ヒメミヤの悪夢

神無月の巫女 ハアハアスレ投下もの

ヒメミヤの悪夢

「……さま……」
 誰かの声がする。凄く大好きな人の声。でも、どこか普段とは違う声。
「……さま……姫子さま……」
「う、ん……」
 意識が覚醒していくに連れて、声が鮮明になっていく。
 千歌音ちゃん、起こしに来てくれたのかな。でも、今日は学校もないし……。
「姫子さま、起きてください、今日は新年の儀式の日ですよね?」
「ふぁ……千歌音ちゃん、おあよう……」
 眠い目を擦りながら、温い布団から顔を出す。が。
「あの、本当に、姫子さま……なんですよね?」
「え、えっと……」
 千歌音ちゃんと同じ、澄んだ夜空のように煌めく瞳に、青く閃く黒曜色の髪、そして
 誰もが見惚れるような整った美貌。
 でも、その幼い顔立ちや口調、それにその月の巫女服は…………。

「姫子、誰か来ているの?姫……」
 ドアが開き、貝紫のネグリジェ姿の千歌音ちゃんが入ってくる。
 こちらはいつも見慣れた、大人びた魅力を漂わせる恋人の千歌音ちゃんだ。
 と、いうことは……
「あなた、念のため伺うけれど、今は何年何月?」
「大正××年の元日だと思っていたんですけど……なんだか違うようですね」
 つかつかと入ってくるや、直ちに少女に問いかける千歌音ちゃんと、少女のまるで
 漫画やアニメのような答え。
「あの、千歌音ちゃん、これって……」
 状況は完全に理解している。目の前の幼い少女が『あの子』なんだとは完全に
 分かっていながら、それでも常識を疑えずに困っている私に、千歌音ちゃんは
 ハッキリ断言してくれた。
「この子は、私の前世。前世のあなたに愛されて恋に落ちた、昔の私よ」
「…………えぇええぇっ!?!?」

 余りにも『なんだってー!』な言葉に、頭の中で銀月の嵐のような雷が落ちた。


「この人が姫子さまの……確かに、春の陽射しのような優しい眼差しとか、シルクの
 ようなさらさらの髪とか、心に染み込む澄み切った声とかは変わらないですね」
 いとおしむように私の髪を撫ぜながら、月の巫女さんが頬を染めてる。
「で、でも、私は前世みたいに、大人で素敵で、何でもできるわけじゃないよ。むしろ
 今の千歌音ちゃんの方が、前世の私に似てると思うけど……」
「そんなことないわ。姫子はその気になれば何でもこなせるもの。それに、ずっと昔
 から私を照らしてくれた温もりは、変わらないでしょう」
「はい、病で臥せっていた時、儀式に失敗した時……いつも足を引っ張ってばかりの
 私を元気付けてくれて……」
「う~ん、やっぱりそれ、今の千歌音ちゃんのことみたいだよ」

 寝起きのままの私を挟み込むように座っている、千歌音ちゃんと月の巫女さん。
 愛する人と、愛してくれた人(しかも二人とも物凄い美人)にくっつかれて、私は自分
 でも分かる位緊張して、恥ずかしくて真っ赤になってる。
 嬉しい反面、二人の温度がこそばゆい。
「でも、この温度、お日様のような雰囲気……やはり『姫子さん』なんですね」
 でもやっぱり、寝起きで恥ずかしい顔をそんなにまじまじ見られると……ベッドは
 こんなに大きいのに、もうちょっと離れてくれても……。
「でしょ。姫子は自分のこと悪く見てしまっているけど、本当はこんなに素敵よ。あなた
 なら分かるでしょ」
「勿論です。未来の自分が一目惚れしてしまうのも分かります。わたしだって、前世の
 姫子さまがいなかったら、もうおかしくなってしまっていたかも知れないです」
「そんな、ひゃんっ!」

 不意に千歌音ちゃんが私の腕を撫でてきて、思わず変な声を出してしまう。
「けど姫子も、前世の恋人の生まれ変わりよ。少しくらい甘えたっていいんじゃない?」
「それは、そうなんでしょうか?」
 小悪魔のような千歌音ちゃんの声と指の感触に、慌てふためく私。
「あなたも時には素直になってみたら?ここは全て夢。少しくらいいけないことしたって
 誰にも分からない、何の問題もないわよ」
「ちょっと、千歌音ちゃ……」


