笑顔の理由

[結局、僕の心の大半は、君に埋まってしまったんだ…]

=笑顔の理由=


あー…しくったなぁ…
まさか…あんな下等生物にやられるなんて…屈辱だ…
うわっ…血がいっぱい出てる…気持ち悪ぃ…
僕…このまま死ぬんだな…きっと…


[傷付いた野良犬を拾った。君に取っては、その程度のこと…。でも…]


『………?』
体が軽くなったのを感じて、彼は目を覚ました。
彼は狼男である。名はまだない。
人を喰らっていたところ、魔物狩りの人間に見つかり、銀の弾丸で撃たれ、重傷を負ったはずだった。
なのに、彼は今、全身に包帯を巻かれた状態で、しかも何故かご大層なベッドに寝かされている。
今の姿は、狼。
と、その時、ガチャリッとドアが開いて一人の少女が入ってきた。
長い金髪を緩く2つの三つ編みにしている。
瞳の色は海のような碧。
「あ、ワンちゃん起きたんだ」
少女は微笑んで言った。

…ワンちゃんって…僕は誇り高き狼男だぞ!お前らみたいな下等生物なんて…簡単に喰えるんだ!

彼はそう叫ぼうとしたが、やめた。
今、騒ぎになられては困る。
傷も完治していない状態で魔物狩りから逃げることは少々難だ。
だったら、せめて傷が完治してからでいいではないか。
そのあとでじっくりこの少女を喰らって、それから魔物狩りから逃げよう。
うん、そうしよう。
そう決めた彼は大人しくベッドの上に丸まった。

「ひどいケガだったのに、もう治ってる。凄いねぇ…」
感心したように少女は言ってコトンッと肉の入った皿と水の入った桶を置いた。
「ほら、食べな。体力つけて、早く元気になるんだよー」
少女はそう言って出ていった。
『………』
彼は黙り込んで、しばらく皿と桶を眺めた。

………誰が下等生物に餌を貰うものか!
でも………ここで喰っとかないと、死ぬよなぁ…

彼のなかで誇りと空腹が天秤にかけられる。


15分後、皿と桶は空になり、彼は満腹の幸せから居眠りを始めていた。


[この時、僕は君に絡まってしまった。僕は所詮、蜘蛛の糸に絡まれた蝶なわけで…]



翌朝、少女はまた餌を持ってきた。
「うん。順調順調。この様子だと、もうすぐ森へ帰れるよ。良かったね」
少女は微笑んだ。
「じゃあ、そろそろリハビリしよっか。狭い部屋の中じゃ自由に動けないでしょ?」
少女はそう言って彼の首に輪っかを付けた。
「これでもう野良犬に間違えられないよ。えーっと…名前、付けてもいい?」
少女は言うが早いか、悩み始めていた。

………なんなんだ、この少女は?

彼は少女をまじまじと見た。
「よし!決めた!今日から君の名前はタスクだ!」
少女は人さし指を彼に突きつけ、それから指を動かし、自分を指した。
「そんで、アタシはユーナ。さ、散歩に行こ!タスク!」
『………』
メンドくさいケド、僕は誇り高き狼男。
せめて恩は返さなければならない。
たとえ相手が下等生物であっても。

「ほら、タスク!おいで!綺麗な山でしょ?タスクはあんなトコに住んでたの?」
「ワン」
タスクは『犬語』で生返事を返した。
「あれ?すっごい!タスク!アタシの言葉分かるの!?」
「ワン」
当たり前だ。僕は狼男だぞ?
「ねぇねぇ、じゃあさ。『はい』なら一回『いいえ』なら二回『どっちでもない』なら三回吠えて!」
「ワン」
「朝ご飯食べた?」
「ワン」
「アタシは男だ」
「ワンワン」
「君はカラスかネコだ」
「ワンワンワン」
「すっごぉい!タスクってば頭いいんだ!」
ユーナは感心したらしくやたら感動した声で言った。
『………』
正直、彼女の近くは心地良かった。


結局、彼等は夕暮れまで歩き回った。


「ねぇ、タスク」
夕焼け空を眺めながらユーナは言った。
「人間ってね、とっても弱い生き物なの。だからすぐに泣いちゃうの。それにね『哀しみ』はね、伝染しちゃうの。でもね、誰かが笑うとね、泣いてても笑顔が零れるの。笑顔が溢れて、零れ落ちるの。だからアタシは笑うんだ。哀しみに埋もれちゃった人を笑わすために………」
彼女はタスクを見て、いつも通りのその笑顔を向けた。
「ねっ」
『………』

下等生物の考えなんて、分からないし、分かりたくもない。
………でも…ユーナの話は…分かる気がする…。




[やっぱり、僕は君に支配されていたんだね…]





彼は、幸せだった。
戸惑いを感じつつも、とりあえずは現状に満足し、なんだかんだ言ってユーナと大切な日々を過ごしていた。



[けれども、突然の不幸は土足で僕らの生活に足を踏み入れてきたワケで…]


ユーナが、事故った。


そんな話だった。
山道を歩いていたら、突然土砂崩れが起こって、彼女は生き埋めになった。
なんとか掘り起こされ、一命は取り留めたが、脳内に酸素が行き渡らず、いわゆる『植物状態』になってしまった、らしい。
タスクには、そんな断片的な話しか入ってこなかった。

けれども1つだけ理解できた。

もう、あの笑顔は見れない。

これじゃあ、哀しんでる人が哀しんだままになってしまうじゃないか。

どうしよう…

そうだ。

僕は誇り高き狼男。

恩義と忠義は残さず返す。

その晩、タスクはユーナの病室に忍び込んだ。

そして彼女の頬をペロッとなめて

『バイバイ』

と言い残し、出ていった。



[じゃあさ、僕が代わりに笑ってあげるよ。そうしたら君の笑顔も見える気がする…]




