「夜景の中で…」

神無月の巫女 ハアハアスレ投下もの

「夜景の中で…」

「神戸に…でございますか?」夕食後、千歌音の突然の申し出に乙羽は戸惑っていた
「急で悪いのだけれど、あさって出かけたいからホテルと切符の手配お願いできるかしら」
「は、はい…かしこまりました」すぐに手配をします、と告げて部屋を辞した乙羽の心は揺れていた
お嬢様は変わられた…乙羽は思う
この春に高校に進まれて、「特別に親しい」友人が出来たらしい
私はまだその相手の顔も知らなければ名も知らない…
お嬢様に仕えて十余年あまり、これまで私は親しい友人の存在は確認したことがない
お嬢様はより高みを目指す特別なお方、それ故、一般人の友人の存在など必要もなかったし、邪魔だとも考えていたから…
そしてそれはお嬢様も同じ考えだと思っていた
そう信じて疑わなかった私にとってお嬢様のこの「小さな革命」は大きな衝撃を与えた…
しかし…命令だ メイドの立場である私がお嬢様の申し出に異を唱えることなんて出来はしない
乙羽は姫宮家のご令嬢が宿泊するに相応しいホテルに連絡を入れた
「車で送ってもらうのではなく、電車を乗り継いで行きたい」という千歌音の要望に応えて切符の手配も済ませる
友人と遠出して宿泊をする…それは初めての経験…千歌音をそんな行動に駆り立てたものは何なのか?
乙羽は深い溜息をついていた

千歌音は少し先走った事を後悔していた
数日前、何気なく姫子と交わした会話の中で彼女が神戸で開催されている写真展に行きたがっている事を知った
それはたぶん姫子の独り言の類
「でも、神戸は遠いし、お小遣いも足りないから無理だな」と姫子は早々に諦めていた
独り言を言って自己解決し、納得してしまう姫子のよくやる事
…しかし、千歌音は聞き逃さなかった
この子を神戸に連れ行ってあげたい、好きな写真展を見せてあげたい、喜ぶ笑顔が見たい
千歌音はすぐさま写真展の事について調べた
そして展示期間がもうじき終わってしまう事をする
千歌音はすぐに心を決めた…行こう、二人で…と
しかし、まだ姫子の了承を得たわけではない
でも…この興奮にも似た逸る気持ちを抑える事は出来なかったのだった

「えっ…ダメだよ そんなに千歌音ちゃんに負担かけるわけにはいかないよ」
予想通りの答え 顔を赤くし、手を振り戸惑いの表情を見せる
お金の心配はしなくていいから一緒に写真展に行こう、と誘った後の姫子のリアクション
可愛い…思わず抱きしめたくなる
「私と…一緒じゃ嫌?」少し意地悪な質問…姫子が嫌だと言うはずはないと千歌音にはわかっていたから
「嫌なんかじゃないよ…誘ってもらって凄く嬉しい でもね…」
「じゃあ行きましょう」千歌音は姫子の手をとった
「私が姫子と一緒に行きたいの 二人で…夏休みの楽しい思い出を作りましょう」
吸い込まれそうなその千歌音の瞳の輝きに姫子は思わず頷いてしまっていた

姫宮邸の広い食堂
大きなテーブルにひとり座して夕食を摂る千歌音は上機嫌そのものだった
いつも使用人たちに囲まれてひとり味気ない食事を摂る千歌音だったが、今晩は違う
明日のことを考えるだけで胸が高鳴り、顔がほころんでくる
食後のお茶さえ、こんなにおいしく感じたことはあっただろうか?と千歌音は思っていた
乙羽はそんな千歌音の様子を複雑な思いで見つめていた
(お嬢様…そんなに明日が楽しみなのですか 服まで仕立て直してそのお友達に渡してあげるなんて…それ程まで…)
乙羽は千歌音が見立てた一着のワンピースのサイズを直して欲しいと頼まれた
お友達にホテルでディナーを摂る時に着てもらうのだという
千歌音には少し子供っぽいその可愛らしいワンピースを着るのは一体どんな子なのか?
乙羽は見えない相手に嫉妬を感じぜずにはいられなかった
「乙羽さん、服のサイズ直しは終わったかしら?」
「はい…既にお荷物の中に」
「そう、ありがとう」千歌音は穏やかな微笑みを見せた
「お天気…晴れるとよろしいですね」夕方から振り出していた雨…
「そうね、でもたぶん大丈夫よ」千歌音はフフと笑う
「てるてる坊主作っておいたから」
「…はあ…」お嬢様ったらいつの間にそんな事まで…乙羽は思わずエプロンの裾をギュッと掴んだ
「まるで遠足の前の小学生みたいでしょ 自分でもおかしいとは思ったのよ」
いいえ…お嬢様 乙羽は心の中で呟く
お嬢様は遠足の前でもそんな事はしませんでしたよ…いつも冷静沈着なお嬢様がこんなに心を浮かされてる姿を見るのは初めてですよ…と
「お嬢様に…そんな事までさせるなんて…」乙羽の小さな呟き
「何?」
「そのお友達は…きっと素晴らしい方なんでしょうね」きっと自分はひきつった笑顔をしているだろうと、乙羽は思った
「ええ…」少し頬を染めて千歌音は言った「太陽のような子…きっと私を照らしてくれるお日様…そんな子よ」


