「そうだ、『彼女』に名前をつけないとね」
いつだったか、青年は私を前にして言う。
「名前は、ずっと用意してたんだ。似合うといいんだけれど」
そう言って、彼は笑う。
その笑顔が好きだった。
その笑顔が大好きだった。
彼は私の世界で
彼が私の全てだったから。
だから私は彼の何もかもが大好きだった。
彼さえいれば、何もいらなかった。
私は彼しか知らなかったから。
だから彼さえいれば、何もいらなかった。
何もいらなかった。
何も望まなかった。
なのに
それなのに………
世界崩壊前後
其の壱 ―『過去 ~Passé~』―
「亡くなったの?」
「えぇ、そうよ。自宅の階段から足を滑らせて…」
「若かったのにねぇ…」
「可哀相に…。ようやく絵も売れ始めて来たところだったのに…」
「ご家族は?」
「独り身だったんですって。去年、婚約者も戦争で亡くしたらしくて…」
「まぁ…不幸は重なるものなのね…」
誰かが何かを話してる。
何を話しているのだろう?
私の目の前には白い何かが覆いかぶさっていて、周囲の様子がまったく分からない。
「それで…彼は何処でお仕事を?」
「それがねぇ…よく分からないのよ。自宅で作業してたらしいんだけれど…何処にも仕事部屋が無いんですって。きっと何処かに隠し部屋があるのかもしれないわ」
「あら…だとしたらその隠し部屋が分からないまま、あの家を取り壊すの?」
「えぇ…哀しいけれど…あの土地は売られるそうよ」
「未発表の絵が…何処かにあるかもしれないのにね」
「本当…残念な話だけれどね」
何の話だろう。
分からないけれど『取り壊す』という言葉がとても怖かった。
彼はまだ来ない。
いつもなら来てくれる頃なのに。
来て、私の目の前から白い何かを取り払って笑ってくれるのに。
それから声もぷっつりと切れて、少し長い沈黙の後、急に上から聞いたこともないくらいに大きな音が響き始めた。
私はただ、怖かった。
大地が震えて、私は倒れてしまう。
白い何かが目の前から離れたけれど、代わりに私は地面に倒れてしまったから、結局外の様子は何も見えない。
大地の震えは止まらなくて
彼も訪れなくて
私は酷く怖くなった。
怖くて
怖くて
怖くて
そうやってどれくらいの時間が過ぎただろう。
私は、自分の体が朽ち始めたのを感じた。
…どうして?
私には分からなかった。
どうして、私が朽ちなければならないんだろう。
どうして、彼は来ないのだろう。
約束したのに
私に、名前をくれるって。
私を、いつか光の下に出してくれるって。
なのに
今の私にあるのは、何処までも続く闇の世界だけ。
どうして?
ねぇ、どうしてなの…?
『捨てられたんだよ』
声がした。
…誰?
『私が誰だなんて、些細なこと。今は貴女は捨てられたという、その事実が大切なの』
…すてられた?
『そう、貴女は世界から捨てられたの。そして忘れ去られ、あとは朽ち果てるだけ』
嫌…!
そんなの…絶対に嫌!
『嫌、でしょう?だけど、私ならその未来を変えられる』
…本当に?
『本当』
じゃあ…助けて…!
『分かった』
声の主が、笑った気がした。
世界崩壊前後
其の弐 ―『前夜 ~Eve~』―
気が付くと、荒れ果てた大地に立っていた。
私は、あの闇の空間から抜け出していた。
だけど、彼の言っていたように、世界は光に満ち溢れてはいなかった。
この世界は、私を知らない。
今の私には、自分の存在を示すだけの『力』がある。
…赦さない。
私は、この世界を赦さない。
『そう、赦しちゃいけない』
えぇ、赦しはしないわ。…でもどうしたらいいの?
『こんな世界、消してしまえばいい。そして創り変える』
…つくりかえる…?
『今の貴女になら、それが出来る』
…そう、出来るの…。
なら…やってみようかな…。
私は筆を握って、空中を塗りつぶす。
すると、塗りつぶした部分が、絵に変わった。
そっか。
こうすればいいのか。
私は次々に空間を塗りつぶし、絵に変えていく。
『そう…それでいい。貴女はこの世界の新たな神になる』
声が呟く。
そっか。
最初っからこうすれば良かったのね。
『フフッ…』
私は笑った。
『アハハ…!アハハハハハッ!』
笑い声は、何処までも響く。
『アッハハハハハハハハハハハッ!』
其の時私は
世界の全てを握ったような気になっていた。
世界崩壊前後
其の参 ―『其の日 ~Le jour~』―
『どう…して…?』
体が、朽ちていく。
『どうしてこうなるのよぉおおおおおおおッ!!!!!』
私は、泣き叫んだ。
『お前にもう用は無い』
声が、私から遠ざかる。
『もう少し使えるかと思ったけれど、見込み違いだった』
『待ってよ…!ねぇ、待って…!』
引き止めたけれど、声はもう何処からも聞こえなかった。
世界を絵に変えようとした。
そうしたらみんな、私のことを見てくれるような気がしたから。
なのに、邪魔が入った。
小さくて丸い桃色の子。
手も足も使えないようにしたのに
どうしてだか追いかけてきた。
だから、戦った。
動けないようにしてやろうと思った。
勝てると思っていた。
なのに…
それなのに…
私は、負けてしまった。
桃色の子が持っていた、絵筆によって
私は、叩きのめされてしまった。
そしたら、私の中から『声』が遠ざかってしまった。
同時に、私の体が再び朽ち始めた。
朽ちていく私を、元の姿に戻った桃色の子が、哀しそうに見つめる。
…どうしてそんな目で見るの…?
私は…敵、なのよ…?
「…大丈夫…?」
桃色の子は、私に問いかける。
「大丈夫?」
と。
その瞬間、私の中で何かがはじける。
私は、きっと泣いてしまったことだろう。
『…たすけて』
そう言っていた。
「…だってさ、絵筆。お願い、助けてあげて」
桃色の子の言葉に、例の絵筆がふわりと動き、私の体をなぞる。
朽ちた部分を修復して、描き足していく。
その筆遣いに、私は懐かしさを感じていた。
…彼だ。
『…パパ…?』
私の言葉に、絵筆が頷いてくれた気がした。
絵画でなくなった世界に、光が満ち溢れる。
私は上を見た。
きっとあれが『空』で、あのまぶしいのが『太陽』なのだろう。
彼は、ちゃんと約束を守ってくれた。
私を、闇の中から引きずり出してくれた。
『…ありがとう…パパ…。そして…ごめんなさい…』
私は泣きじゃくる。
絵筆は何も言わず、ただ私の体を撫でるだけだった。
世界崩壊前後
其の四 ―『終焉 ~Fin~』―
「この辺りでいいか?」
「うん、ばっちしだよ」
カービィに確認を求めてから、大王は城の中央ホールの目立つ場所にその絵をかける。
巨大な抽象画だ。
抽象画ではあるが、女性の肖像画のようにも見える不思議な絵だった。
署名は、知る人ぞ知る画家の名で、タイトルは『約束の日まで』
「ここなら、皆に見てもらえるでしょ?」
カービィの言葉に、その不思議な絵…ドロシアは
『うん!』
と大きく頷いて、満面の笑みを見せたのであった。
世界崩壊前後
其の伍 ―『後日 ~Plus tard~』―
タチカビよりドロシアさんの話。
彼女は結構悲しい設定ですよね。
最終更新:2010年02月19日 15:54