提督×日向9-622

「遅いぞ。…なんだその顔は」

古めかしい板張りに朝の冷気が心地よい、早朝の舞鶴鎮守府内・修練場。
そこから一段降り、弓道場も兼ねた庭場に、飾り気のない簡素な道着を来た艦娘の姿があった。

「…まさか今日、普通に朝練してるとは思わないじゃないの」
油断して寝過ごし、いつもより30分ほど遅れて現れたもう一人の艦娘は、抜身の木刀を一人振るっていた相方に向かって口を尖らせる。

「いつも言っているだろう。私のような弱い人間には、地道に毎日続けるということが大きな心の支えになっているんだ」
「良く言うわー。アンタが弱いってんならここの艦娘はほとんど戦力外だわよ」
「そんなことより早く用意をしろ。素振りばかりでは修練にならない」
手ぬぐいで額の汗を拭いながら板張りに上がってきた日向に背を向け、伊勢は立てかけてある木刀を取る。
「はいはい。…つっても、今日ばっかりはヘタなケガさせるワケにはいかないのよね…」
「なんだと?らしくないことを。遠慮なんかしてくれるな」
「あたしが後で皆に怒られるでしょーが!」
本気で首をかしげる相方に、ため息を付きながら首を振る伊勢。

――本当にこいつは、今日自分が何をする日なのか分かっているんだろうか?


***

「時間だな。――ありがとうございました」
型通りにぴっと頭を下げるその姿は、美しくないと言ったら嘘になるだろう。
「ありがとうございました。で、今日は遅れる訳には行かないんだからね。きちっと予定開始時刻までに現地に移動しなさいよ」
「分かっている、大丈夫だ。今日は一級主力として、役目をきっちりと果たさせてもらう」
悩む時期はもう過ぎた、と。
気遣うような、やや心配気な表情の相方に向かい、軽く微笑んでそう呟く。
見たことのない表情だ、と伊勢は思った。

「明日の朝も――」
「明日の朝は、アンタは来ないんじゃないかな」
賭けてもいいよ、とにやにやしながら伊勢は言った。
私の話をちゃんと聞いていたのか、と日向は若干むくれて答えた。


***

高い高い蒼空。
笑顔で祝福してくれる、仲間たち。
幸福と慈愛に満ちた態度でエスコートしてくれる、――愛しい人。

こんな日が来ることを、一体誰が予想しただろうか。

「すごい――綺麗よ、日向。今日の貴女は、間違いなく、世界一美しい軍艦だわ」
そう言われても、なんと答えていいか分からない。柄にもなく頬が熱く、頼りない純白の艤装の奥で、胸が高鳴るのを覚える。
「――美しさと強さを両立した扶桑型の一番艦に誉められるとは、光栄の到りだよ」
いいえ、今日は素直に負けを認めるわ。華のような笑顔でそう答えた彼女は、ブーケ・トスを受けるべく祝福者の輪の中に下っていった。

仲間たちに背を預け、全艦隊の旗艦を務めるかのような錯覚を一瞬、覚えた後――

慣れない指輪の嵌った手で、彼女はブーケを背後の虚空に放った。

 

***

「しかし――物好きだな、キミは。本当に私で良かったのか?」
「何回同じことを言わせる気だい?」

ベッドの中で抱きかかえられる、顔が近い。
かつて、いや、今も上司である人。提督。
私は今日、この人のものになった。
何らの実感はないが、独特の安心感はあった。まずはそれでいいか、ととりあえず日向は思った。

「これ――傷かな?」

肩のあたりの古傷を見つけたらしい。
「あいにくと、誰かに差し上げるつもりなど無かった身体でね」
今さら失望されても困るぞ、と日向は言った。
しかし。優しく抱きしめて唇を合わせてくるその反応は予想通りで――少し卑怯なやり方だったかもな、と日向はぼんやりと思った。

「…ん…」

互いに舌を絡め合う。燃えるような溶けるような、本能の予感。
相手の興奮を感じる息遣いが、更に自分を高めてゆく。
ほとんど全てのことは、邪魔な理性と共に思考から追い出されていった。


***

一糸まとわぬ姿にシーツを手繰り寄せてベッドの上に座った日向の背を、提督の指が背を撫ぜる。
「ここにも傷がある。本当にたくさんあるね」
無神経といってもいい言葉だったが、全く気にはならなかった。人徳故か、はたまた――惚れた弱みか。
「正面も。見ていい?」
囁くような声。断れるはずがない。

他の誰にも晒したことのない双丘を、熱意と好奇心に溢れた表情が見つめる。
最初はおそるおそるという風に、やがて大胆にやわやわと愛撫する提督の感触が、視線が、――たまらない。

「提督…あまり見られると、恥ずかしいんだが」
「…本当、可愛いな。日向さんは」
日向さん、というのは嫁になっても継続するつもりなのだろうか。
嫁、という単語が平然と脳内に現れたことに、自分で軽いショックを受けていると――
「…んぁっ」
色づいた左胸の先を、指先がぴんと跳ね上げた。痺れるような感触が頭頂を突き抜け、おかしな声が漏れる。
「て、提督、そこは…ぁ…」
意外にも無骨な指が、しっかりと日向の感じる場所を捉え、甘く切ない感触を脱力するほどに伝えてくる。
右乳房の下から先端までを爪先でなぞられ、総毛立つ感覚に思わず背を反らし、短い髪がふるふるとうなじを撫で擦る。
脇のあたりからちろちろと攻めてきた提督の舌先が、これまでに経験のないほど固く屹立した日向の乳首を掠め、焦らし、
「ぅあぁぁっ!」
――それをついに咥えられ口中で転がされた瞬間、日向は快楽に一際高く啼いた。

