「千歌音ちゃん…!」
白昼堂々、交差点の真ん中で抱き合っているのに、人の目なんて気になりもしなかった。
姫子は千歌音の細い身体をぎゅっと力を込めて抱きしめなおした。
「姫子…ずっと、待っていたのよ」
耳元で千歌音の声が震える。ため息と同時に感情も吐き出してしまったような、そんな声に
背筋がゾクゾクした。
背中に千歌音の腕を強く感じる。
嬉しい。触れ合って居られる事が、ようやく巡り合えた事が、何よりも嬉しかった。
「千歌音ちゃん……おかえりなさい」
もう、姫子はすべてを思い出していた。
前世も、最愛の人の事も、どうしてそんな大切な事を忘れてしまったのかも。
肩に、こつんと千歌音の額を感じた。甘えるようなその仕草がなんだか可愛くて、嬉しかった。
「ええ、ただいま、姫子。…逢いたかったわ」
「千歌音ちゃ――あれ?」
姫子は千歌音の肩に手を置いて身体を離すと、千歌音を上から下までまじまじと見詰めた。
切れ長の瞳に、お人形さんのように整った綺麗な顔。柔らかそうな白い肌に、腰より長い
艶々の黒髪。
「姫子?」
「千歌音ちゃん――なんだか、縮んでない?」
くすり、と笑う千歌音は、確かに千歌音そのものだったのだけれど。
「同じ村に住んでたんだ…」
姫子は、千歌音に案内されて場所を移した豪邸の前で、呆然とため息をついた。
こんなに近くに住んでいたなんて。しかも、村で知らないものが居ないほど有名な姫宮家の
お嬢様だったなんて。
「なのに、姫子ったら全然探し出してくれないのだものね」
千歌音が少し拗ねたように笑いながら、大きな門を開ける。しかしそれは千歌音にも同じ事が
言えるはずだった。
「千歌音ちゃんだって…」
私に気付かなかったんだから、おあいこじゃない。そう言おうと思ったけれど、千歌音の
楽しげな顔を見てやめた。それに、『探し出してみせる』と言ったのは紛れもなく姫子だったから。
「…でも、仕方ないわね。ちょっと遅れてしまって、同い年にはなれなかったのだもの」
「遅れてって――」
どういうこと?尋ねようとした言葉は、出迎えのメイドさんたちに遮られた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。…そちらの方は?」
「ええ。こちらは来栖川姫子さん。私の大切なお客様よ。音羽さん、来栖川さんと大切な話が
あるの。お茶は要らないわ」
言外に近寄らないように、と言い含めて千歌音は颯爽と屋敷の奥に歩き去っていく。音羽や
メイドたちにぺこりと頭を下げると、姫子も千歌音に手を引かれて、その後に続いた。
カチャ、と部屋の鍵を回して、次の瞬間には姫子は千歌音を再び抱きしめていた。
「千歌音、ちゃん…!」
「あっ。姫子…」
首筋と腰に手を当てて、強く強く引き寄せる。艶々の黒髪に頬擦りして距離を詰めて、できる
事なら間に何も無い一つの存在になれたらいいのにと思った。
どんなに抱きしめあっても、触れ合っても、足りない。
再会できた喜びと、愛しさと、嬉しさが全身を満たしていく。同時に、想い人が近しい存在に
なってはじめて、これまでの渇望が抑えきれないほどに表面に出てくるのを姫子は感じていた。
好き。
愛しい。
そんな言葉じゃ、全然足りない。
「姫……んっ」
少し身体を離してこちらを見上げてきた千歌音に、姫子は噛み付くようなキスをした。
再会した瞬間から、ずっとこうしたかった。
千歌音ちゃんとなら、誰になんて言われたって構わない。
そう思っていたのは――今でもそれは変わらないけれど――たしかに本当のこと。だけれど、
だからといって進んで見世物になる気も無かったし、そんな千歌音を誰にも見られたくないという
独占欲もあったから、ずっと我慢していたのだ。
触れ合った唇から、全身に喜びと感動が広がっていく。
――本当に、確かに、千歌音ちゃんはここに居る。
唇を割って舌を差し入れると、熱い千歌音のそれがおずおずと応えて来た。
舌を絡めて、歯列をなぞって、歯茎の柔らかい部分を愛撫する。舌の付け根のあたりを
くすぐると、姫子の服を掴む千歌音の手にぎゅっと力が入った。
甘い、唇。千歌音もそう感じてくれているのだろうか。
交換する唾液も甘くて、こくんと喉を鳴らして飲む千歌音に愛しさが募った。
唇の隙間から、角度を変えて口付けを交わすたびにいやらしい水音が部屋に響いて、
だんだんと気分が高まっていくのを感じていた。
目を開けて、唇を離す。
「んっ。…あ、は…ぁっ…。姫…子……」
千歌音がうっとりと姫子を見上げてくる。頬が上気していて、年下のはずなのに艶っぽかった。
こんな千歌音ちゃんを誰かに見せてあげるなんて、冗談じゃない。
念の為に、と姫子はカーテンを引いた。
「千歌音ちゃん…ずっと会いたかったよ。この四年間、ずっと待ってた。誰なのかも分からない
けど、顔も覚えてなかったけど探してた。会えて、嬉しい…」
「私なんて、生まれてからずっと貴女を…姫子を待っていたのよ。月に居た時間も合わせたら、
二十年になってしまうわね」
待っていた時間が長いほうが想いが強い、なんて事はないと思うけど、なんだか得意気に
千歌音は言った。
