注意
1.相変わらずの鬱展開です。誰も救われなかったです…すいません。
2.やっぱり死者がでちゃいました…さらにすみません
3.行為はあったんだけど、エロにはなりませんでした
4.オロチの皆さんごめんなさい
5.気がついたら、長くなっちゃいました。
6.出演者の皆様性格変わっちゃいました
7.太宰治先生すみません…(土下座)
「ツバサ様?……でよろしいですか?」
ミヤコが話しかけた言葉の返事は、いつまでたっても返って来なかった。
膝枕をしたツバサの頭をなでながら、またここではないどこかに心を移しているらしい。先日、ツバサが彼の弟に破れてから、ずっとこの調子だ。
「どうせ…月の巫女はスペアだ…手元にあれば、後はどうでもいい」
虚空を見ながら、ツバサが口を開く。ミヤコからは、焦点があっているのか、正気かどうかもわからない。
「スペア?」
条件反射的に聞き返したが、それについての返事はなかった。またツバサは物思いの底に沈んでいく。
「わかりました、月の巫女については私のほうで」
ミヤコは言いながら、なんて白々しい言葉かと思いつつ、頭を下げた。何とかすると言うものでもないだろう、すでに千歌音はオロチに領域についてから、こちらが無理に出させる嬌声以外言葉を発せず、オロチの役目とミヤコ以外、認識しようとしていないようだから。
そっとツバサの頭を下ろし、自分の鳥居に帰るべくその場を立つ。自分の鳥居に視線を向けると、千歌音が上を見上げているのが眼に入った。
鳥居の上から見上げる空には、千歌音の探しているものが見当たらなかった。代わりに漆黒のオロチの太陽。それを太陽と認識したくなくて、また宙に視線を彷徨わせる。
ここはいつも薄闇色で、昼も夜もなく、ここに住むものも睡眠も食事も特に必要がないようだった。その中で一人だけ人と同じ生活を営んでいるのが千歌音だけ。
昼と夜の区別さえあれば、いつまでもその姿勢をとることはないのだろうけれど、空に出ているのは、黒い太陽と煌々とした月だけ。
「どうしたの?千歌音」
自分の鳥居に戻ったミヤコが声を掛けても、千歌音は振り返ることがなく、ただ先ほどと同じ姿勢のまま空を見上げていた。まるで、星でも探しているように。
ミヤコも一緒に空を見上げてみて、千歌音が探そうとしたものに思い当たった。
「あぁ…おひさまを探しているのね」
千歌音は、視線を動かすこともなく、立ったままのミヤコの服の裾を一回だけ引っ張った。
同意なら一回、否定なら、二回。ミヤコの服を引く。それがいつの間にか話さなくなった千歌音との会話だった。
もっとも、ミヤコから話しかける会話で、千歌音が否定することなどありはしないのだが。
「ここには太陽はないわ…ここは地の底だもの」
やっとその言葉を聴いて、千歌音がミヤコを見上げた。ぼんやりとした表情に不安の色が加わる。
「でも、ここには月があるわ。こんな罪人たちのところでも月は出るもの」
中腰になったミヤコの腰の辺りに、千歌音の手が伸びる。二回、服が引かれた。
拒否?…驚いて千歌音の顔を見つめなおしてみる。いつの間にか涙を流しながら、それでもミヤコから視線をはずしていない。
そのまま足に抱きついて、声も出さずに泣き続けていた。
なんとなく、ミヤコにはそんなこと、そんな悲しいことを言わないでくれと言っているように感じた。
「やっぱり貴女は月の人ね。地の底にいる私たちまで愛してくれる」
ミヤコは足にすがり付いている千歌音の腕を優しくはずして、ゆっくり膝を落とし、千歌音の視線にあわせた。ゆっくりと髪をすき、泣き続けているその頬に手を当てて、その流れる感触を手に受ける。
やはり先ほどツバサと話していたことを、今日決行しよう。千歌音が泣いてくれる心があるうちに。
「愛してるわ、千歌音。
幾ら繰り返されてるかわからない時間を過ぎても、変わらない貴女の髪も瞳も。
暖かい安らぎをくれるその腕も、どんなものにでも差し出してくれるその手も。
でもね。一番愛してるのは、貴女の心。
大切な人のためだったら どんなに堕ちてもかまわないその覚悟が。
消え去った人や貴女に害をなした人すらも、いとおしんで、泣いてくれる貴女の…その安らぎをくれる心が愛しいの。
…だけど、貴女の心の中には、求めている人は一人の人しかいないのね…だから…
許してね、千歌音」
ミヤコは両手で千歌音の頬を挟み、じっと見つめた。これが終わったら千歌音はどのような瞳で見るのだろうか?
