「それじゃあ行ってきます。」
「乙羽さん、子供達の事お願いしますね。」
姫宮邸の大きな玄関の前で、姫子と千歌音を見送る乙羽と子供達。
「お嬢さま達の事は任せて、ごゆっくりなさって来てください。」
そう言って乙羽は2人に微笑みかけた。
「ありがとうございます、乙羽さん。雛子、千羽の事お願いね。」
「うん、行ってらっしゃい。お母さん、ママ。」
「千羽、おいで。」
姫子は見送りに来た雛子の後ろにいる千羽を呼んだ。
雛子の後ろで不安そうに隠れるその姿に、姫子はなおさら後ろ髪を引かれる思いだった。
千羽は寂しそうに、姫子のもとに駆け寄ってくる。
「乙羽さんとお姉ちゃんがいるから大丈夫だよ。いい子にしてたら、お土産も買ってくるからね。」
姫子は千羽の綺麗な黒髪を撫でながら、優しく微笑む。
「うん…」
千羽はか細い声でそう言うと首をこくりと頷かせた。
「さあお二人とも、そろそろお出にならないと。」
「そうですね…さあ、姫子行きましょうか。」
千歌音は腕時計を見て、姫子に声をかけた。
「うん…じゃあ行ってくるね。」
姫子と千歌音は三人に見送られながら姫宮邸をあとにした。
2人の姿が見えなくなり、乙羽は大きな扉を閉める。
「……?」
振り返った乙羽の視界に、千羽の顔が入る。
その顔はどこか寂しそうだった。
「…千羽、お姉ちゃんと遊ぼう!」
雛子もその様子に気づいたのか、千羽に明るい声で話しかけた。
「うん…」
雛子は千羽の小さな手をとって、2人のために用意された子供部屋に向かう。
乙羽は先ほどの千羽の様子が気になり、その後ろ姿をただ黙って見つめていた。
「……」
「…こ…姫子?」
「えっ、あ…何、千歌音ちゃん?」
千歌音に声をかけられ、姫子は慌てて顔を上げた。
どうやら、歩きながら考えごとをしていたらしい。
「そんなに気になる?あの子達の事。」
千歌音は少しばかり苦笑いしながら、姫子に問いかけた。
「あ…あのね…」
どうやら千歌音には、全てお見通しのようだ。
「千羽の事でしょう?」
「……うん。」
実は千羽にとって、今日が初めてのお留守番だった。
乙羽と雛子がついているから、安全の面では問題はないだろう。
しかし千羽はまだ幼いのだ。
普段は母親である姫子にくっついて、離れようとはしない。
容姿は千歌音にそっくりなのに、性格はまるっきり違う。
555 :幸せ家族計画 初めてのお留守番 ◆M2vRopp80w :2008/10/27(月) 22:16:35 ID:cuqztI+m
>>554 続き
泣き虫で大人しく、人見知りが激しい千羽。
姫子は心配で仕方ないようだ。
「そうね…確かに心配ね。」
乙羽に預けていれば、何も問題ないだろう。
雛子だっているのだから。
だが、一つだけ心配が2人にはあった。
それは…。
「乙羽さんとは今日が初対面なのよね…」
「千羽、何して遊ぼうか?」
「……」
雛子は千羽に話しかけるが、先ほどからずっとこの調子だ。
部屋に用意された沢山の玩具や絵本は、姫宮邸に遊びに来る孫たちにと千歌音の両親が用意してくれたものだった。
普通の子供ならきっと喜ぶだろうが、千羽はいっさい見向きもしない。
「じゃあ…お庭で遊ぶ?」
「……」
千羽は黙ったまま、首を横に振った。
「う~ん…あ!じゃあ、お家の中でかくれんぼする?」
「…かくれんぼ?」
「うん、ここのお家なら広いし…ね。」
雛子は何度か姫宮邸に来て、ここで遊んだ事もある。
千羽が産まれたことで、最近は来ていなかったが。
「じゃあ、お姉ちゃんが鬼になるから千羽は隠れてね。」
「う…うん…」
「い~ち…に~い…」
雛子が壁に向かって目を瞑り数えだすと、千羽は慌てて立ち上がり部屋から出ていった。
千羽は小さな体でトコトコと走り、隠れられる場所を探す。
いくら家の中とはいってもこの広さだ。
部屋は数え切れないほどあり、入ろうとすると部屋には数人のメイド達が仕事をしている。
人見知りの千羽が入れるはずがない。
「どうしよう…お姉ちゃんに見つかっちゃう…」
千羽の心が再び落ち込んできたその時、どこからか微かに甘くいい匂いがした。
「…お母さんが作ったお菓子と同じ…」
それはどこか、母である姫子が作ってくれるお菓子と同じ匂いがした。
千羽は隠れることなど、すっかり忘れて匂いのもとを辿っていく。
すると、少しだけ開いた扉から僅かに明かりがもれていた。
千羽はそっと扉の隙間から部屋の中を覗き見ると、そこはどうやら厨房のようだった。
辺り一面に、甘い香りが漂っている。
そして厨房にはたった1人、千羽の見覚えのある女性が黙々と作業をしていた。
(あのひと…たしか、乙羽さんだったかな…?)
