神無月のRe-Sublimity

神無月の巫女 ハアハアスレ投下もの

神無月のRe-Sublimity

 遥かな輪廻の果てに訪れた、月を失くした星空のような世界。
 かつて運命を、輪廻を超えて愛し合った人――あまねく星々を従えて輝く月のよう
 に、尊敬と人気を集めていた人のことを、誰一人知らない世界。
 そんな世界で、私は信じていた。世界で唯一人、私を待っている誰かと、いつかき
 っと出逢えるという、意思にも似た願いを。
 とりとめのない話の合間も、授業中も、夢の中でも、しばしば過る恋人のことを。

 揺らめく霞のように曖昧なイメージからは、何一つ読み取れない。名前だって分か
 らないし、性格も知らない。友達はみんな『居るかどうかも分からない人なんて諦
 めて、アイツの想いに応えなよ』って言ってくれる。でも、どうしてもできない。
 くだらない夢物語とは違う、運命めいたものを感じているから……。


 憂いや寂しさ交じりの、深い切なさ。胸を苛む、不思議な息苦しさ。誕生日の前夜、
 いつからか芽生えていた感情が、最近更に強くなっていることを感じていた。
 葛藤の余地も与えない、曖昧だけど確かな――相手を知らない片思い。
 藤色に、そして深い藍色へと変わりゆく空に浮かぶ、9月最後の月。その澄んだ光
 の方を見やりながら、キーボードを打つ手を休めて深いため息をついた。
 記憶を無くしている私は、神無月の巫女のことも、月の社のことも知らない。
 憶えているわけがないのに。私が月に惹かれるのは、あの悲しい別れの時、最後
 に交わした言葉ゆえなのだと、知るわけもないのに。

 動き出す運命を暗示するような、心のざわめき。
 かつてない感覚は、明日が何か特別なものになると教えている。
 さっさと片付けないといけないレポートも、こんな状態では進まない。つい砂糖を入
 れ過ぎてしまった玉子焼きを一切れだけかじって、私はそのまま床に就いた。


 目蓋を無理矢理閉じて、顔まで布団で覆う。いつになく高鳴る想いに、無理矢理
 蓋をするように。でも、やっぱり違和感がある。毎日寝起きしているベッドの筈なの
 に、大きなお屋敷に独り取り残されたように寂しい。……でも、何故なんだろう?
 ずっと昔にも、こんな気持ちになったことがあった気がする。怖い夢にうなされてず
 っと震えていたこと、そんな自分を、誰かが優しく包んでくれたこと。
 とても大切で懐かしい過去が、眠る意識に反比例して、少しずつ溢れていき……。

 張り詰めるような不安と、泣きたいほどの嬉しさ。触れてはいけない辛さと、二人寄
 り沿いたい、いつまでも触れ合っていたいわがまま。そんな想いで一杯の私に
 付き添うように、寄り添うように、いつも支えてくれた人がいた。とても綺麗で、暖か
 くて、何度も護ってくれた人、私を本当に愛してくれた人がいた。

 白い光の中で交わした初めてのキス。嵐の夜の痛々しい交わり。そして……。
 いつかまた生まれてくる、きっと帰ってくると、そう言ってくれたあの人に誓った。
 絶対、絶対見つけるから――。
 叫ぶように交わした約束と、届かずにかき消された言葉。長い間、記憶の底の底
 に眠っていた恋。最近ざわめいていたのは、あの人への、届かない……。
 凍りついていた過去。愛する人を殺める罪と、甘い口付け。
 えいえんに廻り続ける悲しい世界を恨むことなく、いつかまた出逢い、恋に落ちる、
 ただそれだけを希望に、あの人は、いや、私達は……。


 沈んでいた意識が戻ってきた時、私の目からは自然と涙が零れ出ていた。胸を苛
 むような夢景色は朧気でも、心はあの気持ちをはっきり思い出したから。
 月が傾き始める頃。普段は寝ている時間なのに、今日は不思議に醒めていた。
 のそのそ何となく体を起こす。するとその視線が、不意に『それ』に引きつけられた。
 迷宮から連れ出してくれる鍵のように、今と過去とを繋ぐもの。
 いつからか手元にあった、それは空白だらけの、白いアルバムだった。

 存在するはずのないアルバム。私一人だけが写っている、まほろばの写真。
 在りし高校時代の……だけど何よりも大切なものが失われた写真を見るたび、私
 は何故か涙を零していたけど、その理由がやっと分かった。
 確かに隣にいた、あんなに好きだった人が写っていない。だから悲しかったんだ。
 かつてあの神無月までを一緒に過ごした人。笑顔の私の横に広がる不自然な空白
 に、美人でみんなから慕われていた、あの人がいたのに……。