千歌音もすっと手を伸ばして、ミヤコの頬に触れる。お互いの眼を見ているはずなのに、姿が映っているはずなのに、なぜか二人の距離は遠くミヤコには感じていた。
瞳になど想いになど映っていなくてもいいではなくてもいいではないか。これからひと時でも感覚に刻んでもらえば。
眼を閉じて千歌音の唇に深く口付ける。対する千歌音はぼんやりとその光景を眼を閉じずに眺めていた。
「愛してる…?」
「そうよ、愛してるわ…愛してると言う言葉の意味がわからない?」
ミヤコが唇を離した瞬間。口付けの前の告白を聞きなおすように、千歌音がミヤコに問い直す。口付けている間に先ほどの告白を繰り返していたのだろうか?
「…そうね。言葉だけではわからないわね…いろいろあるもの」
首をすくめて立ち上がり、千歌音の手を取る。とった手を握り締めて、鳥居の下に下りていった。
思えば、オロチとしては、奇妙な光景なんだろう。昔の神に仕える身としても十分奇妙な光景。
情欲が優先されるはずのところで、ただ触れることで満ちてくる何かがあるなんて。愛を常に口にし、優先したあのころよりも、受け取るものが多い刹那のほうが教えの愛よりも深いなんて。
ほかのオロチ衆の目に付きにくい鳥居の影に、千歌音を引き込むとミヤコは性急に肩に回した手を引いて、横抱きの格好で彼女を抱きしめた。ミヤコよりも少し低い体温。それが心地よかった。
懐の鏡に手を伸ばそうとすると、千歌音の手が取り出す手にかかり、静止させる。
「…私じゃなくて、大切な人との夢を見ていたらいいのに…」
その言葉に、千歌音は首を振って拒否を伝える。幻での快楽など受け取りたくない。ミヤコと認識した上でそれを受け入れるつもりらしい。それが贖罪の意識なのか、彼女らを汚したくないのか、そこまでは千歌音の表情からは読み取れない。
「私は…貴女のなんなのですか?」
千歌音の装束をはだけさせようと、首筋にまわそうとしたミヤコの手を千歌音が止めて、抑揚のない声でたずねられた。
服従を強いながら、先ほどは愛を語られて、動揺しているのかと感じた。そういえば、感情は含まれていないが、先ほどからポツリポツリと話される久しぶりの言葉。もっと聞いてみたいとおぼれてみたいと素直に思う。
「そうね…満たされないもの同士?同じ人に愛しい者を取られた同士?」
少なくとも褥を共にしようとしている相手に言う言葉ではないのだと、苦笑しながらミヤコは千歌音の額に唇を落とす。
「…友情?」
「そう。同じもの同士。で…」
今度は頬、瞼…そしてとめられたままの手を引き付けて、手の上にも口付ける。千歌音はくすぐったそうに眼を閉じながら言葉を続ける。
「厚意に憧憬…尊敬」
「何回も引き裂かれてそれでも惹かれあうその絆に。それを断ち切ってまでここにいて…だから…」
自分にはできないとミヤコは思う。役目だとしても。だからこそ、仮初めに過ぎないが、その空虚に思いやりで埋めてやりたいし、その心に憧れを持っている。純粋な心を尊敬し…壊したくなる欲望もある。
「それを全部かき集めたら…愛を告げてみたくなるの」
「ん…くぅ…」
返事を聞かずに千歌音に深く口付ける。ミヤコの手が柔らかく千歌音の耳に触れてくる。
くすぐったさに千歌音が首をすくめても、その手がとまることはない。口を開くようにミヤコが千歌音の唇を舌でつつくと、千歌音も薄く口を開く。誘うように舌を絡ませると、ためらいがちにミヤコの舌に絡んでくる。
ミヤコとしてはいつまでもそうしていたかったが、告白も答えもまだ途中だ。
ゆっくり唇を離し、横抱きにした千歌音の表情を見つめながら、首筋に赤い痕を落として、手首をつかんで、千歌音が見える位置で掌に唇を押し当てた。
二つの接吻の意味がわかったらしく、千歌音は顔に朱を入れながら、手を引きかける。
(欲望を…懇願…)
完全に手を離すことをやめ、千歌音は大きく息を吸い込んでうつむいた。
「それは…ツバサ様のご意思ですか?それとも貴女の?」
「両方…ね」
「命令?それとも…願望?」
「千歌音の心の安らかなように」
千歌音はうつむいたまま、動かない。数秒のことかもしれないが、ミヤコには長く感じた。