「さて…あとはケーキが焼けるのを待つだけ…?」
乙羽はひと通りの作業を終えると、扉の向こうから誰かの視線を感じて振り返った。
「誰です、そこで見ているのは…!千羽お嬢さま‥!?」
556 :幸せ家族計画 初めてのお留守番 ◆M2vRopp80w :2008/10/27(月) 22:43:51 ID:cuqztI+m
>>555 続き
乙羽は驚いて、急いで扉を開ける。
「…!?ご、ごめんなさいっ…!」
そこには覗いていたのが気づかれたことに驚き、その場から逃げようとする千羽がいた。
「千羽お嬢さまっ…!」
乙羽が呼び止めると、千羽はゆっくりと振り返る。
その姿はまるで、いまから叱られるのを恐れている子供のようだった。
「よろしかったら、中に入ってご覧になられますか?」
乙羽は千羽に優しく微笑みかけた。
「あ…えっと…その…」
てっきり叱られると思っていた千羽は、戸惑っているのかモジモジしながらスカートの裾を握りしめている。
「さあ、どうぞ中へ…」
「…いいの?」
不安げな瞳をこちらへ向ける千羽。
「ええ、そんな事で怒ったりしませんから安心してください。」
乙羽がそう言うと少し安心したのか、千羽の表情がわずかに和らいだ。
「いないなぁ…どこに行ったんだろ…?」
雛子は先ほどからずっと千羽を探していたが、どこにも見当たらない。
姫宮邸に何度か来ている雛子には、見つけられる自信があった。
だが、どれだけ探しても千羽を見つけらない。
いったいどこに行ってしまったのか…。
「……?」
雛子がしばらく廊下を歩いていると、誰かの話し声が聞こえてきた。
長い廊下の先にある扉から、わずかに明かりがもれている。
雛子が急いでそこへ走っていくと、そこには…。
「千羽…!」
「あ、お姉ちゃん…!」
千羽は乙羽の側で椅子に座り、楽しそうに笑っている。
「‥な、何してるの?」
「乙羽さんがお菓子作ってるとこ見てたの…すごいんだよ!ほら、お姉ちゃんもおいでよ。」
千羽は、すっかりかくれんぼの事など忘れているようだった。
厨房のテーブルには焼き上がったばかりのケーキと、さまざまなトッピング用のフルーツなどが並べられている。
「わぁ…」
見たことがないような、楽しそうな笑顔を見せる千羽。
「乙羽さん、これは何に使うの?」
「ああ…これはですね…」
千羽は乙羽が作るお菓子に、夢中になって見入っている。
(そんな楽しそうな顔…私だって見たことないのに…)
2人で楽しそうに笑っている姿を、雛子は複雑な気持ちで見ていた。
「さあどうぞ、お召し上がりください。」
テーブルには、美味しそうな乙羽特製のケーキと紅茶が並べられている。
「いただきます。」
雛子と千羽は、できたてのケーキを一口ほおばった。
「おいしい…!お母さんのケーキと同じ味がする。」
それもそうだろう。
姫子と同じ味が出せるのは、作り方を教えた本人である乙羽だけだ。
母親を思い出させる乙羽のケーキは、先ほどまで沈んでいた千羽を魔法のようにあっという間に笑顔にさせた。
「ふふっ、ありがとうございます。まだ沢山ありますからね。」
自然と乙羽の頬も緩んでしまう。
容姿は幼い頃の千歌音にそっくりなのに、子供らしく笑顔を見せる千羽が可愛らしく思えた。
思えば、幼い頃の千歌音は我が儘も言わず、姫宮家の令嬢として恥ずかしくないように躾られていた。
ピアノや茶道、習い事も数多く普通の子供のように友達と遊ぶこともなかった。