 今になって何故『思い出した』のだろう。何故『忘れていた』のだろう。
 こんなに大切なことを、どうして……。
 このアルバムをくれた、この世界に居る筈のない人の記憶。それはもしかしたら私
 に神様がくれた、誕生日の贈り物なのだろうか。


 待ち続けている人。本当に大好きな人……私はカーテンを開けて、滲んだ涙を拭
 ってから、静かにアルバムを開いた。見るたびに泣いてしまうから、ずっと閉ざし
 ていた記録。それを静かな月明かりの中で、もう一度思い返す。
 いつかの音楽室、ケーキを焼いた調理室、別れ前の薔薇の園……笑顔を浮かべ
 る写真の私を架け橋に、幸せな記憶が、堰を切ったように込み上げてくる。みんな
 の憧れだったあの人との逢瀬、行き違い、告白。
 はっきりと蘇ってくるあの気持ちは、熱くて、残酷で、でも狂おしいほどいとおしくて。

 涙がまた溢れ出してくる。だけどそれは悲しいからではなかった。辛い別れの記憶
 なのに、不思議と嬉しかった。運命の人が確かにいるって分かったから、きっと
 どこかでその人に出逢うって約束していたから……。

 もう何時間も嬉しい涙を零してから、思い出したように外を見やる。誕生日を祝うよ
 うな、深く澄んだ青色の空――夢で見たあの人の、瞳のような色の空だ。
 流れた涙の跡と、紅に染まった頬を、沈んでゆく薄月の代わりに、いつの間にか
 さんさんと輝く朝陽が照らしている。
 なんでもないありふれた景色。だけど、今日の朝はいつもとは全く違う。
 いっぱい泣いて、いっぱい懐かしくなって……でも昨日までより前向きになってる。

 ただの神無月の夢。ずっと昔から願い続けてきた夢。
 だけどそれは確かな出来事で、私がいるこの世界にも繋がっている。
 抱き合える時がいつかは分からない。けれど、今日明日でも十年後でも来世でも、
 きっといつか巡り合える。貝合わせのように、この世でただ一組の、ぴったり重なり
 合える、ずっと憧れていた想い人に。
 えいえんのような年月を、月の社で独り過ごしていた時も、彼方から愛する人がい
 る星を見やることしかできなかった時も、私は待っていられた。信じていられた。
 瞬きのような時間でも、またあの人と出逢って幸せになれるからと。だって、私達の
 間には、運命にも神様にも負けない絆があるのだから……。


「言えないですか?そーですか?黙秘を続けるなら『公開抱き枕』の刑だぞ?」
「えっ、それはちょっと……でもやっぱり駄目だよ……」
 なにげない会話の中、いつの間にか誘導された恋の話題に、二人で笑い合う。
 いつもよりちょっと洒落たパティスリーで、マコちゃんお勧めのケーキを食べながら。
「……なんてね。でも何となく分かるよ。多分、『運命の人』のことでしょ?」

 聞くまでもなくお見通しなルームメイトに、思わず顔を真っ赤にしてしまう。
「けど、なんで分かったの?」
「なんかこう、雰囲気が全然違ったんだよね。この間までは何か一人で悩んでるみた
 いだったけど、今日は吹っ切れてたっていうか……それに服もいわくありげだし」
「……どうしてそんなにバレバレなのかなぁ。マコちゃんってやっぱり凄いよ……」

 見つけてくれるように、再会の時、私と気付いてくれるように。
「えっとね、こんなこと言うとなんだか変な人みたいだけど……昨日見た夢の中で、
 なんとなくこういう服着せてもらった気がしたの。その後髪を結ってもらって、懐かし
 い髪留めつけてもらって……しかも朝起きて部屋探したら本当にこれが……」
「……前々から思ってたけど、やっぱりアンタは大アホだよ、筋金入りの」

 幻の想い人にここまで夢中になる私。確かにそれは、傍から見れば異様な話。
「だよね……周りの人からしたら……」
「けど、なんでかな……アンタの話聞いてると、不思議と嘘には思えないんだよね」


 時の向こう側へと流された『絆』を求めて、あれから部屋中探して見つけた、思い出
 の髪留め。初めて出逢った日から、二人を繋いでくれた宝物。
 向かい風だったあの日。あの人の切なさも知らずに、デートに出かけたあの日……
 こんなにチープでささやかで、だけど、世界さえ飛び越えて私の手元にあるもの、
 ううん、手元に戻ってきてくれたもの。
 側にいてくれた人が、私に選んでくれた原点の色。記憶が還った誕生日に、あの人
 へ想いが届くようにと、気持ちを込めて着た青緑。今日逢えるって保障もないのに
 とは思っているのについ選んでしまった、私とあの人の一番好きな色。