千歌音が握られていたほうの手を軽く自分のほうに引いて、身体をひねりミヤコの右肩に触れる。露出した肌から手を滑らせ、肩口をあらわにさせてそこに口付ける。
千歌音がミヤコの肩口から唇をはずさないので、ミヤコが表情を見ることができなかったが、かすかに触れている場所から震えを感じることができた。
この行為で手放すことになったものを後悔しているのか、踏み出してしまった後戻
りできないことが不安なのか。
まるで自分がオロチになるかどうかの選択をしたときを目の前の少女が繰り返してるのを見て、そんなことを考えなくなるように、先ほど止められた装束を解く手を進めることにした。
「ふっ…」
座った姿勢では、苦しいだろうか?千歌音が時々息を詰まらせて、背中をそらせる。背中への触るか触らないかの頼りない刺激と胸に当たるミヤコの服の袖口が掠るだけの刺激だけでも、千歌音の頬は紅潮し、眼はは潤んでいる。
ミヤコが服を肌蹴てもいないのに対して、千歌音がまとっているものはすでに無く、その対比も千歌音の羞恥をあおることになっている。
手をわき腹に添え、緩やかに上になで上げる。目当ての膨らみにたどり着くと、ふくらみの境界をなぞるかのように、人差し指を滑らせる。
千歌音が弱々しく腕を上げ、ミヤコの首筋に伸ばそうとした瞬間、軽く胸の先端に舌をはわせる。
眼に見えてわかる位、千歌音の体が跳ねる。声を堪えるのはやめるように言いつけているので、絶え間なく声はあたりに響く。
その声に甘さが入るれば入るだけ、ミヤコはその行為に没頭した。連れてきたときは、そんなことは考えていなかったのだが、わざと抑えているのか、それとも出すことができないのかわからない千歌音の感情を出したい。そんな気分だった。
「ん…?千歌音?」
物思いに沈みかけながら、千歌音の肌を愛でていたミヤコの首筋を思いかけずに甘い刺激が走る。反射的に胸を愛でていた手を止めて、自分の首筋に手を当てようとして、その刺激が抱きかかえている千歌音のものだと気がついた。首に巻いている白い布とロザリオ。
その下に千歌音が手を滑り込ませて撫でたのだろう。
そんなことをされる意図がわからず、膝で千歌音の身体を支えなおし、両手で頬をつかんで覗き込む。
「考え事しながら、手を出してたのが気にいらないの?…それとも…」
ミヤコは最後まで言葉を出さずに、珍しく千歌音の言いたいことを理解した。考えてみたら、ここに来て以来、千歌音を抱くときには、服をはだけたことすら無い。
すべてを千歌音から奪う代償を、払ってやってもいいかもしれない。そう、ミヤコは自分に言い訳をして、千歌音を一度床に横たえ、首筋に顔をうずめて小さくつぶやく。
「…全部、失って…手に入れるものなどないわよ?」
千歌音はミヤコの肩をつかみ、視線が合うまで身体を動かすと、まっすぐミヤコの眼を見ながら微笑んだ。諦めの色が酷くミヤコの印象に残る。
「私の手に入れたいものは…もう手に入れたから…だから、記憶だけ消さないで…」
それを伝えると千歌音はゆっくり眼を閉じた。千歌音から陽の巫女の記憶を封じようとしていた考えも読まれたかと、一瞬ミヤコの背筋を冷たくする。それを振り払おうと立ち上がって、自分の着ているものを肌から離す。
上着から手を離そうとしたときに、内ポケットに入れっぱなしにしてた千歌音の懐剣に指があたり、ちょっと考えて鏡と一緒に千歌音の頭上に置き、ミヤコは千歌音に再び触れ始める。
一回、肌が離れていたとはいえ、一度点いた熱はそう簡単に消えるものではない。
千歌音の背中に手を滑らし、仙骨の辺りを軽く爪だけで触れていくと、背中をそらしミヤコが唇を寄せなくても胸のほうからよいところに来てくれる。
軽く口に含むと、泣きそうな声が頭上から響く。抱き始めるころに感じたひんやりとした肌はすでになく、上気したその体温が心地よい。
身体を起こし、千歌音の腰の辺りに座りなおすと、今度は足に手を滑らせた。
何度も何度も指で膝裏から太ももに掛けてなでていくと、自然に千歌音の足が手の動きに促されるように開いていく。
