大蟹球フォーグラー――主催側、詳しく言えばジョーカー陣営の最終拠点。
そしてカオスの魔窟と化している要塞の中をただ走り抜ける影が二つ。
速筆魔王LXと
衝撃のネコミミスト――共にアニロワ2ndの書き手で投下数1位と2位の猛者である。
二人がこうして急いでいるのはひとえに時間がないからだ。
後2時間で会場を崩壊させる、そう
wiki管理人は放送していた。
条件付きではあったが、おそらくwiki管理人に条件を飲む気はないだろう。
時間はまだあるが、それでも2時間からは減っている。
早く仲間と合流してジョーカーと主催者の打倒を成し遂げるべく二人は薄暗い通路を走っていた。
だがこの二人――いやネコミミストに限れば、もう一つ別の理由で急いでいた。
急ぐと言うよりもこれは若干焦っているという表現の方が正しいのかもしれない。
ネコミミストが焦っている原因、それは魔王が感染したウイルスだった。
人外アドベンチャー~OZbjG1JuJMのウォーゲーム~が死の間際に作動させた「死のデッキ破壊」というウイルスカード。
それは原作の効果こそ無いものの最初に感染した人――つまり魔王を死に至らしめる程の威力は備えていた。
時間が経てば経つほど魔王の死期が近付いてくる。
今走っているこの瞬間にも死神が魔王の命を刈り取ろうとしているのかもしれない。
そう考えただけで無意識の内に焦りが生じるネコミミストであった。
だからこそ彼女の足も自然と速まっていくのだが、当の魔王はそんな事どこ吹く風といった具合のようであった。
「あのー魔王さん。さっきから走りながら何をしているんですか」
「なにって、ネコミミストくんと今度についてあれこれ話しているんじゃないか」
「いえ、そうじゃなくて。あなたの手の中にあるものですよ」
「……ああ、これね。これは爆弾だよ」
確かによく見ると魔王の手の中にあるものは手投げ式の爆弾であった。
そして傍から見ると魔王は死期が迫っている者とは思えないほど、いつも通りの様相だった。
書き手にとって投下する前の推敲は何よりも大切な行為である。
焦って碌に推敲しないで投下すると、後で修正やら矛盾やらが起こる事になる。
それと同じで今焦って迂闊な行動をしても得られるものは少ないだろう。
数々の作品を投下してきた魔王はその事を十分理解していた。
それ故に無闇に焦らずに冷静な行動をしようと心がけているのだ。
「でも、よくそんな事できましたね。それに材料は?」
「別にこれくらい大した事ないよ。技術手袋を使っているから大して労力は使わないしさ。
ああ、材料は首輪だよ。もう要らないから再利用ってところかな」
大蟹球内で仲間と旅の扉の捜索、走行中にもネコミミストとジョーカーや主催者への対処法の相談、さらには爆弾制作。
全部を同時進行させるとは、さすがは速筆魔王LX恐るべし!