翌日、願いが通じたかのような晴天
千歌音はまだ朝早い天火駅で姫子を待つ
実のところ、昨夜は興奮の為なかなか寝付けないでいた
浅い眠りを何回か繰り返し、そして結局夜明け前には目覚めてしまっていた
眠くないといったら嘘、でもそれでもこれからの事を考えると目は冴えるばかりだ
朝の弱い姫子のこと…始発電車に間に合うかどうか
千歌音がふと不安を過ぎらせた時、朝靄の中から走り寄ってくる影に気づいた
「千歌音ちゃーん」息を切らせて姫子が姿を現した
姫子、そんなに走ると転ぶわよ、と声を掛けようとしたその瞬間、やはり姫子は転んだ
「イタタタ…」「大丈夫?」駆け寄った千歌音に手をとられて立ち上がる姫子は恥ずかしそうに笑った
「千歌音ちゃんは時間に正確だから待たせてはいけないと思って走ってきたの ほら私って何やるのも遅いから」
「大丈夫よ 時間にはまだ余裕があるわ」
千歌音は姫子と手を繋ぎホームに向った
確かにこの辺境の地から神戸に出るまでには時間がかかる
しかし何も無理をして始発の電車に乗る必要もなかった けれど…少しでも長く姫子と一緒に居る時間が欲しかったから…

「始発電車に乗るなんて初めて…神戸に行くのも初めて…」姫子は子供のようにはしゃいでいた
「友達と外泊するのも修学旅行以来だし…初めてがいっぱいだよ 千歌音ちゃんのおかげで初めてがいっぱい…ありがとう、千歌音ちゃん」
天使のような笑顔だと千歌音は思った 
少し心配してしまう丈の白いミニスカートにタンクトップの上に羽織った白いパーカー…姫子らしい可愛らしい服装
そう、その姿は本当に千歌音には天使に見えた
やがて電車がホームに滑り込んできてふたりは乗車した
ふたり以外はだれもいない車内
ボックス席に向かい合わせで座る
「はい、どうぞ」千歌音は乙羽が用意してくれたサンドウィッチを渡した
ありがとう、といって嬉しそうに頬張る姫子のその姿を見て千歌音はただ幸せな気持ちになれた
ゆっくりと流れていく二人だけの時間
何気なく交わす言葉のひとつひとつが楽しい
ぽつりぽつりと乗客も増えてきた頃、お腹もいっぱいになった姫子は軽く欠伸をした
「眠い?」千歌音のその言葉に姫子は少し顔を赤らめて言った
「実はね、昨夜は全然眠れなくて…今日のこと考えたらドキドキしちゃって色々と考えてたら結局朝になっちゃったから」
そう…私と同じだったのね 千歌音は嬉しかった 姫子が自分と同じ気持ちだった事が…
千歌音は姫子の隣りに移る
「乗換えの駅までまだまだだから…寝てていいわよ 肩貸してあげる」
千歌音の手が背中に廻り姫子を優しく引き寄せる
「…あ、ありがとう…」姫子は恥ずかしそうに言うと目を閉じた
千歌音の温もりと電車の揺れが姫子を眠りの世界へと誘う
やがて聞こえてきた小さな寝息…千歌音はそれを確認すると紅茶色の髪にそっと口付けをした

