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~番外編~ 「もうひとつの神無月 -早乙女真琴の憂鬱-」

神無月の巫女 ハアハアスレ投下もの

~番外編~

「もうひとつの神無月 -早乙女真琴の憂鬱-」

 ここのところ毎日の私の日課
午後の陸上部の練習を終えて、寮で食事を摂ると自主練と称して姫子の住むアパートまで走る
そこで姫子の顔を見ながら取る束の間の休息…それは明日への活力となる
いつものように2㌔弱の道のりを快調に走り、アパートに着くと姫子の部屋の明りは消えていた
「あれ?残業かな?」退院してまだ間もないというのに無茶させる会社だ
私はブツブツとそんな独り言を言いながら、暫くアパートの周りを走って時間を潰した

「姫子のヤツ、遅いなぁ」私はメールを送った
『姫子ー 今アパートの前 すぐに帰ってこい(*`Д')』
暫く待つも返信はなかった
『どうしたー? またどっかで転んでるのか?ヽ(`Д´)ノ 』
姫子はトロいけれど律儀な子だ
送ったメールには必ず返事をくれる
「事故にでもあってなけりゃいいけど…」
私は再度メールを送った
『明日は休みだろ?デートしてあげるから必ず連絡すること(・∀・)』
「あーあ、今日は抱き枕無しかぁ」
私は諦めて寮へと戻った
その日、姫子に新しい運命の始まりが訪れていたことも知らずに

結局、姫子から連絡があったのは翌日の昼過ぎだった
「こらっ連絡遅ーい 何してたんだ?」
「あのね、ごめんねマコちゃん…メールいっぱいくれたのに気がつかなくて…その…」
電話の向こうの姫子の様子がおかしい事に私はすぐに気がついた
「何か…あった?」
「あの、私ね、あのアパートから引っ越す事になったの」
はぁ?家賃でも滞納して追い出され事になったのか…
そんな考えが頭の中を過ぎっていた時、姫子の口から出た思いもよらぬ言葉
「待っていた人と…一緒に暮らすことになったから」


>>845もorz

私は電話を終えてから、暫く部屋のベットの上でボーッとしていた
(姫子のヤツ…)
あの崩落事故を大神君から知らされて天火明村に飛んだ日、私は彼との話の中で姫子が「待っていた人」には逢えたが想いが通じなかった、という事を知った
繊細でか弱い姫子は傷ついている…だから私はあえて何も聞かないでいた
まだ逢ったことも無いどこの誰だかもわからない人を待ち続けるなんて、バカな話しだ
そんなお伽噺を信じて待っている姫子に早く目を覚まして欲しいと願っていた
私が姫子の傷ならいくらでも癒してあげる
抱きしめてこの胸の中でいくらでも泣かせてあげる…
だから正直、そんな結果になってホッとしていたのも事実だった
まさか…それが…
(マコちゃんにはその人に逢ってもらいたいの…)
姫子は来週にでも引越し先の新居に遊びに来て欲しいと言った
そこで「想い人」を紹介すると言った
私は曖昧な返事をして電話を切ったような気がする
胸の奥でいいようのない感情が蠢いている
(マコちゃんは一番の大事な友達だから、マコちゃんにはちゃんと紹介したいし…わかって欲しい)
そう喋る姫子の隣りで確実に感じるもう一人の存在…
私は迷っていた

それから週末までの日々を私は悶々として過ごした
私は今、姫子から送られてきたメールの内容通りに指定された場所で彼女を待っている
「ハァ…」気分は乗らなかった
こんな欝な顔をして手土産のケーキの箱をぶら下げている自分の姿が滑稽にさえ思える
「マコちゃーんっ」
息を切らせて満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる姫子
ああ姫子、そんなに走ったらまた転ぶぞ…と、思った瞬間
「あちゃー…」案の定、目の前でコケた
「アンタは阿呆か…怪我してないか?」
「えへへ、大丈夫 最近は転び方も上手くなったみたい」笑いながらパタパタと服の汚れを払う姫子を見て、欝だった顔も自然と綻んでくる
「さぁ、この早乙女真琴様がアンタの「想い人」の判定をしてあげるから、さっさと案内しなさいな」
高台へ続く道をゆっくり並んで歩く
「しかし驚きだよ いきなり同棲だもんなーっ」
「うん…私も 迷ったけれど、その人…ずっと側に居て欲しいって…そう言ってくれたから」
「結婚…するって事?」私のその言葉に姫子は慌てて手を振った
「う、ううん…そうじゃなくて…」
「それは無いというか…出来ないんじゃないかって…」
顔を赤くして俯いた姫子のその言葉はよく聞き取れなかった
「何だって?何て言った?」
その言葉を遮るように「マコちゃん、ここ このマンションだよっ」
私は姫子が指をさすその建物を見て驚きを隠せなかった
「マジ…?こんな高級マンションに住んでるのか…」
それはどう考えても結婚もしていない一般的な若いカップルが、突然入居できるような代物ではないはずだ
(まさか姫子の相手って…とんでもないオヤジとか?)
悪い考えが頭を過ぎる
(愛人で囲われてるなんて…オチはないよな)