 私が講義の声を上げる前に、千歌音ちゃんの手に誘導された月の巫女さんの手が
 髪の毛から項にかかる。
「あ、あの……」
「大丈夫、嫌がってないの、分かるでしょう」
「それは……ですけど……」
 戸惑い、千歌音ちゃんのなすがままになっている手を視線で辿る。
 酔わされたように上気した月の巫女さん……触れたい、でも触れると歯止めが利か
 なくなりそうで怖い、そんな葛藤の表情。

「ねぇ千歌音ちゃん、やっぱり今はやめようよ、月の巫女さん、困ってるみたいだし、
 それに、これ以上されたら、私、恥ずかしくて……」
 人の心を狂わせる月の光。
 前世と現世、二つの月の魔力に、鼓動が高鳴り、その視線だけで身体に漣が走る。
 明るい朝の光の中、しかも月の巫女さんもいる。こんな場所で、こんな変な自分を
 知られたくない。なのに千歌音ちゃんは。
「恥ずかしいだけじゃないでしょ、姫子。それに、あなたも」
「そうじゃなくて、あ、んんっ」
 私の否定を唇で塞ぎながら、千歌音ちゃんが指を更に切なく這わせる。二の腕から
 肩へ、そしてパジャマの胸元から忍び込んで、鎖骨へ、さらに形の良い膨らみへ。
 見つめている月の巫女さんも、ときめきと切なさの色を強めていく。

「ふぁ……っ、好き、そんな顔を見てしまうと、いけないって思っているのに、身体が
 止まらなくなって……姫子がこんなに可愛過ぎるのも悪いのだけど……」
 とろんと蕩けた目で、私を見つめる千歌音ちゃん。見つめられている私の顔も、同じ
 ように幸せと気恥ずかしさに溶けてしまっているのが分かる。
 そんな顔を見られるのが嫌で、月の巫女さんの方に視線を逸らすと……
「その、もう……ご免なさい……」
「あ、の……!?」
 不意に私に飛びついてくる小柄な身体。
 薄い紅で彩られた月の巫女さんの唇が、私のそれと重なっていた。


 唇同士が触れ合うだけの、幼いキス。
 でも、次の瞬間、我に返った月の巫女さんは弾かれるように私から離れた。
「ご免なさい、ご免なさい……私、その、千歌音さん、の恋人に、こんなはしたないこと、
 ふしだらなこと……」
 どうしたらいいのか分からずおろおろする私と、全てを優しく見守る千歌音ちゃんに、
 罰に怯える子供のように平謝りに謝る。

「本当に、私……」
「いいのよ」
 泣き出しそうな月の巫女さんを、千歌音ちゃんがそっと抱き止める。
「あなたは何も悪くないわ。だって、私だってきっとそうしたもの」
 でも……と続けるその頭を、包み込むように撫でながら。
「私ね、姫子とだったら、何度生まれ変わっても恋に落ちるわ。姿も記憶も関係ない、
 あれから生まれ変わった今だって、こんなに姫子が愛おしいもの」
「ちかね、さん……」
「……だから、この『表に出せない恋』も受け止めてくれる場所で、姫子のあんなに
 可愛い顔を見て、押し殺してきた気持ちが抑えられなくなっても、変だとは思わない。
 他の子だったら嫉妬していたと思うけれど、あなたは私だもの。それに、今まで
 散々煽ったの私なんだし」
「ちかねさん……っ」
「千歌音ちゃん……」

 最愛の人から、別の女性(?)を薦められる。普通なら嫌な気持ちになるはずだけど
 私も千歌音ちゃんと同じく、不快には思わなかった。
 だって、私も知っていたから。前世の私がこの子をほんとうに愛していたこと、
 この子も私のことを、あんなに好きだったこと、それなのに、周りの視線や常識に
 苛まれて、最後の最後まで想いを告げられなかったこと……。

「だから、折角の夢の中だし、三人で愛し合ってみない?」
「「えっ!?」」


 いくら夢、いくら幻の中とはいえ、千歌音ちゃんの予想だにしなかった言葉に、何が
 なんだか分からず硬直する私達。
「で、ですがそれは……」
「こんな機会、滅多にないでしょ。私二人で……」
 千歌音ちゃんの潤んだ顔が近付いてくる。世間の目もしがらみもない夢の中だから
 だろうか、今の千歌音ちゃんはオロチになった時のように愛に忠実だ(いやもちろん
 無理矢理襲ったりはしないで、凄く優しく二人で快くなるのだけれど)。
「ちかね、ちゃん……」
 そんな最愛の人の姿に、私も思わず酔わされて、無意識のうちに抱き寄せ……

