かがみちゃんは、桜ヶ丘小学校の1年2組3番の女の子です
本名は鑑 鏡子といいます。画数が多くて、原稿用紙で書くときに作者が嫌がって、『鏡子』の『鏡』でかがみちゃんと呼ばれています。でも、それだとかわいそうなので、みんなが(特に両親が)かわいさを込めて呼んでいるという設定です。
かがみちゃんは、お米屋さんの一人娘です。家族は、かがみちゃん、お父さん、母上、じーちゃん、ばーちゃん、それとお兄ちゃんがいます。お兄ちゃんと言っても、本当のお兄ちゃんじゃなくて、下宿に住んでいるよそのお兄ちゃんです。
今日は学校のお話です。
かがみちゃんは桜ヶ丘小学校の1年生。ピッカピカかどうかは知らないけれど、しんぴんです。
かがみちゃんには、幼稚園から一緒のおともだちがたくさんいました。かがみちゃんはそれは活発な女の子でしたので、幼稚園では人気者でした。
かがみちゃんにはおともだちがたくさんいましたが、となりの席の野乃原 苺ちゃんには、ひっっっっとりも、ただのひとりもおともだちがいませんでした。それこそへびに飲まれた苺のように、クラスに飲まれて影もありませんでした。そこからへび苺という名前が生まれたのでした、なんて話はあるわきゃありません。
それはともかく、苺ちゃんはそんなこんなで、いっつも一人ぼっちでした。
1年生になって、一週間がたったころでした。なんやかんやで、ようやくいろいろが済んで、お勉強が始まったころでした。
かがみちゃんはおともだちと遊んだりしてましたが、となりの席の栗毛にセミロングで、てっぺんにまっかなリボンのおっきな瞳をした、そのシュミのお兄さんが見たならぶっ倒れそうなかわいい女の子が、ずっと一人なのを気にかけていました。
その日ははじめての図工の時間がありました。二人ペアになって、お絵かきという、お試し企画でした。
先生は、熱意あふれる新人の男の先生でしたが、ちょっと思慮が足りませんでした。先生は、誰とでもいいから組みなさいという、おともだちのいない子には限りなく酷な、死の宣告ともとれる、酷い言い方をしました。これの酷さは、味わったことのある人間の、心の中をえぐります。
かがみちゃんは、となりの苺ちゃんがびくっとなって、下を向いてしまったのを見逃しませんでした。
クラスでは小学校低学年特有の、仲良しともだちのペア決めで、おおにぎわい。先生は、自分の言葉に恐怖しました。それでも、幼稚園から一緒だった子の多いこのクラスでは、苺ちゃん以外の子は、みんな知っているようでした。
そんな騒ぎの中、かがみちゃんは苺ちゃんの後ろにすすす・・・・・・と回って、苺ちゃんにしか聞こえない声で言いました。
「ねぇ、あなた。おともだちいないんでしょ?」
「え?」
苺ちゃんはびっくりして、そして顔を赤くして、口を横一文字にしたまま、おおきな瞳に涙を浮かべました。
「ふぇ・・・・・・」
と、さあ泣き虫の本領を発揮しようとした、その瞬間!
かがみちゃんは、すばやくバッと苺ちゃんの口を左手でふさぐと、苺ちゃんの頭を自分のお腹に押しつけ、言いました。
「うごくな・・・・・・。」
ピタリ・・・・・・と、苺ちゃんの首、のど元に、冷たい何かが当てられました。
苺ちゃんはまたまたびっくりして、ふー、ふん、とうなりながら、止まってしまったけれど、まだ涙の浮かぶ目で、押し当てられた何かを見ようとしました。でも、何も見つかりませんでした。
「うごかないで。ねぇ、今わたしがてをうごかしちゃうとね、くびがきれちゃうの。」
かがみちゃんは何かを持って押し当てている手の力をふっと抜いて、スッと横に動かしました。苺ちゃんの首の皮が、軽く裂けました。血は出ていません。
苺ちゃんは蒼くなって、ふるえだしました。
「いい?傷つけたりしないから、きいて?おともだち、いないでしょう?」
かがみちゃんの再びの問いかけに、コクコクコクと、苺ちゃんはうなずきました。
「うん。それじゃ・・・・・・」
かがみちゃんはすばやくスカートの裏に隠したベルトにガラスのナイフをしまうと、苺ちゃんの口から手を離して言いました。
「わたしといっしょにえをかかない?」
「せんせ・・・・・・え?」
今起こったことを、ようやく騒ぎを沈静化した先生に言おうとしていた苺ちゃんは、かがみちゃんの言ったことを理解して、目をぱちくりしました。
かがみちゃんは苺ちゃんの正面に回り、だから、と言って、
「わたしといっしょにえをかこうよ。」
笑顔で言いました。
先生に愛情あふれる指導を受けた子供たちの中で、かがみちゃんを誘おうと思って席を立った男の子数人は、それを見て聞いて、夢破れてかたまりました。
苺ちゃんはまた、え?と言いました。
「イヤなの?」
「え?えっと・・・・・・」
「イヤじゃないの?」
「ええ?その・・・・・・」
「いいんだね?」
「え、えと・・・・・・あの」
にこにこと笑顔のまま、ずい・・・ずずい・・・と顔を近づけるかがみちゃんに、苺ちゃんはただおろおろと、しどろもどろになってしまいました。