この時点で首輪4つを再利用して2つの爆弾が作られていた。
4つから2つなのは内蔵火薬量などを考えた結果、これが最も効率良かったからだ。
残りのメンツにしたら威力としては決定打にはなりそうもなかったが、決定打を生み出す転機にはなり得るだろう。
「……すごいですね、魔王さんは。もし私が魔王さんのようになったら同じように振る舞えているかどうか自信ありません……
私だったら表面では平気な風を装って、心の中では必死に苦しんで耐えているような気がします」
「まあ僕も上辺だけかもしれないよ――ん、あれは?」
二人が通路を抜けると、目の前には湖が広がっていた。
回り回ってnice boatエリアに戻ってきてしまったのかと思ったが、湖上に浮かんでいる船は先程のボートとは比べ物にならない程の豪華客船だった。
二人はもちろんこのエリアに来るのは初めてだがその豪華客船が何であるかは知っていた。
もちろん見た事はなかったが、二人ともこの船が舞台となるSSを書いた事があった。
アニロワ2ndにおいて「希望の船」と称されながら、結果として「絶望の城」と成り果てた――あの船だ。
ちなみに魔王→ネコミミストというリレーで船にいた対主催はビシャス無双の前に最後の希望ガッシュ一人を残して全滅している。
船内に何もない可能性が高いが、それでもまさかの展開かとも思って二人は豪華客船に乗りこんで入った。
しかし一通り探索を終えても旅の扉も仲間も見つからなかった。
最初から可能性は低いと思っていたので二人は当然かと納得していた。
「やっぱり収穫なしか。じゃあ先を……ネコミミストくん?」
「え、あ、はい!? なんですか」
「どうしたんだい。物思いに耽ったような顔をしてさ」
「……ええ、ちょっと『希望の船?絶望の城?』の話を思い出しちゃって……」
「ああ、なるほど。もしかしてその話で死んでいった人とこのロワで死んでいった人でも重ねていたのかい」
「……はい。なんか自分で書いた話だけあって余計になんだか感傷に浸ってしまって……
体はスクライドで出来ている、
幻夜・フォン・ボーツスレー、
派手好き地獄紳士『666』、静かなる ~Chain-情~、他にも……
皆さん、本当に素晴らしい人でした。
だから、死んでいった皆のためにも、私は牙なき人の剣となると誓ったんです」
ネコミミストはここまで多くの人と触れ合い、そして別れを経験してきた。
そんな彼らの努力を無駄にしないためにも改めて最後に向けての覚悟を固めるのだった。
そして全員無事でいる事を心から願うのだった。
とにかくこの船には特に何もないので魔王の言う通り先に進むべきだろう。
ネコミミストとしてもいつまでも感傷には浸っているつもりはなかった。
同じアニロワ2ndの筆頭書き手でもある魔王と共に決意も新たに進もうとした。
「すいません魔王さん。さあ早く皆と――」
だからネコミミストは次の瞬間に起こった出来事を正しく理解できなかった。
目の前にいるのは当然の如く今まで一緒にいた速筆魔王LX。
相変わらず表情を崩さず冷静な雰囲気を漂わせていた。
そしてその手にはすっかりお馴染みとなった斬鉄剣が握られていて――その切っ先は天を向いていた。
その鈍く光る刃にははっきりとした赤が――血がほのかな彩りを与えていた。
斬鉄剣の切っ先に導かれるようにネコミミストが視線をさらに上に向けると、宙を舞う物体が目に飛び込んできた。
それが何か判断するのにネコミミストは若干の時間がかかった。
いや、正しくはこの状況を理解するのに頭が全く追い付いていなかった。
しかしてそれはネコミミストに致命的な隙を生じさせた。
「――ガッ!!」
ネコミミストの頭に生じた一瞬の空白。
その間隙を突いて魔王はネコミミストの腹に鋭い蹴りを入れる。
魔王の蹴りの威力は凄まじくネコミミストは軽く吹き飛ばされてしまった。
元の身体能力とデバイスによる強化を備えた蹴りはネコミミストを受け止めた金属製の壁を盛大にへこませる程の威力であった。
もちろん咄嗟に衝撃波で相殺を図ったが、混乱した状態では効果は薄かった。
「――魔王さんッ! いったい、なんで……」
「常に周りに注意していないとロワでは生き残れないよ。どこに危険な人物が潜んでいるか分からないからね」
魔王の言葉を聞きつつネコミミストはある事に気付いた――右手の感触がない。
恐る恐る右手のあるべき場所に目を遣ると、そこにはあるはずの右手が肘から先の部分にかけて消失していた。
そして再び魔王に目を向けると、彼の手には先程宙を舞っていた物体が握られていた。