ホテルのようなロビーを通り、エレベーターで最上階を目指す
「姫子、アンタの相手って…何の仕事してるの?こんな場所に住めるくらいなんだから…普通の…人じゃないよな?」
「うーん…」私の言葉に姫子は腕を組んで考え込んでいる
(そういえば千歌音ちゃんって何の仕事してんだろう?姫宮家って、いっぱい土地持ってて、会社とかもいっぱい経営してるだろうし…)
「知らないのか?」
「うーん…詳しいことは良くわかんない」
(こいつ…騙されてるかも)
私の中にふつふつと怒りのような感情が湧いてくる
もしも、姫子を泣かせるような相手だったら絶対に許さない
私は戦いを挑むような覚悟でその部屋の前に立った

「マコちゃん、ここだよっ入って」姫子はおぼつかない手で暗証番号を入力するとドアを開けた
「こういうのまだ慣れてないんだ、えへへ」重厚な扉の奥は広い大理石の玄関ホール
スリッパに履き替えて姫子の後に続きリビングへと向かう
「お邪魔します」おそるおそる中に入ると、そこには天井高の広い空間があった
「凄いなぁ…」思わず出た言葉
自分の寮の部屋がいくつ入るだろうかと思わせるようなそのリビングは、明るい陽射しを受けて輝いて見える
間違いなく姫子が選んだではないだろう趣味の良い家具・カーテン・壁を飾る絵・小物類…
私は自分がひどく場違いなところに来た感じさえしていた
「いらっしゃい」
リビングと続きになっているキッチンから姿を現したその人は…
「千歌音ちゃんっ」
(えっ…まさかこの人が…)
私は瞬間固まった
だって、目の前にいるのはどう見ても女の人 間違いなく女の人だ
しかも驚くばかりの美人…スタイルもいいし…胸も大きい…
「マコちゃん…あの…もしかして思い出せる?姫宮千歌音さん…だよ」
えっ?どこかで会った事あったっけ?私は混乱していた
「マコちゃん?」
「あれ…以前どこかでお会いしましたか?アタシ記憶力悪い方じゃないんだけど…こんな綺麗な人に会ってたら忘れるはずないんだけどな、アハハハ」
「な、なら…いいんだ」
「じゃ…改めて紹介します こちらが姫宮千歌音さん あの、私が…ずっと待っていた人」
姫子は頬を赤く染めながら言う
「…は、初めまして、早乙女真琴ですっ あの、姫子とはルームメイトでして」
「姫子から…聞いていてよく存じています 今日はゆっくりしていらして」
その優雅な物腰に暫し私は見とれていた
「マコちゃん、座ってて 今、お茶出すからっ 千歌音ちゃんも座ってて」
姫子は小走りにキッチンへと向かった
「さぁ、早乙女さんこちらにどうぞ…」
私はこの人と本当に初対面なのだろうか?何だか懐かしいような気もする
記憶の一部に霞がかかっているような気さえしてきた


しかし…姫子の想い人が女の人だったなんて、誰が想像出来ただろうか
大神君だってきっと驚くに違いない いや大神君じゃなくたって驚くよ
二人は女同士だけれど恋仲、しかも同棲するくらいの相当な仲…それって…
(あっー、頭が混乱してくるぅ)
私はその綺麗な人の横顔をちらちらと盗み見しながら、複雑な思いになった
どうしてこんな女の目から見ても完璧な美人で、しかもお金持ちであろう恵まれすぎてるような人が、姫子と付き合ってるんだろう
そりゃあ確かに姫子は可愛いけれど…
でも…何か不釣合いな感じがする
もしかしたら、お金持ちの道楽で姫子をペット代わりにしようなんて考えているんではないだろうか?
やっぱり姫子は騙されてるんじゃないか、という猜疑心さえ湧いてくる

