それは突拍子の無いレーコのお願いだった。
「ダメに決まってるでしょうそんなの!」
珍しく向き合って座ってるかと思えば、姫子はしかめっ面でレーコの願い出を払いのけた。
『月の巫女と陽の巫女が交わってる絵を描きたい』
都じゃ知らぬ者などいない指折りの絵師であるレーコ。
表向きは絵師だが、裏の顔かつ本来得意としているのは春画である。
姫子も夜のお勉強に使わせて頂いた春画の作者でもあったり。
どんな人が描いてるのだろうと絵描きのはしくれである姫子が密かに憧れていたその『レーコ』と、今目の前にいるやる気のなさそうな『レーコ』が同一人物だったことに愕然としたのはほんの少し前の話。
そんなレーコに今後の作品の参考に、と言われ驚いたが、憧れの絵師であろうがダメなものはダメである。
と言うか普通に恥ずかしいし、大事な千歌音との一時を見せれるわけがない。
むっつりとした姫子と対照的にレーコは茶を啜り、やれやれと溜息をつく。
「本当は月の巫女だけが良いけど、しょうがないから陽の巫女も描いてあげるって言ってるのに断るつもり?」
「くっ…!な、何か一言二言多い気がするけど当たり前よ!」
一瞬ずっこけそうになりながらもそう言ってプイッと顔を逸らした。
じーーーっとレーコが見つめてくるが、絶対に目を合わすものかと姫子も負けない。
「ふうん。じゃあこの間陽の巫女が早乙女真琴と”寝た”って月の巫女に教えても構わないのね?」
ぴきぃ―――!
やたら”寝た"の部分を強調してさらっと言ったレーコの言葉に姫子の体が凍りつく。
その言葉が何を意味するか分からぬ姫子ではない。
首が錆付いてしまったかのようにギ、ギ、ギ、とぎこちなく動かし青褪めた顔でレーコを見た。
「な、なに……?」
「…月の巫女も可哀相に。まさか自分以外の女性と寝た事があるだなんて」
首を振って哀れだわ…と呟きそしてまた茶を一口。
待て待て待て待て待て!!
「ちょ、ちょっと待って!どこで仕入れたのよ!その話///!!」
一瞬で顔を真っ赤にし、また茶を飲もうとしていたレーコの胸倉を掴み慌てて問いただす。
しかし首をがっくんがっくん揺さぶられてもレーコはずれた眼鏡を直すだけで全く動じない。
「早乙女真琴本人から聞いたわ。自白剤使ってだけど」
「人の大事な側役にそんな危なっかしいもの飲ませないでよ///!」
「茶菓子に少し混ぜただけ、問題ないわ」
「そ、そうゆう問題じゃなくて///!」
「でも、事実でしょ?」
「……っ///」
止めの一言に姫子の手はピタリと止まりずぶずぶずぶ…と畳へと崩れ落ちていく。
若気の至りというか、気の迷いと言うか、あれは~!
闇に葬ったはずの一夜の過ちをこんな形で後悔する羽目になるとは思ってもいなかった。
そんな姫子を尻目にぼそっと口を開く。
「…じゃ、決定ね」
「……い、一回だけだからね///!」
歯を食い縛り膝に手をついて起き上がりながらヤケクソ気味に答えた。
一回だけ恥ずかしい思いをすれば良いだけだと開き直ってしまったらしい。千歌音の許可は得てないけど。
「あ、あ、あとお触りもダメだからね///!」
「はいはい…」
それでもやっぱ恥ずかしいのか、口をパクパクさせながら言う姫子にレーコは素っ気無く返事をした。
そして夜…。
静かになった屋敷の外であおーんと野良犬が吠えている。
「あの~…これは一体……?」
蝋燭の灯りだけの薄暗い千歌音の住む離れ。
布団の上には想い人の姫子と自分。そしてその部屋の隅に筆を持ったお客様が1名。
「…こんばんわ」
「はぁ………」
これから恐い話でも始めそうなレーコに不思議そうに首を傾げる千歌音。
姫子は真剣な顔でぽんとそのか弱い肩に手を置いた。
「千歌音、よく聞いて。これもアメノムラクモを復活させるための試練よ」
嘘付け!と遠くのほうでアメノムラクモの突込みが聞こえた気がした。
その後、散々嫌がる千歌音を何とか説得し、初めて第三者に見守られながらの情事が始まった。
「っは………ぁ……はぁ……っ」
くぐもった熱い息が小さく弾む。
晒け出されたたわわな両の胸を緩急つけながら揉まれ、心地よい刺激に甘い声が出てしまいそうになる。
姫子は見られても恥ずかしくないのかな…?