いくつかの電車を乗り継ぎ、神戸に着いたのはお昼前
「うわぁ…人が多いな」駅に降り立った姫子の感想
姫子は千歌音のようにずっと天火明村で育ったわけではない
高校に入るまでは地方都市ながらそれなりの都会で生活をしていたわけだから、こんな街並みに驚くのも変な話しだが…
しかしまだ数ヶ月とはいえ、のんびりと時間が流れているあの村で生活を送っていたら何だか自分が浦島太郎になったような気がしてきておかしかった
千歌音は普段は田舎暮らしをしているとはいえ、そこは大富豪のお嬢様…色々と各地に出かけてもいるのであろう
何の迷いもなく都会の街を颯爽と歩くその姿を姫子は頼もしく思う
姫子はまるで散歩に連れ出された子犬のようにヒョコヒョコと千歌音について歩いた
人の波に幾度となくぶつかった姫子は思わず千歌音に手を繋いで欲しくて手を伸ばした
…が慌てて引っ込める ここは天火明村のような田舎じゃない
小学生でもないのに女同士手を繋いで歩いていたらきっと変に思われるだろう
千歌音に恥をかかせるわけにはいかない
「姫子?大丈夫?」千歌音は振り向いて姫子を気遣ってくれる
「タクシー乗り場までもう少しよ でもその前にお昼を食べましょう」千歌音はそう言うとさりげなく姫子の手を握って歩き出した
嬉しかった…考えてみたら天火明村に居たって学校の皆がいたらこんなことは出来ない
今だけのほんの少しの時間…姫子は甘えることにした

昼食を摂った後、タクシーに乗り写真展の会場に向った
ここも相変わらずの人の多さ…雑誌で紹介されていただけあって人気があるんだなと姫子は思った
「行くわよ 姫子」千歌音の長い指が姫子の手に絡んでくる
「あ、あの…」ふいに口から出た言葉
「千歌音ちゃんは…嫌じゃないの?」「何が?」
「こんな風に手を繋いで歩いてると…その…」
「嫌なはずないでしょ…それにね姫子が迷子になったら困るもの それとも姫子は嫌なの?」
「ううん、そんな事ない…嬉しい…」嫌なはずなんてあるわけない
姫子はギュッと千歌音の手を握った

「凄いなー…私もこんな風に撮れるようになりたいなぁ」
「あ、これも凄いよねー」「わぁー、綺麗な写真」姫子はとても上機嫌ではしゃいでいる
千歌音はそんな様子を見て、連れてきて本当に良かったと思った
姫子のこんな笑顔を側で見られるだけで幸せになれる…本当に欲しかったものはこの笑顔なのだから
時間の経過も忘れて、結局、閉展時間ギリギリまでそこにいた

ポートタワーの近く、神戸市街の瞬くネオンを見下ろせる最上階の高級ホテルの一室
姫子はそこから見える素晴らしい夜景にただ見とれていた
「本当に…素敵…」
高速道路の流れがまるで光の帯のように見える
高校生の身分でこんなホテルに泊まるとは思っていなかった姫子はただ驚くばかりだった
この部屋はいわゆるスイートルームと呼ばれる部屋
大富豪のお嬢様である千歌音にとっては、たいした事ではないのだろうけれど姫子にとっては軽い眩暈さえ感じるものだ
「姫子…」ふいに呼ばれて振り向くと千歌音は一着の服を持っていた
「もうじきディナーが運ばれてくるからこれに着替えて…」渡されたそれはいかにも高級品であろう、薄いピンクのワンピース
「私のお古だけれどサイズは直してあるから…あなたにプレゼントするわ」
「でも…」とてもお古なんて思えない…もしかして一度も袖を通してはいないのでは?と姫子は思った
「さぁ、早く着替えてらっしゃい」姫子は隣りの寝室へと押しやられた
「いいのかな…?」千歌音のありとあらゆる心遣い…無下に断ったらきっと千歌音を傷つけるだろう…姫子は着替えを始めた

「あの…」着替えを終えて部屋を出ると、いつの間にか千歌音も着替えを済ませていた
「良く似合ってるわ サイズもピッタリに仕上がってるわね」
良く似合っているのは千歌音の方だ、と姫子は思った
対照的な深いブルーのシンプルなデザインのイブニングドレス仕様…
出された肩が何とも色っぽい
きっと千歌音が着るものを選んでいるのではなく、着られるものが千歌音を選んでいるのだと姫子は思った

ルームサービスによる豪華なディナーが始まる
姫子にとっては勿論こんな経験は初めて…今日は寮の食事ではない
目の前には見た目も美しいフランス料理のコースが並ぶ
注がれたワインにさえも戸惑いを感じていた
「乾杯しましょう…」千歌音に促されてワイングラスを持つ
「今日の…良き日に…私達ふたりの素敵な夜に…乾杯」
千歌音の心をくすぐるような甘い言葉、窓の外に広がる美しい夜景、豪華で美味な食事、そして初めて口にするワイン…何もかもが姫子を酔わせていくようだった
まるで魔法をかけられたような素敵な時間が過ぎてゆく