そんな千歌音にも周りを唯一困らせた事があった。
それは姫宮邸の庭にある大きな木に登ることだった。
気持ちよさそうに村を眺める千歌音に、乙羽は憧れて一度だけ登ったが、降りる事が出来ず大騒ぎになった。
あれ以来、千歌音があの木に登ることは無くなってしまった。
もし自分が登らなければ、千歌音が唯一安らげる場所を奪うことはなかったのだろうか。
いまとなっては、千歌音にはそれ以上に安らげる場所ができたが‥。
「おいしいね、お姉ちゃん。」
「う、うん‥あ、千羽、ケーキついてるよ。」
「え?どこぉ‥」
雛子が千羽の口元についた、ケーキの屑を取ってあげようと手を伸ばしたが‥。
「千羽さま、ほら取れましたよ。」
乙羽はハンカチを取り出して、千羽の口元を拭いてやる。
「あ、ありがとう‥」
千羽は照れくさそうに、乙羽にお礼を言う。
「………」
雛子は伸ばしかけた手を、つまらなさそうに引っ込めた。
「ね、乙羽さんも一緒に遊ぼうよ。」
「え‥私もですか?」
「うん、ね。いいでしょ、乙羽さん。」
千羽はすっかり乙羽に懐いてしまったようだ。
「そうですね、仕事が終わったらいいですよ。」
「本当?絶対だよ。雛子お姉ちゃん、いいよね。」
「……しらない‥」
「えっ…」
「2人で遊べば…私…もう千羽の事なんてしらないっ…!」
雛子は怒ったようにソファーから立ち上がり、千羽を置いて部屋から出て行った。]
「お姉ちゃん…?」
千羽は雛子が怒ったことに戸惑った。
いつも千羽に優しくてくれる雛子が、千羽に怒るなんて。
千羽の顔からは笑顔が消え失せ、瞳には今にも溢れそうなほど涙を浮かべている。
「千羽、お姉ちゃんに何か悪いことしたかな…?」
「千羽お嬢さま…」
「…あっ!」
「どうかなさいましたか?」
千羽は突然、何かを思い出したように俯いていた顔を上げた。
「お姉ちゃんに、あやらなきゃ…!」
「ち、千羽お嬢さま…どちらに‥?」
千羽は慌てたように、雛子の後を追いかけた。
(私‥なんであんな事言ったんだろ‥)
長い廊下を歩きながら、雛子は落ち込んでいた。
自分でも信じられなかった。
大切な妹である千羽に、あんな事を言うなんて。
雛子が起こったのは、かくれんぼをすっぽかされたからではない。
自分の前で乙羽に笑顔を見せる千羽に対して怒ったのだ。
それは明らかに、乙羽に対してのやきもちだった。
(でも‥千羽が悪いわけじゃないのに…)
雛子は千羽が産まれた時、とても嬉しかった。
初めて出来た妹。
泣き虫でか弱い妹を、いつも守ってきたのは自分だ。
なのに乙羽はあっという間に、千羽の心を掴んでしまった。
それを見ていた雛子は、面白いはずがない。
とはいえ、千羽を傷つけてしまった事は間違いない。
(やっぱり、戻って千羽にあやまらなきゃ…)
雛子が足を止めて、千羽のもとに戻ろうとした。
「雛子お姉ちゃんっ…!」
「ち、千羽…!?」
突然聞こえた声に後ろを振り返ると長い廊下の向こうから、千羽が雛子のもとに一生懸命走ってくる。
「千羽っ…!」
おもわず雛子も千羽のもとに駆け寄ろうと走り出したその時…。
「千羽っ…走っちゃだめっ!」
「えっ、きゃあっ…!」
雛子しか目に入っていなかったのか、千羽は廊下にある棚にぶつかってしまった。
その振動で棚に飾られていた、高価そうな花瓶がぐらりと傾いた。
「あ…っ…」
「千羽っ…危ないっ!」
“ パリイィィン! ”
花瓶が割れたその音は、姫宮邸の廊下に大きく響いた。
「いまの音は…!?」
