※現世だけど本編無視
※姫子←千歌音ちゃん気味
※ソウマ出ます、ちょびっとだけ
ちょっと千歌音ちゃんが可哀相な感じなのは前もって言っておきます
それは昼休み、薔薇の園での何気ない会話だった。
「あのね、今日はちょっと放課後大神君に呼ばれてるんだ」
「…大神さんに?」
「うん」と少しはにかみながら頷く姫子の笑顔にドクン…と自分の体に黒いものが流れる。
「だけどね、何でなのかは分からないんだ」
多分姫子はそう言ってたのだと思う。だけどちっとも自分の耳には入っては来なかった。
姫子と大神ソウマが並んで歩くのを想像しただけで胸が締め付けられる。
今は自分の隣にいてくれる姫子がいつかいなくなってしまう…。
そう思ったとき、千歌音の中でずっと押し殺してきた感情を抑える心の鎖に亀裂が入る。
「ねえ、姫子」
「なあに?千歌音ちゃん」
「放課後、大神さんと出掛ける前に音楽室に来てくれない?」
そして、放課後。
約束どおり姫子は音楽室へと来た。
先に音楽室で姫子を待っていたガララーっとドアが開くと千歌音は演奏する手を止めた。
「悪いわね、呼び出したりして」
「うーうん、大丈夫だよ」
そう言いながら音楽室の中へと入りドアを閉め笑顔で千歌音を見ると千歌音も笑っていた。
その笑顔は学園中が憧れる宮様としての笑顔ではなく、自分と2人きりの時にだけ見せてくれる笑顔で思わずドキンとしてしまう。
「そう、悪いけど鍵閉めてもらっていい?」
「え?あ!うん、分かった」
千歌音見惚れていてぼ~っとしていた姫子は、少し不思議に思ったが千歌音に言われたとおり音楽室の鍵をカチャリと閉めた。
「お話ってなあに?千歌音ちゃん」
そのままピアノの傍まで行くと千歌音も立ち上がった。
座ってると余り感じないが、少し背の低い姫子は自分の事を見上げてるのだと今更ながらに思う。
じっと見つめていると「千歌音ちゃん?」と首を傾げながら顔を覗き込んでくる。
その一つ一つの仕草でさえ自分にだけに向いてほしいと思ってしまうのは酷い独占欲だと思う。
「姫子、私のこと好き?」
「?もちろん好きだよ」
突然の問いに姫子は可笑しいこと聞くねと言うようにくすくす笑いながら答えた。
姫子から好きと言われただけで心が躍る。
「でもね、私の”好き”と姫子の”好き”はきっと違うわ」
ずっと自分の心を苦しめているジレンマ。
姫子から視線を外し、遠くを見つめるような眼差しで窓の外を見ながら淋しげに言った。
「どうして?そんな事ないよ?」
恋愛に疎い姫子はとても優しい。だから自分のことを好きと言ってくれる。
だからこそ気付いて欲しくて、自分と同じその感情を抱いてほしくて。
自分の中で一番の彼女に、自分も彼女の中で一番であってほしいと自分勝手なことを思ってしまう。
「本当に?」
視線を戻し、ぐっと姫子の華奢な腰を抱き寄せた。姫子の持っていた鞄がドサッと床に落ち小さく「きゃ!」っと姫子は悲鳴をあげたが気にはしない。
「ち、かね…ちゃん?」
密着する体、息が掛かるほどの距離に千歌音の美しい顔がある。
長い睫、透き通るような白い肌、形の良い唇。そして吸い込まれてしまいそうな蒼い瞳に見つめられ姫子は自分の顔が赤くなっていくのが分かる。
「じゃあ、試してみてもいい?」
潤んだ瞳で自分を見つめる姫子はこの事態を飲み込めてないのだろうなと思う。
空いてる方の手を姫子の顎に沿え、親指でそっと下唇をなぞる。
「なに…を?」
自分の腕の中で硬く縮こまった体から、普段とは違うよそよそしさを感じる
拒絶されてしまうかも…止めるなら今しかない。
悪ふざけだと言って解放してやればきっと純粋な姫子は何も思わない。
なのに、いつもならば制御できるはずの姫子への感情が今は抑えられない。
「好きよ、姫子…」
小さく呟くと唇に吐息を感じて姫子の体がぴくりと動く。しかしそのまま千歌音の唇は姫子の小さな唇にそっと重ねていた。
胸元にあった姫子の手が驚きでぎゅっと固くなるのが分かる。
とても甘い姫子の唇。拒絶する様子は今のところない。
さらに角度を変えもう一度唇を重ねると、その千歌音のキスに姫子の膝がカクンと抜けその拍子にさっきまで千歌音が座っていたピアノの椅子に軽くあたりガタンと音を立てる。
しかしそれでも千歌音は膝が震える姫子の腰と背中を両手でしっかりと抱き締め重ねるだけのキスを送る。
震えながら千歌音の制服の前襟をぎゅうっと掴む姫子がこの行為をどう捉えたのかは分からない。
一方的な口付けに「気持ち悪い」、「嫌だ」、そう思われてるかもしれない。
それでもこれから自分を置いて姫子が大神ソウマと何処かへ行ってしまう事を考えると、離れたくない思いで気が急りキスを止める事が出来ずにいる。
呼吸すら忘れてしまいそうになるほどに幾度も幾度も口を啄ばむと、口付けの合間に姫子の熱い吐息が漏れて頬にかかる。
このまま一緒に溶けてしまいたい…。
そう思い始めたとき、キスの音しかしない静かな音楽室を小突く音が響く。
「来栖川?いるのか?」
「「!」」
コンコンとノックする音と同時に姫子を探しに来たソウマの声にハッと2人は口を離した。
ぴたりと動きを止め、ドアの方を見ながら必死に息を潜める。
「あれ?おっかしいなー」
内側から鍵が掛かってるため開かないドアをガタガタ言わせながら首を傾げている。
「音楽室にいるって言ってたのに…どこいっちまったんだ?」
早くそこから去ってほしい…。
そう千歌音が願うと、願いが通じたのか足早にスタスタと音楽室から離れていく足音がした。
その時、自分の胸にいる姫子の口が動いた。
何を言おうとしたのかは分からない。自分にかもしれないし、音楽室から離れていくソウマになのか分からない。
それなのに反射的にそのつぶらな姫子の口を再び塞いでしまって、一言も姫子の喉から漏れることはなかった。
強く口付けたせいでバランスを失った姫子の指が鍵盤の一つをポォーンと弾いたが、音楽室にソウマが戻ることはなかった。
END