それは紛れもなくネコミミストの右手だった。
魔王と斬鉄剣によって繰り出された剣閃はネコミミストに痛覚を与える間もなく仕事を終えていたのだった。
「――えっ!?」
そしてその事はある事を指し示していた。
ネコミミストの格好は白いリボンドレス、実用性と見た目も兼ね備えた優れた代物である。
その防御力はバリアジャケットである事からも優秀なものだ。
そう、この衣装はバリアジャケット――ベルカ式アームドデバイスのクラールヴィントを使用しているので正しくは騎士甲冑ではあるが。
そして余程魔力に長けているものでない限りバリアジャケットの作成はデバイスに依存している。
よって薬指に嵌められていたクラールヴィントが右手と共に魔王の下にあるという事は、つまり――
――12時の鐘と共にシンデレラの魔法のドレスが消え去ったように。
――デバイスの喪失と共にネコミミストの魔法のリボンドレスは消え去っていた。
その事実に気付いたや否や、ネコミミストは速筆魔王をも凌駕する早さで以て近くにあった布で裸身を覆い隠した。
それは船に備え付けられていた予備の帆で彼女の姿を覆うのには十分、というより大き過ぎるものだった。
ひとまず乙女の問題が解決すると、ネコミミストは今の状況をようやく理解する事ができた。
「これは……何の冗談ですか、魔王さん!」
「冗談? 僕は本気だよ、考えてもみなよ。
僕の容姿はアニロワ2ndで危険派対主催に身を投じた相羽シンヤのものだ。それに僕の最終目的は脱出。
別に君達を裏切っても不思議はないだろ」
「な!? 何言っているんですか! そんな、魔王さんともあろう人が――」
「僕もやっぱり死にたくはないんだよね。で、主催者ならこのウイルスをなんとかできるかもしれないと考えたんだ。
なんたってジョーカーは向こうの戦力だから対処法ぐらいあってもおかしくないよね」
ネコミミストは魔王の言う事が信じられなかった。
彼は自分の命欲しさに道を違える事はしないと先程感染した時に思ったのに。
出会ってからあまり時間は経っていないが、それでも同じアニロワ2nd書き手ましてや投下数トップの書き手だ。
彼が投下する話はどれも魅力的で次を書くのも書かれるのも書き手としてネコミミストにとって何より喜ばしい事だった。
書き手ロワ内の彼も筆頭書き手だけあって常に冷静で強く、そして自分達と目指すものは一緒だと信じていた。
だからこそネコミミストは魔王の急な変心が信じられなかった。
(そうだ! もしかして、さっきウイルスにまだ仕掛けが……いや、この船、ビシャス成分も影響しているんじゃ。
そ、そうに違いない。早く正気に戻さないと……魔王さんの命が!)
人外によるウイルスの仕業、惨劇が起こった場所による影響。
ネコミミストはそんな可能性に微かな望みを抱いた。
自分の仮説を信じたかった、魔王の言う事を信じたくなかった。
そんな気持ちがネコミミストから冷静さを奪っていった。
自分でも気付かないうちに思考は膠着していき、徐々に焦りが彼女の思考を支配していった。
「はあああぁぁぁあああ!!!」
ネコミミストは手早く帆を左手のツインブレードの片割れで手頃な大きさに切ってその身に纏わせる。
そして一刻も早く魔王を正気に戻さなければという焦りを抱いて、必死に駆けて行く。
この瞬間、彼女には冷静な判断力が欠如していた。
もう少し落ち着いて魔王を観察して考えを巡らしたのなら彼が本気かどうか分かったのかもしれなかったのに。
焦りに突き動かされた行動が魔王に届くはずないというのに。
だからこれは当然の結果。
勢いをつけて繰り出されたネコミミストの拳はあっさりと魔王に止められた。
「魔王さん!」
「どうした、もう終わりかい?」
ネコミミストはその言葉に突き動かされて、魔王の目を覚まさなければと自分を責め立てる。
幾度となく拳を振るい、幾度となく蹴りを入れる。
しかしどれだけ拳を、剣を、衝撃波を、蹴りを繰り出そうと魔王は軽々といなしていく。
理由はいくつかある。
まずはネコミミストの精神状態。
魔王を早く助けなければならないという感情はネコミミストに焦りを生じさせ冷静さを奪っていく。
焦りは動きを単調にさせ、彼女の動きを予測しやすくしていた。
そしてもう一つがネコミミストのコンディション。
失血の心配は不死者ゆえにないが、右腕がない事は紛れもない事実だ。
右腕がない分ネコミミストの身体のバランスは崩れ、よって動きにいつものような機敏さがなくなっていた。
