夏も終わりに近いある日の夜、天火明村でお祭りがあると耳にした姫子が千歌音を誘ってきた。
毎日忙しい千歌音に息抜きをして欲しくて、それに何より姫子は千歌音と一緒にお祭りへ行きたかった。
「お祭り?」
「うん、大神神社であるんだって。千歌音ちゃんよかったら…一緒に行かないかなって…?」
千歌音は祭りが大神神社である事が引っかかったが、せっかく姫子が誘ってくれたのだ。
それにもし断って、お祭りを楽しみにしている姫子に水をさすような事はしたくなかった。
「そうね…じゃあ乙羽さんに頼んで浴衣を用意してもらいましょうか?」
「えっ、じゃあ千歌音ちゃん…」
「2人分のね。」
千歌音がそう言うと、姫子がぱあっと笑顔になる。
千歌音もその笑顔につられて、優しい微笑みを浮かばせた。
「ごめんなさいね、姫子…」
千歌音は申し訳なさそうに姫子に謝った。
「千歌音ちゃんのせいじゃないよ。」
お祭りの当日、千歌音は急な用事ができてしまい出かけなくてはならなくなってしまった。
「姫子…」
「そんな顔しないで、お祭りには行けるんだし…ね、千歌音ちゃん。」
かろうじて用事が1~2時間で終わる予定なので、少し遅れてはしまうがお祭りには行けそうだった。
「わかったわ。少し遅れるかもしれないから姫子は先にお祭りへ行っていて。私もなるべく早く行くから。」
姫子は千歌音が帰って来るまで待つと言い張ったが、自分のせいでお祭りを楽しみにしていた姫子を待たせるなんて、そんな事できそうになかった。
千歌音はなんとか姫子を説得し、後ろ髪をひかれる思いで姫宮邸を後にした。
千歌音が出かけた後、姫子は先に乙羽に浴衣を着付けてもらい、お祭りがある大神神社へと出かけた。
夕暮れ時、神社には夜店がずらりと並んでいる。
思っていたよりも祭りは家族連れや、友達同士、恋人達などで楽しそうな声と共に賑わっていた。
「来栖川?」
姫子が千歌音が来るまでどうしようか迷っていると、突然声をかけられた。
姫子が振り返ると、そこには姫子の幼馴染みである大神ソウマが立っていた。
「大神君!?」
「来栖川、来てたのか?」
「うん、大神君は?」
「一応、ここ大神神社だぜ。」
「え?あ…そうだった…大神君がいて当たり前だよね。」
恥ずかしそうに笑う姫子。
何ひとつ変わらない姫子の様子にソウマは微笑んだ。
「来栖川、一人で来たのか?」
「うん、今はね。でも後から千歌音ちゃんも来るの。」
「そ、そっか…姫宮も…」
ソウマは照れくさそうに頭をかきながら、小さな声でボソッと呟いた。
「あのさ、姫宮が来るまでもしよかったら…」
「え?」
用事が予定よりも早く終わり、千歌音は急いで姫宮邸に戻った。
「乙羽さん、急いで浴衣を用意してもらえる?」
帰ってすぐに浴衣に着替え、車に乗り大神神社に向かう。
さすがに慌ただしかったが、少しでも姫子と長く過ごしたくて千歌音は運転手に声をかけた。
「ごめんなさい。もう少し急いでもらえるかしら?」
大神神社に着くと、夕暮れ時よりも結構な人の多さだった。
人混みの中、姫子を目で探す千歌音。
「ひめ……!?」
ようやく見つけた人混みの中、浴衣をきた姫子を見つけた千歌音が声をかけようとしたその時…。
(あれは…大神さん…?どうして…?)