「あっ、ずるい。それだったら私だって生まれたときから千歌音ちゃんを待ってたんだから、
二十年だよ」
そう言えば、千歌音ちゃんは今何歳なんだろう、と姫子は首を傾げた。
初めて会った時と同じくらいに見えて、だからかほとんど違和感が無い。最後に会ったあの
時のままだ。違和感を感じるとすれば、それは姫子が大人になってしまったからなのだろう。
「覚えていなかったくせに?」
「千歌音ちゃんだって、さっき全部思い出したはずでしょ?」
くすり、と笑いあう。
どうやって、千歌音がここに今存在しているのか。どうして今世でまた回り逢えたのか。
聞きたい事は、沢山あった。
言いたい事も沢山あった。会えなかった間の事、今の姫子のこと、千歌音への想い。
でも、そんな事より先に、今ここに千歌音が確かに存在しているという事を全身で確かめ
たかった。
言葉より感覚で、確かな実感を得たかった。
「千歌音ちゃん…私、私ね…」
「姫子?」
「あの時言った事は、全部本当だよ。千歌音ちゃんが好きで、本当に愛してる」
「姫子…」
千歌音の瞳が濡れたように潤む。少し切ないような顔になって、眉根を寄せた。
「千歌音ちゃんをずっと待ってたの。もう、待てないの」
目を閉じて小さい声で姫子の名を呼ぶ千歌音の頬にそっと口付けて、唇で涙の筋を拭って
いく。
「姫子…姫子…!」
まるであの別れの続きのように、千歌音が姫子の胸にしがみついて、涙を流す。
思い出した今となっては、その記憶は昨日の出来事よりも鮮明で近しいもので、だからこれは確かに、
あの離別の時の続きに他ならなかった。
「だから…良いよね?」
こくん、と頷く千歌音を確認すると同時に、姫子は千歌音の柔らかい唇を自身のそれで強く塞いだ。
夢中で唇を交わしているうちに、段々と脚に力が入らなくなってきたのを姫子は感じていた。
必死に口付けに応えてくれている少し年下の千歌音は、ぎゅっと姫子の服を掴んで、かろうじて
身体を支えている。
細くて今は姫子より少し小さい身体を抱え込んで、少し押すように歩いて移動すると、ベッドに
ぶつかる。膝を折られた千歌音がポフ、と軽い音を立ててベッドに座り込んだ。
目を閉じていたから状況を把握できていなくて、びくっと身体を竦ませる千歌音が可愛いかった。
驚いて目を開けると唇を離して、立ち上がろうとする。
「ふぁ…っ?あ……姫子…っ」
「だめ」
その肩を軽く上から押さえて制止した。何事かを訴えようとした唇を姫子の唇で遮って、揉む
ように啄んだ。
甘い。
さっきも思った事だけれど、唇が、ヒトの唾液が甘いなんて事が本当にあるなんて。
自分の唾液はいつも無味なのに、不思議だった。
「くぅ……ん、ん…んぅ…」
「千歌音ちゃん…」
そのまま肩に掛けていた手に力を込めて、ベッドの上に押し倒した。
「千歌音ちゃんの唇、すごく甘くて美味しいよ。千歌音ちゃん…」
形のいい紅い唇が唾液に濡れて艶っぽく輝いている。
「ぁっ…姫子…っ」
「ねぇ、千歌音ちゃん。千歌音ちゃんもそう思ってくれた?」
言って唇を啄む合間に、思い出していた。あの千歌音がオロチになったと告げてきた夜の事を。
千歌音もまた思い出したのだろう。苦しげに顔をしかめて、今にも泣き出してしまいそうだった。
「あ……そんな顔しないで、千歌音ちゃん。そんなつもりで言ったんじゃないの…ほんとだよ」
細い身体をぎゅっと抱きしめる。首筋に顔を埋めて、キスを散りばめていく。熱い吐息と切ない
喘ぎの合間に、千歌音の唇から言葉が漏れて、繰り返される。
『ごめんなさい』
どうして千歌音ちゃんは謝るんだろう。謝られる度に胸が切なく疼いた。
愛してる、って。
千歌音ちゃんとならこういう事したい、って。抱きしめて、キスしたいって。
あの時、ちゃんと伝えたはずなのに。
「ね…千歌音ちゃん。忘れちゃったの?」
「忘れてなんか…っ。私が姫子に何をしたか――」
「違うよ、千歌音ちゃん」
「えっ」
多分、勘違いしているだけなのだろうけど。もし、忘れているのなら。
――もう一度、しっかり伝え直そう。今度は、疑う余地も無いくらいに。
「せっかくの綺麗なワンピースが、皺になっちゃうね」
胸のふくらみをワンピースの白い生地越しにそっと撫でる。
「んっ…!」
びくりと身体を強張らせて、千歌音が目を閉じた。凄く、初々しくて可愛い反応。
もっとそれを見ていたくて、手の平で柔らかく両胸を撫でさする。いちいち反応する千歌音が
可愛くて、ちょっと意地悪したい気分だった。
「くぅ…ん、はっ…あ、あぁっ…」
「千歌音ちゃん、やっぱり胸おっきい…」
二十歳になったというのに、結局姫子の胸はそれほどには育っていなかった。標準といえば
標準、ちょっと小ぶり。その程度だ。
それに対して千歌音は、記憶にあるのよりは若干小さいような気がしないでもなかったけれど、
やはり豊満な体つきをしていて、少し不公平だと思う。
と言っても、こうして触れてみたのは初めてだから、以前の正確な大きさなんて分からない
のだけど。
指の腹で、胸の先端あたりを撫でてくすぐると、千歌音の唇から熱い吐息と甘い声が間断なく
漏れる。
服の上からもつんと硬くなってきているのが微かに感じ取れて、それを知ってしまえばもう