「お待たせー」姫子がトレーを持って小走りにやってきた
バカ、走るな、また転ぶぞ
「わっ…」ほら、言わんこっちゃない…
「走っちゃダメでしょ、姫子」バランスを崩しかけた姫子の体を千歌音がしっかりと支えていた
「ありがとう千歌音ちゃん…」
「そんなに慌てなくてもいいのに 怪我するわよ」
「う、うん…ごめんね」
何だこのふたりは…まるで母親と子供の掛け合いだ、と私は思った
頭痛がしてくる

「マコちゃんありがとう…私の好きなケーキ覚えてくれていたんだね」
そりゃ何年一緒に寝起きを共にした仲だと思ってる、アンタの好みなんて承知済みだよ
私の買ってきたケーキを子供のように無邪気な顔をして頬張る姫子
「姫子、ほっペにクリームついてるわよ」クスクスと笑いながら指先で拭う千歌音
何なんだ、この空気は…更に頭痛がしてくる

「マコちゃん…元気ないね 顔も赤いし、熱でもある?」
姫子が突然手を伸ばし、私の額を触った
姫子は色んな意味で天然な子だ
知らず知らずのうちにその極上な笑顔と意表をついた行動で相手の心を捉える
「だ、大丈夫だよっ」
顔が赤いのはアンタ達が目の前でイチャイチャするからだ
「そう、良かった マコちゃんはやっぱり元気じゃなくちゃっ」
何言ってるんだ…人がこんなにも心配してるというのに
ああ、何て罪な子なんだ
私は6年前からこの子をずっと見てきた
おどおどしてて、頼りなくて、自分に自信を持てない子
でも純粋な心を持っていて、素直で優しく、太陽のように人の心も暖かくしてくれるような子
私はずっとこの子の事が好きだった
それが友情以上のものであるかは自分ではわからないでいたが…
でも、今、目の前で幸せそうに笑っている二人を見て…確かに心は痛んだ


何ともいえぬ甘ったるい空気が流れる中、私達は他愛も無い話しをして時間を過ごした
その会話の中で、千歌音が天火明村のあの姫宮のひとり娘であることを知った
ならお金持ちなのにも頷ける
姫宮家は乙橘学園の経営者でもある…そうか、少なからず私とも接点はあったんだ
だからかな?前にどこかで逢っていたような懐かしい感じがするのは
姫子とは…いつ、どこでどんなふうに知り合ったんだろう?
二人の間にはどんな絆があったのだろうか
聞きたかった…けれど…聞けやしない
それは私の知らない姫子がいた事を認めたくない気持ちがあったから…

「でもあの階段にはずっと悩まされたよね」話題は乙橘での思い出にうつっていた
「毎朝、マコちゃんのお世話になってたっけ」
「そうだね、朝は弱いわ、すぐに転ぶわ、階段からは落ちるわ…アタシがいなきゃ…」
あれ?そういえばいつか姫子があの大階段から落ちそうになったことがある…でもその先の場面がどうしても思い出せない
なんでだろう…
「うん、マコちゃんが一緒に居てくれたから楽しかったよ 友達でいてくれて感謝してるよ、ありがとう」
そう言って太陽のような笑顔を向ける姫子…バカ、照れるじゃないか
「いいの、いいのお互い様だろ アンタはずっとアタシの抱き枕で居てくれたんだし、アタシだって楽しか…」
「抱き枕?」千歌音が怪訝そうに口を挟んだ
「マ、マコちゃんっ」姫子が困った様な顔をして私を見る
あれ?まずかったか?
「あ…ほらっ寒い日に猫抱いて寝ると暖かいでしょ あれと同じで」
私は都合よく足元でじゃれついていた猫のヒメコを抱き上げて言った
「姫子って猫みたいに柔らかいし、暖かいし…ギュッとするには丁度良いサイズで、この子抱いて寝る日は必ずいい夢が見れて」
あらら、もしかして全然フォローになってない?
千歌音の笑ってない目が怖かった
(もしかして、千歌音さんって…嫉妬深いのか?)
私はただ笑って誤魔化すしかなかった
(この人…きっとこの先も気苦労が多いんだろうな…)