「んーじゃーけってい!」
ぽん、と苺ちゃんの肩に手をのせて、
「よろしくね!」
にっこりと笑顔で、かがみちゃんは言いました。
苺ちゃんはおろおろとしていましたが、そんなかがみちゃんを見ているうちに、じょじょに笑顔になって、大きな目を輝かせ、
「う・・・・・・うん、よろしく!」
そう答えました。
「わたし、かがみきょうこ。かがみってよんで。」
かがみちゃんはそう言って、手を差し出しました。
「えと、わたしは・・・・・・ののはらいちご・・・・・・、あ・・・の・・・いちごってよんでくれれば・・・・・・うれしいかな、なんて・・・・・・」
もじもじと言いました。そして、かがみちゃんの手を握りました。
その手を両手で握って、かがみちゃんは言います。
「じゃあ、よろしくね!これでおともだちだだね、のいちごちゃん!」
「お・・・・・・おともだち・・・・・・!って、あれ?」
ぶんぶん、と握手した手をふられながら、のいちごちゃんは言いました。
「かがみちゃん、わたしのいちごじゃなく、ぁの・・・いちご」
「ん?だから、のいちごでしょ?」
「え?だから・・・・・・」
「あ?それじゃ、せんせいにいってくるね!わたしはのいちごちゃんといっしょにえをかきますって。せーんせーい!」
と、先生のところへ行ってしまいました。
「・・・・・・おねがい、はなしをきいて・・・・・・」
もう今度からは言葉を選ぶぞ・・・・・・と、違う意味で反省した先生に、嬉しそうにのいちごちゃんを指さして説明しているかがみちゃんを見ながら、のいちごちゃんは暗い顔でつぶやきました。
でも、それもつかの間で、すぐに顔をほころばせると、初めてのおともだちを眺めて、にこにことしているのでした。
「ただいまー!それじゃ、いっしょにえをかこっか、のいちごちゃん!」
のいちごちゃんの席に戻ってきたかがみちゃんは、そう言いました。
「あ、あのね、かがみちゃん。」
「なぁに、のいちごちゃん。」
自分の目をまっすぐに見て、それはそれはくもりなくはっきりとくっきりとしっかりと「のいちご」と言うかがみちゃんに、のいちごちゃんはなんだか、自分の名前は本当は「苺」じゃなくて「のいちご」なんじゃないかと思っちゃいました。
(・・・・・・・のいちご、でもいっかぁ・・・・・・)
「ううん、なんでもないよ。・・・・・・あ、かがみちゃん、あの・・・・・・」
「ん?なに?」
「その・・・・・・ほんとうに・・・・・・わたしなんかでいいの?」
のいちごちゃんは少しうつむくと、言いました。
かがみちゃんは正面でしゃがむと、のいちごちゃんの顔を見て微笑んで、
「いまさらなにいってんの?おともだちでしょ?」
と言いました。
「自分のかおはかわいすぎて、わたしみたいなヤツにはかかせたくない?それともわたしみたいなぶっさいくはかきたくないっての?」
「そ・・・・・・そんなこと・・・・・・」
「だったら!」
かがみちゃんはがしっ、と右手でのいちごちゃんの頭をつかむとがらごろと回して、
「ごちゃごちゃいわないで、すなおになりなさーい。」
ふぁぅふぃぅと目を回して机に突っ伏したのいちごちゃんに言いました。
うぇ~と起きて、のいちごちゃんはごめんなさ~いと言って、
「でも・・・・・・そんな、わたしはその、かがみちゃんはすごくかわいいとおもってるよ・・・・・・。」
小さな声で言いました。少し顔を赤くして。
「ん?なんていったの?」
「・・・・・・!なんでもないよ!」
「そう?じゃ、はじめましょうか!」
そう言って、かがみちゃんは机を向かい合わせにして、準備を始めました。
「うん!」
そう言ったのいちごちゃんも、笑顔で準備を始めました。
その笑顔を見たかがみちゃんは、
(うわ、やっぱわらうとすっげーかわいいなこのこ。)
と思いました。
こうして、かがみちゃんとのいちごちゃんはおともだちになりました。それから・・・・・・
「はぁー、おわったねぇ。かえろっか、のいちごちゃん。」
「うん、かえろう。かがみちゃん。」
「かえったらなにしてあそぼっか?」
「う~んそうだねぇ・・・・・・。・・・・・・あ、そういえば。」
「ん?どうしたの?」
「ねぇかがみちゃん?かがみちゃんがわたしのおともだちになってくれたひのこと、おぼえてる?」
「うん、もちろんおぼえてるよ。」
「あのとき、わたしのくちをふさいで・・・なにをしたの?」
「・・・・・・え?それは・・・・・・」
(さわがれるとめんどうだから、ガラスのナイフでおどしてだまらせたんだよ。)
「ほら、おともだちがいないとか、しつれいなこといっちゃって、ないちゃいそうだったでしょ?それで、クラスのみんなにみられたら、のいちごちゃんがはずかしいことになっちゃうとおもったの。」
「そうだったんだぁ。ありがとう。」
「いやいや・・・・・・。ふぅ。」
いまでは、ふたりはしんゆうです。
最終更新:2007年04月09日 13:19