我慢できそうになかった。
千歌音の背を浮かせてワンピースの止め具を外していく。
「やぁ…、あん、姫…子…っ」
「優しくするから…任せて、千歌音ちゃん」
「姫子…っ、でも…私、私も」
「だめだよ、千歌音ちゃん。今は私のほうがお姉さんなんだから」
鎖骨にそって這わせていた唇で首筋にキスして回りながら、耳元で囁く。形のいい耳たぶを
甘く噛んで、舌先で耳の付け根をくすぐった。
お姉さん、って自分で言っていてもなんだか変な気分だった。確かに姫子のほうが年上だった
けど、記憶が戻った今となっては、姫子も千歌音も精神的にはあの時のままなのに。
それでも、この四年間の経験と成長は姫子の中に確かに根付いている。
千歌音はどうなのだろう、と気になった。姫子は千歌音と出会ってからの日々をやり直した
だけだったけれど、千歌音は生まれてからこの年頃になるまでを二回も繰り返したのだ。
やっぱり、両方とも記憶を持っているのだろうか。そうなると混じってしまって大変なんじゃ
ないだろうか。
気になって尋ねると、意外にもあっさりと答えは返って来た。
「両方あるけど、変わらないわ。あ、んんっ…ちょっと、姫子…喋っている時くらい、やめっ…ぁ」
「変わらない?」
「くぅ…ん、……姫子と出会うまでは、どちらも同じような人生だったもの。…そうね、考えてみる
と周囲の人たちの年齢とか、クラスメイトの顔ぶれとかは変わっているけれど…さして重要な事
ではないでしょう?」
以前の記憶はあるけど今世に比べてぼんやりしているから、気にも留めなかった、らしい。
というより、考える暇が無かっただけなんじゃないかな、と思った。なにしろ、記憶を取り戻した
のはついさっきの事なのだから。
姫子も姫宮邸に来てようやく千歌音の家柄を思い出したところだった。
記憶が戻った今となっては、千歌音が姫宮のお嬢様である事なんて当然の事だと思えるのに、
知らされるまで思いつきもしなかったのだ。多分、そういうものなのだろう。言われないと、
何かがないと思い出さないような、そんな薄い記憶。
「ただ、姫子ともう学園生活を送れないのは、ちょっと寂しいわ。……姫子との日々だけは、
こんなにもはっきり覚えているのに」
「千歌音ちゃん…っ、私も寂しかったよ。千歌音ちゃんが居なくて、毎日寂しかった。
足りないのは分かるのに、何が足りないのか分からなくて、ずっと…」
「姫子…」
唇が重なる。深まるわけでもなく、ただ重ねあうだけ、触れ合うだけの柔らかいキス。
しばらくの後唇を離して、姫子は千歌音のスリップに手を掛けた。
「大好きだよ、千歌音ちゃん……だから、もっと、千歌音ちゃんをちょうだい」
目を閉じて微かに頷く千歌音に、愛情と感謝を込めてもう一度口付けた。
姫子の指が、千歌音の身体を柔らかく愛していく。
声を抑えきれない。まだ敏感な部分を触られたわけでもないのに、あられもない姿で
いやらしい声を上げる自分の姿を頭の冷静な部分が見つめていて、恥ずかしかった。
しかし、それもすぐに考えられなくなっていく。
姫子の手はもどかしいくらいに優しくて、涙が出るくらい切ない。
――どうして、こういう風にしてあげられなかったのだろう。
考えても仕方のない事。あの時はああするしか千歌音には残されていなかったし、
納得済みの行動だったはずなのに、そんな後悔が頭をもたげた。
こんな風に優しく愛して、姫子の『初めて』をもらって行きたかった。
泣かせることなく、苦しませる事なく。
それが、偽らざる千歌音の本音だった。
もしそうだったら、どんなに素敵だっただろう。
千歌音のしたことを姫子は許してくれたけれど、それで良いと言ってくれたけれど。
姫子は、ただただ優しく千歌音を感じさせようと頑張ってくれているのが分かる。
経験の無い千歌音が怖がらないように、辛くならないように。
安心させるように優しいキスと甘いキスを繰り返して、次第に千歌音の心と身体を柔らかく
していく。開かせていく。
「ふぁ…あぁっ……!ひめ…こ…っ」
身悶える千歌音の腕を取って、姫子がワンピースとスリップとを身体から完全に取り去った。
近くにあった椅子に投げ掛けて、次は下着に取り掛かっていく。
何がなにやら分からないうちに下着もなくなってしまって、心許ない気分になった。
「恥ずかしい…」
「あっ、だめだよ、千歌音ちゃん。ちゃんと見せて」
姫子の手が、胸の前で組んだ千歌音の腕を取り払う。
うっとりと目を潤ませて、頬を紅潮させる姫子を見ていられなくて、恥ずかしくて、千歌音は
目を閉じて顔を背けた。
「千歌音ちゃん……すごく綺麗」
「や、やだ…っ」
耳も塞げればいいのだけど、姫子に両手を抑えられたままでそれは叶わなかった。
「いや?…でも、千歌音ちゃんのここ…」
姫子が千歌音の胸に顔を近づける。
「や…っ、み、見ないで…っ!」
姫子に、一糸纏わぬ姿を、まじまじと見られている。
生まれたままの姿を、素の千歌音を曝け出している。
それだけで、もう背筋を何か得体の知れない感覚が這い上がってくるのを感じていた。
以前は何度も一緒にお風呂に入ったりしていたのに、どうした事だろう。