力なく床に置かれていた千歌音の右手が、すっと上にあがって彷徨う。
表情を見ようとミヤコが身体をずり上げると、予想通り、宙にある何かを掴もうとして手を伸ばしたのだ。
掴むもののない右手を捕まえて、指を口に含む。刺激に耐えられないのか、途端にミヤコを見る千歌音の髪に手を伸ばしながら穏やかに話しかける。
「駄目よ、千歌音。貴女を抱いてるのは、私なのだから。貴女がそれを選んだんだから」
焦点のあわない眼が、何かを訴えるように揺れた。それに気がついて、ミヤコは千歌音の手を口から離し、自分の背に回させて、身体をあわせなおす。
「…あ…っ」
千歌音の白い皮膚の薄そうな内股にミヤコは唇を寄せて、赤い印をつけていく。
先ほど背に回させた手は首に周り、時々硬直したように力が入るのが、千歌音の余裕のなさが伝わってくる。
下に敷いている赤い装束が、上気している千歌音の肌に合うなとミヤコは思う。
一回身体を伸ばして、懐剣と鏡を手に取ると無造作に自分の脇に置いて、脚に触れていた手を滑らせ、一番奥の部分に触れる。
この行為にも慣れてきて、次の行動も体が覚えているのか、ミヤコがやりやすいように千歌音の熱が高まっていく。反対にミヤコの心は沈んでいく。
衝動的に今まで千歌音の身体の奥を探っていた指を引き抜き、脇にあった鏡と千歌音の懐剣を手に取り、鏡を千歌音の視線のあたりにかざす。千歌音の全身に細かい震えが起こりとまらなくなる。
悲鳴ともすすり泣きとも聞こえる声が、千歌音の口から漏れ、何かを奪われないように護ろうと自分の身体をが抱きしめる。
今まで散々ミヤコが千歌音の記憶を封じようとしていたから、怯えさせてしまったのだろう。それには首を振り、鏡と一緒に持っている懐剣のほうを見せると、安堵のため息をついて、体から緊張を解く。
おかしな行動にミヤコから苦笑がもれる。身体を傷つけられて、すべてを奪われることよりも千歌音は記憶を奪われることを怖れている。例え、それが憎んでいる自分との記憶であっても。
「…何で泣いてるんですか?」
いつの間にか自分を抱きしめていた腕を持ち上げ、切ない吐息交じりの声を出しながら、千歌音がミヤコの眼鏡をはずした。眼鏡は見下ろしていたミヤコから落ちた涙を受けて、本来の役目を果たしていない。
ミヤコはなんでもないと言いたげに首を振る。本当は思い出したこと、伝えたいこと、千歌音にあの幻の教会で対峙してから、出てくるのをとめられなかった。
だからあの夜あの屋敷から連れ出したのだ。
「貴女の…想いもすべて…私が受け入れますから…泣かないでください」
ミヤコからこぼれる涙を見つめあう千歌音の頬が受ける。同時に何かを受け取ったのか、千歌音の眼からも涙が溢れた。
代わりに泣いてくれるのかとふっとミヤコの気持ちは軽くなった。再度持っていた鏡を使って、千歌音の感覚をおぼろげにしていく。
「…この先は痛いから…苦しいのを和らげるだけだから」
もう一度、とめてしまった千歌音の熱をあげるために、潤んだ場所にミヤコは手を伸ばした。秘所に指を擦り付け、十分濡らした後に差し入れる。
「っ…んんっ…」
刺激の強さに千歌音の表情に戸惑いが走る。ミヤコは逃げる千歌音の腰を押さえつけて、存在を主張し始めた突起に口付ける。
掴むもののない千歌音の手は、下に敷いてある紅い装束を掴み、手は血の気を失うほどに力が入る。もう千歌音に声を抑える力もなければ、周りを認識する余裕などない。
ミヤコはさらに秘所に入り込む指を増やし、限界まで追い込む。千歌音の余裕のない悲鳴を聞いて、指を引き抜き、代わりに懐剣をそこにあてがう。
二回、軽く押し付けることで、千歌音にそれが何であるかを認識させ、その反応が来る前に敏感な蕾を強めに吸い、それと同時にあてがったものを強く押し込んだ。
ミヤコが手に持ったものを引き抜くと、小さな水音がこぽりとなって、溜まっていた透明なものが流れ出てくる。それを見ながら、抜かれた懐剣の先の部分を唇でぬぐう。
そしてその唇を指でぬぐって緋の色がついていないのを確認して、安堵の息をついた。
千歌音は、ミヤコが打った芝居を見破ることができたことはできたのだろうか?