姫子はソウマの横で楽しそうに笑っている。
はたから見たらそれは恋人同士にも見えるだろう。
あの前世の時にミヤコに見せられた、姫子とソウマの姿だった。
(どうして…姫子…私以外の人にそんな笑顔…それとも大神さんの事がまだ…)
ズキッと千歌音の胸が痛んだ。
「あ…千歌音ちゃん!」
その時、姫子がこちらに気づいて手を振った。
笑顔で駆け寄って来る姫子に、千歌音は何とか笑顔を作って見せた。
「ごめんなさいね、遅れてしまって…」
「ううん、思ってたよりも早かったんだね。」
「え、ええ…」
「ひ、姫宮…久しぶり。」
「お久しぶり、大神さん…」
千歌音とソウマの間に重い空気と沈黙が流れる。
姫子はその様子に、まったく気づいてはいないようだ。
千歌音がやっと来た事が嬉しいのか、ニコニコと笑顔を浮かべている。
「じゃあ、俺行くから。その…神社にいるから何かあったら言ってくれ。」
「うん、ありがとう大神君。」
少し気まずそうに、ソウマは2人の下から去って行った。
「姫子…さっき大神さんと何を…」
「千歌音ちゃん、浴衣姿も似合ってるね。」
千歌音が先ほどの事を尋ねようとしたが、姫子に話しを切られてしまった。
「え…そ、そうかしら?」
「うん、凄く似合ってるよ。カメラ持ってくればよかったなぁ…」
「あのね、ひめ…」
千歌音は再び話しを切り出そうとするが…。
「あ、でもお屋敷に戻ってからでも撮れるよね?」
「え?…ええ、そうね…」
「あ、千歌音ちゃん。あっちで綿あめが売ってるよ、行こ?」
「え、あ、姫子…」
姫子は千歌音の手を取って、急かしはじめた。
どうやらお祭りで興奮しているらしい。
まるで母親を急かす子供のようだった。
何度か千歌音が話しを切り出そうとしても、タイミングを逃してしまう。
千歌音は仕方なく諦めて姫子と一緒にお祭りを楽しむ事にした。
(こんな姫子の楽しそうな笑顔…見せられたら何も言えないわね…)
自然と笑顔になる千歌音。
姫子の笑顔はどんな時も、千歌音を笑顔にさせる。
「ね、千歌音ちゃん。次は…」
一通り夜店などを回った頃だろうか、さすがに2人は少し疲れてしまい休む事にした。
「どこか座れる所でもあるといいけれど…」
なにせこのだけ賑わいだ。
夜店の椅子などは既に人に座られていた。
「千歌音ちゃん、こっち。」
姫子が突然、千歌音の手を取ってどこかに連れて行く。
「どこに行くの、姫子?」
姫子が向かう先は、人気のない神社の裏の方だった。
「ほら、千歌音ちゃん。ここなら休めるよ。」
「あ…」
見るとそこには人が腰をかけられる程の石段があった。
「よくこの場所を知っていたわね、姫子。」
「うん、さっきね大神君に教えてもらったの。」
「え……大神さんに…?」
それを聞いた千歌音の顔が、わずかに曇った。
姫子はまたも、その千歌音の様子に気づかなかった…。
浴衣だから余計に目立つかもしれない首筋に、千歌音がつけたキスマークがくっきりと残っていた。
「あっ…千歌音ちゃん…」
だが、休む暇もなく千歌音の手が下へと降りていく。
その指先は姫子の浴衣の中に、スッと侵入してきた。
「やっ…」
姫子は千歌音の手を押さえて抵抗しようと試みるが、不意に千歌音に耳を甘く噛まれ力が抜けてしまう。
「姫子…」
千歌音の吐息と声を耳元で甘く囁かれ、背中にゾクッと快感が走った。
冷たく感じた指先が、ショーツの中へするりと入り、すでに熱く潤んでいる入り口にあてがわれた。
「っあ…!」
千歌音の指が姫子を突き上げる。
「ん…ふぅ…っ!」
姫子は千歌音の肩にぎゅうっとしがみついて、身体を震わせた。
ゆっくりと指先を出し入れされる。
その動きは一定のリズムを保ったまま、姫子を責めてくる。
「あ…ぁっ…」
いつまで経っても、いかせてはくれないもどかしい指先の動きに、姫子はたまらず声を上げた。
その声を聞いた千歌音は、急に指先の動きを速める。
「あっ!…ああっ…」
激しい動きに姫子の意識が遠のきかけたが、まるで見計らったように指先が引き抜かれた。
「やあっ…なんで…っ!」
姫子が千歌音を見上げた。
その瞳は、涙で潤んでいる。
「ひどいよ…っ、千歌音ちゃん…」
非難するような声を上げ、切ない眼差しを向けてくる姫子に愛おしさと苦しさに千歌音は胸が締め付けられた。
姫子の蜜で濡れた自分の指を舐める。
「やっ…汚いよっ…」
その様子に顔を真っ赤にする姫子。
「汚くないわ‥姫子のだもの…」
「どうして…私何かした?今日の千歌音ちゃん、変だよ…」
「姫子…私が来るまで大神さんと楽しかった?」
千歌音の表情がさっきよりも暗くなった。
「え…」
「2人でこんな所で何してたの?私には言えない事?」
「何を言ってるの?千歌音ちゃ…」
「姫子はずるいわ…」
声は低く、さらに冷たく感じる。
「千歌音…ちゃん…」
「私以外にもあんな笑顔を見せて…本当は大神さんの事、まだ好きなのではないの…」
「なっ…私、大神君とは何もないよ!なんでそんな事っ…!」
「どうかしら…こうゆう事だって、私じゃなくてもいいのではないかしら?…姫子には…姫子を想ってくれる彼がいるでしょう…っ!」
自分で言い放った言葉の酷さと冷たさに、ハッと我に返った時はもうすでに遅かった。
「ひめ…」
姫子の瞳から大粒の涙がポロポロと溢れ出した。
「……っく…どうして‥そんなこと…」
姫子の顔が歪む。
涙が頬をつたってポタポタと地面に落ちた。
泣きじゃくり出した姫子に、千歌音はオロオロと慌てふためく。
「ご、ごめんなさい‥っ!姫子…私、姫子を泣かせるつもりなんて…」
「ひっく…‥っ…」
千歌音がいくら誤っても、姫子の涙は止まってはくれない。
それどころか、まるで叱られた子供のように可哀想なほど泣いている。
(どうしたら…っ)
その時だった。
若い男女の声が聞こえた。
「ねぇ、なんか聞こえない?」
(…‥!?)