客間にいた乙羽は、その音を聞いて慌てて廊下に飛び出した。
「ごめんなさい、花瓶を割ったのは私です‥。」
乙羽の前で謝る雛子。
乙羽が音を聞き、駆けつけた時には廊下には割れた花瓶と側に立ちすくんだ雛子しか居なかった。
今は乙羽が事情を聞くため、客間に呼ばれていた。
広い客間には乙羽と雛子だけしか居ない。
「本当に雛子さまが割られたのですか?」
「はい‥」
乙羽はじっと雛子の瞳を見つめる。
容姿は姫子にそっくりな顔立ち、大きな瞳と紅茶色の髪、最近ますます姫子に似てきた雛子。
いつもはおてんばで明るい雛子の表情は、まるで大切な何かを守るように意志の強さが表れているのを乙羽感じた。
「雛子お嬢さま、それは…嘘ですね。」
「っ…嘘なんかじゃないよ…っ!」
「なら、どうしてそんなに慌てるのですか?」
「そ、それは…」
雛子の声がだんだんと小さくなっていく。
乙羽は、雛子の言っていることが嘘だと最初からわかっていた。
普段、嘘をついたことがない正直な雛子が嘘をつくとすぐわかる。
そんなところまで誰かにそっくりだった。
「本当だよっ…!本当に私がっ…」
「お姉ちゃんを怒らないでっ…!」
雛子が大きな声を上げて、乙羽に訴えていると千羽が部屋へ駆け込んできた。
「千羽っ…どうして‥!」
「千羽お嬢さま…」
「お姉ちゃんは悪くないのっ!花瓶割ったのは千羽なの…」
千羽は瞳に涙を浮かべて本当の事を全て話した。
「わかっていますよ、最初から‥」
「えっ…?」
雛子が嘘をついているのは、乙羽にはお見通しだった。
確かに雛子はおてんばだが、人を困らせたり嘘をついたことがない事は乙羽もよく知っている。
そんな雛子が嘘などをつけばすぐにわかった。
雛子が誰かを庇おうとしている事も。
「乙羽さん、千羽を叱らないで。私が千羽にあんなこと言ったから…」
「違うよっ…千羽がかくれんぼしてたのにお姉ちゃんのこと忘れてたから…」
互いに庇い合う2人を見て、乙羽は間違いなく千歌音と姫子の子供だと思った。
きっとあの2人も同じような立場なら、きっと互いに庇い合うかもしれない。
「確かに花瓶を割った千羽お嬢さまはいけませんね。」
「っ…」
「ですが、雛子お嬢さまも同じです。」
「お姉ちゃんは悪くないよっ…!」
「いいえ‥確かに雛子お嬢さまも悪いです。だって嘘をつかれたのですから。」
「嘘‥?」
「はい。雛子お嬢さまが千羽さまを庇おうとするお気持ちはわかります。ですが、それでも嘘をつくのはいけません。それは相手のためにもなりませんし、逆に大切な方を傷つけてしまうかもしれませんよ。」
乙羽の言葉を聞き、雛子は横にいる千羽を見る。
相手のためを思うなら、正直に本当の事を話さなければ相手も自分も傷つくはめになる。
現に千羽はいまにも泣き出しそうだ。
千羽のためにと思っていたことが、千羽を逆に傷つけてしまっていたかもしれない。
「嘘ついてごめんなさい…乙羽さん、ごめんね‥千羽。」
「ううん…千羽も。ごめんなさい、お姉ちゃん。」
雛子と千羽は笑いあった。
「あ…でも、どうしよう…花瓶。」
雛子が不安そうに乙羽に視線を向ける。
「そうですね、ちゃんと正直にご両親や旦那様方に謝られたら、きっと許してくださいますよ。」
普段、躾に厳しい旦那様や両親もきっと謝れば許してくれるだろう。
大事なのは気持ちの問題なのだ。
「ですが、お二人をご両親からお預かりしている身ですから…ちゃんと罰を受けていただかないと…」