達して気を失った千歌音の汗で張り付いた額の髪をゆっくり払ってやる。
ツバサと話していたのは、[月の巫女]の純潔を奪い、オロチの巫女にすること。
そして、巫女の側から武夜御鳴神を奪うこと。そうすれば、生身の身体しか持たない巫女など何の役にも立たない。
後で殺すなりすべてが手遅れになった後で、手中に収めてもよかった。
それを偽の記憶と身体の痛みを与えることで、千歌音を初めとして、全員を欺かないといけない。
巫女とオロチのどちらかが滅びるまで。
直前までそれに何度も迷ったが、結局ツバサよりも千歌音を取った形になる。
そこまで考えたところで、傍らの千歌音が小さく呻きをもらす。後悔や迷っている暇はない。先ほどついた嘘を完全に信じさせる必要がある。
ミヤコは気づかれない様に静かに深呼吸をして千歌音のほうを向いた。
「頼みたいことがあるの…」
意識を取り戻しても、ぼんやりとしている千歌音の視界にミヤコの姿が見えた。千歌音の心臓に手を当て、そのリズムに合わせてゆっくり言葉を続けていく。
「大神 ソウマを殺して。そして武夜御鳴神を従えてきてね。それがツバサ様の意思だから」
「……」
眉をひそめて何かを言おうと、千歌音が口を開きかけるが、ミヤコの表情からそれが戯言ではないことを見て取って、そのまま身体を起こし下半身の痛みに眉をひそめる。
「大丈夫?まだ休んでいたほうがいいわ」
脱ぎ捨ててあるミヤコのコートを千歌音に掛ける。そして、胸のところに姫宮の館で千歌音から奪い取った懐剣を置く。
「…これは返しておくわ…千歌音の護刀ですものね。もっとも、破瓜の血に塗れた刀がどんなものかはわからないけれど」
ミヤコの笑いをこめた言葉に千歌音の頬に朱が走る。覚悟して受け入れたとしても、それを言われるとやはり羞恥の心が出るのだろう。
千歌音の手が懐剣に触れると、何か違和感を言いたげな表情を見せたが、ミヤコはそれを見なかったことにして、まぶたを閉じるように手を添えた。
「まだ地上は夜だから…少しおやすみなさい、千歌音」
そして、自身も千歌音の横に横たわり、愛しそうに眼を細め、千歌音が小さい吐息をたて、眠りにつくまで眺めて、ミヤコも睡魔の誘いに乗って眠りに落ちた。
傍らの重みがすっと増したので、千歌音がぼんやりと眼を開けた。傍らを見ると、いつの間にかミヤコが小さく寝息を立てて寝入っている。オロチもこんな無防備に眠るのかと、傍らの人を見つめた。
はだけた肌に服を掛けてやると、千歌音は巫女装束を軽く羽織って鳥居の上に上がることにした。オロチの本拠地は、場所が低ければ低いほど空気が重く、息が詰まる。
鳥居の上であれば、緩やかだが風は通る。
オロチ衆が集まるときには、にぎやかになるので近寄らないが、そうでないのであれば鳥居の上にいて、ミヤコにとめられるまで、ぼんやりとするのが千歌音の常となっていた。
誰が通り過ぎようが、何を言われようが、遠い世界の出来事のように身動きもせず、ずっと空を眺めたまま。
今日も置物を見向きもしないように、人が通り過ぎる…はずだった。
遠くから声が聞こえてくる。言葉は聞こえるが、千歌音にとっては音楽や時たま響く何かの音と同じ意味のないもの。
どうせその声たちはこの二の首の主に用があるのだ。そういうかのように声が近づいて来ても振り返るどころか、足跡に反応するそぶりすら見えない。
それにいらだったのか、いつもより足音を響かせて千歌音の後ろでとまる。
左手をひねり上げ、体が浮いたところでもともとはだけていた装束に手を入れられ、その手が鎖骨に触れる。
その感触に肌が粟立つのを感じ、反射的にその無骨の手の持ち主を見た。