姫子が胸の先に顔を近づけて、そこに頬擦りした。
「ゃん…っ!」
ピリピリとした何かが胸の先から伝わって、胸の奥に快感がわだかまる。お腹の下のほうが、
脈打っているのが分かる。
「ね?触ってみると分かるでしょ?…千歌音ちゃんのここ、固くなってる」
姫子が、嬉しそうに無邪気に笑う。
「そんなの、言わないで…っ」
「千歌音ちゃん…可愛い。千歌音ちゃん…」
熱に浮かされたように姫子が囁く。
「姫子のほうが…可愛――あっ、んっ」
胸の先に息を吹きかけられる。驚いて姫子を見ると、姫子はこっちを見ていなくて、ただ胸の
先をぼんやりと――頬を紅潮させて見詰めていた。
荒くなった吐息が千歌音のそれを刺激している事にも気付いていないのだろう。
唇を近づけて束の間逡巡すると、ちらりとこちらを見上げてきて、千歌音と目があうと慌てて
顔を離した。
「あっ、ち、千歌音ちゃん」
「姫子…。姫子の好きにして良いから」
――私は貴女を好きにしたのだから。
触れるか触れないかの微妙な指遣いで、姫子の手が千歌音の全身を柔らかく愛撫していく。
もどかしいその刺激に集中して、感覚がより鋭くなっていく。
たまに敏感なところを指が通り過ぎると、ただ触れられただけなのにはしたない声を上げて
しまって、でもそれを恥ずかしいと感じる余裕も既に無くて、千歌音はただ身悶えた。
姫子の唇が首筋から鎖骨、肩、脇腹と移って行って、キスの跡がそれに続く。時折舌で肌を
舐められて、その都度耳の奥がざわざわするような快感が起こった。
薄く紅い徴。
姫子に愛された、その証左が身体に散りばめられていく。
優しく付けられたそれはすぐに消えてしまいそうに薄くて、それが少し切ないような気もして、
でも季節柄誰かに見られるかもしれない事を考えると少し安堵していた。
優しい全身へのキスと、柔らかい指。愛撫の間にあるいは最中に、千歌音の名前を囁く甘い声。
そのどれもが千歌音に快感と感動を与えていく。
「っあ…あぁ…。んっ…姫子……」
「千歌音ちゃん……。…大好きだよ、千歌音ちゃん…」
姫子の舌が胸のふもとを舐めてくすぐる。
少し上につうっと舌を滑らせて、先端に到着する前にまた下りていった。
「んっ…」
新たな刺激への緊張と期待に強張っていた体から力が抜ける。姫子の唇はそんな事
お構いなしに胸から下りてお腹の方へと移っていった。
さりげなく内腿に這わされた手は、まるでまじないの文様を描くかのように膝の裏から
脚の付け根までを撫でさすっている。
反対側の内腿には、いつの間にか姫子の唇が移って、そこにもキスを散りばめ、愛していく。
「ん、…っふぁ、あっ…ぁん…!姫、子…っ」
「ん…。あ…千歌音ちゃんのここ……すごく綺麗」
唇を離した姫子がうっとりと言う。反射的に脚を閉じようとしたけれど、快感に腐抜けた身体には
力が入らなくて、姫子の手にあっさりと抑えられてしまった。反対に一層脚を広げられる。
何て格好をしているのだろう。
はしたないところを、姫子の眼前にいやらしく晒している。
息がかかるほどの距離で、姫子がじっと千歌音の女の子の部分を見詰めている。
羞恥と快楽に、そこがうごめいて震えているのが感じ取れた。
「――っ!」
姫子の指が、不意に敏感な突起に触れて、千歌音は高い声をかみ殺して喉を震わせた。
びくん、と身体が弓なりに反って背が浮く。お腹から膝くらいにかけてがじんわりと妙な感覚に
包まれていて、千歌音の女の子の部分がいやらしく脈動する。
これは――
「あ…もしかして、千歌音ちゃん…軽くいっちゃった?」
言われて、悟った。
「くぅ、ふ…はぁ…んっ。…いやっ…恥ずかしい…」
ベッドのシーツを強く掴んで引き寄せる。ベッドから半ば剥がれたそれに身体を包んで、
姫子の目から隠れてしまいたかった。
「……っ!…ごめんね、千歌音ちゃん。……もう、私…我慢できない、かも…」
シーツの隙間から千歌音を抱きしめて、姫子が耳元で熱っぽく囁く。荒い息が耳から首筋を
絶えず温めていて、冷房は効いているはずなのにあついと思った。
姫子の手が、先ほどまでとは違って、性急に千歌音の身体をまさぐっていく。擦り付ける
ように身体をこすり付けてきて――布の感触が裸の胸になんとも言えない刺激を加えた。
「あっ…!…ん、…姫子も、脱いでくれない…?」
一人だけ裸で居るのが恥ずかしかった、と言うのもあったけれど。
姫子ともっと触れ合いたかった。間に何も挟まない、素の肌と肌で、二人自身で。
姫子の身体を、見たかった。白くて柔らかい身体をしっかり覚えていたかった。
「えっ。あ…うん…」
本当は自分の手で脱がせたかったけれど、力も入らなくて手を出しかねているうちに、
姫子はさっさと洋服を脱いでしまった。
下着姿になって、それも外そうと背中に手を回す姫子の頬は赤い。やはり恥ずかしいのだろう。
慌てているのか、ホックを外すのに四苦八苦している姫子を眺めながら、千歌音は手を
伸ばして布越しに姫子の胸に触れた。そっと包み込んで撫でる。
「ぁん…っ!やだっ、ち、千歌音ちゃん?」
「あなたの身体、やっぱりとても柔らかいのね」
ちょっと懐かしいと思ってしまう感触。二人の運命が回り始めたあの日、あるいは千歌音が
