ちび千歌音ちゃん…
トントン。
ある日姫子の部屋に遊びに来た千歌音ちゃん。
姫子は快く部屋に招きいれた。
「姫子お姉さん、これ読んで」
そう言って持ってきていたのは絵本の『かぐや姫』だった。
「うん、いいよ。じゃあこっちに来て」
手招きしベッドに腰掛け自分の膝をぽんぽんと叩いた。
千歌音は嬉しそうに姫子に近づき、抱っこしてもらってその膝に座る。
姫子は後ろから千歌音を抱えながら本を開き「昔々あるところに…」と読み始めた。
「…そしてかぐや姫は月へと去っていってしまいました。はい、おしまい」
本を読み終えぱたんと閉じた。
すると千歌音はう~~んと首を捻った。
「どうしたの?」
「どれくらいキレイだったのかしら?かぐや姫って」
幼いながらに絵本の中の『この世のものとは思えないほど美しくなった娘』のフレーズが気になったらしい。
「千歌音ちゃんとっても綺麗だからかぐや姫みたいに綺麗になると思うよ」
微笑んで将来間違いなく美人になる月の似合う小さな背中に言うと、くるっと勢いよく千歌音が振り返った。
「いやっ!」
「え?」
「私かぐや姫になんてなりたくない!」
「え?え?ど、どうしたの千歌音ちゃん?」
目に涙を浮かべ言う千歌音にどうしていいのか分からずオロオロとうろたえる。
「だって、私は姫子お姉さんとずっと一緒にいたいんだもん!」
かぐや姫は最後に月へと帰ってしまうから、かぐや姫になんかなりたくない。
千歌音のその言葉に姫子は心打たれた。
しかし言ってしまった当の千歌音はしまったとばかりにかあ~っと顔が赤くなる。
「ご、ごめんなさい…!」と早口に言い姫子の膝から慌てて降りた。
そのまま逃げようとするがその手を姫子にパッと掴まり固まる。
ほんの少しの沈黙。
「こっち向いて、千歌音ちゃん」
とてもとても優しい声。
ドキドキしながらぎこちなく振り返ると、姫子は床に膝を着いて笑顔で泣いていた。
「ありがとう、千歌音ちゃん。私すっごく嬉しいよ」
少し驚いている小さな体をぎゅっと抱き締める、暖かな頬と頬を合わせた。
「私達は、ずっとずっと一緒だよ」
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「千歌音ちゃん、入ってもいい?」
ドアの向こうから聞こえた姫子の声。
ベッドに腰掛けていた千歌音は「どうぞ」と声をかけるとドアノブが捻り姫子が入ってきた。
「卒業おめでとう、姫子」
笑顔で迎える千歌音。今日何度目かのお祝いの言葉に姫子は嬉しそうに笑う。
今日は中学の卒業式だった。
めでたく乙橘学園の進学も決まっており春から姫子は高校生になる。
「千歌音ちゃん。あの約束覚えてる…?」
千歌音の傍までいき、頬を染め口元に手をあて遠慮がちに尋ねる。
その姫子の垢抜けない仕草にくすっと千歌音は笑ってしまう。
「ええ、覚えてるわよ」
そう言って立ち上がり、更に一歩姫子に近づく。
鼻を掠める薔薇の香りに姫子はドキッとしてつい俯いてしまった。
しかし千歌音はその俯いた姫子の顎にそっと手を添え自分の方へと向かす。
「怖い?」
千歌音の問いに顔を真っ赤に染めた姫子は首を左右に振り笑った。
「姫子…」
「ん…」
そのまま重ねあわされた唇。
腰も抱き寄せられ更に体は密着し、ほんの少しだけ開いた姫子の口の隙間から千歌音の舌がすっと入ってくる。
熱い吐息を漏らし、絡みあう舌と舌。
子供のキスじゃなくて、大人のキス。
体中が痺れる様な情熱なキスから一度口を離すと光の糸が2人を繋いだ。
「私ね、ずっとこの日を待ってたの…」
潤んだ唇に千歌音に支えられながら夢見心地の姫子の顔。
「私もよ。ずっと姫子が大きくなるのを待ってたわ」
愛しげに前髪を指で掻き分け姫子の顔を良く見る。