ミヤコの弟の三の首。それを確認すると、千歌音は興味がなくなったかのようにまた視線を宙に置く。
「ずいぶんと姉貴とお楽しみ中だったんじゃねぇか。いい声上げてさ…」
無視されたと感じたのだろう、ギロチが上から見下ろして、首筋にある赤い刻印に気がつき、その印に手を沿わせる。
ほんの少し、無意識に反応する千歌音の震えを楽しんだ後、自分の首に掛けてあった鎖を千歌音の首にまるで首輪を付けるかのように巻いていく。
「あんな声を出してくれるなら、散歩に連れて行ってやっていいぜ」
鎖で呼吸ができないのか、咽喉から小さく音を鳴らして、千歌音は苦悶の表情を浮かべた。
咽喉に巻かれた鎖に爪を立て、空間を空けようとする。
それを抵抗と受け取ったギロチが、ますます楽しそうに鎖を引いた。
「ぐっ」
鎖を引かれた勢いで、千歌音がバランスを崩し前のめりに手をつく。宙を舞った黒髪がゆっくりと落ちてくる。
「…大概にしておいたほうがいいんじゃない?」
目の前の楽しみに夢中になりかけているのギロチに、後ろから見ていたレーコが声を掛ける。
自己を放棄し、自己を護るすべを持たない。
それに庇護者であるミヤコがいない今の千歌音を警戒する理由はないが、オロチ衆が集まるこの場で、ここまで貶めることはないだろう。
窮鼠猫をかむと言う例もある。追い詰められた人間がどうなるか…それをやってオロチになった自分たちが一番理解してるだろうに。
四つんばいになった格好の千歌音の頤をギロチの左手がつかんで、上を向けさせながら、自分は右手を地面について身体を支えながら、千歌音の前に膝をつく。
不意に千歌音の上体が持ち上がると同時に、光るものが彼女の手に握られていた。
長い髪の影でわかりにくかったが今まで見せたことのない激昂の表情と、表情のなかったはずの眼の色がわずかに赤色に光ったのを見て取ったコロナがギロチに叫ぶ。
「ギロチ!」
ほぼ同時に千歌音の手に握られている懐剣が、ギロチの右手の甲を貫いた。
「てめぇ…」
ギロチの声が聞こえてないのか、千歌音はうつむいたまま、自分の下腹部に服の上から手を当てる。先ほどまであった痛みが消えているのだ。
ゆっくりとギロチの右手を止めている懐剣にも視線を向けて…眼を閉じる。
「そう、そうだったの」
そして、懐剣を持つ手を力を入れて、ひねった。
ギロチの叫び声が、その場に響く。それが途切れたのは彼の咽喉が石化したときだった。
ギロチの声がやむまで、誰一人動かなかったその場を、千歌音がその場からゆらりと立ち上がることで、また時間の流れのある場所に戻す。
ゆっくり手を宙にかざし、もう一つの手を滑らせると手の中に弓が現れた。
満足そうに眼を細めて、手遊びに弓の弦を一つ鳴らして、距離をとろうとしていたネココのオロチの紋章がある部分に矢を放つ。
石になったネココを確認してから、残りのオロチを確認しようと気配を探すと、ツ
バサは相変わらず己の鳥居から動く気配がしなかった。
残りの二人…レーコとコロナと言う名のオロチをどうしようかと、立て続けに正反対の方向に散った二人に矢を放つ。
二人とも矢が当たる前に散開する。それを確かめてから、千歌音は小首をかしげる。
「レーコは、背中…コロナは左胸…」
思い出したように、呪文のようにつぶやいてうなずいて、コロナに向けて矢を放った。
「ちょっと…これじゃ逃げるしかないじゃない!」
体ぎりぎりを狙って射掛けてくる千歌音の矢をかわしながら、コロナはそう悪態をつく。
段々追い詰められていくのが、あがってきた息で証明されている。
逃げるので精一杯で、周りの状況が把握できてない。
「コロナ!」
少し離れたところから、レーコの声がする。
「まだ何とか無事?」