瞑っていた目を浅く開き自分に覆いかぶさってる姫子と目が合う。心なしか姫子の頬もいつもよりも赤い気がする。
「んふ……」
吸い寄せられるように姫子の口が喘ぐ自分の口を塞いでくる。するっと舌が入って絡め取られていく。
思考さえ止まってしまうほどとろけそうな甘い口付け。ぴったりと重なり合う熱い肌と肌に体の芯が熱くなっていく。
そんな口付けを受けた後、ぼんやりと目を開きふっと横を見ると少し先に座っているレーコがじっと自分を見てはさらさらと何かを描いている。
うぅ~、やっぱ恥ずかしい……///
絵を描かれるのは姫子で慣れているが、こんな状況はさすがにない。
ニヤついてるわけでも呆れてる訳でもない無表情のレーコからは、一体彼女が一つの布団で交わりあう自分達の行為をどう捉えてるのかは分からない。
それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
恥ずかしくて顔を逸らしてぎゅっと目を瞑ると、姫子の手がいつも以上に熱く火照った頬に触れた。
「こっち向いて」
優しく声掛けられ恐る恐る目を開くと、微笑んだ姫子と目が合う。その太陽のように眩しい笑顔に気を取られていると再び甘い口付けをくれる。
頭を抱き締められながら受ける深い深い口付け、舌と舌を絡めあい呼吸の合間に名を囁かれると段々恥ずかしさが薄れ自然と手が姫子の滑らかな背を這う。
「好きよ、千謡音…」
「はぁ……ひめ、…こ……」
そして、姫子の手が再び千歌音の胸に置かれゆっくりと円を描きながら揉んでいく。
レーコの射抜くような視線を感じる。
でも、ふしだらかも知れないが堂々とした姫子の愛撫に、いつの間にか千歌音は見られてる事に少しずつ興奮してきていた。
と、これは千歌音の視線。
その千歌音を抱きながら姫子はレーコを極力見ないようにものすごく必死だった。
『…早く次に進みなさいよ』
『っ…!わ、分かってるわよ!物には順番ってのがあるの!』
高みの見物中のレーコに直接頭の中に語りかけられ千歌音に悟られぬよう、いつもしてるようにむにむにと胸を揉む手は止めず言い返す。
『はあ、萎えるわね……』
『~~!いいから、いちいち邪魔しないでよ///』
事の始まりからこんな調子で『…まだ始めないの?』だの『月の巫女が良く見えない…』だの『バラすわよ…』とチクチクと突付かれていた。
見られてるだけでも緊張するのに、こう自分のする事にちゃちゃ入れられると余計調子が狂ってしまう。
それでも『…いつもよりも濃厚な絡みでよろしく』と無茶苦茶なレーコの注文を受け、この変態オロチ!と思いながらも何故かそれに応えようとしてしまっていて変な緊張感で体が初めて千歌音を抱くとき以上にものすごく熱い。
『言っとくけど、我慢できなくなって千歌音に触るのだけは御法度だからねよ!』
そう言って一度だけレーコを威嚇するように睨んだ。しかしそれでもやっぱりレーコは姫子を無視して筆を走らせる。
『……それよりも陽の巫女』
『?何よ……』
『……本当に胸小さいのね』
『っ…!い、いいから黙って絵描いてなさいよ///!』
うぅ~邪魔ったらありゃしない~///!