以前千歌音に抱いてほしいと迫った事があった姫子。その時は「まだ姫子には早い」と断られてしまっていた。
「子ども扱いしないで」と駄々を捏ねたが千歌音は「姫子が中学を卒業したら」と前々から決めていたらしく、大人しくその日は必ずくるその日を待とうと指きりげんまんした。
そして迎えた今日、ゆっくりとベッドに押し倒され、自分の体の上に千歌音が覆い被さる。
期待と少しの不安に姫子の胸が高鳴る。
「電気、いらないわね…」
パチっと照明が落ちる音がし、服に手を掛けられ姫子は微笑みながら目を閉じた。
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前にあったテディベアーシリーズ
「ん……」
カーテンの隙間から差し込む朝日にふと目が覚めた姫子。
広いベットの上、すっと手を伸ばすが隣にいるはずの思い人はそこにはいない。
「もう行っちゃったんだ…」
目を開き、もぬけの殻になった隣の枕を見ながら少し淋しげに言う。
『ごめんなさい、明日は朝早くに出なきゃいけないの』
昨晩申し訳なさそうに言った千歌音の言葉。
姫宮家の公務に追われる毎日、ここのところ多忙な日が続いていた。
それでも姫子は少しでも千歌音と一緒にいたくて一緒のベッドで眠りたかった。
我侭なお願いだと思ったけど、千歌音は嫌な顔せず笑ってそれを受け入れてくれて…。
でも眠る姫子を起こすまいと、そっとベッドから抜け出し出て行ってしまったに違いない。
「本当は起こしてもらいたかったんだけどな…」
ぽつりと呟き、シーツを手繰り寄せて体を起こそうとした。
すると、ころころと何かがシーツの中で絡まっている。
「あれ…?」
何だろうと胸元を押さえながら起き上がり、シーツの中に手をいれ丸っこい物を掴み取り出した。
「わあ、可愛い…っ」
茶色い肌触りの良い毛に覆われた姫子好みのテディベアーだった。
よく見ると首輪のところに紙が差し込まれており、取って読んでみると『今夜は早く帰るからね』と千歌音の字で書かれていた。
嬉しくてぼふっとベッドに倒れこみぎゅっとテディベアーを抱き締めると、微かに千歌音の匂いがする。
「待ってるからね、千歌音ちゃん」
ちゅっとテディベアーに口付け、千歌音の残り香を感じながら目を閉じた。
うん、特に意味はない
姫子をちびにさせれば良かったと少し後悔
ちっちゃい千歌音ちゃん
ある日曜日の日の事。
姫子は体が小さくなってしまった千歌音と共に姫宮邸の庭を散歩していた。
姫子は久々に千歌音と遊べるのが嬉しいのか、いつもより足取りが軽い。
その足に追い付こうと必死に千歌音は歩くが、遂に小石に躓いてその場にべちっと転んでしまった。
「ち、千歌音ちゃん!大丈夫!?」
ごめんね、ちょっと早かったね、と姫子は誤りながら千歌音を抱き起こすと千歌音はその瞳を僅かに潤ませながらも健気に「大丈夫だよ」と笑う。
しかしその膝からは血が滲んでいた。
「大丈夫じゃないよ。血、出てる」
そう言いながら姫子はスッと傷口に唇を寄せ、ぺろりとそこを舐め上げた。
「ひゃっ!」
その感触にびっくりしたのか、千歌音はびくりと体を跳ねさせる。
「や…っ、姫子、くすぐった…ッ!」
「じっとしてて」
千歌音は姫子の肩に手をかけ引き剥がそうとするが、子供の力が大人の力に勝てる訳もないく千歌音は姫子のされるがままになっていた。
やがて姫子がその唇を離し、にっこりと笑う。
「うん、消毒終わり。じゃぁ屋敷に戻って絆創膏貼ろ?」
「……」
「千歌音ちゃん?」
「…っ、ふぇ…っ」
じわりと千歌音の瞳に涙が浮かぶ。
「え?」
「ふぇぇえん!姫子のばかぁああ!」
「ど、どうしたの!?やっぱりどこか痛いの!?」
それから一時間弱、姫宮邸の庭にて泣きじゃくっている千歌音とどうしたらいいか分からずオロオロしている姫子であった。
姫子さん、犯罪です。