それは学園の廊下で偶然に聞いてしまった会話
「週末の七夕祭りは浴衣着ていくだろ?」
「うん」
「着付けはまかしといてっ このアタシが姫子を可愛く仕上げてあげるから」
そう言って姫子にじゃれ付き抱きついている早乙女さん…
私は角に身を隠し、唇を噛んだ
週末…七夕の日は村で祭りが行われる 私は姫子を誘うつもりだった
(姫子…)
祭りのような人ごみはあまり好きじゃない でも姫子となら行きたかった
姫子と密かに祭りを楽しみその後、姫宮邸に招いて庭で天の川を見上げてふたりだけの時間を過ごす…私が思い描いていた夢
それがただの妄想で終わってしまった事に虚しささえ感じていた
私には…大親友であろう早乙女さんとの約束を反故にしてまで、自分に付き合ってくれなどとは決して言えない
そんな勇気なんて無かった
「あの…千歌音ちゃんは今週末、何か予定ある?」
いつものように昼休みの薔薇の園でこと…
私は姫子の突然の問いに戸惑っていた
「千歌音ちゃんは行かないの?村の七夕祭り」
「え、ええ…」口から吐き出される嘘「色々と…忙しいから…」
「そっか…千歌音ちゃんが誰かと約束してなかったら」姫子は言った
「千歌音ちゃんも一緒に…どうかなって思って あ、マコちゃんも一緒なんだけど、たぶん千歌音ちゃんが来たらマコちゃんビックリするだろうけど…でもね、マコちゃんは千歌音ちゃんの大ファンだから喜ぶかなぁって…」
姫子…私があなた以外の誰と約束をするというの?それにね…私はあなたと二人だけの時間を過ごしたいのよ…
心の中で呟く
決して口には出せない言葉を…
「二人で…早乙女さんと一緒に楽しんでらっしゃい…」精一杯の笑顔を向ける
そう、それはきっととても不自然な笑顔になっているはずだ…
乙羽さんが用意してくれた七夕飾りが庭で風に揺れている
私は自分の願いを書いた短冊をそっと飾る…
なるべく目立たないように、使用人たちが飾った短冊の中に埋もれるように…
『大切な人に想いが通じますように』…それはきっと夢でしか有り得ない願い…でも、それでも私は願わずにはいられなかった
私は夜空を見上げて思った
七夕の日はいっそ雨が降ってしまえばいいと…雨と共に祭りも私の心の醜い部分もみんな流れて欲しかった
私の意地悪な願いを無視するかのように、今年の七夕の日は見事なまでの晴天になっていた
そうね、きっとこれは天罰
醜い想いを抱いた私への罰…きっと今日一日、苦しんで反省しなさいということなのだろう
遠くから響いてくる囃子の音や花火の音を私は自室でぼんやりと聞いていた
姫子と出逢う前なら、こんな夜にひとりで過ごしていても寂しいなんて感情は湧かなかったであろう
けれど…今私の求める太陽の輝きは別の場所で別の人に向けられている
そう思うだけで胸の奥がしめつけられるようだった
コンコン…「失礼します」乙羽さんが入ってきた
「お嬢様、これを…」乙羽さんは手に持っていたものを差し出した
それは小さなビニール袋に入った金魚2匹と綿菓子がひとつ…
「これは?」
「はい、先程お嬢様のお友達という浴衣を着た女の子が参りまして、これをお嬢様に渡してくださいと」
「!?」
「お嬢様はお忙しいだかろうと、このまま失礼しますと言ってすぐに帰ってしまわれたのですが…」
気がついたら私は部屋から飛び出していた
私は走った 無我夢中に走った
まだそんなに遠くには行ってないはず…姫子の足ならば尚更だ
やがて村の広場へと続く道の途中で、私の目はピンク色の浴衣姿を捕らえた
「姫子ーっ!!」声の限り叫ぶ
驚いたように振り返るその人は…やはり姫子だった
「千歌音ちゃん…」嬉しそうに小走りに寄ってくる姫子…
「あっ…」躓いて転びそうになった姫子を寸でのところで抱き止めた
薄い浴衣を通して伝わってくる体温、柔らかい体の感触、そして姫子のお日様の匂い…
私は嬉しくて、ただ嬉しくて力を込めて抱きしめる
「ち、千歌音ちゃん?」
「来てくれて…ありがとう」耳元で囁く 唇が姫子の耳に触れた
姫子はビクリと体を震わせ私から離れた
「あ、あのね…」顔を真っ赤にしている
「マコちゃんが昨日の部活の練習で足を捻挫しちゃったの それで…今日は安静にしてなくちゃいけないって言われて
お祭りも行けなくなっちゃって…でもマコちゃんはせっかく浴衣を用意したんだから行っておいでって…
本当はね、千歌音ちゃん誘いたかったけれど、忙しいって言ってたから…せめてお土産だけでも、って…」
「ありがとう…姫子」私はもう一度姫子を抱きしめた
心がとても暖かくなれた
「姫子…天の川…一緒に見よう」
私は姫子を連れて姫宮邸に戻った
「わぁ、千歌音ちゃんちの七夕飾りは大きいねぇ」姫子は自分の背丈より大きい飾りを見上げ子供のようにはしゃいでいた
「ねぇ…千歌音ちゃんは短冊に何て書いたの?」
「知りたい?」言えるはずなんて無い…「ひ・み・つ」笑って誤魔化す
ベンチに腰を掛けて雲ひとつ無い夜空を見上げる
「綺麗だね…」都市部ではないので、天の川がハッキリと見える
「逢えて良かったね、織姫と彦星は」
「そうね…」私もあなたに逢えて良かった…そう心の中で呟く
「でも、一年に一度しか逢えないなんて辛いだろうね お互いすごく愛し合ってるのにね…かわいそうだな…」
愛し合っている…それだけでも幸せよ
一生叶わぬ想いに身を焦がし続けるよりも…一年に一度しか逢えなくても…
何だか、涙が溢れてきそうだった
「ふたつの星の距離はね…光の速さに換算しても十四年半くらいあるのよ だから一年に一度というのもおかしな話しだけれどね」
「ええっ、そうなの…十四年かぁ…そんなに待たなくちゃ駄目なんだぁ…私だったら待てるかな?」
姫子は真剣に悩んでいるようだった
その仕草が妙に可愛らしくて、自然と笑みがこぼれてくる
「私はね…想いが通じているなら…待てるわよ きっと、何年でもね…また必ず逢えるのなら」
姫子…私はあなたが振り向いてくれるならきっと何年でも待てるわ
でもね、現実的にそんな日が訪れないこともわかっている…だからね、今、こうして願いをかけるの
あの輝く星に…
「一分一秒でも長くあなたの側にいられますように」って…
私は夜空を見上げている姫子の手をそっと握り締めた
数ヵ月後に私達に訪れる悲しい運命…私はこの時、既に別れの瞬間(とき)を予感していたのだろう…
~END~