夕食を一緒にというふたりの誘いを断り、私は日が暮れる前に帰ることにした
坂のところまで送るという姫子と共にマンションを出た
機嫌を損ねてしまったと思っていた千歌音も「またいらしてね」と笑顔で送り出してくれた
「あのね、マコちゃん」
姫子が上目遣いで言う
「やっぱり…変だと思った?」
「変って、何が?」
「あの、その…私の待っていた人が…千歌音ちゃん…女の人で」
「変…ってわけじゃないよ」私は少し言葉に詰まっていた
「ただ、少し驚いただけ…」
「マコちゃんには解ってもらいたかったんだ…」
泣きそうな顔になっている姫子
「姫子…」
「千歌音ちゃんだから…千歌音ちゃんだから好きになったの 性別なんてそんなの関係なくて、ただ…」
「そんな顔するな、姫子」
風が強くなっていた
セミロングの姫子の髪が風に乱れていた
その時私は気がついた 部屋に居た時には隠れていて気づかなかったそれに
首の横にハッキリと残っている痕…キスマークだ
そうか…二人は同性でも恋人同士なんだしそういう行為もしているんだろう
頭ではそう理解できても、でもやはり生々しい証拠を見せ付けられたようでショックだった
「もう…ここでいいから」なんか声が震えてる
「別にアタシに理解してもらわなくてもいいじゃないか…アンタらがいいならアタシなんて関係ないじゃないか」
冷たい言い方だ
「マコちゃん?」
ベットの上で絡み合う二人の姿が頭の中に浮かんでくる
次の瞬間、私は言ってはならない言葉を口に出してしまっていた
「でもやっぱりおかしい…変だ!このままで姫子が幸せになれるなんて思えないっ」

どうしてあんな酷い言葉を投げつけてしまったんだろうか
私は寮のベットの中で布団に包まりながら激しく後悔していた
姫子はきっと傷ついている
あの子が悪いわけでも何でも無いのに…姫子に当たって
こんな感覚…そう、前にもあったはず
霞がかかって思い出せないでいる記憶の中にあるはずの何か…
(ひとりにしておいて、帰ってよ)
この台詞…何だろう、頭の中で響いている 
そして姫子が泣きながら帰っていく後姿が見えた
何?混乱していく一方の私の頭の中…
「アタシ…どうしちゃったんだろう…」


「はぁ…」もうじき記録会があるというのにタイムも上がらず練習に集中できずにいる私がいた
このままだと多分、年末の駅伝大会のレギュラーメンバーには選ばれないだろう
私はグランドのベンチに腰を掛けて、颯爽と駆け抜けていく他の部員の姿を目で追っていた
(姫子に謝らなくちゃ…)
そう思いながらも携帯を手に取るものの、躊躇い結局送信ボタンを押せないでいる
ここ何日か同じ事の繰り返し…今日も押せそうにはない
「早乙女さん」
ふいに背後から声をかけられた私は驚いた
「少し…お時間よろしいかしら?」
(姫宮…千歌音…)
私の返事を聞くまでもなく、千歌音は私の隣に腰を降ろした
「姫宮の会社はあなたのとこの会社とも取引があるのよ それでね、今日は仕事の用があって来たのだけれど」
「実業団駅伝の地方予選会があるそうね…この会社は陸上部には力入れてるって聞いたわ
今、丁度近くのグランドで練習してるって教えてもらったから、あなたに逢えるんじゃないかと思って寄ってみたの」
「はぁ…」そっか、この人は偉い人だったんだっけ…と、何とも間の抜けた事しか考えつかなかった私
「姫子が…元気がないの」千歌音のその言葉に私はハッとした
「あの日…あなたを送って戻ってきた時から様子がおかしかった」
「…それは…」声が擦れる
「あの子は何も言わないけれど…きっと私に心配かけまいと、明るく振舞ってみせてるけど…私にはわかるわ あの子は悲しんでいる」
「…」
「あの子はあなたの事がとても好きよ 時々私が嫉妬を感じてしまうくらい」千歌音はフフと笑った
「あの子が悲しんでいるのを見てるは嫌…私はあの子のお日様のような笑顔が好き、笑顔でいてくれるあの子を見ているのが私の幸せ…
 あなただって、そうでしょう?」
(姫子…)自分がとても恥ずかしく思えた
「ねぇ…あなた、姫子の事が好きでしょう…私にはわかるわ」
「そ、それは…友達だし、その…」
「同じだもの、いつかの私と…」千歌音はとても優しい目を私に向けた
それは何もかも見透かしているかのような…だからといって責めているのでもなく包んでくれるような優しい眼差し
「想いを口に出してしまったら、もう友達としての関係までも失ってしまうんじゃないかって…悩んで苦しんで自分を追い詰めていた日々
心の中で何度も血の涙を流した日々…
私も…そうだったから…わかるの 痛い程わかるの」