だからネコミミストの身体には以前のキレが見られなかった。
それゆえに魔王は彼女の攻撃を避け、受け止め、受け流し、たまにカウンターを食らわしていた。
二人の攻防の展開は一方的だった。
ネコミミストが魔王に攻めかかり、魔王はネコミミストの攻撃をあしらっていく。
まだライダーへの変身や強化・投影という手段がネコミミストにはあったのに彼女はその事に気付けないでいた。
冷静さを完璧に失った頭ではその考えに至る事ができないのだ。
今一番信じられない事――魔王の裏切り――に直面して、彼女の心はどうにかなりそうだった。
「ハァァァアアア、これでぇぇぇえええ!!!」
何度目かの攻防、繰り出されるネコミミストの足払いを魔王は華麗なバックステップで難なく避ける。
そこへ追撃としてブレードが投擲されるが、魔王はこれまた難なく払った。
しかしそれこそネコミミストの望んでいた展開。
足払いは少し距離を空けるための、ブレードはガードを緩めるための布石であった。
両の足で甲板を踏みしめネコミミストは己の態勢を固定する。
左手を後ろに引き、内に秘められし力を左手に凝縮させる。
一瞬の間に一連の動作を終え、仕上げに赤き衝撃の力が宿った左手を魔王に向けて突き出す。
そして魔王に向かって突き進むのは渾身の力を込めた赤に彩られた衝撃波。
それは今のネコミミストの心の内にある信念の槍を模しているかのようだった。
「ざ~んね~んでした~」
しかしその衝撃波は魔王がデイパックから取り出したマントによって完全に雲散霧消にされた。
魔王が取りだしたのはFFDQロワに出てくるドラクエⅤ出展の防具である王者のマント。
守備力は最高防具であるメタルキング鎧の95に次ぐ90を誇り、さらには呪文・炎系・吹雪系のダメージを35も軽減する最高級の防具である。
そのマントが衝撃波から魔王の身を守ったのだ。
突如示された事実にネコミミストは一瞬驚愕した。
自身の全力と言っても過言ではない一撃が防がれたのだ。
自分に魔王を止める力がない、そう宣告された気がしたのだ。
それはネコミミストにまたしても致命的な隙を生じさせた。
「へ?――あ、――ッ!!」
気づけばネコミミストの視界は何かで覆われていた。
魔王が取りだした王者のマント、それがネコミミストに向かって迫り視界を防いだのだ。
ではなぜマントが彼女の目の前にあるのか。
それは魔王がマント越しにネコミミストめがけて突撃して、マントの向こうから腹部に正拳突きを食らわしたからだ。
見事に決まった技がネコミミストの内部に絶大なる衝撃を与える。
不死者ゆえに時間が経てば回復するが、その瞬間は全くの無防備となった。
その間隙を突き魔王はマントをすばやく手繰り寄せ、ネコミミストを後ろ手に縛り甲板に倒した。
そして右足でその身体を踏みしめ、動きを封じた。
「呆気ないね。これがネコミミストくんの全力なのかい」
「魔王さん、なんで、なんで――ッ」
「それはさっきも言っただろ。それよりネコミミストくんがこんなに弱いなんて、正直失望したよ。
ここまで生き残ってきたからそれなりに強いと思ったんだけど、見込み違いだったようだね。
これじゃあネコミミストくんのために死んでいった人達も報われないね」
魔王は「魔王」という名を体現するかの如くネコミミストに言葉の刃を突き刺していく。
ネコミミストは身体を震わせながらもそれを黙って聞くしかできなかった。
後ろ手に縛られ甲板に転がされ踏まれている状態では身動き一つ取れなかった。
船の上に魔王の言葉が延々と流れていく。
「はあ、その人達もつまりは無駄死にって事かな。
必死で助けたのがネコミミストくんみたいな弱い人じゃ何しているんだろうね。
本当なら――」
「……訂正してください!」
魔王の言葉は遮られる、
正義の味方のような不屈の心の持ち主に――
▼
魔王の言葉が耳に入るたびにネコミミストの闘志は勢いを弱める一方だった。
何か言い返さねばと思うのだが、言葉になって出てこない。
自分はここまで弱かったのかと軽い自己嫌悪に陥りもする。
そこまで弱くないと胸を張って言い返したかった。
しかし言葉は喉の奥で止まり、外に出る事なく消えていく。
自ら立てた決意は、覚悟は、こんな事で折れるほど脆いものだったのだろうか。
ネコミミストにはそれが分からなかった。
そうして思考の深海の奥底に沈みこみそうになった時、魔王の言葉が耳に入ってきた。
――はあ、その人達もつまりは無駄死にって事かな。
無駄死に……本当にそうだろうか、いや断じてそんな事ない!