「そんな暗い所、誰も居ないだろ。」
「でも、女の子の声がしたような気がするんだけど…」
祭りに来ているカップルだろうか?
姫子の泣き声を聞かれたのか、こっちに向かって来る気配がした。
(まさか…こっちに来る…!)
「姫子…泣き止んで…」
千歌音が小さな声で優しく言ったが、姫子は全く泣き止んではくれない。
(このままじゃ…っ!)
姫子の浴衣は乱れている。
こんな姿を誰かに見られでもしたら…。
「姫子…っ!」
「んっ…!?」
千歌音はとっさに、泣いていた姫子の顔を上にむかせて唇を塞いで声を封じた。
「ほら、聞こえないじゃん?」
「おかしいなぁ…」
「なぁ、もう行こうぜ。」
近づいていた気配はどんどん遠のいていく。
「ん…っ…」
千歌音は深い口づけから姫子を解放する。
「姫子…ごめんなさい…私、2人の姿を見たら嫉妬して…姫子に酷い事言って泣かせるなんて…本当にごめんなさい…」
姫子を優しく抱きしめ、髪を撫でた。
「千歌音ちゃん…」
姫子の涙はいつの間にか止まっていた。
「お願い…」
千歌音は潤んできらきらと光る姫子の瞳に綺麗で思わず見とれてしまう。
「キス…して」
「姫子…」
言われた通り姫子の唇に、できるだけ優しく自分の唇を重ねた。
背中に回された姫子の手が、ぎゅっとしがみつくのを感じた。
賑やかな夜店の通り道を姫子と千歌音は歩く。
だが、2人の間には微妙な距離が空いていた。
姫子から2~3歩離れた距離を歩く千歌音は晴れない表情を浮かべている。
先ほどから姫子は口をきいてくれない。
千歌音も罪悪感と、気まずさから目も合わせられない。
姫子に嫌われたのではないかと思い込んでいた。
(嫌われても仕方ないわよね…あれだけ酷い事をしたのだもの…)
千歌音の足がその場に止まる。
まさかこんなふうになるなんて、ただ姫子とお祭りを楽しむはずだった。なのに…。
姫子からどんどん距離が空いていく。
まるであの前世の時、自分の側から離れてソウマの下へ行ってしまう姫子を思い出す。
(やっぱり、私には姫子の側にいる資格なんて…)
千歌音の視界が歪む。
頬に熱いものが流れる。
自分が泣いている事に気づいて、周りに見られないように下を向いた。
「…‥っ」
涙を拭って、再び顔を上げると目の前に姫子が立っていた。
「姫子…?」
見れば姫子もまた泣いている。
「千歌音ちゃんっ‥!」
走って駆けてきた姫子を抱き止めると、唇に温かい感触を感じた。
姫子にキスをされていた。
「んっ…姫子‥!?」
「ごめんね‥私、千歌音ちゃんの気持ちも考えないで軽はずみな態度とって‥千歌音ちゃんが起こるのも仕方ないよね‥」
「そんなことっ…姫子は悪くないわ。勝手に嫉妬して…あんな酷い事、許されるはずない…」
「ううん、千歌音ちゃんは悪くないよ。あのね‥千歌音ちゃんお祭りにあまり行った事無いって言ってたでしょ?」
「ええ…」
「だから千歌音ちゃんにお祭り楽しんで欲しくて、大神君に案内していろんな場所教えてもらってたの。ごめんね誤解させて。」
(姫子は純粋に自分とお祭りを楽しもうとしていたのに‥私ったら‥)
結局姫子も千歌音と同じ気持ちだったのだ。
「だからもう誤解されないように言うね、私は千歌音ちゃんが好き。大好き。」
「姫子…」
「千歌音ちゃんは‥?」
額をくっつけて千歌音の言葉を待つ姫子が可愛くて、愛おしくて千歌音は微笑んだ。
「私も…私も姫子が好き。大好きよ。」
周りに人がいる事も気にせず、2人はもう一度キスを交わす。
また以前より絆が深まったような気がした。
2人にとって、きっと忘れられない夏の終わりの思い出になるだろう。
終わり。