいが無くなってるし。それよりなにより、スカートの中の下着の中に異物が! ものすごく違和感を感じる。どうやら、女物の下着にはコイツは対応できないみたいだ。
 「なんでもぐもぐこんなごくごくことにむぐむぐごっくん。」
 「こら! 口の中にもの入れてるときにしゃべるんじゃない! お父さんも言って下さい。」
 「お前はホントに女らしくないな。」
 「ぶふっ!」
 なんてタイムリーな! 思わず味噌汁噴いちゃった。
 「わ! 汚い! もぅあんたという子は! とっとと食べて学校行きなさい。」
 「はぁい。」


 「・・・・・・と言う訳です。隊長、今度は聞いてました?」
 女性隊員が尋ねる。正面の艦長席を見ると、手すりに肩肘をついて思案顔の隊長がいる。
 「・・・・・・ふうん、そうか・・・・・・。」
 ふうん、を下げ気味のアクセントでつぶやいて、隊長はまた何か深い考え事があるように、遠くを見る目をした。
 「で、あの2人の性別が入れ替わってしまったと。」
 女性隊員が答える。
 「はい。やはりあの光が原因のようです。」
 「あの光については何かわかっているのかい?」
 これには男性隊員が答えた。
 「いいえ。詳しいことは何も。ただ、あの謎の光が降りそそいだのと同じ頃、高濃度の催眠性ガスを観測しました。」
 「催眠性のガス・・・・・・どんなものだ。」
 「はい。観測されたのは、短時間深い眠りを催す、後遺症や副作用の無いもので、現在のこの次元ではまだ技術的には作りえないものです。医療目的で利用されるようなシロモノではなく、ましてや屋外での軍事的目的で使用するなど不可能です。」
 男性隊員がそのガスの成分を、小型のウィンドウ表示にして隊長へ渡す。隊長は目を通すと、なるほど・・・・・・と納得したように呟いた。ちなみになるほどの後には、さっぱりわからんと繋がる。が、とりあえずそれでわかったことを口にした。
 「つまり、こことは別の次元の・・・・・・干渉者の仕業と見て間違いないな。」
 艦内に緊張が走る。
 「恐らくは、いえ確実かと・・・・・・。」
 女性隊員がターコイズの瞳に確信を浮かばせながら、答えた。
 「やはりな、動いたか。よし、これからの動きも見逃すな。この次元の子供たちに変化が見られたからには、奴等の目的もそこにあるのかも知れん。あの子たちを最優先監視対照とする。異論は無いな?」
 「はっ。」
 「はい。」
 2人の隊員は同意する。
 「しかし・・・・・・。わからん。」
 そこまで真面目そうに話をしていた隊長がぼやく。男性隊員が、何がですか? と尋ねると、
 「あいつらの目的さ。わざわざ目立つ、あの人のいる世界でこんなことをするなんて。しかも我々にわざわざ情報をリークするような事をして、だ。全く・・・・・・。」
 隊長は、ふぅ・・・・・・と息を吐いた。そして続けた。
 「ついでにあの人もな。まさか艦内にまで入ってくるとは思わなかったが。・・・・・・あの人こそ本当に何を考えているのかわかんないよ。名医ファウストとメフィスト、ね。」


 「だ、そーなんだ。面白いことになってるみたいよ? どーする?」
 白衣を着た女性は、コーヒーの缶を手で弄びながら言った。机に向かってカルテの整理をしている、キャラメル色の縁の眼鏡に白衣の男性に向かってである。
 「全く・・・・・・意地悪ですねぇ。そう言われましても、私はこれからしばらく学会だというのに。そんなことを聞くんですか? 若葉さん。」
 男性はそう言って、後ろを振り向いた。視線の先には若葉と呼ばれた白衣の女性が立っている。そこから視線を横にずらすと、大きなトランク一つに、壁にかかった茶色いコート。
 「んじゃ、今回のことはどーすんの? ほっとく?」
 若葉はニヤニヤしながら、プシュっと缶を開けて飲む。男性はかぶりを振って、言った。
 「まさか。管理局が動いていることは知ってましたが、その原因があの『箱舟』の方々の暇つぶしだとは思いませんでしたからね。何をするかわかりませんから、とりあえず様子を見ておいてください。」
 男性はそう言うと、机の上のカルテをファイルに分類して、しまった。
 「りょーかい。まかしといて!」
 若葉はコーヒーを飲み干すと、ウィンクしてグイっと親指を突き出した。男性は苦笑いする。
 「・・・・・・心配ですね。くれぐれもおかしなまねをしないようにして下さいよ?」
 「おかしなまねって? そんなことするはずないじゃーん。それよりも、学会頑張ってね? オミヤゲ待ってるよ、ファウストせんせ!」
 男性――ファウストは、やれやれ、と首をすくめる。
 「それじゃあ行ってきます。」
 ファウストは白衣を脱いだ。代わりにコートを着てトランクを持つ。そして、何も無い空間からドアノブを回して、ドアを開けた。
 「行ってらっしゃーい。」
 若葉はそう言って手を振った。ファウストはまた苦笑して、ドアの中へ。ドアは閉まると、そこには何も無い。診察室の中に残されたのは、若葉だけになった。
 「・・・・・・行ってらっしゃい・・・・・・。さて、と。」
 若葉はにやりと笑むと、
 「まずはどうしよっかなーん。」
 と言って、缶を口に運んだ。そして、からっぽだということを思い出して、外の自販機に買いに行った。


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最終更新:2007年04月02日 13:17