確かに自分は弱いのかもしれない、実際こうして魔王さんには手も足もでない。
でもそんな自分に皆は様々な事を残していってくれた。
体はスクライドで出来ているは、「牙なき人の剣になる」という信念を。
幻夜・フォン・ボーツスレーは、仲間から託された想いを。
派手好き地獄紳士『666』は、戦えるだけの力を。
静かなる ~Chain-情~は、行くべき指針を。
皆、命を賭けて自分を助けてくれた。
確かにこれでは助けられてばかりで弱いと言われてもある意味仕方のない事なのかもしれない。
でもそれなら強くなればいい、死んでいった皆に向かって胸を誇れるぐらいに。
「……訂正してください!」
それでも自分のために命を賭けてくれた人々を侮辱する事だけは許しておけなかった。
皆それぞれ一生懸命に戦っていった。
そんな彼らの努力を踏みにじるような言葉を聞くのは我慢ならなかった。
心の奥底から沸々と何かがこみ上げてくる感じがする。
それはまるで自分の身体を突き破って天へと昇りそうな勢いであった。
気づいていないが、瞳には緑の螺旋が薄らと渦巻いていた。
「訂正してください、か……それならネコミミストくんの力を見せてみなよ」
「私は今まで魔王さんを止めようとばかり考えて、自分が見えていませんでした。
でも、もうそんな考えは止めます。
私は全力であなたを倒しにいきます!」
「へえ、そんな状態でどうやって――」
「こう、するんです!」
会話をしている最中に生じた一瞬の隙。
そこに全てを賭ける。
「――ハッ!!」
倒されている状態から衝撃波を甲板に向けて放ち、浮き上がったところで無理やり右足を軸にして左足を限界まで振り上げる。
魔王さんはそれを軽く払おうと左手を足の横に添えようとする。
でもそれは予測の範疇、本命は軸にした右足の方。
「なに!?」
全力を尽くした衝撃波を右足から撃ち出し、その反動で空中へと脱出する。
魔王さんはそれを見ても余裕の表情だった。
その根拠がどこにあるか私も理解していた。
「ネコミミストくん、考えが甘いね。
衝撃波で空中を移動しようという魂胆だろうけど、それじゃこっちから丸見えだ――ッ!?」
確かに空中移動なんて私程度では高が知れている。
魔王さんから見たらいい的だろう。
でもそれは真に何もない空間での話だ。
私が飛び上がった空中には確かな足場が――マストが伸びていた。
反動で上にきた足でマストを下から踏みしめ、力を蓄える。
今からやる事はタイミングが全てだ。
上昇エネルギーが0になる瞬間、足から衝撃波を出してマストを蹴りこむ瞬間、足のばねを最大限に生かす瞬間。
全てを合わせて眼下に向かう。
「いっけぇぇぇえええ!!!」
マストのしなりと重力を利用して真下にいる魔王さんに向かって落下する。
足が離れる瞬間、ありったけの力を込めて足裏から衝撃波を放つ。
その勢いで右足を下に向け、空気抵抗を軽減するように図る。
そしてネコミミストの勢いは最大となる。
コンマ1秒も立たないうちに甲板に到達しようかという勢いだ。
さすがの魔王も初動が遅れたせいで今から完全に回避する事は不可能に思えた。
それは昔誰もが一度は目にして憧れた事のある技。
その身一つで悪と戦う正義の味方はどんな事にも挫けずに己の道を進んで行った。
これはそんな正義の味方が得意とした技、相手に向かって渾身の蹴りを繰り出す技。
ネコミミストの技を見れば、ある人はこういうかもしれない――ライダーキックと。
そして、ネコミミストの蹴りは真下にあったものを見事に貫いた。
ほのかに光り輝く緑色の螺旋の光柱と共に――
▼
静かな湖畔の岸辺に影が二つ見受けられる。
一方は地面に寝かせられて起きる気配を見せない。