「流されてばかりのアンタが凄い生き生きしてるわ、証拠物品もちゃんとあるわ……
 さすがのアタシでも、ここまで来ると運命とか奇跡とか信じてみたくなってくるわ。そ
 れに何だろう、アンタの話聞いてると、その人ってなんかアタシ達のすぐ近くにい
 て、もう何度も会ってるみたいな感じだしさ」

 迷うように、何か引っかかっているような呟きに、ふと声が零れる。
「いつも……『夢』の中で、一緒だったから。綺麗で成績もトップで、スポーツ万能で、
 子供みたいな私なんかとは違って、ソウマ君みたいに……ううん、もっといろんな人
 に尊敬されてて、辛い時も苦しい時も、いつも支えてくれて……」
「なんか妬けちゃうな、アタシの姫子にそこまで言わせるなんて。けど、ジン様を超え
 る『運命の人』ってどんな人なんだろ、マジで気になる……」

 許されぬ恋。結ばれてもすぐ別たれるかも知れぬ恋。だけど、世界はきっと出逢わ
 せてくれるから。あの人と出逢って、また恋に落ちて。そしたら、離れぬよう、忘れ
 ぬように、また髪を結ってもらったり、一緒にお弁当作ったり、それから……。
 願いを心で呟きながら、髪留めをまた胸ポケットに仕舞う。
 いつか訪れる、二人が恋人同士に戻れた未来を、思い出の色に託すようにして。


「声も顔色も前以上だし、スランプ直って良かった。ホント安心したよ」
「だってほら、ちゃんとそのことは吹っ切れたから……溜まってるレポートとかもある
 けど、今の私なら……なんとか大丈夫かな。たぶん……」
 ……あれから部活の時間まで話した後。店を出た別れ際の質問に、私は笑う。

 指先を額に当てて、ひどく困った溜息をつくマコちゃん。自分は自信満々のつもり
 だったけど、ちょっと通じなかったみたいだ。だけど。
「けど、もし何かあったら遠慮なく言いなよ、全力で力になるから。それじゃ、また♪」
「……うん、ありがとうマコちゃん、また今度ね、あと、練習頑張ってねっ」

 近くで私を支えてくれたマコちゃんに、笑顔で手を振る。練習が大変なのに、私に
 付き合って、一緒に誕生日を祝ったり、最近落ち込み気味だった私を励まして
 くれた――そんな感謝を、目一杯込めて。
 温かく私を見守ってくれた、マコちゃんや大神君、そして、あの人……。
 度重なるいじめの時も、神無月の運命に翻弄された時も、自分はいらない人なん
 だってずっと泣いていた時も、支えてくれたみんな。
 けど、みんなのお陰で、あの過酷な1ヶ月のお陰で、私はちょっとだけ変われた。
 ……だから、今度は……。

 

 届けたい願い。叶えたい願い。
 かつて月の社で話したように、あの頃の私は、あの人が心の中で流す涙に気付か
 ぬまま、強くて優しいあの人に憧れて、甘えて、受け止めてもらってばかりで。
 思い込みのせいで、別れ際まですれ違ってた自分が、本当に悲しかった。だから、
 いつかまた出逢ったら、あの人の辛いこと、苦しいことも全部分け合って、アルバム
 が足りなくなる位の思い出を一緒に綴っていきたい。

 千年の昔から続いてきた、神無月の輪廻。でも、何度罪と別れを重ねても、決して
 切れない想いがある。お月様がお日様の光を浴びて輝くように、お月様をもっと照
 らしたくてお日様が光を増すように、二人で支え合っていける恋がある。例え姿を忘
 れても、切なさに涙を零しても、きっと何度でも幸せになる――そんな意思を受け
 て、胸元の桜貝が、出逢いを促すように小さく揺れたような気がした。

 夜空に輝く月のような、あの人が戻ってくる地球。
 風が優しく渡る街角で、ふと上を見上げてみる。ビルの隙間から差し込む、空と雲
 を照らすお日様の光。眩しくて、でも暖かい輝きは、あの人が救った世界を金色に
 染めている。
 めぐる季節、まわる世界の中で、私はひとつ深呼吸してから、胸を張って歩き始め
 る。求め合う想いが導いてくれた、あの交差点に向かって。

 

最終更新:2007年05月24日 19:19
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