『今日お嬢様が帰って来られますよ』
『本当?』
『ええ、良かったですね』
昼にした乙羽との会話。
仕事で長いこと家を留守にしていた千歌音がやっと帰ってこれると聞いて両手をあげて喜んだ。
帰ってきたら何を話そう?
夜になり食事もお風呂も済ませ千歌音の部屋で待つことにした私はベッドの上で考えた。
ちゃんと乙羽さんの言うことを聞いて良い子にしてたことでしょ。
苦手な椎茸が出ても残さず全部食べたことでしょ。
おもちゃを散らかさずにちゃんと元の位置に片付けたことでしょ。
サンジェストににんじんあげたことでしょ。
あと、んとんと……。
指を折って数えるだけで胸が躍る。
早く帰ってこないかな~。
一緒に寝るために自分の部屋から持ってきた枕を抱き締めながら待ち切れなさそうに足をばたつかせた。
こっくりこっくり…。
それからしばらく。まだ千歌音は帰ってこない。
頑張って眠気を堪えているのにどうしようもなく眠い。
だめ…今日は千歌音ちゃんがお仕事から帰ってくるんだから…。
そう自分に言い聞かせて瞼と瞼がこんにちわしてしまいそうな目を擦る。
え~と、千歌音ちゃんが帰ってきたら何から話すんだっけ…?
胸に抱き締めた枕に顎を乗せながら考えた。
えと…。
……。
「眠ってしまったのね」
あれ…?千歌音ちゃんの声がする。
「はい、さっきまで頑張って起きてらっしゃったんですが…」
乙羽さんの声もする。あれ?夢かな?
だけど、頭の中がちっとも動いてくれなくて何も考えられない。
「そうだったの。帰りの便が少し遅れてしまったのよ」
「そうでしたか。長旅ご苦労様でした」
何のお話だろ?それに、私ここで何してたんだっけ?
思い出そうと考えていたら千歌音ちゃんとお話をしてた乙羽さんは「失礼します」と言って部屋から出て行ってしまった。
「気持ち良さそうな寝顔ね」
どことなく嬉しそうな千歌音ちゃんの声がすぐ傍で聞こえる。
暖かな手でそっと自分の額を撫でられた。
気持ち良い…、もっと撫でてほしい。
ん?寝顔?もしかして私のこと?
「ただいま、姫子…」
そっと囁かれ抱いていた枕ごと体をぎゅっと抱き締めてくれた。千歌音ちゃんの良い匂いがとても近くで香る。
ん?あ、思い出した。私千歌音ちゃんを待ってて寝ちゃったんだ…。
「あら、起きちゃった?」
ぱちっと目を開くとすぐ目の前に千歌音ちゃんの顔があった。夢じゃなかったんだ。
久しぶりに見た千歌音ちゃんは相変わらずキレイで、私が目を開いたから少し驚いていたけど心なしか口元が緩んでた。
だけど瞼が重くってまたすぐ目の前が真っ暗になってしまった。
「?」
瞼の向こうで私を見る千歌音ちゃんが首傾げてるような気がする。
頬をつんと優しく突付かれた。
ん~頑張ったら起きれるかも…。
だけど千歌音ちゃんに抱き締められてるのが暖かくてとっても気持ち良い。
猫のように千歌音ちゃんの腕の中で体を丸くした。
すると、私の頭の上でくすっと千歌音ちゃんが楽しそうに笑った。
「おやすみなさい、姫子」
柔らかな唇が額に触れ、温かな腕の中で私はまた夢の中へと落ちていった。
END