「…そろそろ危ないかも」
「オタ先生、体力ないから…月の巫女は楽しんでるわね。シスターのたくらみも失敗かしらね」
「私たちがちょっかい掛けなきゃ、うまくいってたかもしれない…」
「…一つ聞いていい?あれは月の巫女?それともオロチ?」
そこまで話して、レーコが恐ろしいものを見るかのように、千歌音を振り返った。
コロナもレーコのその動作に気がついて、この会話をなぜ[月の巫女]が矢を射ないで見逃していたか理解する。
千歌音はずっとコロナの左胸に狙いをつけたままで立っていたのに、なぜか射掛けては来なかった。それはレーコとコロナの会話を聞いていたのだ。
千歌音がレーコのほうを一瞬だけ見て、何かをつぶやいて笑みを浮かべたのを見て、コロナは罠に掛かったのだと理解する。
「コロナ!危ない!」
「レーコ!こっちに来ないでっ!」
レーコがコロナを庇ってかぶさるように矢の前に身を投げ出したのと、矢がレーコの背中を貫いたのは、ほぼ同時。その矢はレーコの身体を抜け、コロナの左胸を傷つけた。
コロナは崩れいくレーコの肩を抱きとめ、その姿を見たまま石化した。
残りのオロチは二人。
千歌音は必要がなくなった弓を飽きたおもちゃのように投げ捨て、はだけていた装束を整える。一の首の鳥居の方に人が動く気配を感じ、自然にそちらに向けて歩き出す。
「来たのか?」
千歌音が一の首の鳥居に来たときには、ツバサは以前のようには遠くを見ておらず、自分の愛刀を腕に抱いて、こちらを見るだけだった。千歌音も小さくうなずくだけ。来てどうしようと言うことも決めてなかったから。
「ミヤコをどうする気だ?」
「…どうするって?」
千歌音は小首をかしげた。小さな少女が何を当然なことを聞くのかと問うように。
「勿論、連れて逝くわ…月の社に。私は封印されて、二人で永遠の夜をすごすの…」
それがきっかけだった。お互いの顔をみて笑いあう。そして千歌音は懐剣を抜き、ツバサも剣を構えた。
数合、剣と懐剣を合わせながら、千歌音とツバサの会話は普段以上に穏やかだった。
ツバサが振り上げた剣が見えないかのように、無造作に千歌音が歩みを進める。
ツバサの腕の中まで入り込むと、右手に逆手に持っている懐剣を振り上げ、背後にあるはずのツバサの手首を筋を削ぐ。
肉を切る感触と同時に、ツバサの剣が滑り落ちて、千歌音の袴に触れてそのまま地面に倒れる。
その音を聞いてから、ツバサの服の左胸の部分を軽く持ち上げ、懐剣を滑らせる。
切れ目からのぞく彼の肌に触れ、オロチの紋章が傍目から見えるように差し入れた手を持ち上げ、服を破っていく。
「殺すのが、手に入れるということか?」
ツバサは手の切り傷の痛みなど気にしていないようで、声音は先ほどと変わらない。
その弟に似た言葉に、くすりと千歌音が笑みをこぼした。
「…これが、剣の巫女の愛し方よ…何度も繰り返されて、まだわかってなかったのかしら?…オロチの大将だから、覚悟の上で、受け入れてくれたのだろうと思ってたけれど…」
「あなたは殺さないわ…だって、殺したら我が主と同じところに行くのですもの。貴方の兄弟と同じことはしてほしくない…同じ血の流れの人に二人も連れて行かれるなんて」
千歌音は、何かを考えるような仕草をした後に、ツバサの唇に少し背伸びをして唇を押しあてた。
「貴方のことを何よりも思っている方への、言付けをいただきますね」
指でツバサのオロチの紋章をなぞり、心臓を刺してしまわないように気をつけてそこからすっと懐剣を差し込む。そのまま石化するまで楽しげな表情を崩さない。
ツバサもそんな千歌音の表情を楽しそうに眺めて…石と化した。
どのくらい時間がたったのだろうか?