シンデレラにかけられた魔法なら12時を過ぎたら消えてしまう
私にかけられた魔法はいつ消えてしまうのだろうか、と姫子は風呂上りで火照った体を涼めながら思っていた
千歌音から「広いお風呂だから一緒に入ろう」と誘われたが、どうにも恥ずかしくて辞退し先に入浴を済ませた
女同士なのだから別に意識する事も無かったのであろうけれど…
姫子は今日あった楽しい時間を思い出しながら、相変わらず絶景な夜景を眺めていた
「本当に…楽しかったな…千歌音ちゃんにちゃんと御礼言わなくちゃ…」
そこへ入浴を済ませた千歌音がやってくる
「そんなに…夜景が気に入った?」風呂上りの千歌音は艶々しく更に色っぽさを醸し出している
「う、うん…凄く素敵だよ…」それは夜景に対してかそれとも千歌音の妖艶に対して言ったのか…良くわからない
「あのね…ありがとう」姫子は言う
「こんなに素敵な時間を与えてくれて…今日一日、凄く楽しかった…ありがとう」
「…いいのよ 私だってとても楽しかったのだから…姫子がね楽しそうな笑顔を見せてくれたからそれでいいの」
優しい千歌音の微笑み…出逢ってから何度も姫子の前で見せてくれる表情
いつでも困っている時に手を差し伸べてくれる、誰よりも気遣ってくれる優しい人…もうずっと頼りっぱなしだ
「あの…千歌音ちゃん…」姫子は思い切って口に出してみる
「私…千歌音ちゃんにはしてもらってばかりでしょう?だから…御礼じゃないけれど…私に何か出来ることある?
千歌音ちゃん、してもらいたい事とかあったら言って…私じゃ出来る事なんか限られてることわかっているけれど…
それでも千歌音ちゃんが望むことがあるならしてあげたいの…」
千歌音は驚いたように暫く姫子の顔を見つめていたが、やがてゆっくりと近づいてきた
「…何でもいいの?」
「う、うん…私に出来る範囲のことでなら…お金のかかることとかは無理だけれど、何か欲しいものとかあるのなら言って…」
千歌音は姫子の顎に手をかけた
「えっ…」
「欲しいものは…あるの…」


「欲しいものはあるの…いつだって手の届く場所に」
「でもね…」千歌音の表情が寂しげに揺れた
「きっと触れてはいけないのよ…触れたらきっと…私の前から消えてしまうだろうから」
「千歌音ちゃん…」
「失いたくはないから…絶対にそんなのは嫌…でもね触れたくて、触れたくて…
心が壊れそうになる時もある…どっちも私の本当…」
「ごめんね…姫子…」千歌音の顔が近づいてくる
潤んだその瞳を見たら姫子は次に起こるであろう行為を拒否する事なんて出来なかった
(千歌音ちゃんは苦しんでいる…きっとそれは私のせい…)姫子は目を閉じてその行為を受け入れた
生暖かく柔らかな感触が唇に重なった 体が少しだけ震える
しかしそれは重なってすぐに離れた 「嫌じゃ…ない?」
千歌音の問いに姫子は首を振る 
(嫌じゃない…何故だろう、前にもこんな光景があったような気がする)
これはデジャブーだろうか?それとも…
姫子の考えを遮るように二度目の口付けはふいに
「んっ…」
一度目とは比べ物にならない程の激しく情熱的なキス
唇を割って入ってきた舌はまるで口内を犯すがごとく動き回る
(…この感触は…)姫子の手はいつしか千歌音の背中に廻されていた

-----レースのカーテンの隙間からは光が瞬く神戸の夜景が見えていた
「あ、あっ…千歌音ちゃん…」切なく唇から漏れる声…私は今、ベットの上で千歌音ちゃんに抱かれている
何故こうなったのかは…上手く説明できそうにもない
ただ…千歌音ちゃんが私を求めたから?千歌音ちゃんの涙を見たから?いいえ、多分違う
私達ふたりの間には「運命の絆」があるとわかったから…
唇を重ねる度に肌を触れ合わす度にそれは確信へと変わっていく
今はそれがどんな運命だったのか、これからまたどんな運命に導かれていくのかは知る由もない
ただ私は知っている
私の肌の上を這う千歌音ちゃんのこの手が、遠い昔から私を護ってくれていたと、
そしてこれからも私を護ってくれるということを…
私はその白く美しい手を取り口付けをする
感謝と愛情を込めて…
私達の運命はまた廻り出す----------

                おわり

最終更新:2007年05月24日 18:49
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