姫子を苛んだあの日に感じた感触と、それはいささかの変わりも無かった。
「ただ、ちょっと大きくなったかしら」
「それでも、千歌音ちゃんよりは小さいから…恥ずかしいんだけど」
「可愛いわ、姫子…」
「千歌音ちゃん…」
姫子のショーツに手を掛けて、少しずづ下にずらしていく。
「んっ…!」
姫子がぎゅっと目を閉じて、恥ずかしげに顔を背けた。
次第に露になっていく姫子の秘所。
ショーツを膝まで下ろすと、其処とショーツとをつぅっと繋いでいたいやらしい糸が切れた。
「姫子も…こんなにしていたの?何もしていないのに?」
「やぁっ…!やだっ…千歌音ちゃん、そんな事言わないで…」
「姫子……」
感動だった。千歌音から触れられてもいないのに、姫子も感じてくれていたなんて。
「もうっ。…続き、して良いよね?千歌音ちゃん…」
こく、と頷く。恥ずかしい。
いちいち、許可を求めなくても良いのに。何をされても、文句なんて言うはずは無いのに。
さっさと自分のショーツを脱ぎ捨てた姫子は性急に千歌音が包まるシーツを剥ぎ取ると、
打って変わって優しく身体を重ねてきた。
「はぁ……っ」
「く、ふ…ぅ」
身体を重ねると、まるで最初から対であつらえてお互いが存在しているかのように、
ぴったりと合わさった。
離れがたいほどに、ぴったりと、しっとりと合わさって違和感が無い。
かかる身体の重みさえ丁度良いと思えるほどに。
二人は、ぴったりと合わさっていた。
姫子の腕の中で、千歌音の身体が快感に震えている。
切ない吐息に堪え切れなくなった喘ぎを混ぜて、可愛い声で啼いている。
全身へのもどかしい愛撫で酷く鋭敏になっているらしい千歌音の身体は、ほんの少しの刺激
でも過剰と思えるくらいに反応を返すから、見ている姫子のほうが堪らなくなった。
「千歌音…ちゃ……!」
胸の先を口に含んで、強く吸って、軽く噛んで、舌先で回すように転がす。もう片方の胸にも
手を這わせて、先端をこね回すように弄る。
空いた手は、身体を支えるのに使われている。でもそれだけじゃ物足りなくて、もっと触れ
合いたくて、千歌音の背中に回してすべすべの肌を撫で回していた。
姫子と同様、千歌音の月の巫女の徴は、もう其処には無いのだろうか。
「はぁ…あっ、ん…!くぅ…んっ……!ぁあ…っ姫子…!」
――優しくしようと思っているのに。優しくしてあげる、ってさっき言ったばかりなのに。
姫子は、千歌音の美しく乱れる様に激しく欲情していた。
初めての感覚だった。
自分で触っているわけでもないのに、姫子の女の子の部分は熱く溶けていて、じわり、と
いやらしい液体が溢れ出す感覚がはっきりと感じ取れた。
身体の中で荒れ狂っている激しい感情の波に身を任せて、千歌音に叩きつけてしまいそうに
なる。
でも。
でも――
理性と身体とが、相反する主張を繰り返していて、気が変になってしまいそうだった。
「はぁ…ぁっ…!千歌音…ちゃぁん…!」
細い身体に遠慮しながらのしかかって、引き寄せて全身を密着させる。胸と胸、お腹とお腹を
すり合わせて、お互いの脚を絡めあった。
それでもまだ触れ足りない様な、そんな焦燥感。
欲望に任せて千歌音のすべてを奪ってしまいたい、そんな危険な渇望を誤魔化すために
必死で肌を求めた。全身を撫で回して、口付けて、手と唇の愛撫が訪れていないところなんて、
もうないくらいに。
「くぅ…ぅん…っ!姫子……お願いだから…っ」
「えっ?」
姫子が愛撫に熱中していると、千歌音が切ない声を上げて姫子の頭を抱え込む。悲痛な
響きに顔を上げて千歌音を見ると、閉じた両目から涙を流して泣いていた。
「千歌音…ちゃん?…ご、ごめん。ごめんね…痛かった?何か気持ち悪かった?」
慌てて身体を離した姫子の声は、自分でも可笑しくなるくらい掠れて狼狽していた。
なのに千歌音は首を左右に振ると、姫子の身体を抱きしめて引き寄せる。
耳元で涙に濡れた声で、言葉を紡いだ。
「お願いだから……そんなに、優しくしないで…」
「えっ。どうして?」
「っ…だって、私は姫子に、あんな風にしかしてあげられなかったのに」
「千歌音ちゃん?」
「辛いの…姫子が優しくしてくれるのは嬉しいけど、その…感じる度に…気持ち良くなる度に、
姫子にしてしまった事と比べてしまって、辛いの…っ」
「千歌音ちゃん……」
もう気に病まなくても良いのに。
そう言ってあげたかったけれど、きっと千歌音はそう言ったところで自分を責める事を
やめたりはしないのだろう。
千歌音の頬を伝う涙を、唇で拭って目元を舐める。まぶたの上に口付けると、そこが
びくりと震えたのが分かった。
「っあ…、姫…子……」
「ね、千歌音ちゃん。…私言ったよね、千歌音ちゃんのハンカチになるって。涙は全部
私が吸い取るから。悲しいならそれも一緒に吐き出して」
「姫子…っ」
一層溢れてくる千歌音の涙を拭う合間に、言葉を続けた。
「それにね…千歌音ちゃん。後で、私の『初めて』もう一回千歌音ちゃんにあげる」
「……!だって…っ」
千歌音の唇に手を当てて、言葉を遮った。
「千歌音ちゃん、知ってた?私、まだ初めてなんだよ。だから、もう一度やり直そう?
