「面白かったね、千歌音ちゃん。」
「そうね、でも姫子は途中で眠ってたけれど…」
姫子が退屈しないように、映画を慎重に選んだつもりなのだが、やっぱり姫子は眠ってしまった。
「う…で、でも途中でちゃんと起きたよ。千歌音ちゃんも、起こしてくれればよかったのに…」
「ふふっ…ごめんなさい。つい、姫子の寝顔が可愛くて…」
そう言う千歌音も実は映画をあまり見ていない。
自分の肩に、姫子が寄りかかっていたからだ。
結局、映画よりも姫子の可愛らしい寝顔に気をとられてしまい、あまり内容を覚えていない。
「も、もう…千歌音ちゃん…」
「さあ、行きましょうか。」
千歌音は、頬を染めて少女のように照れている姫子の反応を楽しみながら、次の場所へ向かった。久しぶりの映画やショッピングを楽しむ2人。
雛子や千羽が産まれてからは、ゆっくりと出かけるなんて暇はなかった。
今日は2人の結婚記念日。
雛子と千羽を姫宮邸に預け、久しぶりの2人っきりのデートをすることが出来る。
「わぁ…かわいい…」
姫子は、一軒のお店の前で立ち止まる。
「何か気に入ったのがあった?」
目をキラキラさせて、ショーウィンドウを覗く姫子。
「あ…ううん、そうじゃなくて…このお店…」
「入ってみましょうか?」
「あ、千歌音ちゃん…!」
千歌音は戸惑っている姫子の手を引いて、店内に入った。
中に入るとそこには様々な洋服が置いてある。
だが、よく見ると服のサイズが小さいようだ。
「あ…ここって…」
「ご、ごめんね、千歌音ちゃん…」
そこは子供服専門のお店だった。
どうやら、姫子は子供服に気を惹かれたらしい。
「せっかくのデートなのに…」
「ふふっ…気にしないで、姫子。」
いくら2人っきりのデートといっても、やはりそこは親だ。
預けてきた2人の子供達が、気になってしまうのは仕方ない。
「2人にも何か買って行きましょうか、お土産も約束してる事だし…」
千歌音は姫宮邸に2人を預ける時、いい子にしていたらお土産を買ってくると約束していた事を思い出した。
「いいの…千歌音ちゃん?」
「ええ、きっと子供達も喜ぶわ。」
「ありがとう、千歌音ちゃん…!」
笑顔になる姫子を見て、千歌音も自然と頬が緩んだ。
「きっと雛子と千羽、喜ぶだろうなぁ。」
夜景が美しいホテルのレストランで、姫子は絶景の夜景を見つめながら子供達の笑顔を思い浮かべる。
「ふふっ…そうね。」
千歌音は微笑んで、ワインに口をつける。
結局2人は、デートよりも子供達の洋服などを選ぶことに夢中で、沢山買い込んでしまった。
でもきっと、それでいいと2人は思った。
子供達にどれが似合うか服を選んだりすることは2人にとっては、とても幸せなことだった。
「千歌音ちゃん…ありがとう。」
姫子はナイフとフォークを置いて、千歌音を見つめた。
「姫子?」
「だって、千歌音ちゃんが私と結婚してくれて、子供達も産まれて、こんなに素敵なデート…すごく幸せなんだもん…」
「それは私も同じよ。姫子が側にいてくれて…子供達もいてくれて…ありがとう、姫子。」
「千歌音ちゃん…」
千歌音はそっと姫子の手に、自分の手を重ねた。
「今度はみんなで出かけましょうか?」
2人で腕を組み、涼しい秋の夜風で酔いを覚ましながら歩いていると、千歌音が不意にそんな事を口にした。
「そうだね!きっと楽しいだろうな。」
「どこがいいかしら?まだ2人は小さいし、やっぱり遊園地かしらね?」
「……」
「姫子…?」
突然、姫子は立ち止まって組んでいた腕を離す。
「あの…千歌音ちゃんは遊園地でもいいの?」
「え?」
「だって…私、千歌音ちゃんの気持ち知らないであの時…」
きっと姫子はソウマとのデートの事を言っているのだろう。
あの時、姫子は千歌音の気持ちも知らないでデートに行ってしまった。
まだ気にしているのだろうか。
「もうそんな事、気にしてないわ。」
「でも…」
「ほら、顔を上げて。そんな顔していたら、子供達が心配するわよ。」
「うん…」
姫子は俯いていた顔を上げて、千歌音の顔を見ると優しく微笑みかけてくれた。
「さぁ、行きましょう。」
「待って、千歌音ちゃん…」
「ひめ…?」
突然姫子に腕を掴まれ、千歌音が振り返ると姫子の顔が目の前にあった。
「ん…」
「姫子…」
重ねられた唇を少し離して、互いの瞳を見つめ合う。
「愛してるよ…千歌音ちゃん…」
「私もよ…姫子。」
2人は微笑み合って、再び唇を重ね合う。
幸せな結婚記念日も、もうすぐ終わる。
でもまた明日から始まる慌ただしい日々は、きっと今日以上に幸せだろう。