ああ…何てことだ 私は天を仰いだ 涙が後から後から流れてくる
やっぱり私は姫子にそんな感情を抱いていたんだ
自分で気づかないふりをしていただけ…認めたくなかっただけなんだ…
千歌音にはわかっていたんだ
「うっうっ…」私は声を出して泣いた ただ自分が情けなかった
「ごめんなさいね、早乙女さん…」
千歌音が優しく抱きしめてくれた
「私の事は恨んでいいから、姫子の事は許してあげて…お願い」
そうか…わかったよ、姫子
アンタがどうしてこの人を選んだのかって…今ならよくわかる
「ひとつだけ…」暖かく私を包んでくれる千歌音の腕の中で私は言った
「ひとつだけ…最後の私の我儘を聞いて…姫子と…」


よく晴れ渡ったその日、私は10㌔のタイムトライアルに挑む
上位に入ればレギュラーが確定する
私には確かな自信があった そう…確かな自信
もうすぐだ
私は入念にウォーミングアップをして刻を待つ
「マコちゃーんっ」千歌音の運転する車から顔を出して手を振る姫子の姿が視界に入った
私の活力の源…確かな自信の証
「姫子ーっ」
車を降りあたふたと私の元に駆け寄ってくる姫子
ああ、バカ、そんなに走るとまた転ぶぞ
「わっ」いつものごとく躓く姫子を今度は私がしっかりと支えた
「バカ…アンタはどーしていっつも…」
「ありがとう、マコちゃん」ニコニコとお日様のような笑顔
「姫子…来てくれてありがとう ごめんね、無理させちゃって」
「ううん、マコちゃんの大事な日だもんね 会社は有給取って休めたし、気にしないでっ」
「それにね…マコちゃんに逢いたかったし、その…」
私は姫子を抱きしめた
「マ、マコちゃん!?」
「抱き枕…最後の抱き枕」
姫子の匂い…暖かいお日様の匂いだ
柔らかくて子猫みたいな大好きだったこの感触
「体育祭のリレーの時も姫子の声援があったら頑張れた 陸上部での部活でも姫子が見学してたらいいタイムが出せた
姫子はアタシの力になってくれる…姫子はアタシに元気を与えてくれる いつでも…
だから今日も絶対にいいタイムが出せる、頑張れるよ…ありがとう」
「マコちゃん…」
「姫子…この前はごめん、アタシが間違えてた
アンタは幸せになれるよ、千歌音さんと一緒に居れば絶対幸せになれる 絶対…」
「だから頑張れ…負けるな、頑張れ」涙が滲んでくる
「マコちゃん…ちょっと苦しいかも」力を込めて抱きしめていたので姫子が苦しそうに少し体を捩った
「だーめっ」私は更に強く抱きしめた
「だって…これが最後の抱き枕だもん…本当に最後の」
(大好きだよ、姫子…アンタを好きになって本当に良かった)
ありったけの思いを込めて姫子の頬に唇を押し付けた
「あっ…」姫子は耳まで赤くしている
「へへへ、許可は取ってるから大丈夫だよ」
もう一度、頬にキス…でも今度はサヨナラの意味を込めて…
「幸せになれよ、姫子…」
「マコちゃん…」
「よっしゃ!!絶対に一等賞取ってくるからな 応援よろしくっ」
私は姫子を離した
「うん、頑張ってね マコちゃん!!」
私は走り出した 体が軽い
もう悩む事なんてない 自分の進む道が見えた瞬間だった
私は一度だけ振り返った
車の横で私達のやりとりを見ていた千歌音に向かって大きく手を振る
(ありがとう、千歌音さん…ううん、宮様…ありがとうっ)

                         ~END~

最終更新:2007年05月24日 17:12
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