…私も、千歌音ちゃんの『初めて』貰っちゃうんだから」
悪戯っぽく言って、微笑む。
ちゃんと自分は笑えているだろうか。心配する姫子をよそに、千歌音はしばらく姫子を
見詰めると、泣きそうな顔で、それでもちょっと口元を引き攣らせて笑ってくれた。
切なく寄せられた眉に潤んだ瞳で、こくりと微かに頷く不器用な笑顔が堪らなく愛しかった。
「姫子…」
本当は、あの夜千歌音に奪われた『初めて』だって、姫子にとって間違いなく大切な
ものだった。
あの時は驚いて、どうして千歌音がそんな事をしたのか分からなくて、辛くて、身体と
心が痛くて。
オロチになった、と言う千歌音にショックを受けて、感じなかったけれど。
後から思えば、『初めて』が千歌音で良かったと、嬉しかったと思う。
他の誰にああ言う事をされても、きっとイヤだった。千歌音だから良かったのだ。
――あれだって、大切な千歌音ちゃんとの思い出の一つなのに。
「――大好きだよ、千歌音ちゃん。だから、もう何も心配しないで…我慢しないで。千歌音
ちゃんが辛いと思うことも、千歌音ちゃんの全部が欲しい。私、欲張りかな?千歌音ちゃん…」
「姫子…私、姫子が好きなの。あなたが欲しいの」
「ありがとう、千歌音ちゃん。嬉しい」
でも、その記憶が千歌音を傷つけるだけのものであるならば、今は伝えなくていいと思った。
姫子にとって大切な『初めて』の思い出である事は変わりないけれど、そんなの、千歌音の
心の傷を抉るより重要な事じゃない。
いつか、千歌音と姫子がもっと大人になって、二人とも落ち着いたら。
その時に、笑いながら話せれば良いな、と思う。
好きな人と二回も『初めて』を経験したのって私くらいだよね、って。
凄く、素敵な事だよね、って。
「――だから、ね。千歌音ちゃん…その、させて?」
今更、と思いながら頬に血が上るのを感じる。
話している間に少し落ち着いたけれど、姫子の身体の芯はまだ熱く疼いていて、このまま
では居られなかった。もっと千歌音を感じたかった。
千歌音もきっと同様だろう。先ほどまでの熱がもう冷めているとは思えない――と言うより、
思いたくなかった。
千歌音も頬を染めて俯く。
熱く唇を交わしながら白い内腿に手を這わせてくすぐるように撫で回すと、白い脚がびくりと
跳ねた。
「あっ!……姫子…ぉ」
「…っは、あぁんっ!」
身悶えする千歌音の身体が、姫子の胸にぶつかって先端を刺激する。背中を走って全身に
広がるような快感が姫子を襲って、あられもない声を上げてしまった。
「はぁ…っ!もう駄目…私、もう我慢できないよ、千歌音ちゃぁん…」
「んん…っ、我慢なんて、しなくて良いから…!お願い、もう、私……っ」
お互い、これ以上焦らすのも焦らされるのも耐えられそうになかった。
姫子は千歌音の唇を深く奪って、千歌音が応えてくるのを待たずに舌を絡めた。
「あふ…っ、んっ、んん…」
「んぅ…んふっ、はぁ…っ」
唇の間からいやらしい水音と吐息が漏れる。角度を変えて口付ける度に口の端から唾液が
伝って、千歌音の頬を流れた。
合わさった胸と胸からの刺激に意識を持っていかれそうになりながら、姫子はまだほとんど
触れていなかった千歌音の女の子の部分に指を這わせた。
「んっ!!ん、んんぅ…っ!」
いきなりの秘所への刺激に千歌音の背筋が反る。一層押し付けられて、胸が擦れる。
その堪らない快感に姫子は唇を離してしまった。
「はぁっ…千歌音ちゃん…っ」
唾液の筋を伝って首筋までを舐め取ると、今度は胸に唇を這わせて、赤ん坊のように其処を
ひたすらに刺激した。
千歌音が苦しげに息を漏らして、それでも合間に姫子の名を繰り返す。
それが、ものすごく嬉しい。
千歌音の熱く蕩けた秘所に這わせた中指全体を使って、割れ目をゆっくりと上下になぞって
いく。指の付け根あたりに、大きくなった突起の感触。
くちゅくちゅと絡みつく千歌音の蜜を秘所全体に塗りつけて、塗りこむように愛撫していく。
「はっ…!はぁっ、…っ!……ふぅっ」
千歌音の口からは荒い息とかすれた音だけが漏れている。口を開けたままで閉じる事を
忘れて、ちゃんとした声にならないらしいその喘ぎは、酷く扇情的だった。
もっと感じて欲しい。
もっと気持ちよくなって欲しい。
もっと乱れて、可愛い声を聞かせて欲しい。
どうやったら優しさとそれを両立させる事ができるのだろう。
もう、姫子は感情のままに千歌音を愛し始めていた。
初めてだから、年下だから、あんまり激しくしちゃいけないと思っていたのだけれど。
千歌音が感じてくれているから、もうなんでも良いと思った。
そう開き直ってしまえるくらいに、姫子は千歌音に酔いしれていた。
「千歌音ちゃん…っ」
胸から口を離す。唾液に濡れた両胸の先端はいやらしく輝きを放っていた。
唇を滑らせて、通りすがりにおへそに舌を差し込んで、姫子は千歌音の女の子の部分に
唇を近づけた。
「ああっ…!姫子…駄目っ…!」
そこだけは、と抵抗する千歌音の脚を押し開いて、間に顔を埋めた。
恥ずかしいのは分かるけれど、ここまで来て止めるつもりはなかった。
甘美な女の子の匂い。千歌音の蜜の匂いに誘われて、もう自制がきかない。
「んむ……んっ…んふぅ…ちゅ」
舌で割れ目を舐め上げて、とろりとした蜜を口に含む。