あれから…数年…。

その村に二人の青年がやってきた。
一人は黒髪の美青年。もう一人は金髪のあどけない青年。
『タスク、ホントにここなのか?』
『うん☆間違いないよ☆』
二人は目の前の建物…病院を眺めた。
『大丈夫なのか?タスク…』
『うん…。リーシュが一緒なら…行ける気がする☆』
彼は笑った。
コツンコツンと足音を立てつつ、二人は病室へ向かった。
『…で…そのユーナとやらは幾つなんだ?』
『えーっと…出会った時に12歳だって言ってたヨ』
『じゃあ、今は17か…』
リーシュはポツリと言った。
『そうなるネ☆あ、ここだ』
タスクが立ち止まった先、表札には『ユーナ』の文字。
『この病室か…』
『5年間も入院しっぱなしなんて可哀想だよね…』
哀し気に、タスクは言った。
カチャッと扉が開く、付添人はいない。
シュー…シュー…と空気の漏れる音。
ピッピッと響く電子音。
無数のコードにつながれて、彼女は眠っていた。
眠っているように見えた。
『最近聞いた話だとさ…』
不意にタスクが言った。
『彼女…もう植物状態じゃないんだって』
『…そうなのか?』
『うん、でもね。「しこーのーりょく」ってのがカナリ落ちちゃったみたいでさ、赤ん坊同然なんだって』
『………』
『何も…覚えてないんだって…』
タスクの微笑みが、消えた。
『ねぇ…ユーナ…』
タスクの姿が狼に変わる。
そのまま、彼はユーナに寄り添う。
『ねぇ…ユーナ…僕…泣いてるよ…?笑ってよ…ねぇ………』
返答は…もちろんない。
しかし、ユーナがフッと目を開けた。
そのまま、ゆっくりとタスクを見る。
『ユーナ…覚えてる?覚えてないよね…僕だよ…タスクだよ…。君が名前をくれた…タスクだよ…』
「…た…すく…?」
『うん、タスク…。忘れちゃったの…?ねぇ…ユーナ…笑ってよ…。僕…君の笑顔が見たいんだ…』
「………?」
キョトンとした顔のまま、ユーナはゆっくりと起き上がり、まじまじと銀色の狼を見た。
「…たすく…?」
『うん、タスク…』
「………?」
そんな続かない会話。
そんな会話をリーシュは見ていられなかった。
(彼女は昔の私だ)
そう、彼は以前心を失くしていた。
今のユーナも、そんな感じ。
失くした記憶が、繋がらない。
完成しないパズルのように、永遠に組み立てられない。
それはまるで、昔の自分。
『心』と言う大切なパーツを失った、自分。
見るに堪えない。

だから……

『タスク、そこを退け』
リーシュは一言そう言った。
『………え?』
『まったく…貴様は…他人のコトとなると頭が回るのに、自分のコトとなるとてんでダメだ』
『それは…君も同じでしょ?』
『あぁ、そうさ』
リーシュは構える。
『私も同じだ。他人のコトは放ってはおけない、お人好しさ』
彼の手中には巨大な光。
『Memory!!!』
巨大な光が、ユーナを覆った。
『……え…!?』
タスクが慌てて彼女を見る。
『記憶の再生だ。忘れたのなら…思い出せばいい…。忘れたからと言って記憶が消えたわけではない。ただ、思い出せないだけだ…』
リーシュはそう言って病室の戸を開けた。
『私は外で待っている。あとのフォローはお前の役目だ、タスク』
バタンッと戸が閉まった。

やがて、光が止んだ。

「…た…す…く…?」
ユーナが彼を見た。
『…うん…タスクだよ…ユーナ…分かる?』
「…しゃべれるの…?」
『あ…』
タスクは口ごもった
「なんで…教えてくれなかったの?」
『いや…だって…気持ち悪くないの?僕は犬だよ?』
本当は狼男だけど…。と言う台詞は飲み込む。
「気持ち…わるくない…。ってか…黙ってた方が…ヤだ…」
ユーナはふくれる。
『やっ…ユーナ…そんな顔しないでよ…』
タスクは彼女にすり寄る。
「…アタシさ…ずっと眠ってたんだよね…」
『…うん…』
「どれくらい?」
『…5年くらい…』
「5年!?すっごぉい…じゃあアタシもう17なんだ…。自覚ないなぁ…」
ユーナはフッと微笑んだ。
『…あっ…』
タスクは短く言った。
「ほら…そんな顔しないの…。こっちまで哀しくなるだろ?」
『うん…』
「笑いなよ」
『…うん』
「笑ったら…笑っただけ幸せになれるからさ…」
『…うん☆』
「あ、今笑ったね?」
『エヘヘ…』
タスクは笑った。
もう大丈夫だと。
心配のタネは消えたと。
だから笑った。
今度こそ、心の底から笑った。
『ユーナ』
タスクはベッドから飛び下りた。
『僕…もう行くね…』
「うん。またおいでよ」
『うん、また来る』
そして二人はお互いに笑い合った。
そのままタスクはゆっくりと病室を出た。

『終わったか?』
『うん☆』
『なら…帰るぞ』
『うん☆』


ユーナ、僕さ…

これからも笑うよ。

笑い続けるよ。

それでまた、君と話がしたい。

君が退院したら、もっといっぱい話そうね。

約束だよ、ユーナ☆


<FIN>


オリキャラ中、一番書きにくいタスク君のお話。
最終更新:2010年02月19日 15:37
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。