乙羽は千歌音と姫子から、悪い事をしたらちゃんと叱ってほしいと言われていた。
保護者として、2人を躾るのは当然の役目だ。
「ば…罰…?」
「はい。そうですねぇ…どんな罰にいたしましょうか…」
乙羽は2人の様子を伺いながら、少しいじわるそうに考えた。
「う…」
「ふふっ…では、お二人にはこの家のお掃除を手伝ってもらいましょうか?」
「え…お掃除?それでいいの‥?」
「はい。」
たかが掃除とはいえ、この広い姫宮邸だ。
3人で掃除するのが大変な事は2人にもわかるはずだ。
雛子と千羽は互いに顔を見合わせる。
「よ…よしっ!千羽、掃除がんばろう。」
「うんっ、お姉ちゃんとがんばるっ。」
はりきる2人の様子が可愛らしくて、乙羽はクスッと微笑んだ。
「さあ‥お二人とも、お掃除始めましょうか。」
「はーい。」
3人の元気な声が客間に響く。
これなら夕暮れ頃にはきっと終わるだろう。
(きょうの夕食は腕をふるわないと…)
疲れてお腹をすかせるだろう2人のために、乙羽は夕食の献立を考える。
「乙羽さ~ん、早く、早く!」
「はい、いま行きますよ。」
2人に急かされながら、乙羽の声は楽しそうにはずんでいた。
「ちょっと遅くなっちゃったね。」
「そうね、子供達まだ起きてるかしら…」
姫宮邸への帰り道、辺りはもうすでに真っ暗だ。
姫子と千歌音は腕を組み、涼しい秋の夜風を感じながら仲むつまじく歩く。
「子供達、喜ぶかなぁ…」
姫子の手には、子供達のために買ったお土産が入った紙袋が下げられている。
「あと乙羽さんにもお礼言わなきゃね。」
「ええ。」
こうして2人きりで過ごせるのも、乙羽が子供達を預かってくれたおかげだ。
「あ…」
「まだ明かりがついてるわね、まだ起きてるのかしら‥?」
2人が歩いていると、見えてきた姫宮邸から明かりがついているのが見えた。
「ただいま帰りました。」
姫宮邸の玄関の扉を開け、中に入るが誰も来ない。
「……おかしいわね、いつもなら乙羽さんが出迎えるのに…」
他のメイド達はもう休んでいる頃だろうが、いつもこの時間帯は必ず乙羽は起きている。
姫宮邸のメイド長である乙羽はこの屋敷の責任を任されている。
乙羽はいつも、戸締まりの確認や見回りなどで夜遅くまで起きていた。
もちろん見送りや出迎えなどは一度も怠ったことはない。
「乙羽さん、居ないの?」
千歌音が中に進みながら、声をかける。
客間を覗くが、やはり誰も居ない。
「どうしたのかしら…?」
「もしかしたら、子供部屋かな?」
姫子は客間から離れた、子供部屋へ向かうと扉から、わずかに明かりがもれている。
「やっぱりここに…」
姫子はドアを小さくノックして、そっと扉を開けた。
「ただいま、みんな…‥?」
「姫子、どうしたの?」
子供部屋に後からやってきた千歌音は、入り口の前で扉を開けたまま立ち止まっている姫子に声をかけた。
「しーっ…」
「…?」
姫子は千歌音の方を向いて、口に人差し指をあてて静かにと促した。
「あ…」
何事かと千歌音が部屋を覗くと、雛子と乙羽、そして2人の間に千羽が挟まれるように3人とも眠っている。
「珍しいわね、あの乙羽さんが。」
「うん、もう少し寝かせてあげよう。」
2人はふふっと笑い合うと、3人に風邪をひかないように毛布をにかけてやった。
「おやすみなさい。」
「ご苦労さま、乙羽さん。」
子供部屋の明かりを消し、静かに扉をしめた。
川の時になって眠る3人。
その寝顔はとても幸せそうだった。
終わり。