「あっ、あ、はっ…あぁぁ…っ」

指が腰をなぞり、首筋に触れ、髪を撫ぜる。
そのたびに発せられる、刺激と快楽をねだるような、みだらな雌の声。
快楽に喘ぎながら、次々に女を目覚めさせられる自分。
――伊勢には見せたくない姿だな、という思いがちらりと頭を掠めた。


***

「あっ?!」
全身に及ぶ愛撫にくったりと力も抜けきった頃、その手が唐突に、片方の膝裏を持ち上げた。
とろとろに熱く焦らされてしまった秘肉に、指先が触れてくる。
「ここも、綺麗だね…日向さん」
「やだ…ぁっ」
つぷ、とさしたる抵抗もなく、濡れた谷間に提督の指が第一関節のあたりまで浅く埋まった。日向の身体がびくりと震え、それにもまして心が期待し、逸る。
ゆっくりと襞を押し開き、狭い膣内の壁を味わうように、心地よいそれが自分の中をなぞり、抜かれ、――再び、今度は根本まで、深く、深く。
「――くっ、あっ、あっ、」
半身を寝床に押し付けて、高く開かれた脚をわななかせながら、自分の性が、反応が、くちゅくちゅと隠微な水音を寝室に響かせる。
「や、あっ、それ、気持ちいい…気持ちいい、ていと…く…っ!」
片足を抱えられたまま、指先を出し入れされ、肉芽をぬるぬると摘まれ、もはや理性など欠片も残っていない。
シーツを握りしめた左手に、更に力が入る。

「そろそろ、いいかな…少し、痛いかもしれないけれど」
こんな疵物の身体でも、欲してくれるのか。――愛して、くれるのか。
得体の知れない温かさが、腹の中から上がってくる。
好きだ。繋がりたい。――このひとと。

「いいぞ…乱暴でも、激しくても……思うように、愛してくれ。提督」

開いた両膝を立て、両手を伸ばして誘い入れる。提督が、日向の白い身体に覆いかぶさる。
「――うっ、くっ…」
熱くて固いそれを自分の中に受け入れた瞬間は、かすかな違和感と痛みに呻いたが。
「日向…さん…」
「大丈夫だ…もっと、奥まで来てもいいぞ」
やがて獣のように足を絡ませ、互いに自分からくねる腰を打ち付け合い、唇を合わせ、互いの体温を感じて、
「…っ、ふぅっ、うぁ、ぁっ…」
ぬちゅ、ぬちゅ、と巨きくて温かいそれが胎内をこするたび、これまで想像もしたこともない、痺れるような快楽が背筋を駆け上り、
「提督、もう、ダメだ、き、気持…よすぎ…、う、あぁん――!」
「っく…日向…さん…ッ!日向さん、日向さんっっ!」
やがて最高潮の快楽が、びくびくと提督の自身を震わせ、精を自分の中に放たせた瞬間――


呼吸すらも続かない悦楽の中。
日向は、幸福とは何かをはっきりと知ったような気がした。


***

「――好きだよ、日向さん」
「私も――と、言ってやればキミは満足するのかな」
結局、何度身体を重ねただろう。心地よく火照った頬を、彼の胸に押し付けた形で呟くような睦言を交わす。
「病めるときも健やかなるときも、真心を尽くすことを誓いますか?」
「それはもう、昼に誓うと言ったろう。私は」
「中破状態での無理な進軍は、今後しないと誓いますか?」
「――あのな。私は戦艦だぞ。武人だ。攻めるべき時に生命を惜しんでは――」
「誓いますね?」

もう君一人の身体じゃないんだよ、と提督は言った。
その言葉に秘められた意味を悟り、日向には言い返す言葉はなかった。

「ま、その時は秘書艦としてそばに居てくれればいい。君がどう思ったとしても、殺気立ったみんながきっと、君を戦場には立たせてくれないだろう」
「それは――なんだかくすぐったいな。この私が、守られる側になるなんて」
それこそ、想像もしなかった未来だ。
しかし自分はもう、その道を選んでしまったのだ。
「分かった。誓うよ。――それで、キミは何を誓ってくれるんだ?私だけってことはないだろう?」
「取っ組み合いの夫婦喧嘩は、一生しないと誓います」
日向はまるで少女の頃のように、声を上げて笑った。

「さて、…そろそろ離してくれ。朝の修練に行く時間になってしまった」
駄目ー。と、普段の姿からは想像もつかないような声でぎゅっと自分を抱きしめた提督の姿に、思わず眉間が寄った。
「こら。こんな甘えた男を、旦那にしたつもりはないぞ」
やだー、と同じ声が応える。こんな姿、他の艦娘が見たらどう思うだろう。
「それは命令か。提督としての」
「いいえ。愛する夫のお願いです」
「それなら――」

伊勢は正しかった訳か。
彼女の笑いが目に浮かぶようだったが――愛しい人と唇を合わせた瞬間、そんなことはどうでも良くなった。


これまでと殆ど同じで全く違う、新しい日々。

これからはこの幸福を、いつまでも続けるための努力をしてみようか、と日向は思った。

(End.)

タグ:

日向
最終更新:2014年05月21日 14:04