実際的には少し苦味のあるそれは、心情的には蕩けてしまいそうな程甘くて、美味しかった。
少し露出している上部の突起にキスをして、舌先で唾液と混じったその蜜をその部分にまぶす。
「きゃんっ!」
その途端、千歌音の全身が大きく跳ねた。
「千歌音ちゃん…可愛い。我慢しないで、もっとたくさん声聞かせて」
「や、だ…恥ずかし…っ」
「――じゃあ、そんな余裕なくしてあげる」
赤く充血した突起に軽く唇を当てたまま、囁いた。
姫子が喋る度、唇が動いて千歌音の一番敏感なところを刺激する。
手の甲を口元に当てて声を抑えた千歌音の身体は、素直に反応してびくびくと震えていた。
「ね…して欲しい事、教えて?何も言ってくれないと分からないよ…。千歌音ちゃん…私、
どうしたらいいのかな?」
「そんなの…言えない…っ」
左右に首を振って、千歌音は頑迷に口元に当てた手の力を緩めない。
あの千歌音がこんなに乱れて恥ずかしがって、身体まで桜色に染めている。
刺激に乱れる姿態が艶かしくて、顔を背ける仕草が堪らなく可愛くて、そそられる。
もっと意地悪してみたくなる。
「ずるいよ、千歌音ちゃん…。私だって、初めてで良く分からないから不安なんだよ。だから、
どうしたら千歌音ちゃんが感じてくれるか、教えて」
指先を入り口に当てて、ゆっくりとかき回しながら言葉を続ける。こぷ、と音を立てて其処
から千歌音の蜜が溢れ出した。
「ふぁ、ぅんん…っ!」
「あ、千歌音ちゃん…すごい」
唇で触れる突起が微かに震えているのが分かる。
塞がれた唇から漏れる吐息も細かく途切れ途切れになっていて、唇のすぐ下にある媚肉は
刺激を求めてひくついていた。
少しだけ挿し入れた指から伝わってくる体内の熱と締め付け、脈動。
もう、限界が近いのだろう。
このまま絶頂を迎えさせてあげたいという気持ちと、長引かせてもっともっと乱れる千歌音を
見てみたいという欲望が姫子の中でせめぎあっていた。
迷って、唇と手を離す。
「…ぁっ。姫…子……?」
いきなり刺激がなくなって驚いたのだろう。とろんとした瞳を開けてこちらを見る千歌音の
緩んだ腕を取って、口元からはずした。
「あっ」
「ね…千歌音ちゃん。声、出して…そしたら、いかせてあげられるから」
こんな言い方は卑怯だろうか。意地悪だろうか。
それでも、姫子は千歌音の声を聴きたくて。千歌音に何かを与えている証を感じたくて
仕方が無かった。
首筋に強く吸い付いて、紅い跡を残す。それを舌で舐めながら囁く。
「私も、このままじゃ辛いの。千歌音ちゃん…千歌音ちゃんがもっと欲しい。声が聴きたいの」
「ふあっ…あぁっ、…っ!……分かったから、お願い…もう…っ」
「苦しい?」
「っくぅ……身体が変なの…。私の身体では無いみたいに、思い通りにならなくて…。こんな
感覚知らなくて、気が狂ってしまいそう」
「うん…ちゃんと、いかせてあげる。だから、任せて千歌音ちゃん…」
「姫子…!」
「ん……」
千歌音の腕が姫子の首に回って、唇が触れる。もう今日何度目になるか分からない
ディープキスで、お互いの唾液を交換して舌を絡めた。
「ふぅ…んん…っ、ぅ…んっく」
「んんっ…ん、はぁ…っ。千歌音ちゃん…ね、分かった?千歌音ちゃんの蜜の味…」
「いや…っ!そんな事言わないで…」
顔を背けてぎゅっと目を閉じる千歌音にもう一度口付ける。そんな仕草が、ますます
姫子を煽って行為を助長させると千歌音は気付かないのだろうか。
姫子はまた秘所への愛撫を再開させようと唇を下ろしていった。
「千歌音ちゃん…いくよ」
さっきと同じように千歌音の秘所に顔を埋める。
舌先を挿し込んで、蜜を掻き出すように動かすと、千歌音の腰が動きにあわせて控えめに
揺れた。
「ふぁ、あ、あぁあっ…!ん…ぁん、あ、あぁ…んっ!」
舌が奥まで届かない事がもどかしい。精一杯伸ばして上壁を舐め上げて、媚肉自体を唇で
揉むように啄む。
唇を上にずらして舌を抜く代わりに、指を一本じわじわと差し入れていく。
鼻先で敏感な突起を探り当てて、その下のほうからゆっくりと舌で舐め上げて頂点を
くすぐった。
「ふぇ…っ、っく、ぁあ…っん、あ、ああっ…!は…ぁん!」
千歌音の唇から漏れる艶声に背筋がゾクゾクする。身体の芯が熱くて痛いほどに疼いて、
でも自分では触れないもどかしさに姫子は身を捩じらせていた。
空いている手で左右に押し広げると、敏感な突起は完全に露出した。舌をすぼめてその
付け根をぐるりと舐めて回る。ぐい、と恥骨に押し付けるように舌で潰すと、千歌音の背が
浮いて身体を強張らせた。
「あ、あぁ…っ、ふぁ……ああぁっ!」
声が高まっていく。悲鳴のようにも聞こえるそれには、まったく余裕が感じられない切羽
詰った響きがあった。
中に入れていた指を一旦引き抜いて、浅く挿しいれ直す。上壁を揉むように擦りながら、
敏感な突起を愛撫する舌の動きを激しく早くしていく。
吸い上げて、先端を舌でつついて、軽く歯を当てる。
と、千歌音の身体が反る。白い喉を震わせながら千歌音が脚を突っ張ったまま硬直して、
「――っ!!」
音になりきらない声を上げると、びくん、と大きく跳ねて千歌音は今度こそ深い絶頂に
達した。
愛しさと感動がこみ上げてきて姫子が身体を重ねると、無意識にしがみついてくる。
それが、震える全身が、いっそう愛しさを募らせた。
「千歌音ちゃん…。千歌音ちゃん…っ」