こんな状況でもマイペースなレーコにイライラして集中できず胸を揉む手がつい止まってしまう。
「?ひめこ…?」
「ん?……何でもないわよ」
そうとは知らずどうしたの?と
心配そうな顔した千歌音に何事も無かったように笑顔で答えてやり、白い首筋に強く口付けてやると「あん…っ」と可愛く鳴いた。
その声にさっきまでの苛立ちが飛んでいく。
『…本当、良い声ね』
何か聞こえたけどとりあえず無視。
いちいち相手にしていたらいつまで経っても千歌音を待たせてしまう。
奴は壁だと思い込む事にして、気を取り直し一度軽く唇を重ねて千歌音の張りの胸の頂に顔を近づけた。
片方の胸は手で揉み解していき、もう片方の胸の固くなった桜色の果実に吸い付くとぴくんぴくんと千歌音が動く。
「や、……んんっ」
喘ぐ声が聞かれてしまわぬように口元に手の甲をあて頑張って堪えてる姿に背筋がぞくぞくする。
双方の胸をたっぷりと愛してやり、千歌音の足がもじもじと動き出した頃にはすっかりレーコの事など忘れていた。
足を開かせようと膝に手を掛けるとびくっと僅かに足が強張ったが、すぐにゆるゆると姫子の手に従った。
割れ目を逆手で軽く撫でてみると千歌音の背が仰け反る。
十分に濡れた其処は布団に湖ができるほど粘液があふれ出ていて、指に絡みつくと糸を引いて光った。
「んあ、ぁぁ………ぁ、あ!」
ゆっくり擦ってやると千歌音は腰を震わせ、あられもない声が出してしまい恥ずかしそうにぎゅうっとしがみ付いてくる。
ちらっと後ろ目でレーコを見ると相変わらず無表情のままではあるが、筆を止めじっと自分の方を見てる割には語りかけてくる様子は無い。
見せ付けてる優越感と自分の背に感じる千歌音の手が生み出す満足感に千歌音を求める想いが止まらなくなる。
「見られていつもより感じてしまったの?」
それは自分も同じなのだが、暖かな其処をぴちゃぴちゃとワザと水音を立てながら小さな声で耳元に囁くと、目尻に涙を浮かべ「違っ…んぁ…」と喉を震わせながらふるふると首を横に振る。
「本当に?とても濡れてるわよ。指がふやけちゃいそう」
「やぁ、言わ、ないで……」
ああ…そんな顔見せられたらもう。
半開きの口を塞いで舌を入れると例え意地悪をしても一生懸命絡ませてくる千歌音がとにかく愛しい。
「千歌音……」
そう名を呼ぶなり裏腿を押さえ今度は千歌音の股の間に顔を埋めた。
舌を使って濡れに濡れた秘裂を下から上に舐めあげていくと、ぷくっと更に蜜壷から姫子への愛が溢れ出る。
その溢れ出る愛液を丹念に舐め取っていくと千歌音の手が堪らず姫子の頭を掴む。
「あ、いゃ、ん、んん、ふっ、んんっ……はぁっ!」
尖らした舌で一番敏感な赤い突起を集中して愛撫する。
熱い吐息に這い回る舌からくる言い表しがたいほどの悦痺に千歌音はもう声が抑えられなくなり、もっと快感を得ようと自然と腰が浮いてくる。
徐々に千歌音の足が突っ張っていき、すぐそこまで絶頂が近づいているのが分かる。
と、そこで千歌音への愛撫に夢中になっていた姫子の無防備だった秘部にくちゅ、と冷たい指が触れる。
「んぁっ///!?」
千歌音に愛撫してる最中自分もしっかり濡れていた其処に受けた突然の刺激。
何事かと驚いて顔をあげ振り返るとすぐ真横にレーコがいた。
「…口、離しちゃだめよ」
そう言いながら四つん這いになっている姫子の割れ目を後ろから指を滑らせる。
「――っ!?はぁ!…ちょ、ちょっと!やめ…///!」
千歌音が奏でたと同じような淫らな水音を立てながら続くレーコの愛撫に悶絶する。
布団についた手がぷるぷると震える。それでもレーコの指は止まらない。
「ダメ、…ち、千歌音が見て、る……///」
千歌音の目の前でこんな醜態を晒してると思うと羞恥で顔が真っ赤になる。
レーコの手を掴もうとするが、それ以上に巧みな指使いに翻弄されへなへなと力が抜けてしまう。
「…そう?月の巫女にそんな余裕ないと思うけど。ほら…」
そう言われそっと目を開いて千歌音を見ると、達する直前でお預けくらったせいで肩を震わせ、苦しそうに顔を歪めていた。
姫子を見るその虚ろな目は姫子がレーコに何をされてるか気付いていない。例え分かっていたとしても今の自分の置かれてる状況では気にも留めないだろう。
口を動かし言葉にならない声で切なげに「姫子……」と呼んでいる。
「…欲しがってるわよ、陽の巫女を」
「ああぁ……っ!だ、だったら…手、離して…///!」
そう言いながら指の動きを更に早めに言うレーコに、息絶え絶えに必死に訴える。
まずい…、このままじゃ自分が……!
