『彼女』は
可憐とはとても言えないけれど
僕にとっては誰よりも美しい女性でした―――
それは今よりずうっと昔の物語―――
――溢れる光――
まだ彼が常識的に歳を重ねていた頃…
「このもやし男ー!」
彼の側には一人の少女がいた。
「やーいブレイク!日向とは言え、あんまり本ばっか読んでるとケンコーに悪いぞー!」
彼女の名はリュニオン・リベラ。
当時14歳にして、次の族長となる娘だった。
「まったく…リュニオンはお転婆が過ぎるんですよ」
この時ブレイク・ドクトは19歳。
医者を目指して、本に没頭する日々を送っていた。
「んなこと言ったってさぁ…こぉんなにお天道様は頑張ってんのに、本読むってのもどーかと思うよ?」
リュニオンはブレイクを見た。
「だからブレイクは血色が悪いんだよ」
「余計なお世話です」
彼はパラリと本のページをめくった。
その仕種にリュニオンは思わずドキリとする。
(…これでもうちょっと健康的だったらなぁ…)
彼女は溜息をついた。
「溜息をつくと幸せが逃げちゃいますよ」
ブレイクが不意に顔を上げて言った。
「チョコ食べます?」
何の変哲も無い板チョコを差し出してくる彼を見て、彼女はまたドキリとした。…なんか悔しい。
「…貰っとく」
彼女は彼からチョコをもぎ取り、乱暴に口に押し込んだ。
「…明後日…でしたっけ?」
不意にブレイクが口を開いた。
「明後日って…私の即位式のこと?」
リュニオンの言葉に彼は頷く。
―――この頃…光の一族の族長は代々女性と決まっていた。
「でもおかしいですよね。族長は女性なのに政をするのはもっぱら男性の役目ってのも…」
ブレイクは空を見上げた。
「…族長という肩書は…何の為にあるんでしょう?」
「そんなの知らないよ。今の族長…私のお母さんだけどさ。即位してから会ってないもん」
リュニオンはぐーっと伸びをした。
「なんかお父さんもお母さんのことは話したがらないし」
「…僕が思うに、族長というのはある種の神…象徴の一種なんじゃないかと思うんです」
「…ブレイクの話ってややこしい」
「え゛」
ブレイクは頭をかいた。
「そうですかね…」
「ま、私だって本当は族長なんかなりたくないよ?」
リュニオンはブレイクを睨んだ。
「…だってほら…ブレイクと一緒に年取りたいし…」
光の一族の族長の寿命は永遠とも言われている。
「じゃあ僕…待ってますよ。アナタが光の宮殿から出てくる時まで」
ブレイクは笑って言った。
「…あのさ。あそこは入ったら出てこれないんだよ?」
「知ってますよ、でも待ってます。約束です」
ブレイクは自分の小指をリュニオンのそれに絡めた。
「ね?」
「………」
リュニオンはそっぽを向いた。
「…死んでたら承知しないからね…」
「了解了解」
「………」
この時は…まだ幸せだったんだ。
―――なのに…
二日後…
「神は無垢な者…混じり気の無い存在…だから―――」
ブレイクは書庫を飛び出した。
向かう先はリュニオンの即位式が執り行われている光の宮殿前…
一般の者は入る事を禁じられた場所に、ブレイクは入ろうとしていた。…何故なら…
「ブレイク君…君だけに教えるけどね…」
リュニオンの父から聞かされた言葉
「族長は…もう人にはなれないんだよ…」
だから彼は走る
「族長は一族の象徴…神みたいなもんだ。純粋で無垢でないといけない…だからと言ってあまりに惨いとは思わないか…!?」
族長となる者の心を消すだなんてさぁ………
「それで私は今、妻に続き娘まで失おうとしている…」
―――お願いだよ、ブレイク君。私は政をしている連中に監視されてるから出来ないんだが…
ブレイクは警備の者達を自らの能力で蹴散らし、急ぐ
―――…娘を…さらってくれないか…?
「ブレイク?――は…『破片のブレイク』が宮殿に向かっているぞー!」
「儀式の邪魔はさせん!」
出てくる者達は有無を言わさずに倒して急ぐ。
――――そして…
………何があったのだろう…?
気が付けば彼の回りには死体がゴロゴロと転がっていた。
そして目の前には、リュニオンの亡殻もあった。
「………」
ふざけるな。
なぜかのじょがしぬ?
かのじょがなにをした?
こんないちぞくまちがってる。
ぼくがかえるんだ。
ぼくが
ぼくが
こうしてブレイクは周囲の反対を退け、族長となった。
とは言っても象徴的なものではなく、実力も兼ね備えた一族の常識を覆す族長だった。
彼は医者への勉強をしながら、族長としての日々に明け暮れた。
「………」
小さな診療所の一角で、ブレイクは欠伸を噛み殺した。
何故今更昔の夢など見るのだろう。
後悔しても、あの人は帰って来ないというのに。
FIN
ブレイクさんのお話。
この人は嘘と矛盾にまみれています。
最終更新:2010年02月19日 15:41