もう一方はその横に腰を降ろして波立っている湖を眺めていた。
腰を降ろしている方は右手に指輪をはめていた。
その指輪は緑色の光を放ち、二人を優しく包み込んでいた。
どれだけ時間が経っただろう、と言ってもほんの数分しか経っていなのだが。
地面に座っている者――速筆魔王LX――は、寝ている者――衝撃のネコミミスト――を起こしにかかった。
▼
「おい、そろそろ起きる時間だよ」
「はふぇ……へ……」
寝ぼけているな。
まあ仕方ないか、今まで心地良く寝ていたんだから。
全くこれじゃあさっきまでの雰囲気が台無しだよ。
あの瞬間――ネコミミストくんが僕めがけて迫った時――
僕はすんでのところで直撃を避ける事に成功した、とは言うもののさすがに甲板に直撃したキックの余波まではどうしようもなかった。
でもネコミミストくんのキックはそれだけに止まらなかった。
甲板貫いて見事に豪華客船が沈没の憂き目にあった時は少し驚いたな。
しかもその勢いで湖底にまで衝撃が走って、どうやら大蟹球全体に軽く罅が入ったみたいなんだよねえ。
たぶんこれ以上は酷くならなさそうだし、心配はあまりしてないけど。
「起きたみたいだね」
「魔王、さん? ……まだ考えは変わらないんですか、それなら――」
ネコミミストくんの言葉には険が混じっていた。
それもいたしかたない事だ。
あれだけの事をしたのだからしょうがない。
実際もうすぐ死ぬからあんな事をしようと思った訳だから。
「落ち着きなよ。僕が本気ならネコミミストくんは今頃四肢断裂達磨状態になっていてもおかしくないよ。
それに、右手元通りだろ」
僕の発言でようやく彼女は自分の右手があるべき場所に戻っている事に気付いた。
そして確認すると同時に僕の方に視線を向けてきた。
彼女の表情は一目瞭然、なにがなんだかよく分かっていない表情になっていた。
でもどことなく嬉しそうでもあった。
僕が本当は裏切っていない事を感じ取って安心したのだろうか。
しかしそんな雰囲気は次の瞬間、怪しくなった。
「え!? 私……服着ている、しかもこの制服って――機動六課の制服!?」
「そう、1話死亡のキャロを除いてアニロワ2ndで残りの参加メンバー全てを書いたネコミミストくんに相応しいと思ってね。
しかも素材は王者のマントで防御力も折り紙つき。
技術手袋を使っての僕の手作りさ。まあ工具で裁縫は少しやりにくかったかな。
あ、将軍からの預かり物だけど後で事情話すから安心していいよ。
なんたっていつまでもバリアジャケットの下が何にもなしじゃ不味いだろ」
「ええ、そう――ッ!! ち、ちょ、魔王さん!! も、もしかして、この服を着せてくれたのって――」
「ああ、僕が着せたよ。いくら不死者でもいつまでも裸じゃ不味いと思って。
でも安心して。目を閉じて着せたから何も見てないよ」
そう言ってみたもののネコミミストくんは顔を真っ赤に赤らめて固まっていた。
まあその気持ちは分かるけど、とりあえず落ち着いてほしいな。
しばらく介抱する事数分、衣服関連の問題はクリアした。
結果オーライ、ネコミミストくんも今のでだいぶ落ち着いたみたいだ。
そこで問題は核心に入っていく。
「あの魔王さん、さっきの事、説明して――」
「ネコミミストくんさ、今までこんな形で裏切られた経験なかっただろ」
「え!? ええ、その、皆いい人ばかりで……」
「別に畏まる必要はないよ。むしろ誇ってもいいと思うよ。
君は今まで素晴らしい仲間と巡り合えた、その事は君にとって大きな強みになっていると思うんだ」
「魔王さん……」
「でも裏返せば、それは弱さにもなる」
ネコミミストくんのこれまでの行動は先の情報交換、それと
