旭中学校。ここは、旭川の中学校でも、古い部類に入る。なんでも、戦前から立っていたとか。廊下は、埃がこびりつき、くすんでいる。乱雑にプリントの貼られた掲示板は、穴だらけ。校舎の壁は、クリーム色のペンキがはがれ、灰色のコンクリートが露出している。
 そのような伝統を校舎に刻み込んだ旭中学校だが、生徒はちらほらとしか見えない。社会全体を悩ませている少子化が、この学校を見逃さなかったためだ。年々生徒数は減ってきており、近くの中学と合併する話も挙がっている。
 そんな事情もなんのその。教室内で戯れあう生徒達は、「我関せず」といった表情で、今日も元気に遊んでいる。


 「おはよーございますっ!! みなさんっ!!」
 三年一組教室に、ほがらかな少年の声が響く。と共に、冬雪達の前に、学ランを着た、スポーツ刈の少年が姿を現す。ひょろっと背が高い彼の名は、「桃ノ木三四郎」。朝、夢の中で冬雪を襲った張本人。
 「おはようございます、三四郎さん」
 「あんた……朝からテンションフルアクセルだねぇ……」
 にこやかな笑みを浮かべ、春花は挨拶を返す。対照的に、夏月はげんなりした視線を三四郎にプレゼントする。テンションの高さでは、夏月もひけをとらないが。
 「あっはっは、それだけが取り柄ですからね!」
 「あっはっは、よくわかってるじゃんあんた!」
 腰に手を当て、カラカラと笑う三四郎。机に頬杖をつき、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる夏月。ここまでは、いつものやり取り。

 ――しかし

 「あ、そういえば冬雪君!」

 ――三四郎の次の一言が、冬雪達を非日常へと誘う。

 「昨日、旭山動物園にいませんでしたか?」

 朝見た夢のことでずぅっと視線をそらしていた冬雪は、ここで初めて三四郎に目を向ける。
 「僕が……旭山動物園に?」
 それはない。だって昨日は、母「深雪」とデパートで買い物をしていたから。地下の食品売り場へ直行しようとしたところを、深雪に襟首を掴まれ、そのまま着せ替え人形に――――
 もしかして、朝の夢は、その時の影響かも。
 「そりゃないって。冬雪が動物園なんかに行く時は、絶対あたし誘うもん」
 冬雪が口を開く前に、夏月は三四郎の言葉を否定する。
 「ていうか、桃ノ木。休日をたった一人で動物園って……寂しいヤツだなお前も」
 「きっとあれですよ。三四郎さんは、檻の中に手頃な交際相手がいないか調べていたんです♪」
 秋綺と春花は、言いたい放題三四郎をけなす。冬雪は、思わず苦笑する。いくら本当のことでも、言っていい事と悪い事がある。
 三四郎は、両拳を上下にブンと振り、夏月達の言葉を否定する。
 「い・い・えっ! 確かに冬雪君でした! しかも、僕は一人で動物園なんかに行ったりしません! 終里ちゃんと二人で行ったんですよ! だから、終里ちゃんも冬雪君の姿を見ているはずですッ!!」
 顔を真っ赤にし、三四郎は、きっぱりはっきり言い放つ。一人ならともかく、終里がいたというなら本当だろう。バスケ部のマネージャーにして冬雪達の後輩である終里は、しっかり者で、見間違いを起こすような性格ではない。
 ていうか、デートだったのかその日は。まったく、いつの間にそういう仲に……。
 三四郎は、言葉を続ける。
 「動物園で見た女の子が冬雪君でないとすると、そっくりさんということになりますね。――しかし、冬雪君には双子の姉妹なんていないでしょう?」
 冬雪は、こっくりとうなずく。
 「うん、あたしも保障する。冬雪は一人っ子だよ。勿論、生き別れの兄弟やクローン人間なんてのもいない」
 太鼓判を押す夏月の言葉を受け、三四郎は、声のトーンを下げる。
 「――となると、残っている可能性は」
 「アヤカシ、だな」
 先程から壁にもたれかかっている秋綺が、三四郎の言葉尻を奪う。今まで組んでいた腕を解き、顔を上げる。涼やかな瞳には、射るような光が宿っている。
 「俺達『ホーリーメイデンズ』の出番ってわけだ」


 ホーリーメイデンズ……それは、アヤカシを退治する巫女のこと。冬雪に夏月、春花、秋綺、終里はその一員である。
 アヤカシとは、人の感情が実体化した闇の存在。人間を遅い、その恐怖を糧とする。
 メイデンズは、聖獣を自らの体に憑依させ、アヤカシを退治する。だが、その仕事は、女性にしか出来ない。したがって、聖獣に選ばれたのが男であった場合、女へと強制的に性転換してしまう。
 紺地のセーラー服に身を包んでいる冬雪に秋綺、そしてここにはいない終里も、元は男だった。しかし、三人ともそれぞれの事情で、未だに女の子のままである。


 「そうだ。アヤカシといえば、気になる噂が……」
 と、三四郎が口を開いた、その時。

 「――なにをしているの?」

 凍てつくような冷たい声が、冬雪達の耳を突き刺す。声は、背後からのもの。
 振り向けば、眼鏡をかけたひとりの少女が仁王立ちしている。襟足の辺りで束ねた藍色の髪。セーラー服から覗く小鹿のように細く、白い手足。眼鏡の奥に見える釣り目気味の瞳は、氷のように冷たい色彩を放っている。
 三年一組学究委員長「井原氷月(いはらひづき)」。夏月の天敵にして、「肉付きの面」という異名を持つ。

 「ちゃんと、時計見えてる? 八時二十五分――先生が来る、五分前なんだけど。言われなくても、席に着いてなさい」
 「あぁら井原さん? 席を立っているのは、あたしらだけじゃありませんわよ?」
 氷月の注意を受け、夏月はおどけた態度で反論する。しかし、氷月は、眉一つ動かさずに言い放つ。
 「そうよ。私は他の人も注意しなきゃいけないから忙しいの。わかったら、さっさと座ってよ」
 抑揚のない声を残し、氷月は他の生徒を注意しに行く。後に残されたのは、ぷるぷると体を震わせ、頭から湯気を放つ夏月だけ。

 「むっきゃぁあぁぁあああああああっ!!! なんなのよあいつはぁあぁぁあああああ!!!」
 「落ち着け。猿かお前」
 「うっさいわばかぁ!!!」
 秋綺の一言が、夏月の炎にガソリンを注ぐ。しかも、氷月の言うことが正論なだけに、たちが悪い。
 これは、振袖火事並に、しばらく猛威を振るいそう。まったく、なんで夏月は、周りの人間とぶつかることが多いのか。
 今の冬雪の頭は、夏月の機嫌をどうとるかで一杯。アヤカシの話なんて、当の昔に忘れている。

 間もなく、校内にチャイムが鳴り響く。依然、生徒達のざわめきは、鳴り止まない。


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最終更新:2007年04月06日 10:53