 ばったーーーーーーん。
「!?」
 突然半開きになっていたドアが開き、小さい女の子が二人飛び込んできた。
 多分、私たちの話し声を聞いて、部屋を覗きにきたのだろう。4、5歳くらいだろうか、
 水色の園児服に黄色い帽子をかぶっている。
「…………」
 二人の視線の先には、絶世の美人に挟まれて、桜色に蕩けた私の顔。
 『小さいお子様はご覧になれません』なシーンの言い訳をしないとなのに、私の思考
 回路は完全停止で、まさに千歌音ちゃん私どうしたらいいのかな状態。
 ところが二人は、お互い顔を見合わせると、きょとんとした顔から満面の笑顔に
 なっていき……

「ちかねちゃん、やっぱりこれって、わたしたち……だよね?」
「えぇっ!?」
「うん、まんなかのひとがひめこで、みぎのひとがわたし。ひだりのひとは……わたしの
 ぜんせのつきのみこさんだよ」
 疑いようのないセリフ。『二人がいつも一緒に居られたら』という願いが叶った世界と
 いう介錯なんだろうか?そんな記憶、前世にもないんだけど……。
「でも、ひさしぶりにみたけど、ちかねちゃん、おっきくなったらあんなにきれいになるん
 だよね。ながいかみのけで、むねもおおきくて、すごくうらやましいな」
「ひめこのほうがきれいだよ。わたし、おとなになったらひめことけっこんしたいもん」
「でも、ふたごだから、むりだよ……」
「そうだね、それじゃあ、けっこんはむりでもふたりずっといっしょにいよう?」

 何年かぶりにお友達に再会したような笑顔の二人に、私の意識は遠のいて……。


「姫子、大丈夫?」
 がばっと跳ね起きた私はすぐ、身体が優しく抱きしめられるのに気付いた。
 私を包み込む上品なコロンの匂い。大好きな千歌音ちゃんの匂いだ。
「えっと……千歌音ちゃん?」
「朝の支度ができたから起こしに来たら、何度も私を呼んでいたから……うなされて
 いる顔ではなかったけど、ついこうしてしまったの」
「あ、その、夢に千歌音ちゃんがいっぱい出てきて……ごめんね、心配かけて」
「姫子の初夢に出られたなんて、嬉しいわね」
 思い出される内容を慌てて誤魔化しながらも、身体はヘタな風邪より発熱していた。
 さっきまで見ていた夢。
 夢は隠れた欲求を映すって言うけれど、私は本当に、ああいうことを望んでいるん
 だろうか?でも、夢の中の千歌音ちゃんと月の巫女さん、本当に……。

「でも、私の夢にも、姫子がたくさん出てきたわ」
「それって……?」
「月の社の夢だった。あの時あんな酷いことをしたのに、姫子と再開して、凄く幸せに
 愛して貰って、こんなに幸せでいいのかなって、あのお花畑で悩んでたの。
 そしたら姫子と、前世のあのひとが、私のことを励ましてくれて、許してくれて……」
 千歌音ちゃんの夢なのに、まるで自分も同じ夢にいたように、情景が浮かぶ。
 だけどまさか、私が『千歌音ちゃんたち』と逢っていた間、千歌音ちゃんも『私たち』と
 逢っていたなんて……内容は相当違うけれど……。
「うんと優しくしてもらって、私も調子に乗ってたくさん甘えてきちゃったわ。夢の中の
 話だけれど、ありがとう、姫子」
 嬉しい告白をされて照れる私に、目覚めの優しいキス。
 少し恥じらい交じりの恋人の笑顔に、私は夢の中以上に、頬を幸せの紅に染めた。

「……さてと、それじゃあ姫子、初夢の話はこの辺にして、早く朝ごはんにしましょう。
 みんな姫子が来るのを待っているわよ」
「え゛……!?」
 その言葉を待っていたかのように、遠くから聞こえてくる、夢の中でさんざん聞いた
 明るい声。しかも、そのうえ……
「お嬢様、またお客様がお見えになっています」
「あら、またなの?今日は千客万来ね」
「はい。ですが、今度もお嬢様と瓜二つな方で、『ひみこさんにお逢いしたい』と……」
「……………………」

 どう見ても夢に輪をかけて斜め上に悪化している悪寒な状況を前にして、私はもう、
 こう呟くことしかできなかった。

 「千歌音ちゃん……私、どうしたらいいのかな……?」

 

最終更新:2007年05月24日 19:27
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