まだ私に名前があって、家族もいて、緩やかな時を過ごしていた時…。
これは、そんな頃の物語。
<Live貴意>
それは、私がまだ年端もいかない子供の頃の話。
父は星の中でも指折りの剣士で、母は村を守る巫女だった。
その頃の私は…自分で言うのも何だが酷く腕白で、近所の子供と毎日のように喧嘩をしては、毎日のように母に叱られていた。
「***!もうすぐお兄ちゃんになるんだから、もう少し大人になりなさい!」
…そう、兄だ。
その頃、母は身篭っていて、間もなく私は兄になる…とのことだった。
「ねぇ、***。もうすぐお兄ちゃんになるんだってね?」
近所に住んでいた少女が言った。…名前は…確か『ブランカ』だ。花の名前から取ったとかで
「女の子らしくて可愛いでしょ?」
と、本人が酷く自慢してきていたから、十数年経った今でも、鮮明にその名を覚えている。
「よく分からないけど、そうらしいな」
子供だった私は、確かそう答えた。
「***がねぇ…。ね、弟と妹…どっちなの?」
「さぁな。生まれるまで分からないらしい」
「ふぅん…。で、***はどっちが欲しいの?」
「どっちでもいい。いずれにしろ、僕が兄になるという事実は変わらない」
「…***ってさ、理屈っぽいよね」
「…悪かったな」
まだ、そんな会話が出来た頃。
そんな他愛もないことで、簡単に怒ったり笑ったり出来た頃。
数日経って、母は弟を産んだ。
私によく似た姿の弟。
ただ、色だけが違っていた。
漆黒に近い藍色をした私とは裏腹に、弟は白に近い桃色をしていたのだ。
「ほら…***、アナタの弟よ。今日からはお兄ちゃんになるの」
「………よろしくな」
その頃の私は、目も開いていない弟の手を握って、そう呟く。
やがて、弟には名が付けられた。
そしてその頃から、父が私に剣術を教えてくれるようになった。
『お前も兄貴になったからな。弟を守る為に、お前は強くならなきゃならん』
父はそう言いながら、優しく、時に厳しく、そして丁寧に、私に剣術を教えた。
私は知らなかったのだが
その時から既に、何かが狂い始めていたらしい。
そして、弟が1歳になった時…
あの忌まわしい出来事が起こった。
「逃げなさい」
いつもと変わらない朝に見えた。
そんな時に、母が切羽詰った顔で言う。
「***。弟を連れて逃げなさい。何処か遠くの星へ。此処じゃない場所へ」
「…母さん?いきなりどうしたの…?」
「いいから、逃げなさい!」
私は、母が怖くて家から飛び出してしまった。
「***。そんなに慌ててどうしたの?」
広場まで走り抜けると、ちょうどそこにはブランカがいた。
「…母さんが、妙なことを言い出してな…」
「ふぅん…」
ブランカはそう言って私の横に座る。
「…ねぇ…***」
「なんだ?」
「………あのね…」
「………?」
私は、ブランカに少しの違和感を感じた。
よく見ると、彼女の手には小刀が握られている。
「…ブランカ?」
「…う…ぁ…っ…」
小さくうめいて、ブランカが私を押し倒してくる。
「………!?」
「…***、アナタ、まだ…洗礼を受けてないのね」
「…洗礼?」
「そうよ、偉大なる無の族長様の洗礼。受けてないのね。…可哀想」
「………ッ!」
次の瞬間には、私はブランカを振りほどき、家へと逆走していた。
「…おかえり、***。…気付いたでしょう?」
帰宅すると、母が荷造りを終えていた。
「もう…この星の大半が堕ちているの、分かる?」
信じられなかった。
だが、事実だった。
ドンドンドンドンッ!と、ドアを叩く音がする。
「***、いるんでしょー?***ー?」
ブランカの声がする。
もう彼女ではない彼女の声が。
「ほら、逃げなさい。裏の森で、父さんが宇宙艇準備して待ってるから」
母が言う。
「でも…母さんは?」
「母さんは父さんと後で追いつくわ。…ほら、×××をお願い」
そう言うと母は私に弟を背負わせた。
裏の森では母が言ったように、父が宇宙艇の前で待っていた。
『持ってけ。…何かと物騒だからな』
そう言って、父は私に少し大きな剣を手渡した。
私は弟を背負い、宇宙艇に乗り込む。
宇宙艇が飛び出して、星がどんどん遠くなっていく。
そして、母星が野球ボールほどの大きさに見えるようになった頃………。
星が、音も無く爆発した。
静かに、私の生まれ育った場所は、宇宙の塵となって消えた。
きっと、父と母がやったのだろう。
私の星を狂わせた『それ』を滅ぼすために
星ごと、『それ』を消し去ったのだろう。
私は泣いていた。
音も無く静かに泣いていた。
だが、それもわずかの出来事だった。
母星のあった場所から、白い塊が飛んで来て、私の乗っていた宇宙艇を破壊したのだ。
宇宙艇は近くの星の重力に引かれ、落ちていく。
大気圏を抜けた辺りで、私と弟は宇宙艇から放り出された。
私は弟を抱きかかえたまま、落下していく。
この手だけは、決して離すまい。
離すまいと、誓っていた。
…それなのに…
空中で、手から弟が離れた。
その瞬間、私の頭の中は真っ白になってしまった。
弟はそのまま森の方へ落下し、見えなくなる。
私は、廃墟に突っ込んだ。
全身を強く打ち、もはや虫の息だったと言える。
だが、痛みよりも何よりも
私の心は絶望で満ちていた。
離すまいと誓った手を離してしまった。
母星が無くなった。
全てが狂っていた。
短い間に巻き起こった全ての事柄が
私の心を絶望で満たすものだった。
『…何を望む?』
不意に声が聞こえた。
『何を望む?』
何も望まない。
いっそ、このまま死んでしまえばそれでいい。
『何を望む?』
だから、何もいらない。
…いや、強いて言うならば弟の無事か。
だが、それも叶わないだろう。
『何を望む?』
…ならば…力、だろうか。
もう何も失わない為の力、それが欲しい。
『何を捧ぐ?』
代償、か。
当然だが、その時の私は剣以外何も持っていなかった。
「何が欲しい?」
私は逆に問いかけた。
すると、声はしばらく悩んでから
『…記憶』
と答えた。
「記憶?」
『そう、お前の持つ「名前の記憶」を貰う。お前と、お前の家族の分の記憶を貰う』
それはつまり…自分と家族の名を忘れる、ということだろうか。
『そういうことだ』
…いいだろう、もはや名に意味など無い。
『…契約、成立』
誰かの声が響く。
私が自分の名を失ったのは、その時だった。
そして、気がつくと私の傷は少しながら癒えていて、完治とは行かないまでも、歩ける程度には回復していた。
そして、背には見慣れない外套。
少し力を込めると、外套は翼に化けた。
どうやらこれが『力』らしい。
…その時から、私の当てのない旅が始まったのだ。
…そして、この星の生活にも慣れ、新たな『家族』が出来て、再び笑えるようになった頃………。
「こんにちは」
悪夢が、再来した。
<FIN>
分かりにくいけど、メタさんのお話。
彼は結構重いバックグラウンドと宿命を背負ってます。
最終更新:2010年02月19日 15:59