ツバサの胸に刺さっていた懐剣が、カランと地面に落ちた音で、千歌音は我に返った。
地に落ちた懐剣を拾い上げて、ツバサの血糊を小指で掬い取る。
その血をしばらく眺めていたが、何かを思いついたように、小指を下唇に少し滑らして紅を注した。
血の緋の色が、まるで紅の色のように千歌音の白い肌と対比して、鮮やかに浮いて見える。
千歌音はゆっくり二の首の鳥居を眺めると、そこに人影がないことを確認して安堵の表情を浮かべた。
ミヤコはまだ起きていない、この騒ぎで起こしていないことを危惧してしたように。
「…これは、貴方の弟のところに持って行くわ。貴方の依頼を…かなえた後で。」
足元に転がっているツバサの剣を拾い、千歌音は一の首の鳥居から姿を消した。
千歌音がミヤコの元に帰ってきたときには、まだ彼女は出て行った時の姿勢のまま眠っていた。千歌音は起こさないようにミヤコの前髪に触れる。
「ん…」
「あ、起こしてしまいました?」
ミヤコが小さく寝返りをうってそのまま薄く眼を開けると、千歌音の優しげな声が上から響く。
千歌音の添い寝をしていたはずなのに、いつの間にか寝てしまったのかとまだ覚醒しない頭をはっきりさせようと肘をついて、上体を起こしかけたところでいつもと周りの空気が違うことに気がついた。
普段以上に静かな空間。かすかに感じる血の匂い。その方向に視線を向けると、目の前の優しげに微笑む千歌音の姿。先ほどまであわせていたその唇に覚えのない緋の色が見えた。
反射的に飛び起きようとしたところを、子供の駄々をとがめるように、ミヤコの前髪を掻き揚げてやりながら千歌音が覆いかぶさるように、唇を重ねる。
「…千歌…」
ひどく優しく押さえるだけの口付けから、薄く開いたミヤコの口内に千歌音の舌が入り込んでくる。血の味と唾液が混ざり合い、ミヤコの咽喉を落ちていく。
「ほめてくれないんですか?せっかく言付けをお渡ししたのに…」
「なぜ…?」
あの血は、きっとツバサ様のものだ。千歌音の言葉でそう確信した。
自分が寝ている間に何があったのだろうか?最悪の状況を想像するが、それを行ったはずの千歌音の声はこんなときにもなぜか優しい。
ミヤコの問いを最後まで聞かずにもう一度千歌音が深く口付けた。ミヤコの視界の端に、何か光るものが見えたような気がした。
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私は天の父にわかって戴かなくても、また世間の者に知られなくても、
ただ、あなたお一人さえ、おわかりになっていて下さったら、それでもう、よいのです。
私はあなたを愛しています。
ほかの弟子たちが、どんなに深くあなたを愛していたって、
それとは較べものにならないほどに愛しています。誰よりも愛しています。
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昔、読んだ本の一節を思い出しながら、ああ、そうなのかとミヤコは理解した。
素直に千歌音がミヤコに従ったわけも、最後まで抵抗しなかった訳も。
自分がツバサ様の指示に従わなかった訳も。
結局、手に入れられたのは、受け入れてくれたときのあの涙だったのだった。
「千歌音…貴女が帰りたいのは…」
胸の一部に熱さが刺さった、その一瞬後に鈍い痛みがとって代わる。ミヤコのその後の言葉は続かなかった。口の中から血があふれる。
「大丈夫ですよ。ずっと貴女に仕えます…すぐに逝きますから、待っててくださいね。姫子さまのいない封印の社で」
千歌音の右手はミヤコの胸に刺さった懐剣から指を離し、手を取り、自分の手を添えるように指を絡ませ、愛しげに掌に口付けた。左手はミヤコの髪をなでる。
「おやすみなさい、ミヤコさま…私の主」
最後に映ったのは、悲しそうな愛しいものを見るような眼をした月の巫女の顔だった。
END
文中の作品は、
駈込み訴え 作者:太宰治
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