影の繋ぎ師からも大体の話は聞かせてもらった。
おそらくこのロワに参加した中でもかなりハードな経験を積んできた事が知れた。
それは辛くもあり、しかしネコミミストくんにとってはかけがえのないものとなっている。
そのような過程で積み上げられた「衝撃のネコミミスト」という人格は他に類を見ないだろう。
しかし、それは強さであると同時に弱さでもある。
仲間と共に力を合せてネコミミストくんはここまでやってきた。
つまりは皆を信頼してここまでやってきたという事でもある。
だからこそ黒猫――派手好き紳士『666』との再会は危険なものだった。
「それって、どういう――」
「なに、近いうちに分かると思うよ」
今まで仲間というある意味聖域とでもいうべきもので守られてきたネコミミストくん。
仲間達の残した想いを受け継いで、皆のために行動しようとする精神は崇高なものである。
だが、もしその誇るべき仲間の真実を知った時、彼女はそれに耐えられるだろうか。
同じアニロワ2ndを牽引する者として、彼女の信念は折れないと信じたいが不安もあった。
だからこのような芝居を打ってみた。
こんな回りくどい事をするよりも事前に666の事を伝えようかとも思ったが、それは止めた。
良いか悪いかは別にして、繋ぎ師に聞かされた範囲ではこれはネコミミストと666の問題。
第三者の自分があれこれ言うのは筋違いのような気がしたからだ。
だから一度本気で仲間が裏切ったように見せかけてネコミミストくんと戦った。
ネコミミストくんは最初かなり動揺して自分を見失いかけていた。
僕を早く助けなければという想いだけが空回りして、冷静さを失った頭は焦りしか生まなかった。
そんな感じだからあっさり僕に拘束されてしまった。
正直こんな事で終わるようなら真剣にどうにか手を打つべきだとも思っていた。
結局そんな考えは杞憂に終わったけどね。
トリガーはやっぱり仲間だった。
悪を演じるために何とはなしに口にした侮辱の言葉。
それがネコミミストくんの乱れた心を正してくれた。
狙ってやった事ではなかったが、いい結果に落ち着いたようでよかった。
これが666との再会にどう影響するのかはまだ分からない。
意味があったのか、もしくはなかったのか。
それが分かるのは実際に会った時だろう。
もしもネコミミストくんが折れそうになったら、導いてあげようかな。
どうせ残り少ない命、彼女のために使うのも構わないと思えた。
なんたってアニロワ2ndで残ったのは僕と彼女の二人だけだからね。
「さあ時間も押しているから少し急ごうか。あ、はいこれ。返すね」
「これ私のクラールヴィント……なんで魔王さんが?」
「回復魔法『静かなる癒し』使わせてもらったよ。不死者でもその方が回復早いしね」
まあ迷惑かけたからそのお詫びかな。
なんか申し訳ないような表情を浮かべているけど、そんな顔しないでほしいな。
すっと彼女の右手の薬指にクラールヴィントをはめる。
あれ? これって結婚指輪……いやいや、あれは左か。
まあ余計な事は置いておいて動き出そうとした時、僕は優しい光に包まれていた。
「時間ないよ……って、僕の言えるセリフじゃないけど。別に僕に回復魔法かける必要なんて……」
「いえ、やらせてください。そうでないと私――」
ああ恩返しって意味かな。
なんか変に気を使わせているみたいで悪いな。
でもそれで気が晴れると言うなら、ここは素直に受け取っておこう。
これでウイルスもどうにかなってほしいけど、それは無理な相談だ。
まあ覚悟はできているし、こうして頼りになる仲間もいるし、先の事はそれほど心配してないけどね。