「…はぁ、あ…。あ、ふぅ…」
少し落ち着いたのか、熱いため息をついて千歌音がベッドに身体を沈み込ませる。
「千歌音ちゃん…」
その少し汗ばんだ身体をぎゅっと抱きしめて肌を密着させると、姫子の女の子の部分が
ドクン、と脈打って、全身に波のように広がるのを感じた。
「くぅ…ん、んんっ!」
軽く達してしまったらしい。身体から力が抜けて、千歌音の上に重なった。
力の入らない腕をのろのろと姫子の背中に回して撫でてくれながら千歌音が不思議そうに
首を傾げた。
「姫子…も?」
「えと…その、千歌音ちゃんほどじゃないけどね」
何もされてないのに逝ってしまうなんて、顔から火が出るほど恥ずかしい。
感じやすくて淫乱だとか思われたくないな、と思いながら姫子は千歌音の隣に身体を
横たえた。
「千歌音ちゃん…すごく、素敵だったよ」
「ひ、姫子……」
「ホントだよ、千歌音ちゃん」
千歌音の手を取って、キスを一つ落とす。すべすべの肌に頬擦りして、姫子はうっとりと
目を閉じた。
そこそこ体に力が戻ったらしい千歌音が足元にあった毛布を引き上げて、姫子に掛けて
くれる。
ひとつの布団に二人で包まって温めあうのは、なんだか気恥ずかしくて、でもすごく幸せな
気分だった。
さっきまでのような激しい感情は薄れていって、柔らかな幸福感に胸が満たされる。
「姫子……」
「千歌音ちゃん…大好き。年は離れちゃったけど、私たちこれから普通にただの大学生と
――中学生…として、一緒に居られるんだよね?」
身体を重ねて欠乏感が満たされると、お互いにまだ何も知らない事に気がついた。
再会してからの時間、ほとんど何も言葉を交わしていない。
否定しなかったところを見ると、千歌音は今中学生なのだろう。
「もうすぐ高等部に進級するのだけれどね」
「…千歌音ちゃんは、もう、どこにも行かないよね?巫女の運命なんて、オロチなんてもう
心配しなくていいんだよね?」
「……それは、私にも分からないわ。また今世で姫子と一緒に居られる、と言う事自体…
それは、嬉しい事だけれど――イレギュラーなのだもの」
「そっか…千歌音ちゃんにも、分からないんだ…」
涙が一筋、頬を流れるのを感じた。
「姫子」
「ううん、大丈夫。先の事はまだ分からないけど――千歌音ちゃんと一緒なんだもん。
きっとまた頑張れるから」
首を振って、笑う。ちゃんと笑えていないのが、頬の引き攣り具合で自分でも分かった。
「姫子…」
千歌音の手が姫子の涙を拭って、優しく頬を撫でていく。
「分からない…けれどね、姫子…私、もうあなたと離れたりなんかしない。生まれ変わって、
来世でも、その次でも、ずっとよ」
「千歌音ちゃん…っ」
「姫子…。――久遠の時が流れても、二人の誓いは変わらない。あの空に輝く月のように、
二人の道を照らし続ける。いつまでも、どこまでも。世界が微塵の砂となっても、この愛だけは、
おわらない。愛してる。ずっと貴女を愛しているわ、姫子。
――意志の力なくして、私は今ここに存在しえなかったのだと思うの」
言って、千歌音が柔らかく優しく微笑む。
「千歌音ちゃん、それって……」
――『私のブレーメンラブ』
いつだったか千歌音にせがまれて何度か繰り返した、あの素敵な台詞。
その頃には千歌音が姫子を愛してくれていた事を考えると、あれは――
かあっ、と頬に血が上るのを感じた。それを誤魔化すように冗談っぽく笑って、姫子は頬を
撫でてくれる千歌音の手を取った。
「千歌音ちゃんったら、キザな台詞。…それに、気が早いよ」
「え?」
「来世も、その次も、の前にね…今の私たちのこれからは、まだずっと長いんだよ。
おばあちゃんになっても、千歌音ちゃんと一緒に居るんだから」
嬉しかった。
あの時は何の気なしに言った姫子の台詞を、千歌音が鮮明に覚えてくれている事が。
芋づる式に些細な出来事を思い出すにつれ、あんなにも愛されていたのだと知れて嬉し
かった。
今頬を伝うのは、不安や悲しみの涙じゃない。
そんな気持ちが無いと言えば嘘になるけれど、それよりも喜びが大きかった。
千歌音が笑う。おかしそうに、嬉しそうに笑ってくれる。
「そうね…姫子の言う通りだわ。先のことばかり見ていては、足元に躓いてしまうわね」
それからは、二人の今の事と、これからの事を話し合った。
お互いの現在の生活、些末な日常の出来事、やりたい事。
一通り喋りつくして、お互いの『今』を知って、ほっと息をついた頃に千歌音が言った。
「それじゃ、姫子はうちに下宿なさい。姫子の――女の子の一人暮らしは、危ないわ」
「えっ、でも、だってそんな悪いよ…」
別に住んでいる家が壊れたわけでもないのに。下宿する理由なんて、何も無いのに。
――それに、千歌音ちゃんのおうち…しいたけが…。
「あら、私と一緒に居てくれるのではなかったの?」
「千歌音ちゃん……」
いきなりの提案に戸惑う姫子に、千歌音が悪戯っぽく笑いかける。
「これからは、毎日一緒よ」
「ん…」
お互いの瞳にお互いを映しながら、言葉を交わす。
こんな距離に、ずっと居られるなら。他の事なんてどうでもいいと思えた。
「うん、千歌音ちゃん。うん。ずっと一緒に居ようね」
頷きながら、予感がしていた。
それは、決して悪いものではなかった。
――愛と波乱としいたけに満ちた、幸せな日々の予感。