さっきよりも溢れ出てると分かる自分の蜜の量に刻一刻と迫る自分の限界に腰が小刻みに震えてくる。
「…ほら、早くしないと月の巫女より先に自分が達してしまうわよ」
そう言ってレーコの指は慣れた手つきで姫子の固くなった陰核を的確にくりくりといじめてくる。
自分の愛液が潤滑油となりぬるぬるとした指の動きに意識がやたらそっちへといってしまう。
「んあ!うっ、くっ、あっ///!」
「それとも、私が月の巫女を満足させてあげようか……?」
さらさら止めるつもりもなく煽るレーコの言葉に、姫子はそれだけは勘弁!と再び千歌音の股に顔を埋めて秘裂に舌を差しいれ、赤い突起に吸い付き素早く前後に舐め上げて刺激する。
「んあ!あ、あ、あ!」
レーコの愛撫に負けじと万遍なく愛撫してやると大きく千歌音が跳ねだし限界を迎える体勢になると、姫子を攻めるレーコの指も更に加速をする。
早く……!そうじゃないと私が…!
千歌音の腰を押さえながら秘所を舌と唇で愛撫しつつ自分も秘所に愛撫される奇妙な快感に意識が飛びそうになるのを必死に堪える。
「ひめ、こ…はぁ!ああっ…、あぁぁぁっ!」
「はあ、ぁむ…!っ――――――!!」
千歌音が達したのと同時にレーコに攻められていた姫子も達し、声をあげず大きく体を震わせた。
事後。
いつも以上に疲れ切ってしまった千歌音をすぐ寝かしつけ、反省会は姫子の部屋で行うと言う事で離れからとんずらした2人。
「…何でいきなりあんな事したわけ///!?」
座布団に座るなり描いた絵を1枚1枚チェックし始めたレーコに噴火した火山のように顔を真っ赤にさせ小さな声で噛み付いた。
「……貴女のご忠告どおり月の巫女には触ってないわよ」
悪びれた訳もなく気に入った作と没作を振り分ける。どうやら基準は千歌音が上手く描けてるか描けていないかのようである。
どう見ても千歌音だけが描かれた絵ばかりが目立つが憤慨している姫子は気付いていない。
「だからって私にちょっかいだすなんて何考えてんのよ///!」
微妙に余韻の残ってる下腹部に手を添えながら猛抗議する。
すると、面倒くさそうにレーコがため息をつく。
「…2人同時に達するのが見たかっただけよ」
「は…?」
「…本当は月の巫女にも陽の巫女を攻めて欲しかったんだけど、彼女体力ないから私が手伝ってあげたの」
そう言って1枚絵を渡す。
「…それをしてる最中実際どんな顔してるか見てみたかったの。結局見れなかったけど」
互いの性器に顔を埋めて舐めあう自分達をモデルにした二つ巴の絵に耳から煙が出そうになる。
「……いや、これは確かに体力がいりそうね…。…って違う///!そんなの理由になんないわよ///!」
「…いいじゃない、一番気持ち良い思いしたのは陽の巫女なんだし」
「う……///」
その言葉に息が詰まった。
残念なことにあの後すぐには立つ事が出来なくてレーコに部屋まで運んでもらったからだった。
くそう…、私としたことが五ノ首に弄ばれてしまうなんて…///!
でもここで悔やんでもされてしまった事は仕方ないと、これはこれと割り切ることにした。
こほんと咳払いをして、怒りを抑えつつ気になっていたことを訊ねる。
「……で、次の作品の参考になったわけ///?」
「全然………」
ひらひら~~っと”へのへのもへじ ”を描いた紙を目の前にちらつかせた。
ぶちっ!
「っ――――!!」
いい加減な態度のレーコに抑えていた今日一日のあれやこれの怒りが込み上げもう堪忍ならんと口を開いた瞬間、スパアーーーン!っと部屋の襖が勢いよく開いた。
「?」
「?」
姫子とレーコが同時に開いた襖を見ると、そこには顔に青筋を立て箒を握り締めた怒りに満ちた仁王像のような乙羽が立っていた。
その据わり切っている不機嫌そうな目は人の眠りを妨げやがってと語っていた。
あ、そういえば今真夜中だった―――。
その後。
逃げようとした2人はあっさり捕まり、部屋で正座させられ「名家の主たるものとは!」や、「この事を大神先生が知ったらどう思うか!」などと乙羽に朝まで延々と説教されるのでありました。
レーコの描いた絵達は乙羽に全て没収されたと言うまでもない。
了