「すいません。やっぱりウイルスは――」
「分かりきった事だろ。さあ早くこのロワを終わらせようか」
今度は移動手段としてサイドバッシャーを使う事にした。
ここまで出会ったのがジョーカー一人とは、作為的かそうでないのか。
とにかくより一層迅速な行動をするべきか。
相談の末、運転席には僕が座った。
どうもネコミミストくんは運転が苦手らしい。
「そういやネコミミストくんはこのロワを終わらせたらどうするんだい?」
「どうと言われても、私達には普通のキャラと違って帰る世界がありませんし……」
「じゃあこの世界で暮らしたらどうだろう」
「へ!?」
「別にここじゃなくてもいいさ。
これだけフリーダムが闊歩しているなら最後になったら次元跳躍の手段の一つや二つ手に入ってもおかしくないよ。
それを使ってどこか別の世界に行くのでも悪くないと思うよ。
まずはジョーカーと主催者を倒す事が先決だけどね」
頭に浮かんだ事を伝えている間にネコミミストくんは再びバリアジャケットを展開してサイドカーで待機していた。
その顔にはさっきまでとは違い、落ち着いたものとなっていた。
良い顔になったなと心底思う。
全てが終わる頃には僕の命は尽きているのは確かだ。
だからこそ何か残しておきたいとも思う。
残したものがどうか皆の役に立つ事を祈って。
もう少しだけ命が続く事を願って。
僕はバイクを走らせる。
ネコミミストくんの瞳の螺旋と不屈の心を感じ取りながら――
【2日目 深夜】【D-7 大蟹球フォーグラー内部】
【速筆魔王LX@アニロワ2nd】
【状態】:ウイルス感染、首輪解除、バイク搭乗中
【装備】:サイドバッシャー@仮面ライダー555、斬鉄剣@ルパン三世、デバイスクリスタル、核鉄「バルキリースカート」、ジャッカル(5/6)
【道具】:支給品一式×8、爆弾×2、バヨネット×2、虎竹刀with千年パズル、コーカサスブレス&ゼクター@ライダーロワ、
iPod、技術手袋@アニロワ1st、コーヒーセット一式@スパロワ、ジャーク将軍のマントと杖@ライダーロワ、
銀河ヒッチハイクガイド、咎人の剣「神を斬獲せし者」@AAAロワ、他にまだあるかも?
【思考・行動】
1:命の限り戦い続けよう。
2:はぐれた仲間と合流。
3:感電氏……はどうしよう。
※『柿テロ猥・R2‐ND』掲載の情報を一部入手しました。
※バリアジャケットのデザインは、テッカマンエビルをさらに禍々しくしたような感じです。
【衝撃のネコミミスト@アニロワ2nd】
【状態】:不死者化、螺旋力半覚醒
【装備】:マテリアルブレード@テイルズロワ、クラールヴィント@アニロワ1st、機動六課の制服、バリアジャケット(白いリボンドレス)
【道具】:支給品一式×4、拡声器、カブト装備一式(ハイパーゼクター付)、オーガドライバー(オーガストライザー付)@ライダーロワ、
カイザギア@ライダーロワ、カードデッキ(ベルデ)@仮面ライダー龍騎
【思考・行動】
基本:スクライドの遺志を継ぎ、牙なき人の剣になって前に進む!
1:打倒主催者!
2:何とか魔王を助けたいけど……
3:はぐれた仲間と合流。
※衝撃波を使えます。掌からだけでなく、足の裏からも出せるようになりました。
※自分が主人公、そして黒猫という単語に引っかかっているようです。
※
第三回放送を聞き逃しました。
※強化・投影能力を習得しました。何が投影できるかはお任せです。無限の剣製は使えません。
【備考】
※魔王の所持していた首輪×4は爆弾×2に、王者のマントは機動六課の制服になりました。
※ネコミミストのキックで大蟹球全体に罅が入ったようです。
最終更新:2008年09月17日 13:10